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28.馬鹿みたいだ…

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 頭をガツンと殴られたみたいだった。

「えっ――…?」

 リオンが、もう俺と住まない?
 保護者を変える…って?

「それ、どういう…」

 さっきまでの恐怖も、困惑も、全部ふっとんだ。

 信じられない思いで問うと、ジュディは言った。

「…その…アイツは今回のことで、かなり責任を感じててさ。自分のせいでアオトを危険にさらしたって思ってるみたいなんだ。このまま同居を続けたら、いつかもっと酷い目に遭わせてしまう…って」
「はあっ?」

 何言ってんだよ。

 意味不明だ。危険にさらすどころか、アイツのおかげで俺は助かったんだぞ。
 リオンがいなけりゃ、もっとヒサンな事態になっていたかもしれないのに。

 酷い目に遭わせてしまう…ってなんじゃそりゃ。

 なんか前にも聞いたな。
 『俺はガニメデだから誰とも関わるわけにいかない』云々。
 自分は犯罪予備軍だからあんまり近寄らないでくれとか何とか。

 だからぁ、俺はんなこと気にしないって散々言ってきただろうが!
 まだうじうじ心配してんのかよ!

 俺は頭をかきむしった。

「そんなん被害妄想――じゃねえ、加害妄想じゃん!なんでも自分のせいにしたがるんだよアイツ」
「うんそれは…否めないけども」
「むしろ命の恩人だよ。なのに、勝手に思い込んで勝手に決めるとかどういうつもりだ」

 思えば、アイツはいっつもそういうトコロがある。
 自分が悪いって決めつけるクセがあるっつーか。
 根が優しすぎるせいで、ぜんぶ自分で抱え込もうとしてしまうんだ。

 いや、百歩ゆずって保護者を変えるってのは納得するとしよう。

 だとしても俺に相談しろよ!
 養ってもらってるとはいえ、腐っても同居人だろうが。
 なんで即王さまのとこへ行くっつー発想になるんだ。フットワーク軽すぎるぞ、悪い意味で!

「ジュディもそう思うだろ?てか、なんで止めてくれなかったんだよ」

 なんだか妙にイライラして、ジュディにまでキツイ言い方をしてしまった。
 ジュディは責任を感じているような、何とも言えない顔で答えた。

「…だって、私に止める権利はないよ。あんな…思いつめた顔されたら…。だって…アオトは知らないかもしれないけど、リオンはね――…」
「ああ、ガニメデなんでしょ。知ってるよ」

 憮然として返すと、ジュディは目を見開いた。

「…知ってたの?」
「初日に聞いたんだ。それでもいいって言った。俺そういうの偏見ないし」

 逆にジュディはリオンの秘密を知ってたんだな。まぁ幼馴染だし、当然っちゃ当然か。
 …ということは、リオンを止めなかったのもガニメデへの理解があるから?

 すると、彼女はふいに居住まいを正した。

「…なら、分かるでしょう。アイツがどれだけ愛情に怯えて・・・いるか」
「…?」

 首をかしげる。
 ジュディの真剣なまなざしが俺を射貫く。

「よく考えてよ。キミを襲ったジョンはガニメデだったんだよ、リオンと同じく…。ジョンが欲に負けて罪を犯したなら、いつかは自分も…って考えたっておかしくないでしょう」
「…」

 俺は口をへの字に曲げた。

 正直言って、まったく理解できん。
 レイプするかもしれない未来を恐れて人との関わりそのものを絶つかよ、普通。
 アイツの行動、ゼロか100すぎるんだよ。

 ジュディはつづける。

「アオトくん、アイツはね、気絶したキミの涙を見たって言ってた。キミを怖がらせたことを…泣かせたことを心底悔いてた。自分が傷つけたわけじゃないのにね…そういうやつなんだよ、アイツは」

 …知ってる。

 リオンがどうしようもなく優しいヤツだってこと、俺がいちばん分かってる。

「私…本当にリオンに幸せになってほしい。三年前、リュカが死んでから抜け殻みたいになってたアイツに、何とか人並みの幸せを教えてあげたい。そのためにはキミが…アイツのそばにいちゃいけないんだよ」
「だからなんで?」

 声がふるえていることに気づいた。
 なんでか鼻の奥がつーんとする。

 どうしてこんなに悲しいんだろう。

「万が一――ううん、億が一にも、リオンがキミを傷つける未来はあっちゃならないからだ。針の穴くらい小さな確率だろうと、アイツがもしジョンと同じことをしたら、キミは心と体に傷を負う。――そしてそれ以上に、アイツは今度こそ…立ち直れなくなってしまう」
「――…」

 …ジュディはリオンのことを誰より心配しているんだろうな。

 どれだけ確率が低かろうと関係ない。
 俺がどれだけ信頼していようと関係ない。

 自分がいつかジョンと同じ過ちを犯すかもしれないことを、リオンは恐れている。
 万が一にも、俺を傷つけてしまう未来が来ることを恐れている。

 …馬鹿みたいだ…。

「…だってアイツは、ジョンじゃねぇじゃん…」

 無意識にシーツをきつく握りしめる。
 ジュディは少し怪訝な顔をした。

「…確かに住む場所は変わるけど、今生の別れってわけじゃないよ?どうしてそんなに嫌がるの…?」

 …どうしてだって?

 分かんねーよ、そんなの。
 なんでこんなに泣きそうになっているのか。

 だって、どうしようもなく胸が苦しくなるんだよ。
 リオンが俺を遠ざけようとしている事実に。

 アイツはなにか、根っこの部分で思い違いをしている気がする。

 けれど、それがなにか分からない。
 ただ悲しい。
 ガキみたいに泣くのが情けないので、くちびるを噛んで必死に涙をこらえる。

「……い…する…」
「えっ?」
「退院する」

 俺の言葉に、ジュディは目をぱちくりさせた。
 返答を待たずベッドを降りる。白い病院服に不釣り合いな紐靴を履く。

「えっ、アオト、まだケガが…」
「俺、お城行ってくるから!」
「エ!?」

 ジュディがパタパタ後を追ってくるが関係ない。
 俺は診療所の外へ出て、暗い道を走り出した。

 ズズッと鼻をすすると、夜の冷たい空気が香った。

 ――納得いかない。

 勝手に思い込んで勝手に傷ついて、勝手に俺から離れるなんて。

 そんなの許さないぞ。
 リオン。


 ~~~~~


 ディノワール城。
 王の執務室。

 診療所より明るい室内。部屋の中央には、書類がうずたかく積まれた机がある。

 その机の前に座る国王は、正面の男を見て困ったように言った。

「――それで…どういうことだい、アオトの世話を止めさせてほしいっていうのは?」

 問われて正面の男…リオンは無表情に口を開く。

「今日、アオトがパル区の寝具屋で強姦に遭いました。幸いにも未遂で済みましたが、顔を殴られ体にも擦り傷を負ったようです」
「ああ、警吏から報告を聞いたよ。お前が助けに入ったそうじゃないか…見回り強化がちょうど功を奏したんだな」
「ええ、偶然にも近くを見回っていたから駆けつけられました。あと少し遅かったら…」

 リオンは目を伏せる。
 まつ毛の影が海色の瞳にかかる。

「…安易に店へ行かせた俺の責任です。処分は甘んじて受けます…。――そして、アオトにもっと有能な保護者をつけていただきたい」

 一息に言った。

 診療所で眠る碧人を見つめながら、ジュディに悲痛な思いを告げながら、ずっと考えていたことだった。

 今回の件で気づかされたのだ。
 自分がどれだけ碧人に強い感情を抱いていたか。

 否、庇護欲はとっくの昔に芽生えていた。割れ物を扱うごとく、大切に大切にしたいという気持ちは。
 それがいつの間にやら、我を忘れるほどの独占欲に変わっていたのだ。

 これは、いけない。
 愛情が醜い欲望に変化してきている。

 欲望は毒だ。身体の中でどんどん膨れ上がり、他者により大きな対価を要求する遅効性の毒だ。
 解毒しなくてはならない。

 腐臭をまき散らし、いつか愛しい相手すら蝕んでしまう前に。

「…処分?」

 国王はゆるく笑った。

「お前はなにか罰を受けるようなことをしたのかな。妙な話だ…昼間、報告に来たロベルト・デヴィスは、お前の行動を非常に評価していたんだが」
「褒められることは何もしていません。それどころか、陛下から保護を仰せつかっていたにも関わらずあの子を危険にさらしました」
「だからもう、自分の元へ置くのは信用ならないと?」
「その通りです。俺にはあの子と暮らす資格がありません」

 リオンは淡々と言う。
 国王はその顔を眺めつつ「うーん…」と唸った。

「分からないな…私もロベルトと同意見だよ。褒められこそすれ、責められるようなことは何もしていない。
 私はお前が…独りで生きるお前が危なっかしくて、半ば強引に保護を命じたんだが」
「――…」

 昔から叔父のように慕ってくれている国王であっても、自分の醜い独占欲ほんしんまで伝えることは到底できなかった。

 ただ建前だけを語って、本音を取り繕う。

 大丈夫、今なら手放せる。

 どうにかしてあの子と離れるんだ。
 心からあの子を想うなら。

(自分の欲は…意思は押し殺さなくてはならない)

 ――その決心がにわかにぐらついたのは。

「…本心からそう望んでいるのかい?」
「っ――…」

 国王に優しく問われたとき。

「…そ、れは」

 思わず言いよどむリオン。
 国王は立ち上がり、甥っ子のように慕ってきた彼の肩に手を置いた。

 王の瞳は、苦しそうな顔をするリオンをやわらかく映している。

「…はあ、まったく困った子だ」

 しばらくしてそう言うと、国王は口の端にちょこっと笑みを浮かべた。

「そうだな――…。おそらく城内の全員がお前の主張を棄却するだろうことと、アオトを守れる実力者として騎士団長おまえ以上の適任はいないだろうという反論は、この際置いておいてだ…」
「――…?」

 国王が話すそばで、リオンはふと廊下から聞こえる足音に気づいた。

 バタバタバタ…。
 誰かがすごい勢いで走ってきているようだ。
 音がだんだん近づいてくる。

 誰の足音だ…?

 国王はニッコリと口を開いた。

「――まずは本人と話し合え。な?」

「あっ…王さまの部屋ってここか!」
「…!」

 不意に聞き覚えのある声がして、リオンはバッと振り向いた。
 ほどなく、執務室の分厚い扉がはげしく叩かれる。

 考えるより先に言葉がこぼれていた。

「――アオト…?」
「おいリオン、いるんだろ!開けろよ、オイ!リオン!」
「――…」

 …心が締め付けられた。

 ――ああ、どうして。

 アオト。
 お前はどうしてそんなに…。

 俺の心をかき乱すんだ。
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