悪役令嬢にならないための指南書

ムササビ

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Lesson.2 王子と親密になっておこう

9.リーリウムの憂鬱な朝

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その晩、リーリウムは眠れなかった。
ベッドの中に入り、目をつぶるが“悪役令嬢”という言葉が頭の中を駆け巡る。

これまで、リーリウムは誰かに嫌われることも、恨まれることもなかった。
そして、幼いころから内定していたヘンリクスとの婚約関係が揺らぐことなど、想像もしていなかった。

“ヒロイン”とされる令嬢が、自分を謀略にはめる。
そして、その結果が婚約破棄と断罪なのだとしたら、リーリウムには恐怖でしかない。
「当たり前」の未来がガラガラと崩れてしまう音が聞こえたような気がした。

気づくと真っ暗だった空が白んできて、カーテンの隙間から光が漏れ入ってきている。
人生で最も憂鬱な気持ちの中で朝を迎えてしまったリーリウムは、眠ることを諦めてガウンを羽織った。

何も考えずに部屋から出ると、足は自然と厨房へと向かった。
一人でいるといろいろと考え込んでしまい、誰かとおしゃべりをしたい気分だったからだ。

寡黙と思われがちなリーリウムだが、公爵邸の使用人たちとは普段から気さくに話をしていた。
使用人たちはいつだって物知りで、リーリウムの知らないことを教えてくれる。
彼らから飛び出てくるエピソードは、リーリウムにとって物語でもあったし、教科書でもあったのだ。
さまざまな話を面白がって聞いてくれるリーリウムは使用人たちにとっても特別な存在で、令嬢と使用人という関係から飛び越えて、みんなから大切にされていた。

厨房に到着すると、案の定すでに料理長やキッチンメイドたちが忙しそうに朝食の仕込みをしていた。

「あれ? リーリウム様。
今日はずいぶんと早起きですね」

キッチンメイドの中でも古株のメアリが厨房の入り口に立つリーリウムに気が付き、新人メイドに椅子を出すように指示を出す。

「なんだか眠れなくて……。
お腹もすいてきてしまったから、何か食べるものがないかと思って」

リーリウムは出された椅子に腰かけ、確か自分と同じ年だったと記憶している新人メイドに礼を述べた。

「それでしたら、ドライフルーツがたっぷり入ったパウンドケーキがありますよ」

メアリが戸棚からパウンドケーキを取り出すと、慣れた手つきで小さくスライスをして洗い立ての真っ白なナプキンにそっと包み、さっき届いたばかりのミルクといっしょにリーリウムに手渡した。

普通の令嬢はケーキを手に持って食べるなんて、はしたないことはしない。
リーリウムは使用人たちと仲良くなるにつれて、「郷に入っては郷に従え」の精神で大概のことは気にならなくなっていた。
もちろん、ヴィオラには内緒だが。

右手に持ったパウンドケーキを少しずつ口に運ぶ。
じんわりとラム酒がにじみ、ドライフルーツの甘さも合わさったパウンドケーキは、口の中を幸せに満たしてくれる。
そして、冷たいミルクは寝不足の頭をすっきりとさせてくれた。

「お仕事の邪魔をしてしまって、申し訳ないわね」

リーリウムが言うと、メアリは驚きつつも半ば呆れた顔で答えた。

「私たちの仕事を気遣う令嬢はリーリウム様くらいですよ。
それに、邪魔だなんて思っていませんから、お腹がすいたらいつでも大歓迎です!
そもそも、ここはリーリウム様のおうちなのですから……」

料理長もメアリの言葉に大きく頷き、にっこりとほほ笑んでいた。

「ありがとう」

安心したリーリウムは自覚していたよりも空腹だったらしく、パインドケーキとミルクをおかわりすると、ペロリと平らげた。


しばらくすると、家族が食堂に集まり始めた。
リーリウムは一度部屋に戻り着替えると、何事もなかったようにダイニングテーブルの自分の席に座った。

まだお腹の中にはパウンドケーキが残っていたが、リーリウムを気遣った料理長はお皿の料理を少なく盛り付けてくれていたので、せっかく皆が作ってくれた朝食を残さず食べ進めることができた。

ふと姉たちを見ると、あまり食が進んでいないようだった。
それに、やはり眠れなかったのか珍しくぼんやりとした表情を浮かべて、フォークでサラダをつついたりパンを小さくちぎったりしている。
プリムラも姉たちほどではないが、いつもより静かだった。

「昨夜、なにかあったの?
夕べは珍しくヴィオラの部屋に皆で集まっていたと聞いたけど……」

娘たちの異変に気付いた公爵が心配げに尋ねた。

「なんでもありませんわ。
いろいろと話し込んでいたら、夜遅くになってしまって」

ヴィオラが代表して答える。
まだ、父にも母にもユニカ様の日記のことは話せない。

必要がありそうなら、まず先代のユニカであった母に話すのが筋だと、昨夜のうちにヴィオラは妹たちに父親に対して箝口令をしいたのだ。

プリムラは「お父さまだけ仲間外れでかわいそう……」とブツブツ言っていたが、ウェスベル家は生粋の女系家族なので、公爵の扱いはいつもこのような調子だった。

「何か問題が起きた? 僕が助けられることはある?」

「いいえ、お父さま。
女性同士でしか解決できないことですの。
ですが、お心配りいただいて、ありがとうございます」

「そう? 出来ることがあったら、いつでも相談してね」

ヴィオラにそう言われてしまうと公爵は引き下がるしかなく、やさしく微笑むと、ヴィオラにそう告げて、その話題をそれ以上掘り下げようとはしなかった。

「リーリウムはいよいよ王太子妃教育がはじまるね。
今日は初日だから、僕もいっしょに行って先生にご挨拶するからね」

リーリウムは公爵からそう言われて、今日の午後から城へ出かける予定だったことをすっかり忘れていたことに気が付いた。
そして、寝不足でふらふらとしている、自分の腑抜け具合が恥ずかしくなった。

「はい、お父さま」

そう返事をするのがやっとなくらい、リーリウムは予定を忘れるなどという、いつもの自分らしくないミスにショックをうけていた。
王太子妃教育をうけるということは、将来自分は王妃になるということ。
その自覚はあったつもりだったが、まだ“つもり”だっただけにすぎない。
もっと、気を引き締めて自覚ある行動をとらなくてはと、リーリウムは心の中で強く強く誓ったのだった。
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