King of the slave

鴻上縞

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十一章 別れ

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 フェイが突然愛馬と共にラブールから姿を消した事件は、次の日には街中に知れ渡る事となっていた。そもそもは何かがおかしかったのだ。いつもアルベルトを抱く時は感情を見せない男が、その日は胸が張り裂けるような苦しみの中でもがいて見えた。誰にも何も言わず何処かへ行くなど、こんな事は今までなかったとミトも随分取り乱していたし、ただ事ではないのだろう。
 アルベルトは思い悩んでいた。フェイの事を知りたいと思ったのは、自分の為に泣けと言ってくれたあまりにも優しい言葉があったからだ。シンとエルバント、愛する者を同時に失い絶望を見た時、アルベルトはあの言葉に、あの腕に救われた。だからこそ何も知らずに憎みたくはなかった。
 だが、自身も嘗てはブラックタグであった事を知ってしまった事で、フェイを追い詰めてしまったのだろうか。やはり自分はまだ人の気持ちを考えられない子供なのだ。触れたいと思ったから触れて、そして壊してしまう。強く見えたフェイは本当は触れただけで崩れ落ちてしまう程、脆かったのだろうか。それすらも分からないアルベルトには、フェイを知りたいと思う事すら許されないのかもしれない。
 小屋の中で一人、アルベルトは考え続けた。それでも答えなど出るはずはなくて、ただ時間だけが過ぎて行く。フェイの教えてくれる感情はいつもどこか悲しくて、切ない物だ。

 次の日の朝、朝食を持って来たミトの目は、赤く腫れ上がっていた。
「兄貴、まだ帰って来ないんだ」
「大丈夫だよ。フェイの事だ。そのうち何も無かったように帰って来るよ」
 そう言ってはみたけれど、アルベルトはフェイの事を何一つ知らない。その言葉は無責任にも程がある。
 ミトがいなくなった小屋の中でアルベルトはまた膝を抱えて考えていた。愛する自国に帰ることが出来ないと知って深く傷付いたけれど、思った程落ち込んではいなかった、それも全てフェイのお陰であると。そう思えばこそ、一つの答えが導き出された。帰って来たら素直に謝ろう。傷付けないように言葉に出さず、その姿をしっかり見てフェイを知らなくては。
「あの……」
 考え込んでいたアルベルトが突然掛けられた声の方へと視線を向けると、周りを気にしながらも一人の少女がアルベルトを見詰めていた。
「フェイさん、どうかしたのですか」
「いいや、何でもないよ」
 困惑しながらも心配を掛けまいと答えると、少女は俯いたまま視線を泳がせている。
「……どうして?」
 どうしてそんなに心配そうなのだろうか。不思議に思い問うたが、少女は答えてはくれなかった。奴隷が人買いを心配するなんて、全く不思議な事だ。

 そうこうしているうちに、フェイが失踪してから既に一週間が経っていた。さすがにミトももう憔悴し切っていて、ルーイでさえ酷く苛立って見えた。乱暴で口が悪くて子供みたいな男なのに、こんなにも慕われているのは、やはり何かがあるのだろう。フェイにはこれだけ沢山待ってくれる人がいる。どうか無事に帰って来きてくれと、アルベルトは一心にそう願った。
 そんな時だった。小屋に入って来たルーイがブラックタグの少女を呼んだ。彼女は数日前から酷く具合が悪そうで、何度かラフターも訪れていた事はアルベルトも知っていた。
「立てるか?仕事だ」
 そう言ってルーイは立たせようとしているが、少女はぐったりとしていて、あまりにも痛々しいその姿にアルベルトはいてもたってもいられなくなった。
「断れないのか?」
「兄貴がいないから、無理だな」
 再び少女を見ると、やはり働かせるには無理がある。アルベルトは意を決し、ルーイを仰いだ。
「私が、代わりになれるか?」
「……は?」
 この提案が何を意味するかアルベルト自身理解していた。タグのまだないこの身は、もしかしたらまだ引き返せたのかもしれないのだ。それでも少女を前に、ただ見ているだけではいられなかった。アルベルトは自ら、ブラックタグの奴隷として名乗りを上げた事になる。
「……聞いてみる」
 そう言ってルーイは奴隷小屋を出て行った。痛い程視線がアルベルトに集まっている。奴隷の人々には、狂気の沙汰に思えただろうか。
「心配しなくても、私が代わりに働くから」
 アルベルトが優しく声を掛けてみたが、少女は相変わらず蒼白い顔で必死に呼吸だけを繰り返していた。

 結局アルベルトが少女の代わりを担う事となり、ルーイに引かれフェイ達の住む家に入ると、ミトは瞳に涙を溜めてアルベルトに縋った。
「わんこ、ダメだよ!」
「良いからタグを付けろ」
 そう冷たく言い放ったものは、意外にもラフターである。
「私は大丈夫だよ」
 アルベルトもそう言って笑ってみせたが、ミトの丸い瞳からは遂に涙が溢れた。意地でもタグを付けようとしないミトに代わってルーイが真新しい黒いタグをアルベルトの首輪に付ける。これでもう、戻る事の出来ない道へと足を進めたのだ。だがその胸に、後悔はなかった。
 ルーイに縄を引かれ向かった先は、この街の中では割と大きな家である。玄関先まで来たのに、ルーイは煮え切らないように眉根を寄せている。
「本当に良いのか。仕込み上がっていないんだろう?」
 アルベルトが強く頷くと渋々ルーイも納得したようで、扉の脇の小さなベルを鳴らす。家の中から出て来たものは、鉱夫のような男だった。
「デバックさん、さっき言っていた奴です。初仕事なんで、まけときますね」
 アルベルトは男に向かって深く頭を下げる。
「……じゃあ、後で迎えに来ます」
 そう言ってルーイは立ち去った。
 強い決意で臨んだ筈であったが、やはり緊張はした。大きい男は当然フェイとは違う。当たり前だけれど、それだけで恐怖がじわりじわりと身体の奥底から滲み出てくるようだ。思えばフェイ以外、アルベルトは男を知らない。故にどうしたらいいのかも全く分からない。
「お前みたいなブラックタグがいたなんて知らなかったな。元は何色だったんだ?」
 男の質問にアルベルトは首を横に振った。普通奴隷は生まれついてのものなのか、アルベルトはそれすらも知らなかった。
「……珍しいな。まあ、何でも良いが」
 男は然程興味もないようで、アルベルトの手首を縛る縄を乱暴に引いて家へ踵を返した。そのまま促され向かった小さな部屋にベッドを見た時、アルベルトは頭に血が上って行く感覚を覚えた。
 目にも留まらぬ速さで拡がっていく恐怖に心臓が激しく脈を打ち、ただ立っているだけで息が上がる。男の手が白い頬に伸びた瞬間、アルベルトは思わずその手を払った。
「いやだ!やはり出来ない!」
「……はあ?」
 アルベルト自身もう何が何だか分からないが、唯々怖くて堪らなかった。咄嗟に逃げようと走り出したものの、直ぐに男の太い手がアルベルトを無理矢理ベッドに引き戻すと、逃れられないよう綱をベッドの足に括り付ける。
「フェイの所だから信頼していたがおまえ、全然上がっていないな」
 跨る大男を前に、身体が情けなく震え出す。
「ごめ、なさい……!でも、出来ない!」
 男の手が大きく振り下ろされたと思うと、乾いた音と共に頬に鋭い痛みが走った。
「出来ない?おまえは、ブラックタグだろう」
 そうだ、これは自分が選んだ道だ。それでもどうしようもなく怖くて、情けなくも恐怖から涙が止まらなかった。
「いやだっ!離せ!」
 貧相な服にかかる手も、フェイのように優しくはない。まるで引きちぎるかのような乱暴な動きに頭の中は混乱するばかり。
「フェイ、助けて──」
 何故だろう。咄嗟に出た名前は、同じようにアルベルトを犯した男の名前だった。大っ嫌いだった男。その過去に触れて、少しフェイを見る目が変わっていた事にその時気付かされる。

 大男の太い腕で何度も顔面を殴られて、素肌を這い回る男の滑った舌の感触に思わず嗚咽を漏らす。口内に広がる生血の味、叩かれて出た鼻血に息は詰まり意識さえも朦朧とし始める。そんな醜い姿すら、男を酷く興奮させていた。
 こんな行為に何の意味がある。こんな苦しみの中を、十三歳だったフェイは生きたのだろうか。そしてアルベルトはふとこれが、いつの日かディラックが言った〝欲望〟の姿だと知る。
 激しく揺すられる度に、アルベルトは強く唇を噛み締めた。耐えろ、この苦痛の果てに、フェイの見る景色が見える筈なのだ──。

 ふと意識を戻すと、いつの間にか悪夢は終わっていた。ここがどこかは分からないが、優しく髪を撫でる感覚に、自然と涙が溢れた。
「……フェイ?」
「わんこ、気付いた?」
 労わるように掛けられた声はミトのもので、咄嗟に身体を起こそうとしたものの、全身に走る激痛でアルベルトは小さく呻き再び布団に沈んだ。
「ごめんな、俺、何も出来ない」
 精一杯首を振り、枕元で啜り泣く少年の髪に指を通す。ミトは心優しい少年だ。この少年に、アルベルトはどれだけ救われた事だろう。声を発する事も難儀な中、アルベルトはそれでも心の中でミトに語り掛ける。
 どうかこの身の為に泣かないでくれ。全て、自分で選んだ道だ。後悔はない。この道を進むしか、最早未来はないのだ、と。痛みから逃れるように再び意識が遠退いて行った。

 次に目覚めた時、全てが夢であったならどんなに良いか。フィリアで幸せに暮らしていて、シンとエルバントと春の野原を歩いて、谷間に吹く風を追いかけて、あの川で──それは二度と叶う事はない、夢だった。

 どれくらい眠っていたのか。脳天に響く程の物凄い騒音に目を覚ますと、言い争うような声が夜の静けさに響き渡っていた。身体の痛みも大分ましになっていて、アルベルトはゆっくりと部屋を出た。扉を開くと広い玄関が目に入る。どうやらここはフェイ達の住む家のようだ。怒鳴り声はラフターの部屋から聞こえて来ている。そっと扉から中を伺うと、暴れるフェイの姿が飛び込んだ。
「フェイ!」
 思わず飛び出したものの、身体中が痛み全身の力が抜けてアルベルトは思わず膝から崩れ落ちてしまった。慌てて顔を上げた瞬間、アルベルトを見詰めるフェイの瞳に全身が強張って行く感覚を覚えた。
 相変わらず光のない瞳に揺れる、怒りと、胸が苦しくなるような悲しみ。
「わんこ、動いちゃダメだろう!?」
 ミトに支えられて立ち上がると、アルベルトの首輪に光る黒いタグを見詰め、フェイは震える声で呟いた。
「もう、戻れないんだぞ」
 そんな事は誰よりもアルベルトが分かっている。
「後悔はない」
 だからどうか、そんなに悲しまないでくれ。アルベルトのその思いが伝わる筈もなく、フェイは逃げるように部屋を去って行った。
 取り残された部屋の中、ラフターがアルベルトに強く語り掛ける。
「アル、俺はおまえに賭けたい。フェイの心に触れる事が出来るのはきっと、同じ道を歩んで来たおまえだけだ」
 ミトが続くように、強くアルベルトの手を握った。この男達が何を賭けてくれたのか、それすらも分からないのに、その思いに応える事が出来るのだろうか。それでも、答えなど一つしかない。

 アルベルトは手を引かれゆっくり二階へと上がる。その胸に、不安がない訳ではない。
「もし、またフェイを傷付けてしまったら、私を殴ってくれるか?」
 振り向いたミトは少し驚いた後に、白い歯をみせて笑った。
「思いっきりいくよ?」
 本気で拳を固め素振りをするミトの姿に、アルベルトもつられて笑った。
 きっと大丈夫だ。間違った時罰してくれる人もいる。臆する事はない。そう心に鞭打って、アルベルトは開かれた扉の中へと一人足を踏み入れた。俯いたまま何時ものように煙草を巻いていたフェイは、アルベルト視線を向けると顔を顰めた。
「どいつもこいつも勝手な事をしやがって。おまえに客はまだ取らせないと言った筈だ。変態だったから良かったものの、下手したら築いて来た物が全て消し飛んでいたんだぞ」
 築いて来た物とは、フェイの人買いとしての信用だろうか。そう思うと、疑問ばかりが先走る。
「フェイは、何故人買いに?」
「余計な事を言うな。お前はもう黒札付きの奴隷なんだ」
 いつもならその横暴な態度に怒りを覚えただろう。だがその時アルベルトは、怒りすら忘れ、目の前の男の心の奥に潜む何かをただ知りたかった。
「フェイ、教えてくれ。お前は一体、何をしようとしているのだ」
「俺に構うな!」
 あまりにも突然に発せられた怒声。アルベルトはこれ程までに強い怒りを向けられた事がない。そして、これ程純粋な苦悶も。
「何も望みたくない、期待したくない、俺は、一人で生きていくしかないんだ。だからもう、踏み込まないでくれ。お前の強さが、怖いんだよ」
 その言葉に、アルベルトはフェイの心に触れる事が途端に怖くなった。アルベルトはフェイの事を勘違いしていた。遥彼方を見据える瞳は強くて、孤独の中を真っ直ぐに生き抜くような姿を嫌いながらも心のどこかで憧れていた。
 だが小さく震える姿は少しでも触れただけで壊れてしまいそうで、触れたらもう二度と、見てもくれなくなりそうで。憎まれてでもこの寂しい男の側にいたいと思い、私が側にいる──そんな無責任な言葉を思わず言ってしまいそうになった。

 この時傷付けてでもフェイの手を取る事が正しかったのだろうか。孤独を生きてきた男を無理矢理その道から引きずり下ろす事が正しかったのだろうか。だがこの時、アルベルトにそんな勇気は無かった。フェイの全てを知らなかったから。その心に隠した信念を、抱えた罪の重さを、フェイが無意識の中で自身に向け救いを求めていた事を、何一つ知らなかったからだ。知っていたらフェイの心をこれ以上闇に沈める事も無かったのだろうか。アルベルトはいつでもそんな愚問を繰り返す。答えなど、ありはしないのに。

 朝の刺すような寒さに目を覚ます。冬も間も無く終わるというのにこの辺りはまだ酷く冷え込む。見回した薄暗い小屋の中は眠る人々の息遣いだけが弱く聞こえた。
 身体を起こすと小さな金属音が耳に響く。そっと自分の首に伸ばした手に触れた、ひんやりとした金属の感触。アルベルトはもう王でもなくなった。そして一ヶ月前に、ブラックタグの奴隷になった。強制的に仕込みが終わり、フェイともそれ以来顔を合わせていない。フェイを知りたいと思っていたのに、心の何処かで安堵している自分もいた。
 あの日、フェイはアルベルトを拒絶した。それからアルベルトは何も分からなくなってしまったのだ。この世には、決して触れてはいけない、そんな物があった事を知った。孤独を生きるフェイの側にいたい。そう思っても踏み出せなかったのは、アルベルトがまだフィリアを思っているから。もう帰る事など出来ないのに、それでもシンを、エルバントを、愛しているからである。生半可な気持ちで向き合える程フェイの心の闇は浅くは無くて、その闇に飲まれてしまう事がアルベルトは怖かった。

 そして長い時間小屋にいるようになり気付いた事は、ここの奴隷の扱いについてである。奴隷とは金で売られ人の手を渡るものとアルベルトは思っていたが、どうやらここは違うらしい。仕事が入ればルーイが迎えに来て、仕事が終わると小屋に返しに来る。朝晩の食事はミトが運んでくれるし、ラフターがマメに診察をしにくる。ここはまるで二食医者付きの住み込み仕事斡旋所のようで、いくら世間知らずでも少しおかしい事ぐらい分かる。それでもここに来た日に鎖で繋がれ、牢屋のような檻の中に入れられた人を思い出すと分からなくなってしまう。フェイは何故人買いに身を堕としたのか。信じたくはないがやはり、金の為なのだろうか。そんな事を考える余裕がある程、アルベルトは時間を持て余していた。
 フェイがブラックタグを扱って来なかったからか、アルベルトも少女もあれ以来仕事がない。具合の悪そうだった少女は今ではすっかり良くなったらしく、食事も食べるし、相変わらず俯いてはいるが顔色も悪くはない。このまま何もせずに暮らせたら、そんな思いすら頭を過っていた。

 しかしそんな事はある筈もなく、それから更に一週間後。遂にその時は訪れた。
「仕事だ、出ろ」
 扉を開いたルーイがブラックタグの少女に言い放つ。アルベルトの胸は酷く痛み、あの恐怖が蘇る。この少女はどうか殴られませんようにと、アルベルトは心の中でそう願った。しかし頼りなく立ち上がりルーイに近寄ったと思ったら、少女は突然そのまま崩れ落ちた。
「大丈夫か!?」
 慌てて駆け寄ると、少女は苦しそうに肩で息をついている。
「私が、代わりに行くから。ゆっくり休むといい」
 その言葉に少女が反応する事は無かったが、少女を小屋の隅に寝かせ、アルベルトはルーイに視線を向けた。あからさまなしかめっ面が目に入ると途端不安に襲われる。大丈夫だろうか。また取り乱したりしないだろうか。フェイの築いて来た信用を、無にする事はないだろうか。それでもやるしかない。アルベルトは何度もそう言い聞かせた。

 そのままルーイに連れて行かれた場所は、フェイの部屋であった。一ヶ月ぶりに会うその男は、初めて会った時と同じ、光のない瞳でアルベルトを見据えた。何もかもが振り出しに戻っていた。いや、初めから何も進んでいなかったのだ。あまりにも頑なで強い男の心を前に、アルベルトは何故か酷く淋しくなった。
 アルベルトがそんな事を考えながら呆然としていると、フェイは不機嫌そうに舌打ちを放った。
「俺の信用を地に落とすつもりか」
「そんなつもりは……」
 全くないのだけれど、結果としてそうさせてしまうのだろうか。その不安はアルベルトの中で常に渦巻いている。
「ブラックタグとして、私はどうする事が正しいのか分からない」
 教えてほしいのだ。あの欲望を前に、一体何をしたらいいのかを。しかし、突然響いた机を叩く鈍い音に身体が小さく跳ねる。
「甘えるな、糞犬が。俺は一度客前に出した者に、何色の札であっても仕込み直しはしない。これはおまえの選んだ道だ。全て自分で考え、自分で見つけ出せ」
 そう言い放つフェイにあの日見たあまりにも脆い姿はまるでなく、やはり誰よりも強い男に思えた。
 アルベルトはいつもシンに守られ、そしていつも誰かに支えられて生きて来た。どんな苦しい時でも側で心を寄せてくれる、ジャックやミトの存在があった。一人で生きた事がないアルベルトには、その寂しい人生はきっと耐える事など出来ないだろう。アルベルト自身それで良いと思っていた。だがその強さが、今は欲しいと感じた。

 そのままフェイの部屋を後にし、アルベルトはルーイに引かれ街へと出た。今日はどこへ行くのだろうか。そんな事を考えながらぼんやりとルーイの足元を見て歩いた。
「おまえ、変な奴だな」
「え?」
 振り返る事なくルーイは突然に口を開いた。
「何で他人なんか庇うんだよ。ラフターさんの言う通り、おまえは黒札に向いていない。デバックさんの事もはっきり言ってこっちとしては死活問題だった。信用を失ったら俺たちだけじゃない、奴隷達も、全員路頭に迷うんだぞ」
「すまない……」
「なのに何で、そんなおまえに賭けてみたくなるんだろうな」
 ルーイは確かに、そう言った。足を止める事もなく、冷たい風に掻き消される程に小さな声だったけれど、アルベルトはその言葉が何故か、ずっと胸に残った。

 そして漸く辿り着いた家は前回と同じデバックの家だった。またおまえかと言った顔には、何故か暗い喜びを秘めて見えた。アルベルトは強く心に言い聞かせた。もう恐怖を前に逃げ出すなんてそんな自分勝手なミスは許されない。あの家に住むフェイやルーイやラフターやミト、そして奴隷の人々の為に。
 乱暴な男を前に、アルベルトは心を閉じた。これは仕事なのだ。何も考えるな。何も──その時に、アルベルトは全てを悟った。
 フェイが旅から帰って直ぐに見せたあまりにも苦悶に満ちた表情は、こう言う事だったのだ。心を閉じ作業的に自身を抱くフェイの心を思うと、涙ばかりが溢れた。知ったとしてもアルベルトはその心に触れる事さえ許されない。それが、堪らなく悔しかった。

 厳しい冬が過ぎ去り、穏やかな春を越えて、人買いの街ラブールに再び夏の日差しが降り注いだ。アルベルトがここに来て丁度一年が経っていた。あれから徐々に仕事は増えていた。アルベルトが呼ばれる事もあったし、少女が呼ばれる時も必ずアルベルトが代わりに出ていた。別に好き好んで身代わりをする訳ではないが、身体が弱い少女はいつもルーイが来ると倒れてしまうのだ。この小さな小屋の中で少女を救える者は同じブラックタグのアルベルトだけ。ただそう思っただけであった。
 アルベルトは当然女に買われる事もあったけれど、女を目の前に相変わらず身体は反応せず、その事で一時は大騒動ともなった。ラフターの診察の結果手の施しようがない、と言うよりも、身体が反応せずとも男客は取れるとの事でアルベルトはあっさり切り捨てられた。
 フェイとはあまり会う機会もなくなったが、あの男は相変わらずである。二人の距離も出会った時のまま。同じ屈辱を味わってもやはり、アルベルトとフェイは何かが圧倒的に違う。アルベルト自身いつしかそれが何か知りたいとも思わなくなっていた。アルベルトはこれまで知らなければ良かった事を知り、何度も後悔して来た。だからきっとフェイの心の内も知らない方が良い。そう自分に言い聞かせていた。
 ブラックタグとしての仕事はと言うと、心を閉じる術をマスターし、淡々と〝仕事〟と言う行為をこなした。こんな男を抱いて楽しいものなのか、それはよく分からない。だがミトとも相変わらず仲が良く、波風の立たない平和な日々が続いていた。

 そしてその日も少女が倒れ、代わりにアルベルトが出向く事となった。最近は暑さが厳しくなってきたから、きっといつもより身体が弱っていたのだろう。そんな事を思いながらアルベルトは小屋を出る。
 その日アルベルトを買った人物は、何度か会った事のある男であった。乱暴はしないし悪い人ではないのだが、とてもしつこい。その男に抱かれた後は酷く腰が怠く、立てなくなる程になるからアルベルトは苦手に感じている。
 アルベルトの姿を目に留めるや、男は何処か嬉しそうに微笑んだ。ブラックタグと客の間に、余計な物などありはしない。大した言葉もなく、男はアルベルトを寝室へと連れて行くなり、美しい金髪に愛おし気な口付けを落とす。
「また、君なんだね」
 それきり、言葉を交わすことはなく、男はアルベルトの唇に舌を這わせた。滑る舌先を無理やり抉じ入れ、男は歯列をなぞるように口腔を嬲る。不快を味わう一方、着衣の上からの念入りな愛撫に、アルベルトは微かに身を捩った。この僅かばかりの拒絶は、逆上せた男の脳には悦と捉えられるようだ。もっと反応を欲した男の筋張った指先は、何時も小さな胸の蕾を熟れるまで抓り上げる。そして勃ち上がった赤い蕾に、指で、舌で、念入りな愛撫を繰り返す。これを前戯と呼ぶ事など、アルベルトは知らないのだ。だからそうしないと何事もこの男は成せぬのだと思い込んでいた。
 やがてそれも済むと、男はアルベルトを四つん這いにさせ、漸く服を剥ぎ、全身を隈なく舐め回す。背骨のまっすぐなライン、内腿の付け根、そして、肉が削げた尻朶の間で姿を隠す襞の一つ一つまで。唾液で滑る秘孔へと筋張った指先が沈むと、アルベルトは遂に微かな声を漏らした。
「くっ、ん……」
 それは決して快感からの物ではなく、慣れぬ異物感故のもの。だが男は当然それに気付かず、気を良くし肉杭を打ち込み囁くのだ。
「気持ちがいいかい?僕も、良いよ」
 男は狂ったように腰を打ち付け、何度も何度もアルベルトの腹に精を吐き出す。幸せそうとも言える恍惚の表情。この行為の何がそんなに良いのか、金を払ってでも得たい物なのか、アルベルトが理解する事は一生ないのだろう。

 次の日はやはりずっと身体が怠く、アルベルトは朝からずっと小屋の隅で寝そべっていた。朝食を運んで来たミトが心配そうに覗き込む。
「わんこ、何か顔色悪いよ?ラフターさん呼ぶ?」
「いつもの事だ……大丈夫だよ」
 ミトは何か言おうとしていたが、アルベルトがそれを制して笑いかけると、渋々出て行った。アルベルトは心の内で、その悲し気な背中に謝罪の言葉を投げた。今日はなんだかいつも以上に怠い。人の事を考える余裕がなくなってしまいそうで、そんな姿を誰にも見せたくはなかったのだ。小屋の中の人々はアルベルトに興味がまるでなく、今も必死で食事に食い付いている。いつもは少し寂しいその光景も、その日はありがたい位に感じた。
 だが何時までもそうしては居られないし、取り敢えず食事を食べよう。そう思って重い身体を起こし、屑パンに手を掛けた時、鼻先を掠めたパンの匂いに、胃の中を通り過ぎ何かが逆流するようなあまりにも突然の吐き気が襲い、アルベルトは抗う事さえ叶わなかった。食事中になんて事を──そう思って慌てて始末しようと瞼を開いたアルベルトの目に飛び込んだものは、想像していたものとはまるで違う、ドス黒い大量の血だった。
 これは自分が吐いた物なのだろうか。これは一体──。頭の中が真っ白になると、同時に忘れていたかのように突然鋭い痛みがアルベルトを襲う。夏の暑さの中身体は熱を失い、ガタガタと震え出す。その激痛の中で、何人もの人が扉を叩く音と、助けを呼ぶ声を微かに聞きながら、アルベルトはそのまま意識を手放した。

 朝焼けに揺れる桃色の空、谷間を走る風に草木は歌い、夕焼けが川面を真っ赤に染める。夜には月明かりにぼんやりと浮かぶ農道をランタンを片手によく歩いた。夢の中のアルベルトはいつもフィリアにいる。手を引くシンが立ち止まり、優しく唇が重ねられる。全ては、夢──。
 シンはエルバントを愛しているのだ。エルバントはずっと兄である自身を憎んでいたのだろうか。気付けなかった愚かな兄を、許してくれるだろうか。また、笑いかけてくれるだろうか──。

 頬に感じた手の温もりにゆっくり瞼を開く。ぼやけた視界の真ん中に、漆黒の色が揺れる。
「……フェイ?私は、一体──」
 枕元に腰を下ろしていたフェイに頬を撫でられ、アルベルトは自分が泣いていた事に気付く。
「血を吐いて、ぶっ倒れたんだよ」
 その言葉で漸く思い出した記憶に、アルベルトは震える。フェイは静かな瞳でそんなアルベルトを見下ろした。
「どうしてそんなボロボロになってでも守ろうとする。気付いていたのだろう?黒札の女が、嘘を付いていた事」
 フェイの言葉にアルベルトの心臓が竦み上がった。
「どうか、彼女を責めないでくれ。仮病だと知りながら手を貸したのは、私だ」
 最初の不調でアルベルトを身代わりに逃れる術を知ったあのブラックタグの少女は、以来具合の悪いふりをしていた。それを、長い間アルベルトは黙認していたのだ。あの地獄のような苦しみを、知ってしまったから。
 その告白に当然怒ると思っていたフェイは、何故か今迄見た事のないような穏やかな微笑を浮かべている。
「心を亡くし、鎖で繋がれてしか歩けない奴隷達が、お前を助けてくれと扉を叩き続け、終いには扉を壊した。それが、何を意味するかわかるか?」
 アルベルトはゆっくりと首を横に振った。
「あいつらが心を、自分で考える力を、僅かでも取り戻したんだ」
 それはフェイにとって悪い事なのではないのだろうか。呆然とするアルベルトに向かい、フェイは言葉を繋いで行く。
「俺が何故人買いに身を堕としたのか、知りたいと言ったな。人権も名前もない、この世の地獄を生きる人々がそれでもただ生きようと足掻く姿を、俺は長い間見てきたからだ。奴隷の明日に希望などない。だからこそそのもがき苦しんだ人生の最後に、そんな人生でも悪くはなかったと、笑って欲しい」
 アルベルトは漸く触れたフェイの心に、驚きと共に喜びと、そして切なさを感じた。憎まれてでも救いたいと願うフェイは、自身なんかよりもずっとボロボロの筈だ。
「私はお前の事を、勘違いして──」
 言い掛けた言葉は、震える身体を引き寄せたフェイによって阻まれた。
「勘違いじゃない。俺は黒札だった癖に人買いに身を堕とした最低な人間だ。だからどうか、お前は同じ道を歩まないでくれ」
 同じ道を歩むなと言う言葉は、優しく見えて、明らかな拒絶を意味していた。孤独の中を生きるフェイ。この男はきっと死の淵までたった一人で生きるだろう。何故そんな道を選ぶ。その道の先で、フェイは穏やかに笑えるのだろうか。あまりにも強く抱き締められた腕の中で、アルベルトはこの男の淋しさに、そして自分のあまりの無力さに泣く事しか出来なかった。

 だがこの時アルベルトはフェイの本当の思いに気付いてはいなかった。その胸の奥の覚悟に気付いてはいなかった。気付いていたとして、何かが変わったのだろうか。それは、分からない。だがこの選択だけは間違いではなかった。そう思ったのは、アルベルトが暗い泥濘の中を生き抜いたフェイの全てを知った時だった。

 それからアルベルトは療養を余儀なくされ、その間はミトが暇さえあれば側に来てその心を癒してくれた。やっと明日小屋に戻れると聞かされた日も、ミトとアルベルトは眠りに落ちる直前まで話し込んでいた。
「今ね、わんこを買いたいって人が来てるよ」
「へえ、知っている人かな」
 ミトは少し考えた後、首を横に振った。
「旅人みたいでね、凄く、醜い人だよ。鼻がこんなにひしゃげてて、目もこんなに離れてて……口は、この辺についていたかな」
「……それは人か?」
 この辺と言いながら額を指していたミトは可笑しそうに笑い、子供の思考は面白いと、アルベルトもつられて笑った。一頻り笑い終わると、ミトは少しだけ寂しそうに呟いた。
「わんこは、そんな醜い人でも買われたいと思う?」
 アルベルトは口が額についている人を見た事はないが、その人を目の前にしても特に何も思わないだろう。
「ミトは例えば醜い容姿で生まれたとして、それだけで拒絶されたら悲しくはないか?」
 優しく髪を撫でると、ミトは真っ直ぐにアルベルトを見据えた。
「わんこはやっぱり、王様だね」
「王様?」
「わんこが倒れた日、俺思ったんだ。こんなになるまで人を守って、それに皆いつの間にか引き寄せられていて。扉を壊した奴隷、皆の顔に浮かんでいたものは、そんなわんこに向けられた尊敬と、愛情だったよ。わんこは王様。奴隷の、王様だ」
 奴隷の王様──それは一体、何だろうか。ここは国ではない。だから王は必要ない。それでもミトは何故、落ちぶれた自身を王と呼ぶのだろう。アルベルトには分からない。

 だが次の日小屋に帰ったアルベルトに、ブラックタグの少女は涙ながらに自らの過ちを悔いた。そして、ごめんなさいと。何も悪い事はしていない、自分はしたいようにしただけだ。そう言っても少女は泣き止んではくれず、その時小屋の誰もが優しく、少女の背中をさすってくれた。蔑まれ続けた人々の瞳に宿る輝き。それはとても、優しい色をしていた。

 それから三日後。アルベルトは遂にその醜い人と対面する事となった。
「目隠し!?」
 突然大声を上げたアルベルトに、フェイは鬱陶しそうに舌打ちをくれた。
「あまりの自分の醜さを見られたくないんだとさ」
 その人はそれ程までに自分を卑下しているのか。何と可哀想な人なのだ。誰もその心に、寄り添ってはくれなかったのだろうか。そう思えばこそ、アルベルトは深く頷いて見せた。
「旅人らしいから今日は一階だ。準備が出来たら俺が連れていく」
 アルベルトはまた小さく頷いた。口が額についている人間など多分いないだろうけれど、奴隷にすら見られたくないなどどれ程醜い姿なのだろう。その姿を見るだけで、傷付けてしまうのだろうか。その恐怖はあれど、アルベルトに選択肢はない。
 目隠しをされ、フェイの部屋を出る。手を引かれゆっくり階段を一段降りるその度に、何故かフェイは握る手の力を強める。こんな事は初めてだから、上手く出来るか心配で緊張しているのだろうかと、アルベルトは決め込んだ。
「心配しなくても大丈夫だ。お前の信用を穢さぬように上手くやるよ」
「当たり前だ」
 そう言って何故か、フェイの強くアルベルトを抱き締めた。
「……フェイ?」
 胸騒ぎにも似た胸の鼓動が身体に鈍く響く。顔が見たい。フェイは一体、今何を思う。アルベルトの心に再び芽生えた、この男を知りたいと言う想い。だがフェイはやはり、それを許さなかった。
「行ってこい」
 そう言ってゆっくりと身体から離れて行く温もり、耳に聞こえる扉の音、一瞬触れた心、この暗闇の向こうに、その答えはあるのだろうか。

 真っ暗な闇に感じる人の気配。見えない恐怖は、アルベルトの想像以上のものだった。何か手がかりをと思って伸ばした手を〝醜い人〟はゆっくりと取ってくれた。その大きな掌から伝わる優しさに、アルベルトの塞がれた瞳から涙が溢れた。
「目隠しを、取ってはくれませんか?」
 小さく髪が揺れる拒絶の音が聞こえる。
「そんなにも、自分が醜いと?」
 答えの代わりに、今度は強く手が握られた。一体この人に何があったのだろう。自分を卑下する事がどんなに苦しい事か、黒札に身を落としたアルベルトは知っている。その醜い姿を見てしまう事が、どれ程に傷付けてしまうかも今ならば分かる。それでも、この掌に感じる自分の思いを信じたい。
「どんなに醜くても構わない。あなたの姿が見たい──シン」
 アルベルトがこの手の温もりを忘れる筈が無い。その優しさを、忘れられる筈が無い。
「アル様……!」
 耳に馴染んだその声に慌てて目隠しを外すと、もう二度と会えないと思っていた男の、変わらぬ姿がそこにはあった。

 その日アルベルトの首からはフェイの手によって奴隷としての証である首輪が外された。優しく微笑んだその顔に、視界が揺れる。
「何泣いてんだよ、バカ犬」
 勘違いしたまま嫌い続けなくて良かったと、アルベルトは強く感じた。その心はきっと、フェイを愛し始めていた。気付く前に旅立つ事は、運命だったのかもしれない。
「二度と、戻ってくるなよ」
 そう言うフェイの瞳は少しだけ、寂しそうに揺れていた。
 夕焼けの街にヒグラシの声が響き、夏が終わろうとしている頃。アルベルトにとって苦しく辛い思い出ばかりで、それでも涙が止まらないほど愛しい街に、そして愛しい人達に別れを告げた。

 変わらない姿を自ら醜いと卑下したシン。想いを隠し二度と戻るなと言ったフェイ。二人の心をアルベルトは知らない。いつでも〝その時〟が来なければ気付かない、愚かで、そして知らぬ間に大切な人を傷付ける、酷い人間だ。アルベルトは何時もそう自分を戒める。ミトは何故こんな男を王と言ったのだろう。幾ら考えたとて、アルベルトにはやはり分からなかった。
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