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『Underground caT』
序章
しおりを挟むいつか誰かが言ったんだ。雪は寂しい子だねって。愛のないセックスなんて虚しいだけだよって。
愛のないセックスが虚しいだなんて、誰が決めた。愛のあるセックスの方が俺にとっては苦痛なだけだ。ほら、今日もその〝虚しいセックス〟で、満たされている俺がいる。
煌々と灯る蛍光灯の下、服を脱ぐ事さえ忘れ、俺は打ち付けられる怒りを貪っていた。
「雪、何でお前は……!」
がくがくと腰を震わせる男はそればっかり。バカの一つ覚えみたいにそう言って、殴る事が出来ない代わりに怒りを欲望としてぶつけているのだ。
嫉妬に狂い我を忘れたそんな男の下で、乱暴に組み敷かれた俺は痛みにも似た快感を貪る。熱り立った凶器が内蔵を抉る感覚に何もかもが真っ白になって行く。延々と続く手加減のない突き上げに、最早出るものもない。
幾度も幾度も欲望を注ぎ込み、ようやく空が茜色に染まる頃、男は満足したのか、穿った杭をゆっくりと引き抜いた。ずるりと内壁が擦り上げられ、また俺は小さく痙攣した。長い時間に及んだ行為に疲れ果て、くたっとベッドに身体を投げる俺を、男の腕が乱暴に抱き寄せる。
「雪……!酷い事してごめん、でも僕、雪を愛しているんだ、分かるだろう?」
せっかく気持ち良く終わったのに、その言葉で一気に頭が冷え切って行くのを感じた。嗚呼、最悪。
「……俺の事を、愛しているって?」
重い身体を無理矢理に起こして男に視線を投げると、男の癖に情けなく潤んだ瞳がぶつかった。
「愛しているよ、雪。誰の目にも触れないように閉じ込めておきたい。縛り付けて、僕だけの物にしたい。なのに……どうしてお前は!」
ここにくる前、他の男と一発かまして来た事を言っているらしい。態とらしく内腿にキスマークを付けさせたのだから、気付いて当然なのだけれど。
こんな風に嫉妬に狂った暴力的なセックスは好きだ。頭の中がグチャグチャになって、何も考えられないから。俺にとっては痛みすら極上の快感なのだ。
喉の奥から込み上げる笑いを噛み殺し、ぞんざいにベッドを離れる。
「雪、どこに行くんだ!」
恥ずかしげもなく大声で俺を呼ぶ声はいつ聞いても鬱陶しい物だ。一体何度、この滑稽な悲鳴を背中で聞いてきた事だろう。
部屋を出ようとする俺を引き止めようと慌ててスラックスを穿こうとしたものだから、男は派手にコケた。バカ過ぎて思わず噛み締めた筈の笑いが吹き出してしまった。本当、頭悪過ぎ。だけど笑わせてくれたお礼に、男が好きだった笑顔を向けてやる。
「あんたとのセックス、割と好きだったよ」
重い玄関の扉が静かに閉まる音が、遥か遠くで聞こえた。
閉じ込めたい?縛り付けておきたい?アホ臭い。捕まえられるものなら捕まえてみな。俺は誰の物にもならないし、媚びるなんて真っ平ごめんだ。
マンションを少し離れ、大きく伸びをしたら、肺に吸い込んだ冷たい冬の空気がピリッと染みた。それにしても我慢してシャワーだけでも浴びれば良かった。気持ちが悪い。あの男の執拗な行為で全身がべたべたするし、中に出された物がまだ残っている。早く帰ってシャワーを浴びたい。その一心で、俺は夜の帳が落ち始めた住宅街を急いで歩いた。
ようやく自宅である小綺麗なマンションの扉を開くと直ぐに、何時も通り玄関に走る足音が聞こえる。
「雪、おかえり!」
犬みたいに走り寄って来た男は、苦しい程に強く俺を抱き締めた。少し乾燥した唇が、待ち切れず首筋を這う。
「ね、待って、母さんは?」
俺の質問なんかそっちのけで、男は全身を弄っている。さっき迄別の男を呑み込んで悦んでいた身体は、そんな小さな刺激をも貪欲に感じ始めていた。身体が小さく反応する度に、意思に反して唇からはふしだらな熱い吐息が漏れる。
「雪、また誰かに?」
耳元で響いた低い声に全身が一気に粟立つ。身体を離して見詰めると、眼鏡の奥の瞳が怒りにゆらりと煌めいていた。薄いフレームの上品な眼鏡がよく似合う。どっかの大学の教授らしいけど、まさしく知的な人だ。
唇に触れるだけのキスをして、肩に頭を預ける。何時ものようにスラックスに手を伸ばすと既に硬くなり始めていた。真面目な先生も所詮は男だ。俺の身体から香る別の男の匂いに反応したのだろう。そう思うと自然と口元が緩む。
「ごめんなさい、でも、つい寂しくって……俺達は戸籍上は親子だし、義父さんも、分かるでしょう?本当は愛し合っちゃいけないの」
禁断の味を思い出すや、義父の瞳が切なげに揺れた。
「もう、何も言うな」
乱暴に唇が塞がれ、性急に手が服の中へと滑り込む。骨張った男の指先は腰のラインを掠め、背筋の窪みをなぞり、別の男に弄ばれ腫れた蕾の周囲を念入りに擽る。俺は態とらしく苦し気に鼻から甘い吐息交じりの嬌声を上げ、執拗な愛撫に身を任せた。
この男は三ヶ月前に母親の再婚相手としてこの家に来た。以来俺は母親の目を盗んではこの男に抱かれている。若くて知的で人気者の癖に、とんだ大学教授だ。
僅か三ヶ月で知り尽くした指先が、遂には我慢出来ず敏感な箇所ばかりを責め立てる。
「やっ、義父さんっ……!」
その言葉で一瞬、男の手が止まった。この男は簡単だ。甘い喘ぎの隙間にそう呼んでやれば、一瞬ビクリと身体を強張らせる。自分の妻の連れ子、しかも未成年の少年を抱いているなんて、最高にイケない性癖だ。その背徳心を煽ってやればこいつは俺の手の中で踊るだけ。
この男の中で俺は、父親がいなくて、母親にネグレクトを受ける可哀想な美少年。俺はただそれを忠実に演じてあげる。溺れやすいように、優しく手を引いてあげる。甘い声で囁いて、破滅の暗い喜びを与えてあげるんだ。
堪え性のない男は耐え切れず、俺を玄関の壁に抑え付け背後から激しく熱り立つペニスを突き入れた。既に解された秘孔は直ぐに脈打つ肉杭を呑み込み、別の男の影を残したままに快感に打ち震える。あくまでも優しい律動は、冷静になった筈の快楽への欲求を大いに刺激した。だから飛び切り可愛い啼き声を上げてベッドに誘い、それでも俺を労わるような痛々しいセックスを愉しんだ。
義父の吐き出した欲望は、受け止めきれずに溢れ出る。勿論それは義父の物ではないのかもしれない。実際、義父が吐精する前にも太腿を伝った感覚はあった。
この三ヵ月。抱かれる度にこの男の耳元で愛を囁いた。男もそれに答えてくれた。それなのに、俺は他の男に抱かれる。自分が今支配している筈の物が知らない所で誰かに身体を許している。それが男を暗い嫉妬の闇に溺れさせる。手に入れている筈なのに、満たされない焦燥が心を蝕んで行く。痺れた頭の中で、俺は小さく笑った。
そんな愛の確認作業を終えれば、何時も通りのピロートークが始まる。
「ごめんね、いつもお前にばかり辛い思いをさせて。……雪?眠ってしまったのかい?」
少し掠れた声が小さく囁いて、汗で額に張り付いた髪を優しく梳いて行く。俺は寝たふりを決め込んで、今か今かと〝その言葉〟を待っていた。俺の読みでは今日辺り、聞けるはずなのだ。
義父は何度も何度も寝ている俺の唇を犯し、まだ汗の滲む薄い胸を舌先で撫でる。そして素肌の感触を確かめるようにゆっくりと指を這わせながら、遂に待ち兼ねた言葉を吐いた。
「愛しているよ、雪。……ここから二人で何処か遠くへ逃げたら、俺達は幸せになれるのかな」
あまりにも計画通りで、寝たふりをしていたのにも関わらずうっかり吹き出してしまいそうになった。これで三ヶ月、胸糞の悪い愛の言葉を我慢していた甲斐があったってもんだ。
ねえ、母さん。また俺の勝ちみたいだよ?これで俺の何連勝目だろうね。あんたにもう勝ち目なんかないんじゃない?このゲームいつ迄続ける気?あんたか俺が死ぬ迄?ならせいぜいこの世に俺を産んだ事を心底後悔しながら死んで行けば良い。俺はそれを見ながら、涙が出る位笑ってやるよ。
これは俺の復讐。愛と言う不確かで胸糞の悪い感情崇拝主義のこの世に生まれて来てはいけなかった欠陥品の、最初で最後の悪足掻きだ────。
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