Undergroundシリーズ

鴻上縞

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『Underground wolF』

迷子

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「はあ……」
 ソファに身を沈めた白井さんが、何度目かの深い溜息を吐いた。時折小さく痛いと言いながら腰をさする度、野次馬根性丸出しの慎太郎さんが大袈裟に笑う。だが白井さんは軽く横目で睨むだけで何時もみたいに詰る事は無かった。詳しくは聞かされていないけど、どうやら白井さんは何かとんでもない醜態を晒したらしい。腰が痛いって事は転んだとかなのだろうか。
 遂にげらげらと笑い出した慎太郎さんに向けて、雪さんが呆れたように溜息を吐いた。
「やめなって慎太郎。本当シャレにならないんだから。将生さん大丈夫?」
 珍しく優しい気遣いを見せる雪さんを見る事もなく、これまた珍しく白井さんは打ち拉がれたかのように両手で顔を覆った。
「立ち直れない」
「隆司さん!立ち直れないんですって!」
 吐き出された弱音に再び爆笑しながらこれ見よがしに転げ回る慎太郎さんを前に、流石の山室さんも閉口していた。いや、慎太郎さんの気持ちは分かる。普段こき使われ、挙句冷笑を浮かべ悪態を付かれてる慎太郎さんにとっては、この上ない仕返しのチャンス。もし俺が慎太郎さんの立場なら、同じく笑い転げるだろう。だが一般人の俺達とは違い、山室一家はどうやら二人揃ってのお人好しらしい。
「でも良かったじゃん。相手優しかったんだろ?」
 ……優しかった?相手?
「何の話し?」
 思わず割って入った俺を面倒臭そうに見やり、白井さんはふいと視線を逸らした。
「良いんだよ君は別に知らなくて」
 俺には不機嫌の理由も、こんな風に隠されてしまう。

 白井さんは昨日丸一日帰って来なかった。朝から山室さんが慌ただしく動き回っていた事は知っていたが、俺は詳しく教えてもらえなかった。そしてついさっき、二十三時を回る頃に山室さんと慎太郎さんの肩を借りて帰って来た白井さんは、何だか酷く憔悴していて、そのままソファに倒れ込んで今に至る。
 そんな俺達の顔を見るのも嫌なのか。白井さんは突然面倒臭そうに上体を起こし、眉を顰めながら物憂気に溜息を吐いた。こんな訳のわからない状況でもゾッとする。この人の色気は一体何なんだろう。珍しく乱れる少し長い前髪を掻き上げ現れた形の良い眉間には、くっきりと皺が寄っていた。どうやら小さな動き一つで相当痛いらしい。
「山室達はもう帰ってよ。明日は取り敢えず休み。先方には──」
「連絡しときましたよ」
 食って吐かれた山室さんの言葉に白井さんは大袈裟な程驚いていた。部下である山室さんが仕事の穴を開けないように動く事がそんなに意外なのか、俺にはいまいち分からない。だけどきっとこの人はこんな風に何時も、誰にも頼らず生きてきたのだろう。
「……そう。迷惑かけたね。おやすみ」
 そう言って再び溜息を吐き出し軽く扇いだその手に払われるように三人は帰って行った。
「風呂、入ったら?」
 相変わらず深い溜息を吐き出され、重い空気に耐え切れずそう切り出すと、白井さんはゆっくりと天井を仰いだ。
「……そうだね」
 しかし気怠げに腰を浮かした瞬間、小さく呻いて白井さんの身体は再びソファに沈んだ。その衝撃さえ痛むようで表情も一層険しくなるばかり。それが相当こたえたのか、普段は自信家で強気な男はしゅんと頭を垂れた。こんな姿滅多に見れない。
「肩、どうぞ」
 半笑で手を差し伸べた俺に一瞬物凄く嫌そうな顔をしたものの、余りにも痛いのか、白井さんは仕方が無く従ってくれた。介護を要する爺さんみたいに縋られて俺は不覚にも一瞬、にやけたと思う。
 だが微かに鼻を掠めた、白井さんの匂いに混じる、知らない匂い。品の良いこの人は、首筋と腰元に近付かなければ感じない程度にしか香水を付けない。後は、髪を撫でられる時に手首から。馬鹿な俺はそれにもまた、堪らなく煽られる。白井さんの匂いは近くにいなければ分からない。今は恋人である俺だけしか知りえない筈だから。
 だからこそ、愕然としたんだ。分かっていた筈なのに。知っている筈なのに。この人は誰にも、どんな関係でも、例え遺伝子レベルで繋がっている血でさえも、縛る事は出来ないって事。だけどバカな俺は、ほんの少し希望を持ってたんだ。そんな物幾ら大切に持っていても、傷付くだけだと分かっていたのに。
 広過ぎる脱衣所でよれたスーツをゆっくりと脱ぎ捨てる背中をぼんやりと見詰める俺を、白井さんは手を止める事無く横目で見やった。
「何してるの?」
 確信を待ってる。そう心の中で呟いて、口は硬く閉ざしておいた。面倒臭いのかそれ以上白井さんも俺に構う事なく、順を追って生まれたままに近付いて行く。
 絶望は時に、甘美な毒となる。この男が俺に与えるその毒は何時も狂おしい程に幼い心を捕えて離さない。その味をしめた俺はやはり、瞬きすらも出来なかった。
 布地に隠されていた美しく完成された裸体には、数多凌辱の痕が残っていた。薄い肌に花開く鬱血痕だけならまだしも、猟奇的な歯型までクッキリと。燃え上がる嫉妬心と共に、これもまた俺には分かってしまう。例え直ぐに消えようとも、どんな小さな傷痕でも良い。この男に触れた証を残したい気持ち。
 震える指先を一番目立つ鎖骨の下に押し当てると、白井さんは不機嫌そうに俺を見下ろした。
「……何?」
「昨日は随分激しかったみたいですね」
 芽生えた残虐性に呑まれるまま、色付いた突起を力任せに抓り上げる。びくりと大袈裟な反応を見せたと思えば、力の入って無い腕はそれでも乱暴に俺を払った。
「や、めろって!」
 何時もは俺を溶かす事しか無い澄んだ声が甘く濁る。紅く腫れたそこは、確実に誰かに弄ばれた証。
 嗚呼──この人は最低だ。
 熱い怒りに身体が震えた。その後自分が取った行動は、余りにも衝動的な物だった。
「いっ……!」
 重い音ともに床に組み敷いた身体から小さな悲鳴が漏れる。白井さんは痛みに顔を顰めながら片手で俺を押し退けようと足掻くも力が入らず、早々に諦め深い溜息を吐いた。
「……冬弥、悪ふざけはよしてくれ。もう暫くセックスは懲り懲りだよ」
 悪びれもなく放たれた言葉はきっと、態となのだと思う。だけどそれが分かったからと言って、この怒りを抑えられる程俺は大人じゃなくて、そして何よりこの男は人の心を掻き乱す事に関して、天才だ。
「あんたは、最低だ」
 胸が灼けるように痛むのに、頭だけが冷えて行く。
「今は俺の……恋人なんじゃないの?」
 思わずぼろっと零れた涙が思いの外熱くて、慌ててそれを拭った。そんな俺を見上げる瞳に色は無い。恐ろしい程に冷たい物だ。なのに吐き出された溜息の熱さが、悪戯に心を擽る。
 腰が痛くて立てない位、昨日この人は俺以外の誰かとの行為に溺れた。色んな話しを組み合わせてみてピンと来たが、この白井さんが……信じられない。どんな風に?何処の誰?苦しくて、気が狂いそうだ。なのにこの傲慢で冷血ですました男が見知らぬ誰かに抱かれている姿は、悲しい、悔しい、そんな感情を凌駕する程、まるで暗い泥濘の様な、ドス黒い欲情を掻き立てた。
「聞こえなかった?しばらくセックスはしたくない」
 何時迄も馬乗りになったままの俺に痺れを切らした男が発した声は、何時も通り。凛と張った、高圧的な物だった。
「俺は、白井さんを愛してるって──」
「分かってる」
 続きを待たずに放たれた言葉に、突き放すように揺らめく切れ長の瞳に、胸の何処かが悲鳴を上げた。今この男の口を塞がなければ、そこにはもう、絶望しかないだろう。
「でもね、冬弥。君の愛って何だい?」
 俺はその真っ直ぐな問に、やはり答える事は出来なかった。
「ほらね、君には分からない。今はそんな不確かな言葉なんて聞きたくないんだ」
 罪な男。その言葉がよく似合う。人を惹きつけ、人を狂わせ、結局は誰も寄せ付ける事なく切り捨てる。俺はこの人の一体何処が好きになったのだろう。
 痛みに眉を寄せる白井さんを見下ろしていたら、さっきの言葉がぐるぐると頭を回った。白井さんに向け、白井さんに求めた愛情とは何か。その時俺にはもう、分からなくなった。

 しばらく思考が付いていかず、俺はただ呆然としていた。白井さんはそんな俺から視線を逸らす事なく見上げている。けれど絡み合う視線の間にはやはり何一つ、ありはしなかった。あるとすれば、何だろう。その例えさえ浮かばない程に何もなかった。
「俺は今君を挑発したんだけどね。君はそれに噛み付く事も出来ない?」
 不意に白井さんは口を開き、するりと頬を滑った指先が髪を絡める。俺は思わず撫でられた猫のように首を竦めた。挑発的な瞳に映る自分の顔は、こんな屈辱や灼けるような痛みにさえ甘く溶けていた。
「どう思ったの?俺が、君以外の誰かに身体を許す事」
「嫌に決まってるだろ!」
 思わずそう叫んだ瞬間、髪で遊んでいた指先が乱暴に俺の頭を引き寄せ、鈍い痛みが首筋を駆ける。思わず細めた瞼を開けば、相変わらず憎たらしい顔がそこにはあって、だけど近過ぎるこの距離は、悪戯に鼓動を早めるだけだ。
 街行く人が思わず振り返る程、完成された美貌。心の底まで見透かすような深い藍色の瞳。少し伏せった長い睫毛が、切れた目尻をより際立たせている。高貴な威厳や自尊心の塊のようでいて、だけどその何にも興味関心がないような、余りにも空っぽで、だけどその空虚さえ美しい男。そう。元からこんな人が、俺みたいな普通の高校生に気を取られる訳はない。だからこそ俺は狂ったのかもしれない。この男に狂わなければ、こんな風に蔑んでさえくれない気がしたから。
「それじゃあお詫びに教えてあげるよ冬弥。君が気になる事を、全部ね」
 もう何も聞きたくなくて、慌てて身体を退かそうと身を捩ってみたけど、強く掴まれた頭は微かに揺れるだけで意味を成さなかった。嗜虐心に火が付けば、この男は誰に対しても微塵も手を緩めない。
「何から聞きたい?俺が君で満足出来ない理由?この身体の痕跡の訳?どんな男に身体を許したか?それとも、愛とは何か?」
「そんな事っ、聞きたくない!」
 それは本心の筈なのに、何だか胸に紗が掛かったような不安感が渦巻く。
 白井さんはそんな俺を落ち着けるかのように軽く唇を重ね、嫌味な程優しく微笑んで見せた。
「君は知りたいんだよ。愛情とは何なのか。だけど今はそれよりも、俺がどんな顔でよがって、どんな声で啼いたか──そっちの方が気になる?」
「やめっ……!」
 滑り込んだ温かい手が、汗の滲む腰元を緩やかに撫でて行く。
「何処に触れられて、どんな風に感じたのか迄、君は想像した」
 態とらしく耳元に唇を寄せた白井さんは、余りに突拍子もないことを言ったんだ。
「君の愛はね、動物と一緒」
「……は?」
 何を言っているんだ。本気で訳が分からなかった。そんな俺に諭すかのように、白井さんは噛み砕いて言葉を繋ぐ。
「より強い遺伝子を求める雌と同じ。可笑しいね。君は男の子なのにね。でも同じような物だよ。君が俺を欲する気持ちは、今は欲情でしかない。それ以外は後付けの、嘘っぱちさ」
 余りにも冷酷な言葉を吐き出す唇は、耳を這う度熱さを増して、無情に突き放す指先も、思わず涙が出る程優しい温もりを有していた。その温度差さえ、思考を溶かしてしまう。
 しかし攫われる寸前で白井さんは手を引いた。
「だけどそれは君の所為じゃない。俺の所為だ」
「……え?」
 この男が、自分を責めた。明日は雪でも降るのか。
 余りの驚きに目を見開いて見詰める俺から面倒臭そうに身体を離し、痛みに眉を顰めながらも、白井さんはどうにか放心する俺を退けた。
「さあ、遊びはお終いだ」
 浴室に消える直前。地獄を背負う背中が小さく呟く。
「お休み」
 その言葉が何故かどんな言葉よりも優しく感じて、何だか涙が止まらなかった。
 分かっている。誰にも頼らず一人で生きていたとしても、俺はまだ、世間知らずのガキのまま。迷い込んだこの迷宮は、俺にとっては余りにも深すぎた。だけど今更戻る術もない。

 それから俺は毎日ソファで夜を明かし、純平に雪さんに山室さんがいるお陰で賑やかな昼間を過ごす。そしてそれから暫くしてから、空が藍色に滲み始めた頃。思い出したように高層マンションを出て、住み慣れた地元の駅へと向かった。
 夕暮れに沸き立つ見慣れた白い校舎。すれ違う夏服の制服に身を包んだ学生達。皆、夕焼けに赤く染めた顔を綻ばせていた。予鈴のチャイムと共に、賑やかな教室の扉を開く。おはようと言って迎え入れてくれる変わらないクラスメイト達の顔に、何だか悪い夢でも見ていたかのような錯覚に陥った。
 軽く挨拶を交わし自分の席に辿り着くや、ペンキ塗れの作業着に身を包んだ結城さんと、相変わらずトーンを落としたシックな装いの榎木さんが揃って目を丸くした。
「おー半沢!お前、連絡位返せよなー?まじで死んだかと思ったよ」
「本当だよ。今日も来ないかと思った」
 口々に好きな事を俺にぶつける二人の相手も、今日は上手く出来そうにない。引きつった笑みを浮かべ席についた所で、漸く担任のガッキーが騒がしい教室に現れた。今日に関しては助け舟。
 今日から夏休みを終えて、学業再開となる。夏休み明けに生徒が減っている景色は、定時制ならば良くあること。それでも皆それぞれに楽しい夏休みの思い出話しに花を咲かせていた。
 そんな相変わらず賑やかなHRを終えると、再び尋問の嵐が襲う。
「なあ、あの後どうなったんだよ」
「やめなって翔太」
 怠そうに止める榎木さんは、きっと良くない結果になったと予想したのだろう。それが無性に腹立たしかった。どうせ俺みたいな普通の人間が相手にされる訳もない。そんな当たり前の事、俺が誰よりも身に染みて知っている。だから、嘘でも形に縋り付きたかった。
「付き合ったよ」
 俯きがちに呟いた言葉に、二人は驚きの声を上げた。
「はあ!?嘘だろ!?」
「嘘じゃない」
「だって、弟って……!」
「そんなの、関係無いんだよ。俺はあの人が好きだ。俺達の間にあるのはそれだけ」
 それ以外何も無い。俺が白井さんを好きじゃなければ、本当に何も無いんだ。
 噛み締めた唇から仄かに鉄の味が広がる。この悔しさは一体、愛と呼ばずに何と言ったら良いのか。俺にはやはり、皆目検討もつかなかった。周りは騒々しい筈なのに、俺達の周囲だけはまるで別空間のように不気味な静寂が支配した。誰一人口を開く気力もなく、またその意味も無い。我を忘れている人間に、何を言っても無駄だから。
 そんな沈黙に耐え切れず、榎木さんは深い溜息を吐き出した。
「半沢さ、幸せなの?」
「……幸せ?」
 思わず復唱し視線を向けると、眉を寄せ、真っ直ぐに俺を見据える瞳に見える、失意と呆れの色。再び溜息を吐き出し、榎木さんは諭すように言葉を繋いだ。
「確かに良い男だったね。誰が見てもゾッとする程色気がある。性別なんか関係なく誰もが惹かれ、チラつく深い影さえも魅力的な人。でもああいう人間はね、一番踏み込んではいけない類だよ」
 何が言いたいのかと今度は俺が眉を寄せる番だ。言い辛そうにふいと視線を泳がせた後、意を決した榎木さんが再び真っ直ぐに俺を捉えた。
「本当は分かってるんだろ?あの人はきっと、お前の求める物をくれはしないよ」
 ……分かっている。分かっているんだ。一度しか会った事のない榎木さんが分かる位だから、当然俺にだって。あの人が俺を愛してくれる筈が無い事も、白井さんの側にいると心が疲弊して行くだけだって事も。それでも離れられない程、俺の心はあの人に捕らわれてしまった。
「……幸せって何だろう」
 胸に突き刺さった言葉から逃れるようにポツリと呟いた俺に、榎木さんは優しい声を掛けてくれた。
「分からないから、人はそれを求めるんじゃない?」
 そうなのかも知れないね。

 その日学校を終えて、俺は白井さんのマンションに帰る気になれず、フラフラと地元の繁華街をうろついた。深夜徘徊なんて、中学の時以来だ。あの頃は何を粋がってたんだか、今考えてもよく分からない。自分の人生を卑下し、待つ人のいない家に帰るのが嫌だった?多分そんな事じゃない。気付いて欲しかっただけだ。この広い世界に、誰でも良い、俺を見付けてくれる人が欲しかった。温もりが欲しかった。白井さんはたった一人、そんな俺の手を握って、ご飯を作ってくれて、頭を撫でてくれて────俺を愛してくれなかった母のくれた冬弥と言う名を呼んでくれた。
 だから、俺は白井さんが好きになった。それは一体、何と言う感情なんだろう。
 街を彩るネオンが目の裏に染みて、悲しいよりも、唯虚しかった。結局俺は、何時までも一人きりだ。

「ねえ、一人?」
 繁華街の片隅で、ガードレールに腰を落としぼんやりしていたら、突然そう声を掛けられた。声の方に視線を向けると、若い女の子が照れ臭そうに立っていた。
「あたしも、一人なんだ」
「そうなんだ」
 親は?兄弟は?この子にも、誰もいないのかもしれない。ぼんやり見詰めている俺の隣に腰を下ろし、少女ははにかんだように笑う。
「ねえ……今晩、一緒にいない?」
 ……これは、ナンパ?あまりに唐突で返答も出来ない俺を見て、少女は慌てて手を振った。
「ごめん、彼女とかいた?迷惑だったよね……じゃあ──」
 早口に捲し立て、向けられた背中が酷く淋しそうに見えて、俺は無意識に細い腕を掴んでいた。
「良いよ。一緒にいようよ」
 煌びやかなネオンを纏い、驚きと隠せない喜びに揺れる瞳。まるで綿菓子のように柔らかい細腕は、俺が焦がれる硬さを有してはいなかった。上向きの長い睫毛も、腫れぼったい唇も、露出された白い肌も、何もかも、心を揺らす事はない。それでもこんな世界の片隅でたった一人立ち尽くす俺は、唯側にいて欲しい。そう、願っていた。
 繁華街の裏通り。古びたラブホテルの一室で、悪趣味なピンク色の間接照明と、薄暗いダウンライトに弱く揺れる長い金髪に指を通す。ぎしとスプリングが軋む度、少女の鼓動が早まって行くのを肌で感じる。俺も女の子を抱くなんて何年ぶりだろう。緊張はしたけど、特に物怖じはしなかった。だけど首筋に顔を埋めた瞬間、ふと鼻先を掠めたのは、胸を掻き毟るような退廃的な色香ではなく、まるで春風のような優しく淡い香りだった。逃れるように瞼を閉じて、それでも胸が痛む。
 この虚しさを埋めたい。この寂しさを消したい。それだけなのに、それでも白井さんを忘れられない自分が憎かった。
 唐突に身体を離した俺を惚けた顔で見上げる少女の前髪を柔く梳いて、この心の内を悟られまいと出来得る限り優しく微笑んで見せる。
「……ごめんね、気利かなくて。シャワー浴びて来なよ」
 ハッと我に帰った少女は、照れ臭そうに頷いてベッドを離れた。小さな背中が見えなくなった途端、深い溜息が漏れ出て行った。
「……何やってんだろ、俺」
 思わず自嘲の言葉が漏れた瞬間、ポケットにしまいっぱなしにしていた携帯が着信を知らせ震え出した。時計はもうとっくに十二時を回っている。こんな時間に一体誰だ。そう思ってディスプレイに表示された名前を確認した途端、心臓が竦み上がるような嫌な感覚を覚えた。
 それでも気付けば震える指は通話マークを押す。
「冬弥?今何処?」
 聞き慣れた筈の少し呆れた声が、熱く胸を焼き付ける。やっぱり、俺は白井さんが好きだ。だけどそれと共に湧き上がるもう一つの感情。どうして、電話なんかして来たんだ。心配なんかしていない癖に。
「何処でもいいじゃん」
 抑え切れない訳の分からない苛立ちが、一際子供染みた言葉を選ぶ。
「バカな事を言わないでくれ。こんな時間に何をしているの?」
 溜息混じり、子供に言い聞かせるかのようにゆっくりと吐き出された言葉は酷く優しい物で、それもまた苛立ちに拍車を掛ける。
「関係ないだろ!?」
 思わず声を荒げると自ずと重い沈黙が流れた。白井さんの生み出す沈黙は何時も、首を締められているような緊迫感を齎す。じわじわと命を削られる様な切迫感さえ、不思議な快感に思える俺は頭が可笑しいのかもしれない。
 重苦しい沈黙を断ち切るように深く息を吐き出し、澄んだ声が響く。
「君は何がしたいの?自分はもう大人だと思ってる?それともまだ子供だからこんな事して気を引こうとでも?……下らない」
 態と冷めた言葉を選ぶ何時もの癖にさえ、思わず泣いてしまいそうになる。何でも良い。感情を向けられる事が嬉しかった。そんな浅はかな俺を見透かしたかのような冷たい声が続く。
「場所を教えなさい」
 穏やかな声色の中に潜む痛い程の怒りに、俺は遂に白旗を上げた。
「……学校の、近くの駅」
 分かった、と言って電話は切れた。俺は暫く、途切れ途切れの電子音を聞いていた。
 ふと浴室から聞こえた何かが落ちる音に我に帰るや、レシートの裏に〝ごめん〟と殴り書いて紙幣と共に置き部屋を飛び出す。あの子は今日をどうするのだろう。そんな事考える余裕も無く、俺は駅に向かってがむしゃらに走っていた。

 酔っ払いで賑わう駅前で、そわそわと到着を待つ間、怒られるかなと気が気じゃなくて、でも多分、俺はどうかしている。どんなに酷い仕打ちを受け、傷付けられたとしても、白井さんの車を見付けただけでこんなにも胸が高鳴るんだ。停車した車に走り寄り、助手席の扉を躊躇無く開け放つと、俺に電話しようとしていたのか白井さんは携帯片手に固まっていた。タクシーや他の一般車両でごった返す駅前なのに余りにも俺が早く見付けた事に驚きを隠せないようだ。何となく気恥ずかしくて、何も言わずに助手席の扉を閉める。
「本当に世話が焼けるね」
 白井さんは俯く俺の横顔にそれだけ言って車を走らせた。
 走り出してもしばらく、車内は無言だった。眼鏡の奥で微かに細められた瞳が、煌々と灯る街灯の波を映し時折り鈍い輝きを放つ。洗練された横顔を眺めながら、遊ぶ左手にそっと触れる。一瞬ちらりと手元に落とされた視線は直ぐに、テールランプの波間に戻っていった。
「……どうした?」
 酷く優しい声色が悪戯に涙腺を刺激して、良く分からない涙が頬を滑った。
「苦しい──」
 夜の水面のように揺らめく白井さんの瞳は、思わず弱音を零した俺を捉える事はなかった。それでも緩く握り返された手の温もりにまた、涙が溢れた。
 幸せになる為に、人は人を愛するのだろうか。幸せになりたいから俺は白井さんを好きになったんだろうか。誰かを愛する事に一体何の意味がある。何も見えない。苦しいんだ。
 地下の駐車場に車を停め、白井さんは疲れた顔で眼鏡を外した。どうもこの人は運転する時に酷く神経を使うようだ。一応運転手を付けている位だし、事故らないように気を張っているのだろう。
 そんな事を考えながら運転席の扉を開く背中をぼんやり見詰めていると、一向に動かない俺に怪訝な顔が向けられた。
「どうしたの?降りないの?」
 浮かせた腰を再びシートに沈め、さりげなく髪に伸びた指先にまた胸を締め付けられ、変な所負けず嫌いな俺は不機嫌を装いその手を払った。
 大人で、頭がキレて、冷酷で、その癖時たま無邪気に笑い、優しく髪を撫でてくれる。知れば知る程のめり込む以外俺には出来なくて、それが悔しくもあった。榎木さんの言う通り、この人は魅力的だ。何処か退廃的な危うい色気が更にその魅力を引き立てている気がした。白井さんは俺にとってはまるで雲の上の人。だからこそ、この先に何も無くとも離れる事が出来ないのかも知れない。
 手に入らない物は何時も、どうしようもなく魅力的だ。俺は何時か聞いた雪さんのそんな言葉を思い出していた。

 部屋に上がり俺が軽くシャワーを浴びている間、白井さんはリビングで深夜ニュースをぼんやり見詰めていた。風呂から上がった俺は、髪を拭きながら何となく隣に腰を下ろそうとしたものの、軽い手招きで足の間に座らされる。
「髪の毛、乾かさないから傷むんだよ」
 バスタオルをやんわりと奪い、白井さんは濡れた髪を優しく拭いてくれた。
「別に良いよ」
 何だか気恥ずかしくて思わず可愛くない言葉が漏れると、頭上から小さな笑が降った。
「俺ね、綺麗な髪の子が好きなんだ。色は黒が良いね」
「ふうん……」
 こうなる事を予測していたのか、何時の間にかセットされたドライヤーで、白井さんは俺の髪を乾かして行く。温かい風が髪を踊らせ、時折触れる指先が心地良い。こんな風にされたらまた、俺は白井さんを好きになってしまう。ずっと欲しかったから。こんな、温もりが。
「はい、お終い」
 熱風が止まり、軽く頭を叩かれ、至福の時は思いの外早く終わってしまった。けれど白井さんが促すように肩を軽く叩いても、俺は足の間から動けずにいた。
「……今日、一緒に寝ても良い?」
 恐る恐る問い掛けた俺の髪を緩く撫でて、背後で小さな溜息が漏れる。
「聞く必要ある?」
 そう言いつつ、子供帰りかなんて、白井さんは一人ゴチていた。
 白井さんがバスタオルとドライヤーを片付けている間、何となくリビングで待ってみる。戻って来た男の後に付いて寝室に向かいながら、気になっていた事がふと頭を過った。
「好きになった人……いたって言ったよね」
 唐突な俺の質問に、白井さんは布団に片足を突っ込んだまま面倒臭そうな視線を向けた。
「……君もそんな事が気になるの?幼稚園の時にね、同じクラスの咲ちゃんと結婚するつもりだった」
 何だそれ。俺が聞きたいのは、白井さんもこんな風に誰かを想い悩んだ事があるのかって事なのに。
 思わずむくれていると、乾いた笑と共に白井さんは優しく俺の髪を梳いた。また、胸が痛む。この男の指先は何時でも、何より優しい。それとは対象的な虚を映すだけの瞳。何が真実で、俺は一体何を信じたら良い。何も見えなくなる。唯言える事は、この男が俺を愛してはいない事だけだ。
「……どうしたの?今日変だよ」
 不意に顔を覗き込まれ、俺の中で何かが切れた。
「俺も浮気……したんだ」
 思わず漏れた言葉。だから何だって思われるって分かってるのに、反応が知りたかった。まだ俺は、希望に縋っている。やめておけば良いのに。
「へえ。そうなんだ」
 俺にはまるで興味が無いと言わんばかりの、そんな態度に腹が立つ。
「……それだけ?」
 白井さんは少し考えた後に耳元に唇を寄せ──。
「妬けるよ、冬弥」
 殊更意地悪く囁いた。そんな嘘臭い挑発に、俺はまんまと乗せられた。
「嘘……!嘘だ!何とも思ってない癖に!」
 自分でも驚く程感情をコントロール出来なくて、気付けば押し倒した勢いのまま、胸倉を掴み上げていた。俺を見上げる瞳はやはり、何の色も持ってはいない。こんな暴挙に驚きも、怯えもしていなかった。
 ふとしなやかな指先が乱れた前髪を掬い上げる。
「ねえ冬弥。その子は、傷付けて良いの?」
「……え?」
 余りに予想外の言葉に呆然とする俺を他所に、白井さんは言葉を繋いだ。
「君の勝手な欲望の餌となって、傷付けてしまうんだよ?」
 常識人ぶって、自分だって同じ事してる癖に。
 乱れた襟元から覗く別の人間の痕跡が、消えかかった怒りに火を付ける。
「だったら、俺の事だけを見てよ!他の奴の事抱いて、他の奴に身体許して、こんな痕付けさせて……誰にでも同じ事言って、それで、愛されてるなんて信じられる訳ないだろ!不安で、どうしようもなくて──」
 それより先の言葉を遮るように、白井さんはその胸に俺をすっぽりと抱きすくめた。
「俺は君が思うよりずっと、君を愛してる。今にも殺してしまいたくなる程ね」
 耳元で響く声にまた胸が痛む。
「……嘘つき」
 力無く吐き出した沈む筈の言葉を、白井さんは無情にも掬い上げる。
「人の心は誰にも、自分でさえ見えない物だよ。俺が君を愛してると言って、抱き締める。それを信じられないのなら、其処でお終いなんじゃない?」
 突き放すような物言いは、この男の癖なんだろう。
 俺はずっと愛されたいと願って生きて来た。その先にきっと見た事のない幸せと言う物があると信じて。だけどこの男は何時も愛される事を拒む。どうしてなのか、未熟な俺にはやはり分からなかった。
「白井さんは……そんな生き方してて幸せ?」
「……幸せって何だと思う?」
 俺の心を見透かしたかのような問いに、当然答えなど持ち合わせてはいなかった。
「幸福はね、生きる物には等しく与えられる物なんだよ。物心ついた時から粗悪な家庭環境に生きて来た君には分からないかも知れないね。でもね、人は確かに皆最上の幸福を通り過ぎて生きている。それは何時だと思う?」
 言ってることがまるで分からなくて、俺は思わず小さく首を振った。
「何も知らない、産まれたての赤子の時さ」
 遥遠い記憶を呼び起こすかのように瞳を細め、白井さんは淡々と言葉を繋いだ。
「人は何故幸せを追い求めてしまうか分かる?それはね、息を吸い、何にも縛られず、生きる為だけに我儘の限りを尽くす……そんな身勝手で野生的な幸福を知っているからなんだよ。けれどそれに気付かなければ人は夢を見続ける事が出来る。山室も、雪もそう。あいつらは今きっと、最上の幸せの上にいると思っているだろうね。それはそれで正解さ。俺は唯、目が醒めない事を願うばかりだ」
 それがこの男の持論なのだろう。世間一般の人間からしたら、そんな事はないとつい否定したくなる様な偏った見方。それでも物を知らぬ俺にとっては衝撃的な事実だった。
「……誰かに愛されて誰かを愛しても、幸せにはなれないの?」
 そうじゃないと小さく首を振り、白井さんはそっと俺の頬に手を添えた。その瞳が湛えるのは、孤高の強さ。たった一人生きて行く覚悟をした男のものだった。
 苦しかった。この男が何も望んでいない事を、突き付けられているようで。
 自然と息を詰める俺の髪を撫でながら、白井さんは不気味な程に穏やかな微笑みを浮かべた。
「君の心を支配するその苦悶を取り除く方法を知りたい?」
 静かに紡がれて行く言葉に心臓が大きく脈打つ。
「やめて」
 先を聞いてはならない気がして思わず逃れようと身を捩ったものの、強い力で押さえ付けられ、目を逸らす事も許されない。だけど真っ直ぐに俺を見据える瞳に、何故か優しい揺らめきが宿って見えた。
「こんな男、捨ててしまえば良いんだよ。君の人生に何の意味もない、君の心に重い影を落とす事しか出来ない極道者。そうだろ?」
「やめろって!」
 思わず叫んだ俺を落ち着けるように、白井さんは優しい口付けを落とす。
「俺にはね、冬弥。夢を見続けさせてあげる事は出来ないんだ」
 分かっている。いや、初めから分かっていた。
「まだ間に合う。もう、ここで引くんだ。俺にはこれ以上君にあげられる物は無い」
 それでも俺は貴方の側にいたかった。ただ、それだけだった。
「……俺の事、少しは愛してた?」
 白井さんは少しだけ、淋しそうに笑った。
「俺は嘘でしか、誰かを愛する事は出来ない」
 何て、冷たい言葉なんだろう。だけど不思議とその時に俺は本当の意味で、誰も愛する事の出来ないこの人の心の中に住まう人の姿を見た気がした。何時か山室さんが教えてくれた白井さんの大切な人。その人の事をきっと、今でも想っているのだろう。
 寂しい人。可哀想な人。悲しい人だ。背負うその空虚を、半分持ってあげる事が出来たなら──そう考えてやめた。俺は白井さんを、愛していたから。
 身体を離し、確かめるように輪郭をなぞる。色を映さぬ瞳さえ、今は愛おしくて堪らない。
「俺が結婚したら、結婚式来てくれる?」
 困ったように微笑む顔が、涙で滲む。
「子供出来たら抱いてくれる?」
 その答えもやはり、返っては来ない。それでも良い。
「だって俺達……血の繋がった家族でしょう?」
 そして貴方は、俺が初めて、本当に愛した人だから。
 叶うのなら側にいたかった。例え狂ってしまったとしても、離れたくなかった。でもね、隣にいて支えてあげる事だけが愛ではなかったんだ。止め処なく溢れる涙を指先で掬い、長い腕が震える身体を抱き締める。
「ほら、泣くなよ。君はこれから醒める事のない幸せを探しに行くんだろ?山室や……雪のようにね」
 その言葉はまるで、この男を表している様な、遠回しで、酷く優しい物だった。
 幸せって何だろう。ずっと考えて生きてきた。俺は十九年目の夏の終わり。幸福を望まぬ男に恋をして、ほんの少しだけその意味を知った。それは途方もない、夢なのだと思う。
 俺が泣き疲れて眠りに付くまで、まるで遠い日のように、白井さんは背中を優しいリズムで叩いてくれた。やはりその手は、誰よりも優しい物だった。

 白井さんの生きるこのアンダーグラウンド。俺は不運にもそこに迷い込んでしまった。誰もが好き好んで裏社会に生きている訳じゃない。そこは太陽の下を歩む人間には想像もつかないような、生地獄だから。だから白井さんはこの手を引いた。この重い泥濘から抜け出す道を教えてくれた。俺だけじゃない。あの人は長い間こんな風に迷い込んだ子供達の手を引いて、自分の答えを見つけ迷宮を抜けて行く背中をたった一人見送って来たのだろう。
 俺の愛した人は、嘘つきで冷酷で、浮気性の最低な奴。だけど強くて繊細で、その癖臆病な、性根は温かい人だったんだと思う。もう追えない。もう、追わない。けれどやはりきっと、貴方は俺の心の中に生き続けるだろう。
 天に向かい唯高く聳える銀色のマンションを見上げ、小さく微笑んで見せる。
 心の底から愛していました。だから貴方に贈る。ありがとう、と言う言葉を。
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