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『Underground wolF』
終章
しおりを挟む新幹線に揺られ、住み慣れた東京を後にする。降り立ったプラットホームに懐かしい匂いが流れていた。駅前でタクシーに乗り込み、シートに深く身を沈める。木々の合間に覗いた原爆ドームの屋根が、酷く懐かしい物のような気がした。
路面電車。手を繋ぎ石橋を渡る親子。枯れた並木道を行き交う人々。穏やかに流れる、秋の雲。
俺はこの街が好きだった。俺を捨てた母と暮らし、大切な人をこの手で死に追いやり、何一つ良い思い出なんか無い場所。それでも好きだった。この陰鬱で滑稽な人生の、全てが始まった場所だから。
墓地の入口に止まったタクシーから降りて、秋晴れの空の下。建ち並ぶ墓石の迷路を進む。何度ここを訪れ、何の為にあの男の前に立つのか。自分でも分からなかったその答えは、十年目にして漸く見つける事が出来た。至極無意味なそれは俺らしくは無いが、それがまた、俺らしくも思う。
戻れない程に捻じ曲がった性根を今更正す事も出来ない。だが捻じ曲がりすぎればいつかはきっと、真っ直ぐに立つ事も出来るのだろう。
この世にたった二人しか訪れない雑草の生い茂る其処に腰を下ろし、深く澄んだ空気を吸い込む。
ねえ、米倉さん。初めて会った日を覚えていますか?俺はあの百二十円の缶コーヒーの味を未だに覚えていますよ。東京タワーの下でひねていた俺が、同じ故郷から来たってだけの貴方に、少しだけ凍った心が溶かされていた事を知っていましたか?まるで真夏の太陽みたいに鬱陶しい笑顔を向けて、俺の下で働けなんて……とんだナンパだよ。センスも色気も何も無い。飾らない、貴方らしい物だった。
朝が弱い貴方を起こしに行って、何時も布団の中に引き摺り込まれていたのも、今となっては良い思い出だけど、酒臭くて堪らなかった。
もう一度会えたなら、何時ものように腕を広げ、将生──と、呼んでくれますか?
俺には出来ない真っ直ぐなその笑顔が大っ嫌いだった。無駄に構われる事が面倒臭かった。親父みたいに怒る貴方が鬱陶しかった。それでも、俺は気付けば何時も貴方の側にいた。例え喧嘩して、お互い罵り合って、傷付けあって。あんたの顔なんか二度と見たくないと突っぱねて逃げ出して。でも何時も戻って来ただろう?小憎らしい笑みを浮かべて、あんたには俺がいないとダメだななんて、偉そうに言った。
本当は違うんだ。俺には貴方が必要だった。貴方の側で、生きていたかった。俺が貴方をこんなにも愛していた事を、知っていましたか?
唯の石に向けて、噛み締めるように心の中で言葉を紡いだ。
許しを乞い、心を捨て、命と言う物を背負い生きてきた中で、深い懺悔の嘆きよりも、酷い侮辱の言葉よりも、伝えたい言葉があった。俺の目はまだ、他人目には曇ったままかも知れない。だけどきっと貴方なら気付いてくれるだろう。
秋晴れの蒼天を見上げ、届かないと知りながら、貴方に送る。ありがとう、と。
了
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