Undergroundシリーズ

鴻上縞

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『Underground──』

序章

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 コツコツと早い速度で鳴り続ける苛立ちの音色。止まらない貧乏揺すり。

 どうにもならない感情を落ち着けようと足を揺らし続けてはみたものの、磨き上げた革靴が運転席の下部に当る音は、無意味な焦燥を煽るだけだ。
 自分の足が長い事をこれ程恨んだ事はない。

「慎太郎はまだか」
 遂に我慢出来ず、俺は助手席から飛び出た頭に向かって早口で問い掛けた。ミラー越し、見た目だけは鋭い瞳が俺を射抜く。
「今出たばっかりですからね」
「ああ、そうだったな」
 確かに、あの猿男がこの車を出て行ってからそんなに時間が経っているようには思えない。正確にはきっと五分も経っていないだろう。だがどうにも落ち着かない心が、時間軸すら容易に曲げて見せている。俺は兎に角平常心を取り戻そうと、ミラーから視線を外し、再び揺れ続ける爪先を眺めた。

 しかし何だってこんな所であいつを待たなきゃならないんだ。上司を待たせるなんて本当に使えない男だ。……いや、まあ俺が行かせたんだけど。

「慎太郎はまだか」
 ついつい口に出てしまった間を置かない反復に、助手席から怪訝に眉を顰めた山室が顔を覗かせる。
「何ですか、何かあるんです?純平なら今日は雪が見てる日だし、最近一人でも大丈夫だって……」
「分かってる」
 理不尽に言葉を遮られた山室は、眉を顰めながらも再びフロントガラスに向き直った。

 窓の外はもう薄闇に包まれていて、幹線道路を流れる車がひっきりなしに路地裏に佇むビルの壁面を照らす。俺はやはりどうにも消化出来ない焦りを持て余し、慎太郎が消えたそのビルを睨み付けた。
 あいつまさか昔馴染みに会って呑気に茶しばいてる訳じゃないだろうな。……あり得なくもない。

 あいつはこのビルに事務所を構える東会の番犬に、構成員時代随分と気に入られていたそうだ。だからこそ御使い程度の軽い仕事と言う事もあり、幹部ながら信用の無い俺では無く、慎太郎を向かわせたのだ。その方が何かと上手く行く。しかし、今日に限って言えば、完全にそれが裏目に出てしまった。

 深い思念に囚われ、半ば無意識に視線が動く。その瞬間、見てはならない一角を視界が掠め、再び爆発的な寒気が駆け抜けて行った。

「慎太郎は────」
「まだですよ」
 半ば呆れたように喰われ、俺は年甲斐も無くむくれてシートに深く沈み込んだ。
「もう良い、出せ」
「いや、俺は免許持って無いんで」
「ああ、そうだったな」
 山室は再び眉を顰めて俺を振り返る。
「一体どうしたんです。何かあるなら慎太郎呼びますよ」
 珍しく、山室も困惑しているようだ。
「いや、良い」
 そう言って、今度は自ら視線を向ける。

 ひと気の無い路地裏で、ぼんやりと浮かび上がる黒い鉄のシルエット。やはり、ぶるりと大きく身体が震える。
 落ち着け。落ち着くんだ俺。多分これは見間違いだ。良くある車じゃないか。あの車が一体日本に何台輸入されてると思っているんだ。

 いや────。

「山室。もしかしてこれは、夢なのか?」
 期待に瞳を輝かせる俺を心底引いた目で見詰め、山室は大きく溜息を吐いた。
「……将生さん、今日は帰ってゆっくり寝た方が良い。純平はうちで預かりますから」
 反論の余地無く、俺は少し疲れていると言う事で、その後は何一つ取り合っては貰えなかった。

 結局慎太郎はやはり随分と引き止められたらしく、あの後三十分程経ってから戻って来た。俺の苛立ちはピークに達していたし、何より俺をここまで苛立たせる存在も微動だにしていない。慎太郎を待つ間に随分と慣れ、俺は無意味と知りながらその一点を睨み付けた。

 フルスモークで覆われた黒塗りのメルセデス。持ち主同様でかい図体で狭い路地裏を圧迫する、完全プライベート仕様のゲレンデ。俺に生涯忘れる事の出来ない屈辱を強いた、憎き大陸の狼。

 間違い無く、福建マフィアの男、劉秀蓮のものだ。

 あの時の事をよもや俺が忘れているとは思うまい。だとしたならば、血を見る覚悟もあるって訳だ。相変わらずにいい度胸だ。

 未だ湧き上がる真新しい怒りの為に武者震いを続ける拳を強く握り締める。と、突然、運転席から小さな笑い声が聞こえた。
「どうしたんすか、そんなおっかない顔して」
 先程随分と俺を待たせておきながら意気揚々と帰って来た慎太郎は、悪びれる事も無いどころかそう言って俺を嘲笑っている。日々いびり倒される身としては、こんな些細な事でも突っつきたくなるのだろう。だが今日の俺は得意の冷笑すら容易では無くて、眉間に寄せた皺が増える一方だ。
 俺が言い返す前に、助手席の山室はそんな不躾な猿男を止めた。
「やめとけ慎太郎。将生さん何か今日は疲れてんだよ」
 疲れてない。だがそんな事を言ったって、確かに今日の俺は何時もの冷静さを欠いているのは自覚済み。俺程とは言わないが比較的頭の回るこの二人を前に、今何を言っても足元を掬われるのは目に見えている。

 相変わらず可笑しそうに肩を揺らす慎太郎がゆっくりとアクセルを踏み込み、景色が流れ始める。薄闇の中に佇む黒い影が、次第にビルの波間へと消え失せていった。

 マンションに到着し、注意深く周囲を確認するも、黒塗りのメルセデスは煌々と灯る街灯の中には見当たらなかった。逆上せた頭では確かに劉のものだと思ったのだけど、やはり思い過ごしなのだろうか。それならそれに越した事はないが、元来勘ばかり働く俺には、どうにも納得がいかない。こんな事になるならば、ナンバーを覚えておけば良かった。それでもまさか、こちらからわざわざ探し出してやるなんて事をする必要は全く無いのだし、取り敢えず俺は頭を冷やしながらも自宅に戻った。

 無音のエレベーターに乗り込み、高層階へ。黒光りする重い扉を押し開くと、また少し背の伸びた純平が千切れんばかりに尻尾を振って飛び掛かる。
「おかえり、まさき」
 反動でよろける俺の背を、山室の大きな掌がさり気なく支えた。武骨なその感触は、俺の裸身を這い回った奴のものと似通っている気がして、また嫌な記憶ばかりが引き摺り出されてしまう。

 キツく抱き着く純平をどうにか引き剥がし、山室の手から逃れようと力を入れた時だ。
「ちょっと将生さん。隆司さんに甘えるのやめてくれる」
 リビングの向こうからそんな戯言を抜かしたのは、言うまでもなく雪だ。泣きぼくろが落ちる垂れた目尻を精一杯に吊り上げて俺を威嚇している。それがなんだか余計に怠惰な疲労感を増幅させた。とっとと帰ってちちくり合ってろと吐き捨てようとして、俺はふと背筋に嫌な悪寒が走るのを感じた。

 明日からうちの会社は久しぶりの連休。それも、三連休だ。例えばあの車が本当に劉の物だったとして、敵が攻めて来るのなら間違いなく今日。遅漏の絶倫野郎は一日だって無駄にする男じゃない。雪は役に立たないにしても、山室さえいれば男二人で何とか返り討ちにする事は出来る。俺だって無駄に極道者な訳じゃ無い。喧嘩は、日課だった訳だし。

 思い立つや、俺はすこぶる調子の良い笑顔を今にも噛み付いてきそうな雪に向けた。
「ちょっとさ、山室と雪今日泊まってってよ。三日も休みをやるんだから、それ位良いだろう」
「え、無理」
 一応旦那の上司の頼みなんだから、少しは考えるとかあるだろう。何なんだその即答は。

 作った笑顔のまま固まる俺なんかにはまるで興味の無い様子で、雪は明後日を見ながら愛くるしい顔をだらしなく緩めた。
「今日はね、隆司さんとこの後レイトショー行って、その後アキさんと三人で飲み行くから。それで明日は一緒に落語見に行くんだ。明後日は、夫婦水入らずでゆっくりするの。他人の入る余地とか無いんだよね」
 俺の背後で山室が思い出したように小さな声を上げた。さっき純平預かるとか言ったのは何処のどいつだと目で訴えると、山室はバツが悪そうに視線を逸らす。
「純平はこの三日間俺の家で預かるんで。明日幼稚園も休みだし、うちのと一緒にどっか連れて行きますよ」
 そう突然横槍を入れて来たのは、傍観に徹していた慎太郎だ。最近ではお泊まり保育と称して慎太郎の家で純平を預からせる事もある。だからか、あれだけ互いに威嚇し合っていた二人は何時の間にか打ち解けてしまったようだ。
「僕、動物園行きたい」
 純平もそう言って、今度は慎太郎に向かって猛突進をした。何時もならどうでも良いと言うより、むしろ有難いその行動も今日に限っては迷惑でしかない。
「いや、困る」
 純平がいても役になんか立たないが、一人でいるよりはマシだ。俺の身に何かあったら、助けを呼べる位には成長させたんだ。

 だが有能過ぎる部下達はこぞって呆れ顔で俺を見やる。
「こっちもいつかみたいに倒れられたら困るんですよ。明日からちゃんと休んで下さい」
 山室が淡々と最近の俺の多忙を咎めている間に純平は自室に走り去って行った。
「待て純平、今日はダメだ」
 慌てて追おうとした俺は、慎太郎と山室の妨害により玄関から一歩も動く事が出来ない。
「子離れ出来ない親は鬱陶しいだけですよ」
 半笑でそう言う慎太郎の顔面を思いっきり殴ろうかとも思ったが、そんな事をしている場合じゃない。だが二人は意地でも俺を療養させたいらしく、部屋へ上げてはくれなかった。俺の家なのに。

 そうこうしている内に、純平が最近買ってやったリュックを背負い嬉しそうに駆けて来た。
「じゃあ、お疲れ様でした」
 そう言ってぞろぞろと出て行く四人は、俺の待てなどまるで聞く耳を持たず、扉が鼻先で音を立てて閉まった途端、耳鳴りのする程の静寂が満ちた。

 取り敢えず何時までも玄関に突っ立っている意味は無い。ジャケットを脱ぎながらも、俺は次なる手を思い付いて電話を掛けた。
 暫く続いた呼び出し音の後、相手は相当慌てているのか、がたがたと耳障りな音が響いた。それが止んだかと思えば、続いた声もまた雑音のような性質を持っている事を思い出す。
「はい、はい、なんですか」
 その開口一番に半ばがっかりしながらも、今日は藁にも縋りたい日だと言う事を自分に言い聞かせる。
「阿部、ちょっと今から来てもらいたいんだけど」
「え、何ですか、無理っすよ。今日柴崎さんの出所だったの知ってますよね?将生さんにも連絡しまし────」
 続きを聞く前に、俺は通話を強制終了させた上で電源を切った。やはりこの苛立ちに、阿部の阿呆丸出しの声色は耐え難い。あの馬鹿の事だから、出所の祝いの席に出ろだとかまた折り返して来るだろう。阿部ならまだ良いが、田島さんなんかがしゃしゃり出て来たら厄介だ。立場上従わなくてはいけなくなる。何が楽しくてせっかくの休みに大して知りもしない奴の出所を祝わなきゃならないんだ。
「ついてない」
 そう漏らして見たところで、何が変わる訳でも無い。そう思って何時も通りの夜を過ごそうとしたものの、喉元に呑み込んだ鉛が重く、食事が喉を通る気はしなかった。

 パントリーに残っていた食材で簡単な肴を作り、客に貰った高いワイン片手にソファに身を沈める。音を入れたくて付けたテレビは、重箱の隅を突つくように政治家の取るに足らない過ちばかりを祭り上げている。もう良い加減に飽きた。
 潔癖ぶったって一皮向けば、この世界は最早どんなに足掻こうとも抜け出せぬ闇に飲まれているって言うのに。現にテレビの中で親の仇のような面を引っ提げ他人の小さな傷を突き回す男は、長年俺の太客だ。良く平気な顔で他人を批難出来るもんだ。俺が暴露したらどうなるか、それこそ政界は大混乱、政局は大きく傾くだろう。

 真赤に顔を茹らせるそいつを想像し、溜息が漏れた。
「下らない」
 飲めない酒を、流し込むように入れて行く。豊満な香りが喉を通り鼻先から抜ける感覚だけが、何故かこの状況において唯一の救いに思える。
 久しぶりに、良い女を抱きたくなった。かと言って頭には誰の顔も浮かびはしないし、冬弥が来て以来途切れた性欲のお陰でこちらから一方的に切り捨てた女ばかりな手前、連絡する気も起きないのだけれど。

 テレビの中でぶるぶると震える頬の肉をぼんやりと見詰めながら、俺は唯々飲み続けた。言ってみれば自棄酒なんだが、酒に弱い俺にだって飲みたい夜はある。

 ふと気付けば、部屋はしんと静まり返っていた。電気までも部屋の隅に適当に置いた間接照明に切り替わっていて薄暗い。何時の間にやったんだか。酔っていても習慣を辿る人間らしい自分が何だか嫌になる。

 髪を乱暴に掻きながら180度寝返りを打った俺の視界に映ったものは、向かいのソファ。そしてその真ん中辺りに山のようなシルエットが確認出来た。
「山室、戻って来たのか。雪はどうし────」
 それ以上、言葉が出なかった。

 何だ、この違和感は。それに何だこの匂い。媚びるように纏わり付く、香水の匂い。
 突如訪れた緊張感の中で、大きく張った肩が緩やかに膨らむのが見えた。

「晚上好───愛しの姫君」

 薄闇を這って鼓膜に届いた重い声。聞き慣れない異国の言葉。総毛立つような感覚と、重い身体がソファから跳ね上がるように動いたのはほぼ同時だった。
 食卓の机の裏には、何かあった時の為に簡単な刃物を隠していた筈だ。それさえ有れば、例え俺でも何とか渡り合える。

 一瞬で切れた思考に突き動かされ、俺の中では近年最高に素早い動きで飛び出したつもりだった。だが飛び出して直ぐ身体に大きな衝撃が走り、俺は思わず小さな呻き声を上げる。向かいに座っていた筈の男の太い腕は、大の大人を簡単に硬いフローリングに組み伏せたのだ。
 机の下────そう思って視線を走らせ愕然とした。黒光りした食卓は、遥彼方に佇んでいる。酒が回り、もつれる足では思うよりも全く進んではいなかった。

 うつ伏せになった俺の視界に入るように、男はわざわざ床に顔を近付けて覗き込む。其処で俺も漸く、諦めざるを得なかった。

 恐れていた事態。想像していなかった訳じゃない再会。間違い無く今目の前にあるものは、あれから忘れた事はない、劉秀蓮の憎らしい面だ。

「何をなさるおつもりですか」
 胡散臭いセールスマンみたいな笑みが胸糞悪い。
「何を、白々しい。ここが何処だか分かっていますよね」
 まさか日本の裏社会に君臨する山室組幹部の根城と忘れた訳は無いだろう。焦る俺を嘲笑うかの如く、薄い唇は緩やかな弧を描く。
「ええ、存じてますよ」
 余裕の笑みを崩さない男を前に、俺の我慢もほとほと怪しくなってくる。
「全面戦争覚悟の上かって聞いてんだ、劉さん」
 久しぶりに全身から溢れ出す明らかな敵意にも、劉は俺を見下ろしながら可笑しそうに小さく肩を揺らした。
「チャイニーズマフィアと日本のマフィアが戦っても、結果は見え透いているでしょう。賢い貴方の事だ。我々の軍事力がどれ程のものか、知らぬ訳はないでしょうしね」
 それに、と置いて、劉は指先で背筋を撫で上げた。
「ここで私が貴方を無理矢理ものにしたとして、果たして貴方のお仲間は玉砕覚悟で重い腰を上げますかね。貴方一人の身体に、其れだけの価値が有りますか。何より私が幾らか包んで差し上げれば、何人かは無かった事にしてくれるでしょうねえ」
 満場一致で、無い。誰が俺の為にこのぬるま湯みたいな生活を捨てるもんか。組長ですら、そんな理由でまさか正面切って喧嘩を買うなんて事はしない筈だ。
 山室組は大きくなりすぎた。個人のイザコザで戦争が出来る程、もう表社会から切り離されている訳じゃない。組織ってもんはそう言う物だ。

 そんな俺の心を汲んだように、劉は静かな声音で続けた。
「貴方が言ったのですよ。ここは金を持っていればこその、極楽浄土だと」
 相変わらず言っている事はまっとうだ。全く嫌になる。だが中国人には分からない、日本人らしいものだって死んではいない。
「日本人てのはバカな民族でね。仁義や人情なんてものを大事に持っていたりするんですよ」
 その感情を重んじる人間が、俺の為なんて酔狂な理由で腰を上げないとも限らない。

 劉は少し考えた後、再び小さく笑った。
「貴方が言いたいのは、タジマの事かな。確かに彼は貴方の為に戦争をするかも知れませんね。ですが、貴方は彼に言えますか。たった一人の異国の男に、遅れを取ったなどと」
 そうだ、仰る通り。この俺がまさか自分の危機感のなさで招いた失態の仇を取ってくれなんて、田島さんに言える訳がない。一番言いたくない相手だ。あの男がそれを聞いて何をするか、分かってしまうから。

 全ての逃げ道が無くなったのを良い事に、俺は組み伏せられた身体を思いっきり跳ね上げ、無駄に近くにあった男の横っ面を力任せに殴り飛ばす。流石の劉も、唐突な攻撃に一瞬怯んで俺の上から身体を退けた。
 そのまま半ば這うように机に縋りつき、漸く指先にこの男相手では武器と呼べるかも怪しい小さなナイフが触れた。同時に、目の片隅で残像が走る。それが何かと察する前に、一瞬掴んだナイフが腕に走った激痛の代わりに離れていった。

 蹴り飛ばされた刃物の硬い音がやけに鋭く響き渡る。この男は牙を剥く人間に少しの隙も見せてはくれない。次いで身体が大きく持ち上げられ、直ぐに硬い机の感触が背中を打った。未だ痺れる腕の自由を奪った男の少しも怒気を含まない瞳が逆に恐ろしくある。
「まさか、私とやり合おうとでも」
 軍隊仕込みの男と平和なこの日本で生まれた男がやり合ってどちらが勝つかなど、それこそ少し賢ければ分かりそうなものだ。だが、何もせずにやられっぱなしは性に合わない。
「二度とその腐った面見れなくしてやる」
 捕らえられてなお口だけは良く回る俺を見下ろしながら、劉は困ったように細い眉尻を下げた。
「落ち着いて下さい。私は唯、デートのお誘いをしに来たんですよ」
「なんだって」
 そんな事で不法侵入とは恐れ入る。何より───。
「だったら、その手は何だ」
 愛おし気に腰元を往復する手付きは、どう考えたって食事に誘う為だけに来た人間の物では無い。
「失礼、貴方を見てるとつい」
 そう言って愛撫を止め、劉は頭の上で纏めて捕らえていた腕までも離した。起き上がる為に添えられた手は、相変わらず染み込んだ紳士のそれである。

 訝し気な視線を絶やさぬ俺の乱れた髪を柔く梳いて、劉は真面目な面で戯言を吐いた。
「私に三日頂けませんか。貴方を本気で口説きたい」
「俺が、そんな無駄な時間を使うと思うのか」
「いいえ。だからこれはゲームです。この三日で貴方が私に一寸も靡かなければ、私は以後貴方の前には姿を見せない」
 面白い。かなり俺に分のあるゲームだが、それでこいつに二度と会わなくて済むのなら、俺としては願ったり叶ったりだ。
「靡くって言うのは」
「私に、触れられたいと思うか思わないか、ですよ」
 思う訳が無いだろうと思いつつも、一応頷いてやる。
「逆に、私に靡いてしまったら。その時は大人しく私のものになって頂きますからね」
 欲情に揺れる昏く光る双眸を睨み付けながら、俺もまた挑発的に微笑んで見せる。

 上等だ。負ける気なんて、それこそ天と地がひっくり返ったってあるもんか。
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