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第三章 ランク戦開催
51話 今是昨非 -こんぜさくひ-
しおりを挟むゲンサイは、2体のウォタがゆっくりと自分に近づいてくるのをただ見つめていた。
自分にできることはもうない。
自分の呼びかけがこの竜種に届くことはおそらくない。
そう理解していたから。
これが…ここにいるのがイノチならば結果は変わったのかも知れない。
あいつの呼びかけになら、この竜種は答えたかも知れない。
そう考えると少し寂しくも思えた。
過去の経験から人との接触を避けてきた自分の態度に後悔する。
一人で生きていける…そう思っていた。
自分は強い、もっと強くなれると信じてここまでやってきた。
だが、そんなのはまやかしだった。
本心を隠すための偽りの心だ。
自分は、ただ傷つけられるのが怖かっただけなのだ。
強くはなりたい。
力がなければ何もできないから。
それは今も変わらないが、ウォタの言葉が心に引っかかっている。
"物理的な強さ"
では物理的ではない強さとは一体なんだ?
相手を力でねじ伏せること以外に、どんな強さがあるのか?
わからない…
そして、自分にはそれを知るための時間はないだろう。
せめて…答えだけでも知りたかったなぁ…
2体のウォタが目の前に立つ。
紫色の瞳を自分に向けて見下ろしている。
遠くでキリシメの笑い声が聞こえる。
片方のウォタが口を開いた。
おそらくブレスを放つ気だろう…こんな至近距離ではかわしても無駄だ。
もう片方のウォタは…ジッとこちらを見据えている。
ブレスの後に追撃でもしようと考えているのだろうか。
開いた口の中が水色に輝き始めた。
キュイーンっと耳鳴りのような、何かを凝縮するような音が耳の中にこだましていく。
ブレスって…放つ前はこんな音がするんだな。
これが知ってたら、予測してかわすことも可能じゃねぇか…
そんな他愛もないことを考えていると、開いた口が目の前に映る。
あぁ…2回目もうまくできると思ったんだが…
ダメだったか…
ゲンサイがそう考え、目を閉じ、諦めかけたその時だった。
突然大きな咆哮が響き渡り、そちらに目を向ければ先ほど自分を見据えていた方のウォタが大きく天を仰いでいたのだ。
咆哮は振動となり、ビリビリと身体中を駆け抜けていく。
その衝撃は強く、ブレスを放とうとしていたウォタは口を閉じて苦しそうに耐え忍んでいるようだった。
ゲンサイが唖然とする中、何より驚いているのはキリシメだった。
「なっ…!なんだ!?なぜいうことを聞かない!!」
瞳を紫色に輝かせて叫んでいるその顔には、驚愕と焦りが滲んでいる。
なおも続くウォタの咆哮は、その強さをどんどん増していった。
「ぐっ…なんてでかい咆哮だ…耳が…」
耐えきれず耳を塞いで片膝をつくキリシメ。
叫ぶウォタの横で苦しそうにうずくまっていくもう1体のウォタ。
「なっ…いったい何が起きて…」
疑問を浮かべ、その様子を見ていたゲンサイの視線と、咆哮をあげるウォタの視線がふと合った。
気づけばその瞳はすでに紫ではなく、真紅に輝く双眸へと変わっていた。
長い咆哮とともに、ウォタの周りに水色のオーラが現れる。
燃え上がる炎のように勢いよくうねるオーラの中で、ウォタの体が静かに変化し始めた。
水色の長髪、精悍な顔立ち、臀部に揺れる長い尻尾。
ドラゴンヘッドとの一幕で見せた覚醒モードへと変貌を遂げたウォタが、そこには立っていた。
初めてみるウォタの姿に開いた口が塞がらない。
ゲンサイは仁王立ちするウォタを無言で見つめていた。
「すまぬ。心配をかけた。」
「おっ…おう…」
ウォタの言葉に素直に返事をしてしまい、それに気づいたゲンサイは少し恥ずかしさを感じた。
「もう…大丈夫なのか?」
「あぁ、問題ない。すぐに終わらそう。」
ウォタはそういうと横でうずくまるモンスターの首を掴み上げる。
掴まれた瞬間、苦しそうなを上げて体をくねらせるモンスターを見て小さく息をついたウォタは、迷いなくその手に力を込めた。
パキョッ
軽い音とともにモンスターの体が崩れ落ちる。
そして、尻尾から砂の粒子に戻り始めていく。
月明かりに照らされる砂たちは体を輝かせて舞い散っていく。
まるで消えてしまうことを泣いているかのように。
「さて、次はお主だな…」
「くそっ!なんで…どうして魔法が解けたんだ!!これは死なない限り絶対解けないはずなのに!」
目の前で起こったことがいまだに信じられず、キリシメは狼狽している。
「確かに魔法とはそういうものが多いが…お主の場合はなんのリスクも負ってないのではないか?与えられただけの付け焼き刃ではその程度であろうな。」
「リスク…?そんなん知るかよ!俺は最初に選択する職業で『魔獣使い』をただ選んだだけだ!説明にも絶対解けないと書かれてたんだ!」
「何を言っているかわからんが…まぁいいさ。それについては自分で考えてくれ。我が答える義理はない。」
「くそっ!くそぉぉぉぉっ!!」
そう言って鼻を鳴らすウォタの前で、キリシメは動揺を隠せずに頭を掻きむしっている。
「で、どうする?お主は切り札とやらも全て使い切ったのであろう?まだやると言うならば相手はするが…今の我は手加減できそうにないぞ。」
悔しがるキリシメを見下ろしながら、ウォタは自分の拳に視線を向けた。
手加減できないというのは正しくないかもしれない。
正確には今の自分の力を把握できていないのだ。
自分でも理由はわからないが、今まで感じたことのないほどの力がみなぎっている気がする。
心の奥底から力が溢れてくる気がするのだ。
目を覚ます前に聞こえていた声。
その正体を"思い出すこと"はできないが、あの声を聞き、目覚めてからはこの状態が続いている。
(あれは誰であったか…)
目をつむり、思い出そうとするがやはり無理だった。
頭はスッキリしているのに、一部の記憶にだけ霧がかかっていて、その先が見えない感覚。
「おい…ウォタ…」
そんなことを考えていると後ろからゲンサイが声をかけてきた。
酷くやられたようで全体的にボロボロ。
肩で息をして、足を引きずっている。
「おぉ、すまぬな…ほれ。」
ウォタは気づいたようにゲンサイに対して魔法を唱えた。
水色の雫のような粒子がキラキラと舞い散り、それらがゲンサイの体に降りかかる。
「おぉ…痛みが…」
ものの数秒もすれば、ゲンサイの体の傷は癒えていった。
「怪我を治しただけだからな。お主のスキルによる疲労は治せんから注意しろよ。」
「いや、これだけでも助かる。」
その言葉にウォタは少し驚いた。
「ほう…お主が素直に礼を言うとは。」
「うっ…うるせぇ。俺だって礼は言える!」
顔を赤くして恥ずかしそうに顔を背けると、ゲンサイはキリシメの前に立った。
「こいつは…」
「…」
ウォタは何も言わずにゲンサイとキリシメを見つめている。
ウォタには、ゲンサイがキリシメをどうするか興味が湧いていた。
先ほどの礼と言い、キリシメと戦う前と後でゲンサイの中で何かが変わっている気がする。
具体的にはわからないが、彼の心が少し柔らかくなった気がするのだ。
彼の過去に何があったのかはわからない。
が、再び彼自身が小さくも変化していることに間違いはない。
それが良い方へなのか悪い方へなのかは知らないが、ウォタは彼の心の有り様がこれからどうなるのか、興味が湧いたのである。
「お前はここで殺す…」
「…くっ」
ゲンサイに見下され、唇を噛むキリシメ。
殺されることを覚悟しているようだ。
しかし、ゲンサイの口からは意外な言葉が飛び出した。
「少し前の俺ならそう言っただろうな…俺たちはこの国を出る。もうここへは来ないだろう…俺を恨んでもらっても構わないが、再び相見えることがあればその時は正々堂々やらせてもらう。」
「…おっ…俺を…殺さないのか?」
「殺さない…その必要はもう俺にはない。」
そう言うとゲンサイは星空を見上げた。
その瞬きは、今の自分の判断を称賛してくれているようにも感じられる。
都合が良いこともわかっている。
だが罪を償う気はない…
どうすれば強くなれるか…それを一から考え直すだけだ。
ゲンサイはそう心に誓う。
一方で、ウォタはその背中をジッと見据えていた。
今までのゲンサイならキリシメを殺すことに疑問すら持たず、躊躇うことすらしなかっただろう。
それがどうであろうか…彼はキリシメを殺さないという。
ウォタの顔に小さく笑みが浮かぶ。
彼を見る紅い双眸には何が映っているのか。
それはウォタ自身にしかわからない。
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