上 下
236 / 290
第四章 全ての想いの行く末

7話 解らせてあげる

しおりを挟む

砂ぼこりがゆっくりと霧散していく様子を、ハーデとメテルはニヤニヤと見つめていた。

未だエレナたちの姿は見えないが、待つことを楽しんでいるかのようにハーデが口を開く。


「あいつら、どう感じてるかなぁ。」

「さぁ…わかりませんが、団長のスキルの恩恵を受けている私のスキルをモロに喰らったんですから、少しくらいは怯んでいるかもしれませんね。」

「そうなってくるとここからは簡単だな。動けないくらいに痛めつけたら、あとは手足をもいで連れて帰るだけだ。ガハハハハ!」

「相変わらず、あなたは趣味が悪いですね。」


ハーデの言葉に、メテルはあきれたようにため息をつくと、再び前を見据えた。

舞っていた砂たちがゆっくりと着地していく。
そして、ゆっくりと開けていく視界のその先には、エレナとアレックスの二人が、立ったままうつむいている様子がうかがえた。

メテルは、自分が蹴りを見舞った女へと視線を向ける。

ところどころ服は破け、体にもいくつかの擦り傷が見受けられるその様子に、メテルは手応えを再確認して笑みを深めた。

そして、彼は勘違いをする。


「おやおや!どうしたんです?うつむいてしまって!恐怖で顔が上がりませんか?前回の威勢はどこへいったのです!」


その言葉に、エレナの肩がピクリと反応した。
メテルは、エレナのそれが自分達に対して怯えだと感じて、さらに言葉を綴る。


「怖くて言葉も出ませんか?なんとか言ってみたらどうです!ハハハハ!まぁ…どちらにせよ、お前たちはここで死んでもらいます!お前らのBOSSもただでは済まないでしょうね!あちらには我らが団長が直々に行っていますから!命乞いをしたって無駄ですからね!!」


そう言って大笑いするメテルと、横でニヤつくハーデ。

そんな二人に対して、閉ざしていた口を先に開いたのはエレナであった。


「言いたいことは、それで終わりかしら…?」

「あん…?」


静かにも怒りを感じさせるその声色に、メテルは笑うのを止める。

エレナがゆっくりと顔を上げた。
しかし、その顔には怒りとは程遠い、ニコリとした優しそうな笑みが浮かんでいる。

それはアレックスも同様だった。

そんな二人の表情を見て、メテルは舌打ちすると不満げに口を開く。


「何を…笑っているんですか…」


それには、エレナがニコリと首を傾げて応える。


「気を悪くしたらごめんなさい。言いたいことはそれだけなのか、念のため確認しておきたかったの。」

「てめぇら、ふざけてんのか?言ってる意味がわかねぇんだよ!」


ハーデもイラつき始めたようだ。
しかし、エレナはそんなことを気にすることなく話を続けた。


「ふざけてなんかいないわよ。ねぇ、アレックス。あたしたちは、ちゃーんと確認を取っておきたかっただけよね。」

「うん♪そうそう♪おじさんたちの準備ができてるか、僕たちはその確認を取りたかっただけなんだぁ♪」

「準備…だと?いったい何の準備だというのですか?!強がるのも大概にしておきなさい!!」


イラ立つメテルの言葉にエレナの表情からスッと笑みが消えた。


「あんたたちに解らせてあげる…」


そう告げたエレナは、腰元からゆっくりと2本のダガーを抜いていく。
アレックスも背負っていた大きな漆黒の盾を手に持って、ガシャッと音を立てる。


「なんだ…やる気満々ってことかよ!いいじゃねぇか、ガハハハハ!」

「そのようですね。だが、私のスキルを考えれば、迂闊には近づけ…」


メテルがそこまで告げた瞬間だった。

突然間合いを詰めてきたエレナの肘打ちを腹部へ食らい、メテルは後方に大きく吹き飛ばされてしまう。

そして、王宮の壁に激突し、今度は逆に砂ほこりを巻き上げることになった。


「ハハ…はっ…?」


突然のことで、ハーデも一瞬何が起きたのか理解できなかった。

口を開けたまま顔を横へ向ければ、服についたほこりを払うエレナの姿がある。


「あんたたち、隙があり過ぎなのよ。戦闘中によそ見したりくっちゃべったり…馬鹿なんじゃないの?」

「て…てめぇ…!」


振り向くことなくあっさりとそう告げるエレナは、自分に飛びかかろうとしたハーデの目の前に指を一本立て、それを制止する。


「あんたの相手は、あたしじゃないわ。」


ハーデの目の前に差し出している手を、今度は自分の後方に向け、親指を立ててそう告げた。


「…んだとぉ?」


ハーデは不服そうにしながら、そちらに視線だけ向ける。


「おじさぁん♪浮気はダメだよぉ♪」


そこにはこっちを向けと言わんばかりに大きな盾を片手で持ち上げて、嬉しそうに呼んでいるアレックスの姿がうかがえた。


「どっちかっていうと…あんたの方が気の毒よね。」

「あぁ…なんか言ったか!?」

「いえ…何でもないわ。」


エレナのつぶやきはハーデには聞こえなかったようだ。
エレナは小さく鼻で笑うと、メテルが吹き飛ばされた方向へと歩き出した。


「さぁ♪ひげのおじさん♪やり合おうねぇ♪」

「ガキがぁぁぁ!」


青筋を立てて振り向いたハーデに、アレックスは笑いながらこう告げた。


「ムカつくから死んじゃえ♪」





「がっ…ガハッ…なんだ…あの動きは…ぐっ…」


片膝と片手をついたまま、メテルはそうつぶやいた。

腹部から押し寄せる痛みと吐き気。

内臓は問題ない。
だが、視界はぐらぐらと揺れていて、自分がかなりの衝撃を受けたことが理解できた。

震える足に力を込めてゆっくりと立ち上がる。
よろめきながら前を見れば、悠然と近づいてくるエレナの姿が確認できた。

それは、メテルの目にはにじり寄る悪魔のように思えた。


「ハァハァ…化け物か…」

「あら…か弱い女性に対してそれは失礼じゃない?」


思わず本音が漏れたメテルの言葉に、エレナはそう言って足を止める。


「前回は本気じゃなかった…そういうことか…」

「あんたたちなんかに本気を出すわけないじゃない。」


苦しそうにしながら問いかけてくるメテルの言葉に、エレナは肩をすくめて首を横に振った。


「くっ…お前ら…ほんとに何者だ…」

「あたしたち…?あたしたちは単なるレジスタンスの一員…それ以上でも、それ以下でもないわ。」

「う…嘘をつけ…ハァハァ…プレイヤーでもないのに…くっ…そんな力を持った"NPC"なんて…聞いたことない…」

「NPC…?何よそれ?意味わかんないわ。」


疑問を浮かべるエレナを見て、メテル自身も混乱していた。

プレイヤーでもないくせに、信じられないほどの強さを備えた人間の存在が、いまだに信じられないのだ。

そして、そんなエレナの強さを一瞬で悟ってしまったメテルの中に、先ほどまでの自信はもうなかった。

突然沸き起こる恐怖に膝が笑う。
その震えは全身に伝播していき、メテルは立っていられずにその場で両膝をついてしまう。


「あら?びびっちゃったの?せっかくの"イケメン"がそれじゃ台無しじゃない。」


エレナはわざとその言葉を使った。

メテルは自分がイケメンと呼ばれることが嫌いである。
言われれば憎悪が浮かんで、キレてしまうほどに。

その理由はわからないが、前回のフレデリカとの戦闘時の様子をエレナは覚えていたのだ。

しかし、エレナの挑発はもはや無意味だ。
それは彼の中で恐怖に打ち勝つ要因にはならなかったのだから。

エレナは、目の前でうつむいたまま震えている男を見て、ため息をついた。


(もうちょっと骨のある奴かと思ったけど…つまんないわ。)


そんな事を考えながら、手に持ったダガーを持ち直す。
そして、メテルに一言だけ告げる。


「それじゃあ、さようなら。」
しおりを挟む

処理中です...