新婚初夜に『白い結婚にしてほしい』と言われたので論理的に詰めたら夫が泣きました

ささい

文字の大きさ
4 / 10

第四話 逃げ道、全部塞いでいいですか?

しおりを挟む


朝食の席で、カレンは紅茶を一口飲んでから切り出した。

「そういえば、愛人の方にはもうお伝えしたんですか?」

ルーファスが盛大にパンを喉に詰まらせる。慌てて水を掴み、むせながら咳き込んだ。

「なっ……何をだ」

「私と結婚したこと。契約を履行したこと。当然、報告すべきでしょう? 誠実な方なら」

「それは……その……」

「まさか、まだ何も伝えていないんですか?」

ルーファスは水を一気に飲み干すと、視線を泳がせた。窓の外を見たり、テーブルの縁を見つめたり、明らかに目を合わせようとしていない。

「いや、手紙を書こうとは思っているんだが……」

「思っているだけで、書いていないと」

「言葉が……なかなか見つからなくて……」

カップを静かに置き、カレンは小首を傾げる。その仕草はどこか無邪気にすら見えた。

「でしたら、私が代筆しましょうか?」

「は?」

「あなたが書けないなら、私が書きます。事実を簡潔に伝えるだけですから、難しくありません」

「いや、それは……」

「『拝啓、このたび政略結婚により妻を娶りました。つきましては、今後のお付き合いについてご相談したく』……こんな感じでいかがです?」

「やめてくれ!」

顔を見る見る真っ赤にしてルーファスが叫んだ。

「なぜですか? 事実ですよね」

首を傾げたまま、本当に疑問に思っているという風情で問いかける。

「事実だが……そういう問題じゃない……」

「では、どういう問題なんですか? 具体的に説明していただけますか?」

「彼女を傷つけたくないんだ」

「傷つける?」

カレンは眉をひそめた。理解できないとでも言いたげな表情だ。

「あなたが結婚したことは、もう変えられない事実です。伝えるのが早いか遅いかの違いでしかありません。遅らせることで傷が浅くなるんですか?」

「それは……」

「むしろ、遅らせるほど『なぜ早く言ってくれなかったの』と不信感が増すのでは?」

「……」

「つまり、あなたが手紙を書かないのは、彼女のためではなく、あなたが責められたくないからですよね?」

図星だったのだろう。ルーファスは完全に黙り込んだ。反論の言葉が見つからない様子だ。
容赦なく畳みかけるカレンを睨んでいる。

「わかりました。手紙が難しいなら、直接会いに行けばいいのでは?」

「えっ」

「顔を見て話した方が誠意が伝わりますよね。馬車の手配をしておきましょうか?」

「い、いや、それは……」

「今日の午後なら予定は空いています。あなたの予定も確認しましたが、特にありませんでしたよね?」

「なぜ私の予定を……」

「侯爵夫人として、夫のスケジュール管理は当然の務めです。で、今日行きますか? 明日にしますか?」

じわりと、ルーファスの額に汗が浮かぶ。追い詰められた動物のような表情で視線を彷徨かせている。

「その……今すぐは……心の準備が……」

「心の準備、ですか。具体的に何日必要ですか?」

「何日って……」

「三日ですか? 一週間ですか? 一ヶ月? 期限を決めないと、永遠に準備できませんよ」

「そんな急に決められない……」

「急に?」

カレンの声が、わずかに鋭くなった。

「結婚してからもう何日経ってます? あなたにとっては短い時間でも、彼女はずっと待っているのでは?」

「……っ」

「それとも、会えない理由が何かあるんですか?」

「理由⋯⋯」

「ええ。手紙も書けない、会いにも行けない。まるで、会うと困ることがあるみたいですけど」

ルーファスの顔色が、さっと変わった。明らかに動揺している。

「そんなことは……ない」

「ないなら、会えますよね?」

「……」

「沈黙は肯定と受け取りますよ」

「違う! ただ……」

「ただ?」

ルーファスは言葉に詰まった。何か言い訳を探しているようだったが、思いつかないらしい。口を開けかけては閉じることを繰り返す。

静かに立ち上がったカレンの椅子を引く音だけが、沈黙の中に重く響く。

「まあ、いいでしょう。今日のところは」

何も解決していないが、窮地を脱したかのようにルーファスは、ほっと息を吐いた。

「……助かった」

「ただし」

カレンの声に、ルーファスの体が硬直する。
振り返り、カレンはルーファスを見下ろした。その瞳には、一片の譲歩もない。

「来週までに、手紙を出すか、会いに行くか、どちらか選んでください。どちらも選べないなら、私が代わりに動きます」

「君が? 何をする気だ?」

「愛人の方を探し出して、直接お話しします。侯爵夫人として、家の問題は把握しておくべきですから」

「そんなこと……!」

「できないと思いますか?」

カレンは、ふっと微笑んだ。その笑みは、どこまでも穏やかで、どこまでも冷たかった。

「私はやると言ったことはやりますよ。嘘、つかないので」

その言葉に、ルーファスは何も返せなかった。反論する隙すら与えられない。
カレンは優雅に一礼し、足音も立てずに食堂を出ていく。
残されたルーファスは、閉じた扉を見つめながら頭を抱えた。両手で顔を覆い、深く、深く息を吐く。
存在しない愛人を、妻が探し出そうとしている。
詰んだ。完全に詰んだ。

-----

「逃げ道を残すのは優しさじゃありません。甘やかしです」

カレン・ベルンワード侯爵夫人
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

氷の騎士と契約結婚したのですが、愛することはないと言われたので契約通り離縁します!

柚屋志宇
恋愛
「お前を愛することはない」 『氷の騎士』侯爵令息ライナスは、伯爵令嬢セルマに白い結婚を宣言した。 セルマは家同士の政略による契約結婚と割り切ってライナスの妻となり、二年後の離縁の日を待つ。 しかし結婚すると、最初は冷たかったライナスだが次第にセルマに好意的になる。 だがセルマは離縁の日が待ち遠しい。 ※小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。

結婚して3年経っても子供ができないという理由で離縁されたエマは、前世の記憶を思い出して幸せになる。周りが勝手に復讐してくれました。

山田 バルス
恋愛
 結婚三年目の春、エマは伯爵家の夫アンドレオから突然、側室を迎える話を告げられる。子をなせなかったことを理由に、彼女は僅かな補償のみで離縁された。妻として過ごした三年間は「無価値だった」と突きつけられ、エマは貴族社会から静かに切り捨てられる。  また実家の父母の墓参りに行くと、当主になっていた兄に離縁金を奪われてしまう。  大ピンチのエマには、秘密があった。なんと彼女は幼少期に前世の記憶を思い出していたのだ。  かつて観光地で石を磨き、アクセサリーを作り、人に喜ばれる仕事をしていた人生。何も持たない今だからこそ、もう一度「自分の手で生きる」ことを選び、あの人が住む商業国家スペイラ帝国へ向かう決意をする。  国境への道中、盗賊に襲われるが、護衛兵ロドリゲスの活躍で難を逃れる。彼の誠実な態度に、エマは「守られる価値のある存在」として扱われたことに胸を打たれた。  スペイラ帝国では身分に縛られず働ける。エマは前世の技術を活かし、石を磨いてアクセサリーを作る小さな露店を始める。石に意味を込めた腕輪やペンダントは人々の心を掴み、体験教室も開かれるようになる。伯爵夫人だった頃よりも、今の方がずっと「生きている」と実感していた。  ある朝、ロドリゲスが市場を訪れ、エマの作ったタイガーアイの腕輪を購入する。ところがその夜、彼は驚いた様子で戻り、腕輪が力を一・五倍に高める魔道具だと判明したと告げる。エマ自身は無意識だったが、彼女の作るアクセサリーには確かな力が宿っていた。  後日二人は食事に出かけ、エマは自分が貴族の妻として離縁された過去を打ち明ける。ロドリゲスは強く憤り、「最悪な貴族だ」と彼女と一緒になって怒ってくれた。その気持ちが、エマにとって何よりの救いだった。彼は次に防御力を高める腕輪を依頼し、冒険者ギルドで正式な鑑定を受けるよう勧める。  翌日、冒険者ギルドで鑑定を行った結果、エマの腕輪は高い防御効果を持つことが判明。さらに彼女自身を鑑定すると、なんと「付与特化型聖女」であることが明らかになる。聖女が付与した魔道具は現実の力として強く発現するのだ。  価値がないと切り捨てられた人生は、ここでは確かな力となった。スペイラ帝国で、聖女エマの新しい人生が、静かに、そして輝かしく始まる。

悪役令嬢と誤解され冷遇されていたのに、目覚めたら夫が豹変して求愛してくるのですが?

いりん
恋愛
初恋の人と結婚できたーー これから幸せに2人で暮らしていける…そう思ったのに。 「私は夫としての務めを果たすつもりはない。」 「君を好きになることはない。必要以上に話し掛けないでくれ」 冷たく拒絶され、離婚届けを取り寄せた。 あと2週間で届くーーそうしたら、解放してあげよう。 ショックで熱をだし寝込むこと1週間。 目覚めると夫がなぜか豹変していて…!? 「君から話し掛けてくれないのか?」 「もう君が隣にいないのは考えられない」 無口不器用夫×優しい鈍感妻 すれ違いから始まる両片思いストーリー

勝手にしろと言ったのに、流刑地で愛人と子供たちと幸せスローライフを送ることに、なにか問題が?

赤羽夕夜
恋愛
アエノール・リンダークネッシュは新婚一日目にして、夫のエリオット・リンダークネッシュにより、リンダークネッシュ家の領地であり、滞在人の流刑地である孤島に送られることになる。 その理由が、平民の愛人であるエディットと真実の愛に満ちた生活を送る為。アエノールは二人の体裁を守る為に嫁に迎えられた駒に過ぎなかった。 ――それから10年後。アエノールのことも忘れ、愛人との幸せな日々を過ごしていたエリオットの元に、アエノールによる離婚状と慰謝料の請求の紙が送られてくる。 王室と裁判所が正式に受理したことを示す紋章。事態を把握するために、アエノールが暮らしている流刑地に向かうと。 絶海孤島だった流刑地は、ひとつの島として栄えていた。10年以上前は、たしかになにもない島だったはずなのに、いつの間にか一つの町を形成していて領主屋敷と呼ばれる建物も建てられていた。 エリオットが尋ねると、その庭園部分では、十年前、追い出したはずのアエノールと、愛する人と一緒になる為に婚約者を晒し者にして国王の怒りを買って流刑地に送られた悪役王子――エドが幼い子を抱いて幸せに笑い合う姿が――。 ※気が向いたら物語の補填となるような短めなお話を追加していこうかなと思うので、気長にお待ちいただければ幸いです。

【完結】本日、私の妹のことが好きな婚約者と結婚いたしました

音芽 心
恋愛
私は今日、幼い頃から大好きだった人と結婚式を挙げる。 ____私の妹のことが昔から好きな婚約者と、だ。 だから私は決めている。 この白い結婚を一年で終わらせて、彼を解放してあげることを。 彼の気持ちを直接聞いたことはないけれど……きっとその方が、彼も喜ぶだろうから。 ……これは、恋を諦めていた令嬢が、本当の幸せを掴むまでの物語。

毒味役の私がうっかり皇帝陛下の『呪い』を解いてしまった結果、異常な執着(物理)で迫られています

白桃
恋愛
「触れるな」――それが冷酷と噂される皇帝レオルの絶対の掟。 呪いにより誰にも触れられない孤独な彼に仕える毒味役のアリアは、ある日うっかりその呪いを解いてしまう。 初めて人の温もりを知った皇帝は、アリアに異常な執着を見せ始める。 「私のそばから離れるな」――物理的な距離感ゼロの溺愛(?)に戸惑うアリア。しかし、孤独な皇帝の心に触れるうち、二人の関係は思わぬ方向へ…? 呪いが繋いだ、凸凹主従(?)ラブファンタジー!

王妃教育の謎~婚約破棄?大歓迎です!

柚屋志宇
恋愛
王太子の婚約者となった公爵令嬢フェリシアは王妃教育を受けることになった。 厳しい王妃教育にフェリシアはすり減る。 しかしある日、フェリシアは気付いてしまった。 王妃教育の正体に。 真実に気付いたフェリシアは、王子と婚約を解消するために王子妃にふさわしくない行動をとると決めた。 ※小説家になろうにも掲載しています。

婚約者が聖女を選ぶことくらい分かっていたので、先に婚約破棄します。

黒蜜きな粉
恋愛
魔王討伐を終え、王都に凱旋した英雄たち。 その中心には、異世界から来た聖女と、彼女に寄り添う王太子の姿があった。 王太子の婚約者として壇上に立ちながらも、私は自分が選ばれない側だと理解していた。 だから、泣かない。縋らない。 私は自分から婚約破棄を願い出る。 選ばれなかった人生を終わらせるために。 そして、私自身の人生を始めるために。 短いお話です。 ※第19回恋愛小説大賞にエントリーしております。

処理中です...