氷の薔薇と日向の微笑み

深凪雪花

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第8話 セオドアの出生の秘密3

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 とはいえ、いつ容態が急変するか分からないので、寝ずに一晩セオドアの傍にいた。そしてカーテンの隙間から陽光が差し込み始めた頃、セオドアは目を覚まして。

「ん……エリス? ずっと傍にいてくれたのか……?」

 上体を起こしたセオドアの顔色はいつも通りだ。

「セオドアさん! もう具合は大丈夫なんですか?」
「ああ」
「よかった……! 死んじゃったらどうしようって、俺……!」

 心の底から安堵して涙ぐむエリスの頬を、セオドアはそっと手で触れた。

「すまない。心配をかけたな」
「いえ、元気になったのならいいんです。……でも、なにがあったんですか。持病の発作とか、食物アレルギーとか、ですか?」
「………」

 セオドアは沈黙した。エリスの頬から手を離し、正面を向く。その横顔は話すべきかどうするか迷っているように見え、エリスは辛抱強く話してくれるのを待った。
 やがて、セオドアはそっと息をついた。

「……エリスには、話しておくべきことかもしれないな」

 そう言ってから、セオドアは信じられないことを告げた。

「俺が倒れたのは、あの夜食に毒を盛られたからだ」

 それはまったく予想外の答えで、エリスは一瞬では理解できなかった。聞き間違いかと思ってしまったほどだ。

「ど、毒!? 使用人の誰かに毒殺されかかったってことですか!?」
「いや、使用人たちではないだろう。おそらく、現国王一派が差し向けた暗殺者の仕業によるものだろうと思う」

 毒殺未遂だけでも驚きなのに、なぜここで急に現国王が出てくるのだ。
 戸惑うにエリスに、セオドアは唐突に語り始めた。

「先代国王にはな、メイドとの間に設けた子供がいたんだ。本来なら第一王子となるはずだったその子供は、だが女性の腹から、それもメイドから生まれた子供なんて王族の恥だ、ということで、秘匿されることとなった」
「……隠し子ということですか」
「そうだ。その子供は生まれてすぐ母親から取り上げられ、なかなか子宝に恵まれないとある地方伯爵家の夫夫の子供として育てられることになった。――それが俺だ」

 セオドアが先代国王の隠し子。にわかには信じられないことだったが、そんな嘘をつく理由がない。ということは、本当にセオドアは王族の血を引く人なのだ。
 けれど、それと現国王一派から暗殺されかかった事実が結びつかない。王族の恥だからと抹殺するつもりなら、セオドアが生まれた直後にすでにそうしているだろう。今になって暗殺しようという理由が分からない。

「どうして、義兄であるセオドアさんを暗殺しようだなんて……」
「俺の周りに暗殺者の存在を感じるようになったのは三年前からだ。つまり、先代国王が病床に伏せた頃のこと。これは推測だが……もしかしたら、先代国王が現国王に俺の存在を話したのかもしれない。それで現国王は王族の恥だから俺を抹殺しようと思ったのか、あるいは俺に玉座を取られるかもしれないと危惧したのか……分からないが、とにかく俺を暗殺しようとしているのは間違いないと思う」

 三年前から。その言葉で思い出したのは、料理は出来立てのものしか食べなくなったという話。そうか。それは作り置きでは毒を盛られて殺されるかもしれない、と考えて自己防衛のためだったのか、と腑に落ちる。
 今回の夜食はエリスが夕食に食べたものと同じだった。あとでバーバラやケイシーに話を聞いてみないと分からないが、何か事情があって作り置きしていたのだと察せられた。

「その、暗殺者はこの屋敷に忍び込んでいるんですか……?」
「そうだな。屋根裏部屋に気配を感じる」

 そういえば、と思う。セオドアが剣を手放す姿を見たことがない。寝室でも傍らに剣を置いて眠り、エリスはよっぽど愛剣が好きなんだな、と頓珍漢なことを思っていた。しかし、それも暗殺者から自己防衛するためだったのか。

「いつ……ご自分が先代国王の隠し子だと知ったんですか」
「四年前だ。種宿の父が亡くなる時、話してくれた。本来なら墓場まで持っていくつもりだったらしいが、俺の実の母のことを思ったんだろうな。優しい人だったから」
「そう、なんですか……」

 確かに生みの親が別にいることを黙ったまま死ぬというのは、良心の呵責がうずくかもしれない。死を間近にして、真実を伝えておくべきだろうとも思ったのだろう。
 けれど、と思う。

「……あの、大丈夫ですか?」
「ん? 体調ならもう平気だが」
「いえ、そうではなくて……その、ご両親と血が繋がっていなかったわけじゃないですか。俺がセオドアさんの立場だったら、ショックを受けたと思うから……」

 ずっと一緒に過ごしてきた両親が、実の親ではなかった。そんなことを知ったら、エリスだったら泣いてしまうかもしれない。
 だからセオドアの心を心配したのだが……すると、セオドアは腑に落ちたような顔をした。

「ショック……ショック、か。そうかもしれないな。俺はあの時、ショックを受けていたのかもしれない。俺を育ててくれた両親や弟と、本当の家族じゃなかった。実の両親に対して酷い言いようかもしれないが……隠し子うんぬんより、そのことが一番悲しかった、と思う」
「セオドアさん……」
「これまでの家族としての思い出が、すべて幻のように思えた。今思うと、本当の家族じゃないのに、実子の弟とよく分け隔てなく俺を育ててくれたものだと思うよ」

 心中を吐露するセオドアの横顔は寂しげで。エリスはぎゅっと胸が締め付けられた。エリスに言われるまで自覚できていなかったほど、傷付いたのだと思うと胸が痛い。
 それでもセオドアの言葉に思ったことを、エリスは口にした。

「……『本当の家族』ってなんでしょう?」
「え?」
「血の繋がった家族だけが『本当の家族』なんですか? 血が繋がっていなかったら、偽物の家族になってしまうんですか? ……俺は違うと思います」
「………」
「セドオアさんとご家族の思い出について全然知りませんけど……これまでご家族と過ごした時間は消えませんよ。絶対に。それなのに血が繋がっていなかった。そんな目に見えもしない存在を理由に、セオドアさんのことを大切に思ってくれているご家族との思い出を否定してしまうんですか」
「それ、は……」
「生みの親と育ての親がいる。それだけのことだと思います。どっちも『本当の家族』ですよ」

 諭すように微笑みかけたが、セオドアは沈黙していた。所詮は同じ立場ではない相手からの綺麗事だと思われてしまったのかもしれない、とエリスは自信を失くして俯く。
 と、またエリスの頭の上にぽん、とセオドアの手が置かれた。

「ありがとう、エリス」

 こわごわと顔を上げると、けれどセオドアは秀麗な顔に優しげな表情を浮かべていた。あまりにも優しいものだから、どきりとしてしまう。

「エリスの言う通りだ。本物も偽物もないな。俺にとっては、父上二人と弟が確かに家族だ。気付かせてくれてありがとう」
「い、いえ……」
「それで話を戻すが、俺が先代国王の隠し子だということは内密に頼む。それから暗殺者のことも……そう簡単にこの命をくれてやるつもりはないが、それでもいつか、本当に殺されてしまうかもしれない。そのことも、覚えておいてくれ」

 未亡人になる覚悟を決めておけ、ということだろう。そんな覚悟を決めたくはないが、子供のように嫌だと駄々をこねることはできず、エリスは「……はい」と静かに答えた。

「さて。俺は自室に行って着替える。エリスは寝室で休むといい」

 簡易寝台から下りたセオドアに続いて、床に片膝をついていたエリスも立ち上がろうとした時だった。くらりと眩暈がしてよろめく。
 倒れそうになったエリスの体を、セオドアが慌てて支えてくれた。

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