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第31話 新たな未来への道筋1
しおりを挟むその後は、レジーナはクリフと灰狼に、アルヴィンとチェルシーは赤獅子に、ノアはニールと白狼に乗って、王都へと戻った。ちなみに人攫いの男性達は、ダグラスの精霊術により三日三晩は目を覚まさないということでそのまま放置だ。男性達の身柄は、王立騎士が捕まえてくれるだろう。
そして、その日の夜遅く。
「レジーナ、こんな所でどうした」
営所のラウンジにあるソファーに座っていたレジーナは、聞き慣れた声に顔を上げた。するとそこにはアルヴィンが立っており、不思議そうな顔をしている。
「アルヴィン君……」
「もしかして、眠れないのか?」
「……うん。不思議だよね。あんなことがあって疲れてるはずなのに」
力無く笑うレジーナの隣に、アルヴィンは気遣わしげな顔をして腰を下ろした。
「大丈夫か? ……って、大丈夫じゃないから眠れないんだよな。人身売買されそうになったんだ。そうなるのも無理はない」
「でも、ノアさんの方が怖い目に遭ったのに……」
「こういうことは人と比べることじゃない。それにお前だって怖い目に遭ったのは確かだろう。……駆けつけた時に気付いてやれなくて悪かったな。俺達を安心させるために無理して平気そうなふりをしていたんだろう」
「そういうわけ、じゃ……」
「無理しなくていい。怖かったなら怖かったでいい。泣きたいなら泣け。……俺が傍にいるから」
アルヴィンはそっとレジーナを抱き締めた。その温もりと優しい声音に、レジーナの涙腺は緩む。咄嗟に泣くのを堪えようとしたが失敗し、瞳からつっと涙が流れた。一度泣き始めてしまうと、堰が切ったように涙が溢れて止まらない。
自分が思っている以上に、精神的に参っていたのだとレジーナは気付いた。なんだか、張り詰めていた糸がぷつりと切れてしまったかのようだ。
しばらく嗚咽をもらして泣くレジーナの背中を、アルヴィンはずっと擦ってくれた。
そうして泣き続け、やっと涙が止まったという頃、アルヴィンは体を離して。
「落ち着いたか?」
「……うん。アルヴィン君、ありがとう。それと……ごめん」
「何がだ」
「あのね、アルヴィン君からもらった髪飾りを街中で失くしちゃったの」
しゅんとして俯くレジーナに、アルヴィンは目を瞬かせた。
「なんだ、そんなことか」
拍子抜けしたという様子のアルヴィンの言葉に、レジーナはつい声を大きくした。
「そんなこと、で済むことじゃないよ! せっかく、アルヴィン君からもらった大切な髪飾りなのに……!」
「その気持ちは嬉しいが、髪飾りなんてまた買ってやる。そんなことより、お前が無事だったことの方がよっぽど大切だ」
「でも……」
「お前が人攫いに遭ったと知った時、肝が冷えた。ダグラス隊長達がすぐに助けに向かったとはいえ、何か酷い目に遭わされていないか、いやもう売り飛ばされたんじゃないのか、なんて気が気でなかったよ」
アルヴィンは淡々と、けれどどれだけレジーナのことを心配していたのかを語る。その横顔は決して表情豊かではないが、それでも心労をかけてしまったことは伝わってきた。
「……心配かけてごめんなさい」
「別に謝らなくていい。ただ、それだけ心配していたということだ。それでな、レジーナ」
「何?」
「俺と付き合わないか。結婚前提で」
「え……?」
思ってもみなかったことを言われて、レジーナはぽかんとする。思わずじっと見つめるレジーナの視線と、アルヴィンは目を合わせないまま続けた。
「お前がノアと一晩経っても帰って来ないと聞いた時、一瞬……その、男女の関係になったんじゃないかと考えてしまった。そうしたら、自分でも驚くほど動揺したよ。お前を物扱いするわけじゃないが、ノアに取られたのか。そう思って内心焦った」
「………」
「それから人攫いに遭ったと知った時はさっきも話した通り、お前のことが心配で仕方なくて……とどめはニールの言葉だな。なんでそんなに冷静でいられるんだ、レジーナのことが好きなんだろって言われた時、ああそうか、俺はお前を好きなんだと腑に落ちた」
アルヴィンの言葉に真剣に耳を傾けていたレジーナは、ぽつりと言った。
「……私も」
「ん?」
「私も人攫いに遭った時、誰か助けてって思ったら思い浮かんだのはアルヴィン君の顔だった。それにこのまま売り飛ばされたらもうアルヴィン君と会えなくなるかもしれない、そう思ったら胸が苦しくなったよ」
「レジーナ……」
そこでようやくアルヴィンは、レジーナの顔を見る。レジーナはアルヴィンの目を真っ直ぐと見つめて、
「私も……アルヴィン君のことが好きです」
と、胸にある想いを伝えた。
レジーナの返答に、アルヴィン君は告白しておきながら目を丸くしていた。
「ほ、本当か?」
「うん」
「じゃあ……俺と付き合ってくれる、のか?」
こくりと頷いたレジーナを、嬉しそうな顔になったアルヴィンが改めて抱き締めた。その力は先程よりも強く、レジーナは「きゃっ」と声を上げる。
「ア、アルヴィン君。痛いよ」
「あ……わ、悪い。つい」
「もう……」
顔を見合わせたレジーナとアルヴィンは、互いに「「ぷっ」」と吹き出し、笑い合った。そしてひとしきり笑い合った後、レジーナも腕をアルヴィンの首に回して、吸い寄せられるようにそっと唇を重ねた――。
そこでラウンジを立ち去ったクリフを、柱に寄りかかったダグラスが待っていた。その顔は憎たらしいほど明るい笑顔だ。
「よかったね~。妹ちゃんの夫候補が見つかって。しかも王子じゃん。玉の輿……には乗れないだろうけど」
「……あんた、また【カイムの目】で覗き視していたんですか」
「お互い様でしょ。どう? 妹が嫁ぐかもしれないお兄ちゃんの気持ちは」
「あの子が幸せになれるのなら、私はそれでいいです」
「とか言ってえ、本当は寂しいくせに~。泣きたいなら泣いていいよ。胸を貸してあげるからさ」
「あんたの胸を借りるくらいなら、アモンの毛に埋もれて泣きますよ」
クリフは鬱陶しげな顔をして返し、さっさとダグラスの前を通り過ぎていく。けれど、ダグラスは楽しげにその隣に並んで歩いた。
「いやあ、それにしても見事にあの三人が精霊と契約を結べたねえ。よかったね、計画が上手くいって」
「誤解があるようですね。私は別に計画していたわけじゃありませんよ」
「こうなることを見越して妹ちゃんを呼んだんじゃないの?」
「私にそこまで先見の明はありません。私はただ……あの子ならあの三人の心を変えられるかもしれない。そう思って少し期待していただけですよ」
「ふーん? 両親からの愛を赤ん坊の妹に取られた気がして、ちょっと不良息子になってた時期があるクーちゃんの心を変えたように?」
「……うるさい」
ひとの黒歴史を口にするな、とクリフはダグラスを睨んだ。
とはいえ、ダグラスの見解は合っている。クリフが精霊と契約を交わした七つの大罪は『嫉妬』の火。いや、正確には『羨望』というべきか。そしてそれは、レジーナが両親に愛されていることを羨んでのことではない。
クリフが『羨望』しているのは、レジーナの人の心を変える力。ダグラスが言った通り荒んでいてレジーナを邪魔だとすら考えていたクリフを、笑顔一つで守ってやりたいと思わせたその力を、クリフは羨んだ。
その『羨望』は日を追うごとに大きくなり、今なおクリフの心にある。
「まっ、何はともあれ、全部上手くいったじゃんか。よかったよね」
「……まだ一つ問題が残っています」
「ん? 何?」
「ノアのことです。あんた……女の子だと気付いていましたね?」
じろりとダグラスを見ると、ダグラスは悪びれずに言う。
「あれ、バレた? 俺からしたら、男だと思う方が不思議だけどね」
「どうするんですか。このまま見過ごすことはできませんよ」
「うーん、それはまあ本人の気持ち次第かな~」
「……というと、男のままであることを望むのであれば見過ごす、と?」
「あっはっは、実際にずっと見過ごしてたじゃん、俺。まあでも、多分そうはならないと思うよ。だから大丈夫、大丈夫♪」
何を根拠に言っているのか謎だが……ノアは精霊と契約を結べた。そのことで何か心境に変化があってもおかしくはないかもしれない、とはクリフも思う。
クリフはそっと息をついた。
「……今度、三人で面談をしましょうか」
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