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悪意の跡 *
しおりを挟む流れ続けているシャワーのせいで、湯気が充満している。視界が霞み、頭がぼうっとする。
「あれだけで酔うとか弱すぎだろ」
呆れた言葉とは裏腹に、労るように楓の手が頬に触れた。僅かに首を回して、小指の先を口に含む。ピクリと反応した楓の手は、それでも逃げてはいかなかった。
小指を根本まで完全に口にくわえると、手の甲にあるかすり傷が目に入った。途端に鼓動が速くなる。
その浅い傷は、誰かが楓に向けた悪意の跡だ。もっと大きな、もっと強い悪意を向けられたら、その跡はより大きく深いものになる。あるいは今回はたまたま上手く避けられたというだけのことかもしれない。次はもっと鮮明な跡が残されるかもしれない。
楓に他人の悪意の痕跡が残されるのは嫌だった。ついさっき、楓がほぼ無傷だとわかったのに感じた不安の正体はこれだろう。傷跡が残れば、それを見るたびに向けられた悪意の存在とその大きさを感じ続けなければならない。そして、それを癒すことができない自分の無力さを思い知る。
そんな無力なやつは傍には置いてもらえないかもしれない...
小指から口を離し、手の甲の傷に唇を押し当てた。怖々と舌を出して、傷をなぞるように舐める。ついたばかりの傷だ。たかが舌でもそれなりに痛いはずだが、楓は黙ったままされるがままにしていた。
何度も何度も傷に舌を這わせる。そうすれば傷が消えるのではないかと半ば本気で思っていた。
「朝陽」
「.........!!ッんンン」
名前を呼ばれて咄嗟に、舌を出した不格好な状態のまま顔を上げると、噛みつくようにキスをされた。
ただでさえ酸素の薄い風呂場の中で、やっと得た酸素を楓がどんどん奪っていく。頭がクラクラしてきた頃、濡れたシャツの下から楓の手が背骨を辿る。手が背中を上ってくるにつれて、同時に甘い痺れもせり上がってきて息が詰まった。
「ンン......んッ...ぷはっ、ハァッ...」
「ハッ......っお前が悪い」
湯気で霞む明かりの中で楓の目が光った。楓は俺に息を整える間も与えずに再び口を塞ぎ、片手で器用に下を脱がせていく。酸欠でバカになった頭で、濡れた服は脱がせにくいだろうな、なんて考えて自分から腰を浮かせてみると、楓が空いている手で頭を撫でてくれた。
ボディソープで滑りをよくした指が中に入ってきて掻き回していく。いつもなら恥ずかしくて逃げたくなるような卑猥な音をシャワーの音がかき消してくれていた。
もう何度目かの楓との行為だが、この指で慣らされている時間だけがとても苦手だった。中途半端に理性の残っている状態で、快楽に負けて自分の身体のコントロールを失っていくのが怖くて恥ずかしい。しかも、楓はすごく丁寧に優しくしてくれるから、時間をかけてじわじわと少しずつ追い詰められていく。
「...ッ......ふっ...ぁ...あぅぅ......」
「痛い?」
「んーん、ぁ.........あ、あっ...」
腰が砕け、身体からは力が抜けていくのに足先にだけ変な力がこもっていく。腰がカクカクと揺れた。
「ヒクッ...あ、や、止まんな...ァア、ーーーっ」
「いいよ、イって」
「んんアッ、ーーーーーーッ」
楓が俺を抱きかかえて立ち上がった。背中を壁に押し付けられた体勢でバランスを崩さないように楓の肩に強く掴まる。
「ちゃんとしがみついてろよ...ッ」
楓が入ってきた瞬間、無意識に力が入り、どこに力を込めているのかわからないまま、ただ必死で楓にしがみついた。
「ア゛ッ......ぃ、ぁああっ...か、えでッ...」
「...ッはぁ......朝陽...」
身体を激しく揺すられながら、何度も何度もキスをした。
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