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キスして?
しおりを挟む楓と二人、静かな部屋でソファに身を寄せて座っていたのだが、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。目を開けると、目の前に楓の顔があった。
「あ、起きた」
「俺寝ちゃった......」
「なんで残念そうなの。気持ち良さそうだったじゃん」
時々楓のバイトが休みで、普段俺一人の時間に楓がいることがある。二人きりのその時間が好きだから、寝ちゃうなんてもったいない。そう言うと、楓は笑って、膝の上に俺を跨がらせた。
「もう眠くない?」
そう訊きながら、髪を撫でる楓の手が心地よくてふっと目を細めた。楓の手が頭の後ろで止まり、そっと引き寄せられる。キスされるのだと思って目を閉じたが、しばらくしても唇にはなにも触れない。
不思議に思って目を開けると、鼻の先で楓が小さく笑っていた。
「朝陽からして」
じわじわと耳が熱くなっていく。いつもしていることなのに、されるのと自分でするのとでは全く違うのだと気付いた。
「ほら」
楓が自分の唇を舐めた。キスをするのがいやなんじゃない。ただどうしようもなく恥ずかしいのだ。楓のいたずらっぽく光る目を真っ直ぐに見れない。
「目......」
「め?」
「目、瞑って...」
あぁ、と呟いて楓はどうぞとという視線を寄越してから目を閉じた。楓の肩に手を置き、真っ直ぐに向き合う。少し長めの黒髪を後ろで小さく結った、整った顔が目の前にあった。
楓に聞こえるんじゃないかと思うくらいに心臓の音がうるさい。キスをしようと身体を近づけたらきっと聞こえてしまう。肩に置いた手に少し力を入れて、ちょっと顔を近づけただけで唇が震える。
あぁ...ダメ、パンクしそう......
なるようになれ、と勢いで顔をぐっと近づけたが、直前で決心が揺らいだ。そのせいでほんのすこしズレてしまい、鼻先へのキスになってしまった。
楓の瞼がピクリと動いたことに焦る。まだ開けないでという意味を込めて、瞼に唇をつけた。
そっか、少しずつ口に近づけたらできそう...
楓が目を開けずに黙っていてくれているのをいいことに、顎にキスをし、それから口の端に唇を当てる。
よし、今度こそ...っ
そう思ったところで、楓の目がぱちりと開いた。
「なに焦らしてんの」
「...ちがっ......そんなつもりじゃ...」
まぁいいや、と意外にあっさり引いた楓に少し驚く。不気味なくらい愛想のいい笑いを浮かべて、楓は俺の腰に手を置いた。
「今度はちゃんとして」
「うん...............あの、」
楓の目が真っ直ぐ俺を捉えていた。瞳に自分の影が映っているのが落ち着かず、つい視線が泳いでしまう。
「......このまま?」
「このまま。ちゃんと俺の目見ながらして。焦らす余裕あるんだろ?」
思ったより根に持っていたようだ。目を閉じてくれる気はないらしい。
ここまできたらやるしかなかった。楓の視線に背筋がゾクッとする。楓の目を見つめたまま途中躊躇いながらも、ゆっくりと顔を近づけ、唇を合わせた。
戸惑いつつ震える舌で楓の唇をなぞると、僅かに口を開けてくれた。恐る恐るその隙間に舌を入れ、歯列をなぞり口の中をそっと舐めていく。やっと見つけた楓の舌に自分の舌を絡める。
そこで酸素が足りなくなって、舌から糸を引かせながら口を離した。
「...俺の真似してんの?」
だって他にやり方知らないから。だけどやってみてわかった。楓と俺の肺活量が違いすぎて、楓が普段余裕でやっていることが俺には必死になってもできない。現に今も、息の上がった俺とは違い、楓は涼しい顔をしている。
「俺、下手......?」
「んー?...まぁ、そのうち上手くなる」
そう言って、機嫌良さそうに笑った楓に今度はクラクラするようなキスをされた。
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