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幸せかも
しおりを挟む晩ごはんはリナの希望でビーフシチューを作ることになった。リナと二人で買い物に来ているのだが、さっきから完全にリナに振り回されている。
「朝陽ー、アジとってきたよ?」
「なんでっ!?」
「ビーフシチューってアジいれないの?」
...入れません。さっきからずっとこの調子なのだ。今までリナが持ってきたものと言えば、豆腐に唐辛子、ワカメに手羽先。もう意味がわからない。
もしかしたら俺が知っているビーフシチューと、リナが知っているビーフシチューは違うのかもしれない。
「リナちゃん、ビーフシチューって何か知ってる?」
「知ってるよ!朝陽までバカにしてるでしょお、もう」
いや、もう逆に尊敬してきてるよ。柄にもなく喉元まで出かかった辛辣な言葉を辛うじて呑み込み、色々とよくわからないものをカゴに入れようとしているリナの背中を押して、ルーを探して棚をみて回る。
「あっ、あったよー」
「なにが...?」
今度は何を見つけたのかと、一切の期待をせずにリナの手元を覗き込むと、綺麗なネイルの下に見えたのは、確かに"ビーフシチュー"の七文字。
「やだぁ、ルーに決まってるじゃないっ」
「また変なのかと思った...」
「ちょっとそれどういう意味よー」
疑ってごめんね、と言うと鼻唄混じりの声で得意気に、いいよ、と返された。そんなに威張ることでもないのだけれど。
一人で買い物をするときの三倍の時間と労力を費やしてなんとか晩ごはんの材料が揃った。会計を済ませて、袋に買ったものを詰めていると、ふいに横から伸びてきたリナの指が俺の頬をプニと押した。
「朝陽、なんかご機嫌?」
「......ッ!!」
そんなにわかりやすかっただろうかと一人焦る。メチャクチャなリナと買い物をするのはいつもよりずっと疲れるのに、こんな風に誰かと一緒に料理をするための買い物をしにくるというのは悪くないな、なんてちょうど考えていたところだったのだ。
リナと買ったもので、リナと晩ごはんを作る。そして、それを楓と皓大と一緒に食べる。
それってすごく......
「幸せかも......」
......ん!?
「ぁ、わっ、声に出てっ......あ、いや、違うっ...くないけど...あのっ...」
「キャハハ、朝陽真っ赤ぁ。ふだんそんなしゃべんないくせに、焦っちゃってぇ...ふふ、可愛いっ」
「......っ可愛いくない、」
自分の言動も行動も全部が恥ずかしく思えて、顔も上げずに袋に無理矢理残りの物を突っ込んで肩に背負う。それから空になったカゴを持ち上げようと掴んだ手に、リナの手が重なった。
「リナちゃん......?」
「あたしねぇ、これまで皓大と楓といて、ずうっと楽しかったし、それに満足してた」
何の話だろうとリナを見上げると、リナはすごく優しい目で俺を見つめていた。
「でもねぇ、こんなにはしゃいだりすんのはあんたが来てからなのよ。だからねぇ...」
重なった手から伝わってきたリナの熱が腕を上っていって、身体の奥の方がじんわり温かくなっていく。
「あたしも今がすっごく幸せだなぁ」
あぁ、やばい。ちょっと、泣きそう。
スーパーで泣くなんてみっともないにも程がある。なんとか堪えていると、それを知ってか知らずか、リナの手が俺の髪をグシャグシャとなで回した。
「よしっ、帰ろ!」
「うん」
「早く帰って、あいつらに幸せだって言わせるくらいとびきり美味しいの作るよっ!!」
「ふっ......」
気合いを入れてガッツポーズをするリナを見て、涙はいつのまにか引いていた。
......それにしても、またハードルの高い...
「ちょっと!朝陽、それ何笑いよっ!」
「え、あ、ごめん。つい...」
「ついってなによっ、もぉ...」
漫画みたいに頬を膨らませて拗ねてみせるリナに自然と顔が緩んだ。
「冗談だよ。目一杯おいしく作ろっ」
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