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四章
66話 コーエンのすれ違い 1 / アレックス
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次回、大崩落発生です。漸く、答えになります。
< 小さな設定 >
ヴァイツはマールブランシュと文化がとても似ています。
ただ、歩んできた歴史はマールブランシュ王国はドロドロとした策略による諍いで、ヴァイツは小さな力の争いの積み重ねでした。
< 小話 >
※三回予定で、コーエンでの心情をアレックス、カミュ、聖女の視点で描きたいと思います
初回はアレックスです。
――コーエンのすれ違い 1 (アレックス)
日差しが心地よいレヴィ伯爵邸の居間の窓際に、一人座って黙々と針を動かす女性を見つめる。
コーエンに来てから、一日の大半を彼女を愛して、愛を得るために私は過ごしていた。
見事な真っ赤な髪と、真っ赤な瞳、そして赤い唇。抜けるように白い肌がそれらを引き立てて、とても美しい女性だと思う。
だが、短い月の光のような銀の髪と、僅かに感情を溶かす宝石のような紫の瞳、小さく赤い唇の方が、愛しくて思い出すだけで胸を焦らす。
「刺繍が好きなのかい?」
問いかけると、慌てて首を横に振って、縦に振る。カミュが王都に呼び戻されてから、聖女であるディアナの口数はますます減っていた。
小さくため息を落としてから、失敗に気づく。臆病な彼女の前で、何かを否定するような言動は慎めと、カミュに言われていた。聖女の手が止まって、私の顔を不安そうに一瞬だけ覗く。
「すまない。少し王都に置いてきた大事な事を考えていた。君に対して、何かを想う訳じゃない」
小さく頷いて、さっきよりもゆっくりとしたペースでディアナが針を動かす。刺繍をしているハンカチは、美しい墨色をしている。そこに白に近い水色で、可憐で美し花を聖女は描いていた。完成までは三日程といったところだ。
「出発までには完成しそうだな。誰かへの贈り物なのか?」
今のディアナと私の関係なら、私への贈り物かと聞くべきなのかもしれない。だが、彼女が作るそれは、私を想って選んだ意匠じゃない事は一目で分かった。
手を止めて、赤い瞳が私をじっと見つめる。
「あ、あの、わ、私」
俯いてドレスの裾を握りしめる。迷うように私と刺繍を何度も見つめる。
「く、くち、づけ……を、い、いた、だけ」
真っ赤になったディアナが俯く。その言葉が「口づけを戴けませんか」だと気づいて困惑する。そんな事を言い出すような女性ではないし、私の事を愛している素振りもない。
自分の唇に触れる。最後に『君』に唇を重ねたのはいつだっただろうか。消えない柔らかな感触が甦って、嫌悪に近い感情を抱いてしまう。
でも、今の私がその言葉を拒む事は、許されないのだろうと思う。立ち上がって、ディアナの側に歩み寄る。震える手を取って、覗き込むように跪く。
「本当に、望むのか?」
彼女が頷けば、望み通りする。私は彼女を愛さなくてはいけない。そして彼女に愛されなくてはいけない。
見上げた聖女は、苦し気に唇を噛んで今にも泣きだしそうだった。直ぐに真っ赤になる顔が今日は色を失って真っ白になっている。
「カ……様が、で、殿下を、あ、愛して、と言い、ました……」
「君は私を愛しているのかな?」
血が滲みそうな程、唇を噛んでディアナが首を振る。
「なら、今は止めておこう」
踵を返した私の服をディアナが掴む。振り返ると、真っ赤な瞳から涙が溢れていた。
一か月たった今も、私とディアナの間には、まともな会話がない。私もディアナも歩み寄ろうとはするのに、寄り添う事はできなかった。
「ディアナ、君は愛する人がいる?」
今も、私の心の中の全てを独占する『君』を想う。『君』の為に、民の為に決断した。なのに、ディアナに寄り添おうとすればする程、『君』と比べる。
『君』が泣くと紫の瞳は深い色になる。『君』が零す涙は、いつも朝露の様に丸く綺麗だ。
ディアナが私の問いかけに頷いて、やはりと思う。彼女は一体誰を愛しているのだろうか。
同じ立場に置かれたディアナの髪をそっと撫でる。
「私も愛する人がいるよ。だから、今日は止めておこう」
口にした言葉はディアナの為ではなかった。
『君』が触れた感触がまだ思い出せる唇を、誰かに重ねたくなかった。
ディアナの手が私の服を離して、小さな嗚咽を漏らす。
彼女がどれ程の決意を抱いて口にしたのか。嗚咽を背中に聞きながら漸く気づく。
聖女の決意は、応えなければ羞恥を残し無駄になる。でも、応えれば互いに後悔を残す。
彼女の決意を理解して、慰めるべきなのに、それすら出来ない自分は余りに幼い。
久しぶりに我慢していた感情が、胸を競り上がる。『君』に触れて、『君』の名を呼びたい。
蓋をした筈の愛が零れて眦を落ちそうになる。情けない程にまだ、私は君を愛してた。
それから、聖女はすぐに体調を崩した。精霊の子は心が乱れると、魔力も不安定になりやすい。
最悪の状況で、始めるよりも前に最初の移動が失敗に終わる。
ディアナは誰を愛しているのだろうか。カミュに顛末を伝達魔法で伝える。
どうしたらよいか。
互いに別の誰かを想う私と彼女は、愛しあう事を求める程傷つきあう。
カミュからは、この事に関する明確な返事はなかった。ただ、再びコーエンに来るとだけ連絡があった。
数日後にカミュがコーエンに来て、漸く私は聖女が抱えた想いの行き先を知る。そして、想いを受けた幼馴染の笑顔が抱えるものに気づく。
知らない事を怖いと言ったのに、私はまた繰り返していた。
何故、繰り返した? 自問して辿り着いたのは、『君』が隣にいないからだった。
世界と神を罵倒する。罵倒の言葉は、守ると決めたのに『君』を忘れられない自分に向かう。そして、『君』を失った途端に駄目になった自分を罵る言葉に気づけば変わっていた。
< 小さな設定 >
ヴァイツはマールブランシュと文化がとても似ています。
ただ、歩んできた歴史はマールブランシュ王国はドロドロとした策略による諍いで、ヴァイツは小さな力の争いの積み重ねでした。
< 小話 >
※三回予定で、コーエンでの心情をアレックス、カミュ、聖女の視点で描きたいと思います
初回はアレックスです。
――コーエンのすれ違い 1 (アレックス)
日差しが心地よいレヴィ伯爵邸の居間の窓際に、一人座って黙々と針を動かす女性を見つめる。
コーエンに来てから、一日の大半を彼女を愛して、愛を得るために私は過ごしていた。
見事な真っ赤な髪と、真っ赤な瞳、そして赤い唇。抜けるように白い肌がそれらを引き立てて、とても美しい女性だと思う。
だが、短い月の光のような銀の髪と、僅かに感情を溶かす宝石のような紫の瞳、小さく赤い唇の方が、愛しくて思い出すだけで胸を焦らす。
「刺繍が好きなのかい?」
問いかけると、慌てて首を横に振って、縦に振る。カミュが王都に呼び戻されてから、聖女であるディアナの口数はますます減っていた。
小さくため息を落としてから、失敗に気づく。臆病な彼女の前で、何かを否定するような言動は慎めと、カミュに言われていた。聖女の手が止まって、私の顔を不安そうに一瞬だけ覗く。
「すまない。少し王都に置いてきた大事な事を考えていた。君に対して、何かを想う訳じゃない」
小さく頷いて、さっきよりもゆっくりとしたペースでディアナが針を動かす。刺繍をしているハンカチは、美しい墨色をしている。そこに白に近い水色で、可憐で美し花を聖女は描いていた。完成までは三日程といったところだ。
「出発までには完成しそうだな。誰かへの贈り物なのか?」
今のディアナと私の関係なら、私への贈り物かと聞くべきなのかもしれない。だが、彼女が作るそれは、私を想って選んだ意匠じゃない事は一目で分かった。
手を止めて、赤い瞳が私をじっと見つめる。
「あ、あの、わ、私」
俯いてドレスの裾を握りしめる。迷うように私と刺繍を何度も見つめる。
「く、くち、づけ……を、い、いた、だけ」
真っ赤になったディアナが俯く。その言葉が「口づけを戴けませんか」だと気づいて困惑する。そんな事を言い出すような女性ではないし、私の事を愛している素振りもない。
自分の唇に触れる。最後に『君』に唇を重ねたのはいつだっただろうか。消えない柔らかな感触が甦って、嫌悪に近い感情を抱いてしまう。
でも、今の私がその言葉を拒む事は、許されないのだろうと思う。立ち上がって、ディアナの側に歩み寄る。震える手を取って、覗き込むように跪く。
「本当に、望むのか?」
彼女が頷けば、望み通りする。私は彼女を愛さなくてはいけない。そして彼女に愛されなくてはいけない。
見上げた聖女は、苦し気に唇を噛んで今にも泣きだしそうだった。直ぐに真っ赤になる顔が今日は色を失って真っ白になっている。
「カ……様が、で、殿下を、あ、愛して、と言い、ました……」
「君は私を愛しているのかな?」
血が滲みそうな程、唇を噛んでディアナが首を振る。
「なら、今は止めておこう」
踵を返した私の服をディアナが掴む。振り返ると、真っ赤な瞳から涙が溢れていた。
一か月たった今も、私とディアナの間には、まともな会話がない。私もディアナも歩み寄ろうとはするのに、寄り添う事はできなかった。
「ディアナ、君は愛する人がいる?」
今も、私の心の中の全てを独占する『君』を想う。『君』の為に、民の為に決断した。なのに、ディアナに寄り添おうとすればする程、『君』と比べる。
『君』が泣くと紫の瞳は深い色になる。『君』が零す涙は、いつも朝露の様に丸く綺麗だ。
ディアナが私の問いかけに頷いて、やはりと思う。彼女は一体誰を愛しているのだろうか。
同じ立場に置かれたディアナの髪をそっと撫でる。
「私も愛する人がいるよ。だから、今日は止めておこう」
口にした言葉はディアナの為ではなかった。
『君』が触れた感触がまだ思い出せる唇を、誰かに重ねたくなかった。
ディアナの手が私の服を離して、小さな嗚咽を漏らす。
彼女がどれ程の決意を抱いて口にしたのか。嗚咽を背中に聞きながら漸く気づく。
聖女の決意は、応えなければ羞恥を残し無駄になる。でも、応えれば互いに後悔を残す。
彼女の決意を理解して、慰めるべきなのに、それすら出来ない自分は余りに幼い。
久しぶりに我慢していた感情が、胸を競り上がる。『君』に触れて、『君』の名を呼びたい。
蓋をした筈の愛が零れて眦を落ちそうになる。情けない程にまだ、私は君を愛してた。
それから、聖女はすぐに体調を崩した。精霊の子は心が乱れると、魔力も不安定になりやすい。
最悪の状況で、始めるよりも前に最初の移動が失敗に終わる。
ディアナは誰を愛しているのだろうか。カミュに顛末を伝達魔法で伝える。
どうしたらよいか。
互いに別の誰かを想う私と彼女は、愛しあう事を求める程傷つきあう。
カミュからは、この事に関する明確な返事はなかった。ただ、再びコーエンに来るとだけ連絡があった。
数日後にカミュがコーエンに来て、漸く私は聖女が抱えた想いの行き先を知る。そして、想いを受けた幼馴染の笑顔が抱えるものに気づく。
知らない事を怖いと言ったのに、私はまた繰り返していた。
何故、繰り返した? 自問して辿り着いたのは、『君』が隣にいないからだった。
世界と神を罵倒する。罵倒の言葉は、守ると決めたのに『君』を忘れられない自分に向かう。そして、『君』を失った途端に駄目になった自分を罵る言葉に気づけば変わっていた。
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