< 小話まとめ >悪役令嬢はやめて、侯爵子息になります

立風花

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四章

67話 コーエンのすれ違い 2 / カミュ

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更新が遅くて、すみません。
最新話は忙しくて細切れで書いたら、後でつなぐのが凄く大変でした。
ドンと一気に書く方が好きです。一つ、勉強しました。
先週よりは時間があるので、今週あと一話頑張りたいです。
次回はファンタジーです。ノエルはワンデリアの崖の街が守れるでしょうか?
そして、さらなる大きなトラブルが!(まで辿りつきたいです)

< 小さな設定 >
戦前準備部隊は、地方の下級貴族と庶民出の人が多いです。
貧乏騎士なので、住居はピロイエ伯爵家が開放しています。
カイとジルは、同室で生活してました。
最初の頃、色々荒れていたジルを連れ戻すのはカイのお仕事でした。
落ち着いてくると、基本だらだらしたカイの面倒をジルが見るようになります。
ジルの中で、クレイは兄。カイは弟?みたいな位置づけです。カイはジルは弟だと言い張ってます。



<小話>

――コーエンのすれ違い 2 (カミュ)

 聖女が宿に入ったのを見届けて、国政管理室の文官の元に向う。

「カミュ様、何か御用ですか?」

 宿の外で伝達魔法を使っていた文官が、私を見て冷ややかな眼差しを向ける。これから私が何を言い出すのか、気づいているのだろう。

「コーエンに引き返したいと思います」

「……冗談はお止め下さい」

「本気です。ディアナの状態が良くありません」

 最初の移動は、出発前に体調を崩して決行されなかった。二度目である今回が、ディアナにとって初めての長距離の移動になる。
 精霊の子の魔力はとても繊細だ。不安と怯えがディアナの魔力を安定させない。国政管理室の予定よりもずっと早く回復薬が必要になり、状態もどんどん悪化してきている。
 冷ややかな表情を崩さずに、国政管理室の文官が口を開く。

「計算通りにいっていないのは分かっています。でも、想定した最悪の状況よりは、ややマシだと判断してます。我々なら引き返しません」

「最悪の状況に近い事を、良いとは思えません。今回は、ディアナにとっての練習と収めて下さい」

 国政管理室の文官は、嘲笑うように唇の端を上げる。

「練習というのは、余裕があってできるんです。次の事態に、いつ進むか分からない自覚はございますか?」

 ディアナが必要な事態が起こる時は誰も分からない。そして、それが遠くない状況は理解している。
 それでも目の前に苦しむ人がいて、最悪の状況に近いのであれば回避したいと思うのは誤りだろうか。
 
「ディアナの身に何かあれば、意味を失います。これは、大公命令に致します。引き返してください」

「……ご命令でしたら、仕方ありません。我々がどれ程、頭を悩ませても決定権はありませんからね。私は次を検討する為、このまま王都に戻ります。聖女様はお任せして宜しいですよね」

 その言葉に頷く。一礼して踵を返した文官が足を止めて、私を振り返る。

「一つ、申し上げましょう。私から見ると、貴方の選択は綺麗だけど甘い。傷つけない選択は、時に優しい振りをした逃げです」

 文官が厳しい眼差しを私に向ける。国の決断の最前線の彼の言葉はきっと正しい。引き返す事は現状を維持するだけだ。ディアナを一時的に救っても、永遠に救えるわけではない。すぐに三度目の移動に直面させる。

 突きつけられた一言が、胸に応えて拳を握る。逃げるなら、十年前から私は成長していない事になる。

「リード、クリス。話は聞こえておりましたね。私の判断で、聖女をコーエンに戻すことになりました。同行の騎士たちと、帰りの調整をして頂けますか?」

 私の言葉に、護衛騎士の二人が一礼して、リードが踵を返す。その背に一言、言い添える。

「同行した騎士達に、申し訳ないと伝えて下さい。私は昔からダメなんです。とても弱くて甘い」

 振り返って姿勢を正したリードと側に残ったクリスが私の言葉に優しく笑う。

「目の前の民を守るのが、騎士の本能です。国政管理室より、目の前の聖女様を救うカミュ様の対応の方が好きです。だから、私も甘い側です」

「リードと同じです。聖女様のご様子は、王都までお連れするには心苦し過ぎます。国政管理室は時々……いいや、年中容赦ない判断をしてきます。彼らの基準だと、彼ら以外の全員が甘いになりますよ」

 二人の言葉に握った拳が緩む。
 一礼して去るリードと、私に笑顔をむけるクリスに、心の中で感謝の言葉を呟く。
 彼らは、私を慕って励ましてくれている。私は傷つける事にも、傷つく事にも弱い。結果、逃げるような判断しか選べない時がある。


 翌朝には、国政管理室の文官はもういなかった。朝食の席で、ディアナに引き返すことを告げる。体調の悪化で色を失った顔には、安堵と困惑が交錯していた。
 
「引き返す事を勝手に決めてしまいました。申し訳ございません。貴方の決意を無にしてしまいましたね」

 私の言葉にディアナが驚いた様に目を瞬く。それから、慌てて頭をふる。

「いいえ。ありがとうございます。決意など立派なものは、私にはございません。お心遣いに感謝いたします」
 
 令嬢の礼を取って顔を上げたディアナの笑顔には、困惑の代わりに惜別があった。

 引き返し始めると、ディアナの魔力の状態は落ち着いた。酷い変動がなくなって、魔力酔いのような状態に陥る事もない。失うより回復する量が上回って、顔色も落ち着きを見せ始める。

 だから、行きの時の様に頻繁に様子を見る必要もなくなった。寂しいと思うと同時に、その事に安堵する。

 ディアナの側にいると『どちらを選ぶか』を突き付けられる。そして、答えは必ず誰かを傷つける。

「傷つくのも、傷つけられるのも怖い」

 馬車の中で一人呟いた瞬間、国政管理室の文官が言った言葉をまた思い出した。
 綺麗だけど甘い。傷つけない選択は、時に優しい振りをした逃げ。その言葉は、間違ってはいない。
 本当に狡いのは、傷つけない選択が、自分が傷つかない選択でもある事だろう。

 窓にうっすら映った自分を見つめる。黒い髪に黒い瞳。王家の廊下に飾られた、預言者であり聖女だったシーナとよく似ている。

 再来。周囲は私に預言者であることを望んだ。心のまま発した言葉は、預言の期待を負う。
   
 天気がいいと言えば、日照りの預言と顔を顰められた。
 日照りの土地に雨がふると良いと言えば、恵みの雨の期待を持たせた。
 病の人に元気になってと言えば、快癒の預言とぬか喜びさせた。
 怖い夢を見たと言えば、凶兆。良い夢を見たと言えば、吉兆。
 
 期待を裏切る大人の反応に幼い私は傷ついた。言葉の結末に失望される事には更に傷つけられた。
 でも、勝手に解釈された言葉は、知らない場所で誰かを傷つけていた。

 快癒の預言が成さなければ、騙されたと知らぬ者の家族が泣いた。
 恵みの雨の預言が成さなければ、不作の土地で誰かが空腹に苦しんで、恨み言を並べた。
 日照りの預言が成さなければ、対策に予算を失った村が他の災害に困窮し、糾弾の声を上げた。

 私が望んだわけではない。私はなにもしていない。ただ、思った言葉を口にしただけ。
 でも、傷つく事も傷つける事も、元凶は私自身の言葉。

 壊れそうになった幼い私が選べたのは、声を上げるのを止める事だった。
 言葉を止めてしまえば、誰も傷つかない。その選択を母上は許して、離隅に住まいを移してくれた。

「あれも、逃げなのでしょう」

 溜息を落とす。
 離隅で口を閉じる日々は、城で傷ついて傷つける日々よりずっと快適だった。外は変わらないままでも、そこでは小さな平穏を守る事が出来た。
 逃げて閉じこもった私を、外と繋ぎ続けてくれたのはアレックスだ。唯一である彼の枷にならない為に、光である彼の背を追って、私はもう一度外に出た。
 でも、アレックスを失うと思った時は、また逃げる選択を選んだ。閉じかけた扉を開けたのは、アレックスを失う理由で大嫌いだったノエルだ。
 アレックス以外のノエルが私を友と呼んだ。不快だったけれど、友という言葉はとてもくすぐったかった。友という言葉がゆっくりと私にアレックス以外の誰かの選択肢を芽生えさせる。

 転びそうな手を皆で取り合った花火の夜。引っ張り合うように駆けて笑い合うのは、心地よくて不思議な高揚感があった。あの頃には、もう友と呼べる者が私の側にたくさんできていた。

 傷ついて傷つける事を忘れた。友の為に必死になって守る事と癒す事を考えた。
 逃げて閉じこもる選択を間違いだったと思えた。きっと、アレックスなら向き合う。ノエルなら抗う。クロードなら、ドニなら、ユーグなら……今の私なら『―――――――』と思っていた筈だった。

「でも、私は成長しておりません。まだ、逃げていると言われる選択をしております」
 
 馬車の壁に頭を預ける。コーエンに急ぎ向かう馬車は急くような振動を返す。
 考える事につかれて微睡むと夢をみた。幼い私が不安そうな眼差しで、必死に扉の前で立ち塞がっていた。

 窓を叩く雨の音で目を覚ますと、空が光るのが見えた。眠気を覚ますように頭を軽く振る。
 コーエンの夏は、突然の嵐に見舞われる事が多々ある。雷の気配を見つめていると、聖女が使う尻尾の大きなセスという小さな動物が馬車に飛び込んできた。小さく額をなでると、セスが聖女の声を紡ぐ。

「あ、あの、お話をしたいんです。次の最後の休憩で馬車を移っても宜しですか?」

 理由に首を捻る。コーエン育ちのディアナだから、嵐の気配に怯えている訳ではないだろう。
 手首を一度、回して伝達魔法のハルシアを作り出す。承諾の返事をしようとして、口を開いて止める。
 ディアナと会う事と、断る事を天秤にかける。傷ついて、傷つけてしまわないか?

「畏まりました。雨も降っておりますので、私がそちらに伺わせて頂きます」

 悩んだ末に出した答えは、会うだった。

 従者が傘を差し出してくれていたのに、ディアナの馬車に移る間に服が雨に濡れる。あまり良い事ではないが、非礼を詫びてからジャケットを脱ぐ。

「礼を欠く服装で向き合ってしまい、申し訳ありません」

「いいえ。雨の中、ご足労頂き有難うございます」

 向かい合って、他愛のない挨拶を終える。言葉が続かない私たちの間を、馬車を叩く雨の音が支配する。
 そっと窺ったディアナの顔色は、抜けるように白いけれど艶が戻っていた。赤い髪に赤い瞳に赤い唇。とても美しいと思う。
 私の視線を感じたように、ディアナが顔を上げる。眼差しが交わると、胸が締め付けられる。

「カミュ様は、また王都に帰ってしまいますか?」

 その言葉に、少し首を傾げてから頷く。
 残るか、帰るか、決めるのは国政管理室だろう。帰りの会話を思い出すと、呼び戻される可能性の方が高い気がする。

「戻る事になると思います。私は、何もできません。貴方とアレックスの橋渡しも、これ以上は二人の距離を縮める邪魔になる。それでは、困るのです」

 俯いたディアナが、膝の上で拳を握りしめる。上げた声は震えていた。

「王都に戻られる前に、殿下を愛して欲しいとおっしゃいました。覚えておりますか?」

 ルナが消えた後、私は聖女を探した。誰かを愛しているアレックスには、辛い役目だから少しでも代わってやりたいと思った。それが最初の過ち。
 ユーグと一緒にコーエンで見つけた精霊の子がディアナだ。

 酷く臆病なディアナ。それが精霊の子だから外の世界に怯えている所為なのは、すぐに分かった。精霊の子の存在を憐れと前から思っていて、何とかしてあげたいと思ってしまった。二つ目の私の過ち。

「アレックスは、愛する人をとても大切にできる男です。きっと優しく頬に触れて、愛し気に髪に触れます。貴方を満たしてくれるでしょう」

 必要のない事を口走ったらせた思いは羨望。
 ディアナと私は、よく似ている。外に出られないディアナと、部屋で過ごす事が今も嫌いではない私。好きな本、好きな絵、好きな音楽、好きなお茶。
 月は、満ちる光と欠く暗闇。二つ合わせて綺麗な円になる。言葉を交わす程、ディアナと私は一つの月のようによく合った。

 弾かれる様に上げたディアナの顔が歪む。一つと思う彼女が顔を歪めると、私の心も悲しくなる。

「必要な事なのだと理解しております。でも、殿下にも愛している方がいらっしゃる」

 最初の移動の前に、ディアナとアレックスの間に起きた小さな事件は聞いている。
 その時に、アレックスが愛する人がいると伝えてしまった事も、ディアナが愛する人がいると言ってくれた事も知っていた。

「……会えない女性です。気になさる必要はございません」

 アレックスが会えない女性。私が会っていてはいけない女性。どうして私たちの恋は上手くいかないのだろう。

 私の言葉に目を閉じて、ディアナが激しく頭を振る。

「違うんです。殿下が愛する方を諦めるなら、私も諦めなくてはいけない」

 月に存在を重ねた頃には、聖女に愛される立場になりたい気持ちは、アレックスの為から自分の為に変っていた。でも、私に資格がない可能性がある事に気づいてしまっていた。

 アレックスは眩しい。彼には敵わない。彼は私の憧れだから選ばれる唯一は、アレックスしかいない事に納得している。

 ディアナの目から綺麗な涙が零れ落ちる。
 憧れた友の憧れるような恋心に、自分の恋心を重ねる。
 きっとアレックスなら、その涙に手を伸ばす。でも、私は手を伸ばさない。伸ばしてあげたいと思っても、駄目だと知って抑えてしまえる。

「ディアナ、貴方の決意に心から感謝を申し上げます」

 私を見つめる瞳から零れた涙が、白い肌を滑り落ちていく。

「……感謝なんていりません。精霊の子である私には、望んでも知る事が出来ない筈の気持ちがありました。それは、苦しいけれど、とても大切な気持ちです。どうか一度だけ、その思いを言葉にさせて下さい」

 私の月の欠片のディアナ。同じ気持ちを同じ時間で育んできた。ディアナが向ける眼差しに含まれた想いに、最初からずっと気付いていた。

 泣きながらディアナが、大輪の花のような華やかな笑顔を浮かべる。

「カミュ様、私が愛したのは貴方です。この先に、私が何を望まれるのか存じ上げません。でも、叶わない事には気づいております。それでも、今の私は貴方を誰よりもお慕いしております」

 知っていて知らぬ振りをする方が痛みは少ない。告げられた胸は苦しくて、息が詰まりそうになる。

 アレックスに私はなれない。私は立ち止まれてしまう。  
 傷ついて、傷つかない為に。誰の為にか。アレックスの為に。ディアナの為に。民の為に。私の為に。
 私は我慢を選ぶ。我慢しなくてはいけない。抱いてしまった思いが、最大の過ちだから。

「ディアナ、私が貴方の気持ちを受け入れる事はありません。でも、貴方の言葉は忘れません」

 馬車の速度が落ちた。窓の外を見れば、ディアナの屋敷の明かりが見えた。
 まだ、僅かに湿気の残るジャケットを羽織る。
 馬車が開くと、いつも通りにディアナに手を差し出して屋敷まで送り届ける。
 ディアナの両親に帰還の理由を語ると、ディアナの父と母が私に何度も感謝の言葉を述べて頭を下げた。
 何と答えたのだろう? 遠くの世界の言葉のように全てがぼんやりと過ぎていく。
 
 激しい雨の中、王族が利用している宿に向かって歩いた。何度か従者が馬車を呼ぶよう勧めたが、じっとしている事が怖かった。胸を苦しめる感情が消えずに、止まったら叫び出してしまう気がする。

 激しい雨が傘の意味を失わせて私を濡らす。大きく息を吸い込む。抑えた言葉の代わりに思いが捌け口を求める。

「傘を閉じて下さい」

 私の言葉に問うような眼差しを従者が向ける。返した自分の顔が酷くゆがむのが分かる。

「お願いです。傘を、閉じてください。それから、少しだけ離れていて下さい」

 従者が私の希望通り、傘を閉じる。それから、護衛騎士と共に私から僅かに離れてくれた。

 激しい雨が肩を叩いて、髪を濡らす。天を仰げば、雨粒が頬を濡らす。冷たい雫に熱い雫が混ざった。

「どうして、アレックスみたいになれないのでしょう? お慕いしております。でも、愛していると言えないんです」

 唇を噛み締めて塞いだ叫びの代わりに、涙がとめどなく溢れる。
 
 ディアナが私を愛している。
 彼女を精霊の子の呪縛から救えるのに、救わない。愛しくても彼女に決して触れない。
 たくさんの民を捨てる事になる。アレックスの努力を踏みにじる。
 
 私の選択は必ず誰かを傷つけて、傷つく。あの時と同じ様に、言葉を飲み込めばいい。
 なぜだろう。昔の様に口を噤む事が、今の私を救わない。

 誰か教えて欲しい。私は一体どうしたらよいのか?
 誰も傷つけず、自分も傷つかない選択はどこにある? 
 ありのままの言葉を聞いて欲しいけれど、これだけは決して誰にも言えない。
 ディアナを愛した事は、国に対する大罪。そして、一生懸命戦おうとする友に対する裏切り。

 どのくらい、そこにいただろう。涙が枯れて、冷たくなった指先に気付く。
 慌てて振り返ると、私に付き従う三人も雨に濡れていた。

「私の我儘につき合わせてしまいました。申し訳ございません。宿に帰って、温かいものを給仕に用意させましょうね」

 いつも通りの笑みを、必死に作って笑いかける。強張った頬も震えた声も上手くいかない。
 悲痛な顔で駆け寄った従者が、泥を厭わず私の前に跪く。

「差し出がましい発言をお許しください。貴方様は、お一人ではございません。どうか、誰かに縋って下さい。貴方はこれまで、皆に手を差し伸べてきた。貴方も縋って構わないんです!」

 従者に並んで、護衛騎士の二人もまた跪く。

「私も発言をさせて下さい。貴方は優しすぎます。人の心に敏感なのに、自分の心にはとても厳しい。どうか、声になさって下さい。助けて欲しい、苦しい、迷っていると!」
 
「縋っていいんです。甘えていいんです。貴方は一人ではありません。殿下、クロード様、ノエル様、ユーグ様、ドニ様。私たちでも構いません。一人で苦しむ貴方に、縋って欲しい者はたくさんおります」

 三人の側仕えの言葉が、私の中の幼い私を動かす。

 ディアナを愛した罪の意識に、幼い私が閉じてしまった心の扉があった。
 
 私の想いを責めるだろうか? 先に出会った過ちに失望するだろうか?
 しない。幼い頃、私を預言者と囲んだ大人たちのような事を彼らは絶対にしない。
 知っていたのに、扉を閉じてしまった。

 不安そうな顔で扉を塞いだ幼い私が、戸惑うように扉に手を掛ける。

 ごめんなさい。怖いと思ってしまいました。
 信じるより、嫌われたくないと思ってしまいました。

 小さい私が扉を開く。開けば扉の向こうに大事な友の笑顔が見えた。

 秘宝探し、舞踏会、御前試合、中規模崩落、ルナの支配。どんな時も友と一緒に乗り越えてきた。
 逃げて閉じこもる選択を間違いだと思えたのも、友が側に居てくれたからだ。

 雨の中で三人の側仕えが私の言葉を待ってくていた。
 苦しいのに、心の奥底には長い悪夢から覚めたような希望があった。
 無性に友に会いたい。会って私が抱えている想いの全てを聞いて、救って欲しいと思った。

「皆、もう少し私に付き合って頂けますか? アレックスの所に参ります」

 私の言葉に三人が嬉しそうに笑う。
 冷たくて体中が軋むように固い。また、涙が零れ落ちる。でも、今度は穏やかに微笑む事が出来た。
  

―――――

※小話投稿まで遅れてました。ごめんなさい。
 今回のカミュのエピソードはぎりぎりまで本編に入れたくて調整していました。でも、どうしてもカミュの視点にしたかったために<小話>に結局なりました。

 少しだけこの辺りの心情は、書き手の思い入れで補足します。ご興味があれば、↓の補足をどうぞ!

 カミュはこの後にアレックスの部屋を尋ねます。アレックスとは違うという悩みは消えませんが、自身の感情を罪として隠すのを止めます。
 「約束と出立」でアレックスがカミュの告白を少しだけ語ってます。
 少し前に聖女の想いにも気づいていたのに、アレックスはノエルとの約束の為に目を逸らします。でも、カミュの想いを突きつけられた事で、漸くアレックスらしく再び動き出します。それが王位を諦める決断に繋がっていきます。

 それから、ユーグは初めの頃からカミュの恋心に気づいてます。「成果と決断」等、度々カミュの事を心配していたのはそれが理由です。ユーグが助けたいと悩んでいたのは、ノエルとアレックスの恋だけじゃなく、カミュの恋も含まれてました。でも、ノエルとの会話でシュレッサーとして事実を公表する決めました。そこから、ユーグは自分に出来る術式や魔法弾の改良で道を開く事に舵をきり、カミュの恋には言及しません。

 一人称なので、本編はノエルの視点を貫いて進みます。三人称だと本編でもっと掘り下げられたのかなぁ、などと思いながらこの辺りの関係が書けない事は随分悔やみました。
 読み手様が、この時どうだったんだ? と思う事がありましたら是非お知らせください。今回のように書き手の中にある裏のエピソードで描いていない部分が<小話>でご紹介出来たら良いなと思ってます。
 次回はコーエン最後の「聖女」です。
 相変わらず忙しくて、本編が儘なりませんが、山なのでもっとしっかり頑張りたいと思います。またよろしくお願いします。
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