必滅・仕上屋稼業

板倉恭司

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終わりは、殺陣で仕上げます(七)

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 翌日になっても、お禄は店にこもっていた。
 何をするでもなく、奥でぼんやりしている。端から見れば、お生ける屍のようであっただろう。呆けたような表情で、彼女はじっと椅子に座っていた。言うまでもなく、店は閉めたままである。
 訪れた者といえば、蘭二だけ。彼は律儀に、いつも通り店に現れたが……お禄の様子を見て、そそくさと引き上げていった。
 だが、その夜遅く……お禄の態度を一変させる事件が起きた。



 突然、乱暴に戸を叩く音がした。お禄は面倒くさそうに立ち上がる。

「誰だい」

 お禄は懐に短刀を隠し、戸に近づいて行く。その途端、掠れた声が聞こえてきた。

「お禄さん……俺だ……小五郎だよ……」

 聞き覚えのある声だ。お禄は、慌てて戸を開ける。
 そこにいたのは、間違いなく弁天の小五郎だった。ただし、全身を滅多刺しにされ、息も絶え絶えの状態である。ここまで辿り着けたのが奇跡だ。

「小五郎さん、誰にやられたんだい!」

 言いながら小五郎の体を担ぎ、店の中に運び入れる。小五郎は、顔を歪めながら口を開く。

「蛇次だよ……あの野郎、全て仕組んでやがった」

「どういうことです?」

「蛇次は最初から……俺とあんたを潰すつもりだったんだよ。邪魔な連中をひとりずつ始末し、一方で俺たちの評判を……」

 そこまで話した時、小五郎は咳き込んだ。口からは、大量の血を吐き出す。

「小五郎さん、喋ったら駄目だよ。すぐに、医者を呼んで来るから──」

「呼ばなくていい……俺は、もう助からねえ。それより、俺の話を聞いてくれ……」



 小五郎から聞いた話は、お禄の予想を遥かに超えていた。
 蛇次はまず、小五郎が阿片を異様に嫌っている点に目を付けた。手下たちを上手く使い、阿片を扱う者たちのうち、自身の邪魔になりそうな組織もしくは人間の情報だけを小五郎に流したのだ。
 結果、小五郎は仕上屋に依頼して始末する。蛇次は自身の懐を痛めることなく、邪魔者を消すことが出来た。
 その一方で、蛇次は他の連中に根回しをした。小五郎は阿片に対し厳し過ぎる、あいつはもう時代遅れだ……などという言葉で、自身の味方を増やしていく。
 決定的だったのが、密売人である栗栖の死であった。
 質の良く安い阿片を作る栗栖の存在は、江戸の裏社会において重宝されていたのだ。ところが、その栗栖が死んでしまった……死因は自殺であるが、蛇次は小五郎の仕業であるかのように噂を流した。
 もとより、小五郎が阿片を嫌っていることは、裏の世界ではよく知られている。噂を疑う者などいない。しかも、実際に小五郎は仕上屋に依頼しているのだ。
 弁天の小五郎は、裏の世界で完全に孤立していた。

 そして今日、蛇次は裏社会の主だった者を集め、さらに小五郎を呼び出した。理由はといえば、小五郎を引退させるためである。皆の前で、小五郎に言い渡した。

「小五郎さんよう……もう、あんたの時代じゃねえんだ。後は若い者に任せ、とっとと身を引いてくれないかな」

 だが小五郎はその申し出を拒絶し、さっさと引き上げてしまう。すると、帰り道で刺客に襲われた──
 体の数箇所を刺されながらも、小五郎は力を振り絞り刺客を返り討ちにする。
 瀕死の重傷を負った小五郎だが……お禄に真相を伝えるため、息も絶え絶えの状態で歩き続けたのだ。

「お禄さん、もう無理だ。蛇次の奴は、誰にも止められねえ。あんただけでも逃げてくれ」

 そう言い残し、小五郎は息を引き取った。

 お禄は、小五郎の遺体を見下ろす。
 もはや、どうする事も出来ない。蛇次に対抗できる者は、いなくなってしまった。このままだと、自分や蘭二も殺られる。そもそも、今まで殺られなかったのが不思議なくらいだった。
 もう、仕上屋は終わりなのだ。



 その翌日、店を訪れた蘭二に向かい、小五郎の死を打ち明ける。そして、決定的な言葉を放った。

「仕上屋は終わりだよ。あたしは、江戸を離れる。あんたも、好きにしな」

「どういう意味だ? このまま、何もかもおっぽり出して逃げようってのか?」

 語気鋭く尋ねる蘭二に、お禄は歪んだ笑みを浮かべる。

「そうだよ。これ以上、江戸にはいられない。あんたも早いとこ、ずらかった方が身のためだよ」

 その言葉を聞いた瞬間、蘭二は目を細めた。

「じゃあ、権太さんの仇は討たないっていうのかい?」

「んなもん、無理に決まってるだろ。殺った渡辺は、曲がりなりにも奉行所の役人だ。しかも、後ろには巳の会が付いてる。もう、あたしたちの手に負えるような相手じゃないんだよ」

 吐き捨てるような口調で、お禄は言った。
 蘭二は、ぎりりと奥歯を噛み締める。ややあって、声を震わせながら語り出した。

「お禄さん……私はね、壱助さんの体を見てきたよ。あの人は、ひどい有様だった。両目を潰され、耳を削ぎ落とされ、膝を砕かれてたよ」

 そこで、蘭二は言葉を切る。いつのまにか、彼の目には涙が溢れていた。
 涙を手で拭い、再び語り出す。

「権太さんは、そんな壱助さんとお美代さんを助けるために死んでいったんだよ。あなたは、なんとも思わないのかい?」

「馬鹿な奴だって思ってるよ。何も、他人のために死ぬこたあないだろうにね」

 素っ気ない口調で、お禄は言葉を返した。
 すると、蘭二の表情が歪む。彼は目線を逸らし、下を向いた。
 やがて、その顔に笑みが浮かぶ。だが、それはひどく歪んだ笑顔だった。何もかもに絶望し、後は笑うしかない……そんな表情であった。

「それが、あんたの考えか……あんたは、そういう人だったのか。わかったよ。私は、あんたという人を見誤っていたらしい」

「見誤るも何も、あたしは最初から、こういう女だよ。嫌になったなら、さっさと出て行きな」

「ああ、そうさせてもらう」





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