白き死の仮面

板倉恭司

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彼らの休日(2)

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 女を睨みながら、さらに口撃を続けようとする省吾。その時、両者の間に割って入った者がいた。
 恭子である。

「すみませーん、この人、本当に無愛想で……」

 他人向けの優しい声を出しつつ、ペコペコ頭を下げる。恭子は、美女と呼ばれるようなタイプではない。だが、愛嬌があり愛想もいい。人に親しみと安心感を与えるタイプだ。彼女を一目見て、悪感情を抱く者はそういないだろう。

「あ、あなたは……お、お母さんですか?」

 相手の女は、意外そうな表情で、省吾と恭子の顔を交互に見る。正直、この三人が家族という設定には少し無理があるかもしれないのだが、恭子はそれで押し通す気らしい。

「ええ、そうですの。このは人見知りで……このバカは無愛想で、本当にすみません」

 ニコニコしながら、省吾の後頭部を掴む。ペコリと頭を下げつつ、同時に省吾にも頭を下げさせた。
 すると、女の表情も変わった。

「えっ? あっ、そうでしたか……こちらこそ、すみません。最近、この辺りで子供が……その、体を触られそうになる事件がありまして、てっきり、その、あの……」

 言葉を濁す女に、恭子は微笑みながら言い添える。

「不審者かと思いました? この人、本当に人相が悪くて無愛想ですから……困った人ですよ。こないだなんか、一日に三回もお巡りさんに職務質問されちゃって」

 そんなことを言いながらも、省吾の肩にパンチを入れてくる。かなり強めだ。どうやら、無言のメッセージを送ってきているらしい。省吾は、仕方なく体を縮こまらせ下を向いていた。
 すると、今度は未来が動く。省吾のトレーナーの裾を、くいっくいっと引いてきた。
 省吾は、この少女が何を言わんとしているか即座に察する。優しく頭を撫でつつ口を開いた。

「未来、もう帰るのか?」

 その言葉に、未来はうんうん頷く。省吾はニッコリ笑い、恭子の手を握った。

「母さん、未来が帰りたがっているぞ。そろそろ行こうか」

 言いながら、半ば強引に恭子を引っ張り歩き出す。恭子はニコニコしながら、女に頭を下げつつ離れて行った。







 ちょっとしたトラブルはあったものの、四人は無事に公園を出ていった。心地よい陽射しの中、未来の歩くペースに合わせて、のんびりと進んでいく。

「あのさ省吾、もうちょっと紳士のタッチで対応できないかな。下手すりゃ、警察呼ばれてたかもしれないんだよ。ったく、ただでさえ怖い顔してんだから、いろいろ気をつけてくんなきゃ困るよ……」

 先ほどから、ブツブツ文句を言い続けているのは恭子だ。さっきの他人向けの高い声とは、完全に真逆の低い声である。
 それを無視し、省吾はすたすた歩いていく。と、その足が止まった。視線の先には、コンビニエンスストアがある。
 彼は、未来に視線を向けた。

「なあ未来、ここでお菓子買っていくか?」

「う、うん。か、か、買う」

 答えた未来の手を引き、省吾はコンビニへと入っていく。咲耶と恭子も、後に続いた。
 未来は、店内をゆっくりと歩いている。物珍しそうに、あちこち見回していた。この少女は、あまり外に出たことがない。コンビニにすら、自由に行くことが出来ないのだ。
 そもそも、外出を許可されるようになったのも、三ヶ月ほど前からだ。それ以前は、イエローカードの案件があった時だけ外に出る。終わったら、真っすぐ帰る……それが、未来の生活なのである。こんな時くらい、好きなものをいろいろ買ってあげたい。
 と、ある棚の前でピタリと止まる。上の方にあるものを見上げていた。
 後ろから近づいていった省吾は、そっと少女を抱き上げる。

「何が欲しいんだ?」

 聞くと、未来は並べられているものを指差す。おにぎりだ。コンビニによくあるタイプのものである。

「えっ、おにぎりか? おにぎりが欲しいのか?」

 尋ねると、うんうんと頷く。省吾は少女を下に降ろすと、指差していたおにぎりを次々とカゴに放り込んでいった。
 そんなふたりを、目を細めて見ているのが恭子と咲耶だ。がっちりした体格と強面の顔でありながら、妙に甲斐甲斐しく少女の世話を焼く省吾。そんな省吾になついている未来。ふたりは、本物の父娘おやこのように見える。実際には、一年前まで顔も知らない間柄だったのだが……。
 ふたりは、あちこち回ってお菓子やジュースなどをカゴに入れた。レジで支払いを済ませ、外に出る。

「パパ、いっぱい買ってくれたじゃん。よかったね」

 そんなことを言いながら、未来の頭を撫でる咲耶。その隣には、ビニール袋を下げた恭子がいる。少し遅れて、省吾が続いた。
 そのまま、しばらく歩いていた未来だった。しかし、ベンチを発見するや走り出す。ちょこんと座ると、ビニール袋を指差し口を開いた。

「お、お、おにぎり」

「えっ、今食べるの?」

 恭子の問いに、ウンウンと頷く。彼女は苦笑し、未来の前でビニール袋を広げて見せる。
 すると、未来は両手を突っ込んだ。おにぎりをふたつ取り出す。
 ひとつを省吾に、もうひとつを咲耶に差し出した。

「えっ、あたしたちにくれるの?」

 咲耶が聞くと、ウンウンと頷く。ふたりは困惑しながらも、それを受けとった。
 次いで未来は、恭子にもおにぎりを差し出す。最後に、自分の分を取り出した。ビニールを剥くと、皆の顔を見回す。

「み、みみ、みんなで、た、食べたい」

 そう言うと、少女はおにぎりにかぶりつく。省吾らも、その場でおにぎりを食べ始めた。
 すると、恭子の目から一筋の涙がこぼれる。何か思うところがあったのか、何かを思い出したのか。しかし、彼女は無言で涙を拭う。
 省吾は見なかったことにして、おにぎりを食べ終えた。

 ・・・

 オルガノ救人教会の信者である岩崎成美は、親から受け継いだ家に住んでいる。庭付きの木造二階建てあり、昭和アニメに登場しそうな古びた外観である。彼女は、この家に信者候補を招き教義の勉強をしていたのだ。そのため、来客は多い。
 夫の幹久ミキヒサは信者ではなく、入信する気もない。もっとも彼は婿養子であり、彼女には逆らうことが出来ないのだ。したがって、成美は反対されることなく宗教活動に専念できていた。
 そんな彼女の家に、今夜は招かれざる客が訪れていた。



 白いフェイスマスク、白い手袋、白いツナギ……一般市民には、あまり縁のないものを身につけた不気味な人間が、岩崎夫婦の目の前に立っていた。
 身長は百七十センチ強、体つきはそれほど逞しいものではない。にもかかわらず、その腕力は人間離れしていた。何せ、幹久の両手両足を、一瞬でへし折ってしまったのだから──
 幹久は、白目を剥き倒れている。開いた口からは、だらりと舌が出ていた。腕はへし折られ、肘のあたりから尖った骨が突き出ている。足もまた同様だ。彼の体から流れる出る血が、リビングの床を真っ赤に染めていた。

「お、お願いだから助けて。お金なら、あるだけ渡すから……」

 涙を流し許しを乞う成美に、怪人は胸を張って答えた。

「私の名はマスクレンジャー。神を愛し、神に愛された男だ。本日は、正義を執行しに来た」

 異様なまでに爽やかで、芝居がかった声だ。
 その瞬間、成美の心を絶望と恐怖が覆っていく。目の前にいる男の言っていることは無茶苦茶だ。こちらの言葉が通じた気配がない。
 つまり、この男は完全に狂っている。となると、言葉による説得が通じない。損得もまた、意に介さないということだ──
 マスクレンジャーと名乗った男は、絶望にうちひしがれる成美に向かい、高らかな声で語り出す。

「貴様は邪教の手先となり、純粋な心を持つ多くの人を惑わせてきた。その罪は、万死に値する。よって、今から正義を執行する」

 言った直後、マスクレンジャーは成美の左腕を掴む。
 直後、一瞬でへし折った。成美の口から、獣の咆哮のごとき声があがる。彼女の腕は、肘から先が逆方向に曲がっていた。
 しかし、マスクレンジャーはお構い無しだ。顔を上に向ける。

「神! 心! 悪! 即! 壊! 神の心もて悪を即座に壊す!」

 宙に向かい、爽やかな声で叫ぶ。
 やがて、ゆっくりとした動作で向きを変え、成美を見下ろす。彼女は、ヒッという声をあげ後ずさるが、無駄な努力であった。マスクレンジャーは手を伸ばし、成美の頭を鷲掴みにする。
 そして、惨劇が始まった──




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