最強にして最高の除霊師、その名は上野信次

板倉恭司

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ホーンテッドな館(1)

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 そこは、何のへんてつもない一軒家である。二階建てで庭付き、ドラマなどでよくあるマイホーム……という感じの家屋であった。
 そんな家の前に、ふたりの男が立っている。

「先生、どうですかねえ?」

 言ったのは、スーツ姿の中年男だ。身長は高からず低からず、顔立ちはどこかユーモラスである。中堅どころのお笑い芸人、という雰囲気を漂わせていた。
 もっとも、この男はお笑い芸人ではない。格闘技イベント『Dー1』のプロデューサーであり、格闘技団体の道心会館ドウシンカイカン館長である石川和治イシカワ カズハルなのだ。
 そんな男を相手にしても、上野の態度はいつも通りである。

「はあ、いますねえ。これは、少々やっかいですなあ」

「そうですか。で、引き受けてくださるんですか?」

 対する石川も、一応は敬語を使ってはいるが、どこか見下したような態度が感じられる。

「はっきり言って、気は進みません。が、黒崎師範の紹介とあれば仕方ないですね。引き受けましょう」

 そう、今回の依頼は黒崎健剛からの紹介である。上野が心から尊敬する数少ない人物のひとりだ。その黒崎の紹介となれば、引き受けないわけにはいかなかった。
 すると石川は、複雑な表情を浮かべた。

「そうか。あんたも、黒崎なのか……」

「は、はい?」

 わけがわからず聞き返す上野だったが、石川は寂しげな顔つきで頷く。

「いや、何でもない。こっちの話だ。引き受けてくれて、ありがとな」



 翌日、上野は件の家にいた。
 時刻は八時を過ぎており、外は暗くなっている。そんな中、広いリビングをひとりで占領し、分厚いハンバーガーを食べていた。満足げな表情で、ナイフとフォークを用いて口へと運んでいる。
 と、そこに何かが出現した──

 現れたのは、金髪のショートカットの女だ……ただし、頭の一部は砕けている。血とも土とも判別しがたい汚れが顔全体に付着しており、しかも手足はぐにゃぐにゃに折れ曲がっている。ボロボロの服を着ているが、その衣装も血に染まっていた。
 女はゆっくりと歩き、上野の向かい側に立つ。だが、彼は表情ひとつ変えない。ちらりと女を見ただけで、再びハンバーガーに視線を戻す。ナイフで小さく切り取り、フォークに突き刺し口へと運ぶ。
 次の瞬間、上野の顔に満面の笑みが浮かぶ。ゆっくりと咀嚼し、ハンバーガーの味を存分に楽しむ。
 そんな彼を、金髪の女は無言のまま見下ろしていた。
 やがて、もうひとり現れた。今度は、右腕がちぎれ腹から内臓がはみ出た男だ。顔も半分近くが消失しており、頭蓋骨と脳が剥きだしになっている。男は腹から内臓を引きずりながら、ゆっくりと歩いてきた。食事中の上野の横に立ち、じっと彼を眺める。
 上野は、ちらりと男を見た。だが、すぐさま視線を逸らしハンバーガーを食べ続ける。細かく切り、じっくりと味わう。
 やがて、食事の手を止めた。目をつぶり咀嚼し、パンと肉と野菜が織り成すハーモニーを楽しむ。

「この味は……そう、おもちゃ箱をひっくり返した時の感覚に似ているな。まさに、味のおもちゃ箱だ」

 ひとり呟き、ウンウンと頷く。直後、彼は食事を再開する。
 金髪の女と顔が半分しかない男は、上野の食べっぷりをじっと見続けていた。



 翌日、上野は午前九時に目覚める。
 ブーメランパンツ一丁の姿でスマホをいじると、軽快な音楽が流れ出す。ラジオ体操第一だ。
 音楽に合わせ、上野は体を動かした。当然ながら、不健康そうな男女の霊もいる。真面目くさった顔でラジオ体操をする上野を、数十センチしか離れていない距離で凝視している。
 やがて、もうひとり出現した。今度は、四つん這いで動く老婆だ。ボサボサの白い髪は長く、着物姿である。昔話に登場するヤマンバのようだ。
 その老婆は、腕を大きく振り上げ背伸びをしている上野に近づいていった。至近距離で、彼を睨む。
 上野は、ちらりと老婆を見た。だが、完全に無視して体操を続ける。体を曲げたり、ぴょんぴょん飛び跳ねたりしている。
 やがて体操が終わると、鏡の前に立った。鍛えられた見事な肉体を映し、様々なポーズをとった。
 ややあって、うんうんと頷く。

「うむ、これならいけるかもしれん。では、そろそろ朝食にするか」

 ひとり呟くと、荷物の中からタッパーを取り出した。開けると、サンドイッチが入っている。
 異様な人相の霊たちに囲まれた状態で、上野はサンドイッチを食べ出した。

「そういえば、伝説のボクサー・ジョー矢吹はトマトのサンドイッチが好きだったなあ。確かに美味い」

 そんなことを言いながら、サンドイッチを食べる。目の前には、食欲不振を起こさせるような外見の三人組がいるが、上野は平気な顔だ。
 サンドイッチを食べ終えると、上野は着替える。白いTシャツにデニムのパンツといういでたちで、リュックを背負い外に出た。駅を目指し、歩き出す。
 その後ろから、金髪の女と顔が半分の男、さらに四つん這いの老婆が出てきた。彼らは、上野の後を付いていく。ほとんどの人間の目に、彼らは見えていない……はずだった。
 やがて、上野は電車に乗り込んだ。少し遅れて、例の霊トリオも電車に乗る。
 その途端、同じ車両に乗っていた少女が気絶した。次いで、中年の女がその場で吐いた。さらに、スーツ姿の青年が胸を押さえ倒れる。学生風の少年もまた、バタリと倒れた。車内は騒然となり、電車はストップする。
 上野は、溜息を吐いた。電車を降り、今度はタクシーを拾う。



 二時間後、ようやく目的の場所に到着した。本来なら二十分もあれば着くはずだったのだが、タクシーの運転手が次々と気分が悪くなっていったため、何度も乗り換える羽目になった。不快そうな表情で、上野は目当ての店へと入っていく。
 そこは、上野の数少ない友人のひとり入来宗太郎が勤めているコンビニだった。

「いらっしゃいませ……あれ、上野さん? どうしたんですか?」

 店員の入来は、引き攣った顔を向けた。一応は笑顔だが、少し迷惑そうでもある。すると、上野の表情も渋くなる。

「ああ、上野さんだよ。なんだ、その顔は。俺が来ると迷惑か?」

「そ、そんなこと、誰も思ってませんよ」

「嘘をつくな。どうせ、バイトとふたりで俺のことをネタにして笑っていたのだろうが。俺にはお見通しなんだよ。本当に失礼な奴だ」

 プリプリ怒りながら、上野はカゴを手にしてじっくりと店内を回る。入来は、困った顔をしながらもの動向を見守っていた。
 やがて上野は、カゴをレジへと持ってくる。

「いやあ、本当にまいったなあ。今日はここに来るまでに、二時間もかかってしまったぞ。どういうわけだ、あれは。まいったまいった」

 わざと聞こえるかのように、独り言をいう上野。入来は、困惑した表情になりながらも反応する。

「えっ? あのう、二時間かけてここに来たんですか? 近くにコンビニとかないんですか?」

「なんだ、人のひとり言に聞き耳を立てるとは、相変わらず失礼な奴だな。一応、コンビニは駅近くにあったよ」

「そ、そうですか。なぜ、そちらに行かないんですか?」

 入来は、軽い気持ちで聞いた。直後、しまったという表情になり慌てて口を閉じる。だが、遅かった。

「どういう意味だ? お前みたいな手のかかる変人は、手近なコンビニにでも行ってろと言いたいのか? この店には来るなということか?」

 聞いてきた、というより詰問してきた上野に、入来は愛想笑いを浮かべる。

「そんなこと思ってないですよ。僕、上野さんのこと尊敬してますから」

「何が尊敬だ。そんなつまらんお世辞で、俺を騙せるとでも思ったか、このスッパンパラパンスッパンパンが」

「何をわけわからないこと言ってるんですか。だいたい、スッポンポンて何ですか」

 呆れた表情でツッコむ入来だった。が、その瞬間に上野の表情が変わった。

「この馬鹿者が。よく聞け。俺は、スッポンポンとは言ってない。スッパンパラパンスッパンパンと言ったんだ」

 勝ち誇った表情で、上野は言ってきた。はい論破、とでもいわんばかりの顔つきである。
 入来は仕方なく、神妙な顔を作り下を向く。

「いいか、俺はコンビニに行くなら、この店と決めてるんだ。お前が陰で何を言おうが、また何度でも来てやるからな。覚悟しておけ」

 そう言うと、上野はリュックの中にビールと大量のつまみを入れていく。妙に嬉しそうな表情で、意気揚々と店を出ていった。

「ありがとうございました」

 ホッとした顔で、入来は頭を下げる。すると、タイ人バイトのチャンプアがニコニコしながら話しかけてきた。

「あの上野さん、今も相変わらず友だちいないね。だから入来さんと話すの好きね。好きで好きで仕方ないね。話したくて店に来るんだね」

「いやあ、そうでもないんだよ。上野さん、実は意外と友だち多いんだよね。それにしても大変だなあ。今度は、あんなのと戦ってるのかい」

 言いながら、上野の後ろ姿を見つめる入来。彼の目には、金髪の女と顔が半分の男と四つん這いの老婆が背後から付いていく様が、はっきりと見えている。顔が引き攣るのも当然であった。






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