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ふたりは周囲を笑顔に変える
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聖騎士団との死闘がおわり、数時間が経過した。
陽は沈みかけ、既に夕方になっていたが、一行は未だにホープ村にいる。皆で深い穴を掘り、そこに村人たちの死体を埋めていたのだ。
そんな中、カラスやハゲタカなどが集まり、遠巻きにじっと一行を見ている。明日になったら死体を掘り出し、ついばもうとでも考えているのだろうか。
見ていて嫌な気分になったヒロユキは、石を拾って投げつける。だが鳥たちは素早く空に飛び上がり、石を避けた。いったん遠くに離れると、再び一行の作業を観察している。
腹を満たすため屍肉を狙う鳥たちと、教義の名の下に人殺しを行う騎士たち。汚れているのは、どちらだろう……ヒロユキはふと、そんなことを考えた。
「みんな、いったん休もうぜ。そろそろ日が沈む。あとは明日だ」
ギンジが声をかけると、一行は広場に集合する。全員、疲れ切った顔をしていた。特にカツミの顔は、見ていて痛々しい。虚ろな目で座りこんでいる姿からは、やつれたような印象も受ける。
ヒロユキはカツミの気持ちを考えると、やるせない思いに襲われた。ほんの僅かな間とはいえ、村を離れてしまった自分を許せずにいるようだ……。
もちろん、カツミが残っていたところで虐殺は止められなかっただろう。聖騎士団の中には、赤いローブを着た魔術師もいたのだ。いくらカツミでも、騎士の集団と魔術師を相手にしては、ひとりでは勝ち目はなかっただろう。
しかし、何を言おうと……今のカツミの気が晴れないのも、また事実なのだ。
そんなカツミを思いやってか、一行を取り巻く空気は重い。誰も一言も喋ろうとしない、はずだったが──
「ガイ……おしっこ、行きたいにゃ」
チャムが恐る恐る声を出す。ガイの表情が、ひきつったものになった。
「な、何だよ、ひとりで行けばいいだろ」
「お化けが出そうで、怖いにゃ。ガイにも来て欲しいにゃ」
チャムの言葉を聞いたヒロユキは、思わず横にいるニーナと顔を見合わせていた。この空気で、何を言い出すのだろうか……。
当然、ガイも怒鳴る。
「お化けって何だよ! お化けって!」
「ガイが言ったんだにゃ! 人が死んだらお化けになるって言ったにゃ! お化けは凄く強くて怖いとも言ってたにゃ! あれは嘘だったのかにゃ!」
負けじとチャムも言い返す。その抗議の声が、静かな村に響き渡った。
すると、ため息と同時にカツミが口を開いた。
「ガイ……お前が妙なことを教えたせいで、チャムが怖がってるだろうが。一緒に付いて行ってやれよ」
「あ、ああ、わかったよ。ほらチャム、行くぞ」
ガイはひきつった顔で言うと、チャムの手を引いて歩いて行った。
そんな二人の後ろ姿を見ながら、カツミは呆れたように首を振った。
「まったく、あいつらときたら……真面目に悩んでいるのが、バカらしくなるぜ。落ち込むことさえできねえよ」
そう言って、カツミは苦笑した。すると、タカシも笑顔を見せる。次いでギンジとヒロユキとニーナにも、笑顔が広がっていく。
「本当ですよ。ガイくんとチャムには、不思議な力がありますね。ふたりが一緒にいると、周りを笑顔にできる。私たちがこんな地獄みたいな世界で笑っていられるのは……ガイくんとチャムのおかげですね」
タカシは彼にしては珍しく、しみじみとした表情で語った。その横で、ギンジも頷く。
「確かにその通りだ。考えてみれば、不思議な話だよな。あんな無愛想なガイの奴が、人を笑顔にするとはな」
ギンジは呟くように言うと、カツミの方を向く。
「カツミ……お前がどんな罪を被ろうが、そして自分にどんな罰を与えようが、それはお前の自由だ。しかし、ひとつ忘れないで欲しいことがある。今のオレたちには、お前が必要だってことをな。まだ、旅は続くんだ。それに元の世界に帰るには、門番を倒さなきゃならないらしいからな」
「ああ。オレはしょせん、殺人マシンにしかなれないらしいな」
自嘲の笑みを浮かべ、カツミは言葉を返す。そのやり取りを見たヒロユキは、胸が潰れそうになり、こらえきれなくなった。
「カツミさん……ぼくたちのいた世界にも、困ってる人がたくさんいるはずです。このホープ村と同じように、あなたを……あなたの助けを必要としている人たちがいるはずです。あなたは、自分の進むべき道を見つけたじゃないですか。ぼくも手伝いますから、一緒に探していきましょう……」
ヒロユキがためらいがちに言うと、カツミは彼を睨みつけた。その強い視線の前に、ヒロユキは思わず目を逸らす。
「す、すみません……生意気言って」
「ヒロユキ、ありがとう。だがな、前にも言ったはずだぜ。オレには、そっちの趣味はないと」
「はあ!? な、何でそうなるんですか!?」
顔を真っ赤にして怒鳴るヒロユキ。しかし、こういう展開になると黙っていられない男がいた。
「な、何ですと! ヒロユキくんはニーナちゃんに飽きたらず、カツミさんにまで手を出そうとしたのですか! 何という強者、何という度胸。ヒロユキくん、私は君を完全に誤解していたよ。君は勇者だ! 性の求道者だ!」
そう言いながらヒロユキに近づき、肩をばんばん叩くタカシ。
「ち、違いますって! タカシさん誤解しないでください! ぼくは手なんか出してません……だいたい、カツミさんに手を出したら、ぼくはこの世にいないじゃないですか!」
ヒロユキはあらんかぎりの声で叫び続ける。すると今度は、思いもよらぬ攻撃が飛んで来た。
(ヒロユキ ホントウ?)
ニーナが不安そうな表情でノートを開く。
「ニーナ! 君まで何言い出すんだよ! ぼくはだな──」
(ジョウダン)
ノートに書き込み、ニーナは微笑んだ。
「何だ冗談か……」
ヒロユキはその場に座り込む。ニコニコしながら、隣に座るニーナ。すると向こうから、騒々しい声が聞こえてきた。
「な!? お化けの話は嘘なのかにゃ!」
チャムのすっとんきょうな声が響く。
「い、いや、嘘って言うか……たぶん嘘ではないと思うんだが、オレは見たことないって言うか……いるかわからないって言うか……ただ、どんな格好をしてるとか、そういうのは聞いたけど……」
しどろもどろな口調で答えるガイ。
「な!? なー……じゃあ、お化けはどんな格好をしてるにゃ?」
「オレは見たことないが……頭に三角の布をくっつけて白い服きて、うらめしやー、って言いながら出てくるらしい。こんな風に」
ガイはこちらに歩きながら、両掌をだらんと下げたポーズをとる。すると、チャムは首を傾げた。
「な……そんなの、全然怖くないにゃ。出てきたら、ブン殴るだけだにゃ」
歩きながら、チャムはブンブン腕を振る。
「いや、あの、殴ってどうこうできるもんじゃないんだが。何て説明すりゃあいいんだろ……」
言いながら、ガイはこちらに歩いてくる。だが、怪訝な様子で立ち止まった。いつの間にか、一行を包む空気がさっきまでとは変わっていることに気づいたのだ。ガイは、躊躇いながらも口を開いた。
「あ、あの、カツミさん……オレは、またあんたと一緒に旅ができて嬉しいよ。あ、いや、村のことは残念だよ! ひどい話だよ! でも、あんたと旅が出来るのは……ああ! ダメだ! 上手く言えねえ!」
言いながら、ガイは髪の毛をかきむしる。するとカツミは苦笑しながら、
「わかったよ」
と答えた。口下手なガイが、どうにかしてカツミを慰めようとしているのが感じられ、ヒロユキは胸に暖かいものが満ちていくのを感じた。
その時、ヒロユキはギンジの言葉を思い出す。
(人間はしょせん、そんな生き物だ)
確かに、人間はそんな生き物なのかもしれない。ここの村人のような異質な存在を排除し、共同体を守る……それもまた、人間の正体なのだろう。
しかし、それだけではないはずだ。
少なくとも、村人たちが死んで悲しいという気持ちや、落ち込んでいるカツミを慰めたいと思う気持ち……これは誰が何と言おうと、胸の中から自然に発生したものだ。
誰かの目を意識して泣くような偽善的な行為とは根本から違う、自然な気持ち。それは、この世で一番貴いものだ。
ヒロユキは改めて、全員の顔を見回す。ギンジ、ガイ、カツミ、タカシ、チャム、そしてニーナ。
全員、見た目も性格もデタラメだ。お世辞にも、良識ある一般市民とは言えない。しかも、全員が人殺しなのだ。少し前のヒロユキならば、確実に避けて通っていた人種だったはず。
なのに今は、彼らの存在がいとおしい。他人にこんな気持ちを抱いたのは、生まれて初めてだ。これが、友情というものなのだろうか。それとも愛なのだろうか。
そんな感傷的な思いに身を震わせるヒロユキ。しかし、ガイとチャムの会話はとぼけたものだった。
「お化けなんか、大したことないにゃ! お化けが出たら、チャムがやっつけてやるにゃ! いち、に、さん……たくさんブン殴るにゃ!」
得意気な様子で、ボクシングのような動きをするチャム。しかし、ガイの表情は曇っていた。
「おいチャム、一応聞いとくけど……さん、の次は幾つだ?」
「な? さんの次は……たくさんだにゃ!」
胸を張り、自信満々の表情で答えるチャム。その姿を見て、タカシとカツミは我慢できずクスクス笑い出した。しかし、ガイの反応は違う。真剣な表情で、指を三本立てて見せる。
「いいかチャム、これが三だ。ここからひとつ増えると、四になる」
「な? な……よん、かにゃ? よんは、たくさんと違うのかにゃ?」
「違う。四は数字だけど、たくさんは数字じゃない。いいか、四の次は五。その次が六だ。さあ、言ってみろ」
「よん、ご、ろく……」
ガイは指を折って見せながら、チャムに十までの数字を教え始めた。チャムもまた、指を数えながら聞いている。どちらも根は真面目なのだろう、教える側も教わる側も、真剣そのものだ。
そんなふたりの姿を、ヒロユキはニコニコしながら眺めていた。だが突然、ある突拍子もない考えが思い浮かぶ。ヒロユキは愕然となり、慌ててその考えを打ち消そうとした。あまりにも荒唐無稽だ。
しかし、その考えは消えてくれない。
荒唐無稽、ではある。
だが……そもそも、こんな世界にいること自体が荒唐無稽なんだよ。
いつから、ガイさんとチャムは愛し合うようになったのだろう。
ふたりとも、初めて会った時から惹かれ合っていた気がする。
これは、ただの偶然なのだろうか。
それとも、運命だろうか。
もしかして、ガイさんは……チャムと出会うために、この世界に来た?
じゃあ、ぼくたちは何のためにここに来た?
この世界は、ぼくたちに何をさせようとしている?
陽は沈みかけ、既に夕方になっていたが、一行は未だにホープ村にいる。皆で深い穴を掘り、そこに村人たちの死体を埋めていたのだ。
そんな中、カラスやハゲタカなどが集まり、遠巻きにじっと一行を見ている。明日になったら死体を掘り出し、ついばもうとでも考えているのだろうか。
見ていて嫌な気分になったヒロユキは、石を拾って投げつける。だが鳥たちは素早く空に飛び上がり、石を避けた。いったん遠くに離れると、再び一行の作業を観察している。
腹を満たすため屍肉を狙う鳥たちと、教義の名の下に人殺しを行う騎士たち。汚れているのは、どちらだろう……ヒロユキはふと、そんなことを考えた。
「みんな、いったん休もうぜ。そろそろ日が沈む。あとは明日だ」
ギンジが声をかけると、一行は広場に集合する。全員、疲れ切った顔をしていた。特にカツミの顔は、見ていて痛々しい。虚ろな目で座りこんでいる姿からは、やつれたような印象も受ける。
ヒロユキはカツミの気持ちを考えると、やるせない思いに襲われた。ほんの僅かな間とはいえ、村を離れてしまった自分を許せずにいるようだ……。
もちろん、カツミが残っていたところで虐殺は止められなかっただろう。聖騎士団の中には、赤いローブを着た魔術師もいたのだ。いくらカツミでも、騎士の集団と魔術師を相手にしては、ひとりでは勝ち目はなかっただろう。
しかし、何を言おうと……今のカツミの気が晴れないのも、また事実なのだ。
そんなカツミを思いやってか、一行を取り巻く空気は重い。誰も一言も喋ろうとしない、はずだったが──
「ガイ……おしっこ、行きたいにゃ」
チャムが恐る恐る声を出す。ガイの表情が、ひきつったものになった。
「な、何だよ、ひとりで行けばいいだろ」
「お化けが出そうで、怖いにゃ。ガイにも来て欲しいにゃ」
チャムの言葉を聞いたヒロユキは、思わず横にいるニーナと顔を見合わせていた。この空気で、何を言い出すのだろうか……。
当然、ガイも怒鳴る。
「お化けって何だよ! お化けって!」
「ガイが言ったんだにゃ! 人が死んだらお化けになるって言ったにゃ! お化けは凄く強くて怖いとも言ってたにゃ! あれは嘘だったのかにゃ!」
負けじとチャムも言い返す。その抗議の声が、静かな村に響き渡った。
すると、ため息と同時にカツミが口を開いた。
「ガイ……お前が妙なことを教えたせいで、チャムが怖がってるだろうが。一緒に付いて行ってやれよ」
「あ、ああ、わかったよ。ほらチャム、行くぞ」
ガイはひきつった顔で言うと、チャムの手を引いて歩いて行った。
そんな二人の後ろ姿を見ながら、カツミは呆れたように首を振った。
「まったく、あいつらときたら……真面目に悩んでいるのが、バカらしくなるぜ。落ち込むことさえできねえよ」
そう言って、カツミは苦笑した。すると、タカシも笑顔を見せる。次いでギンジとヒロユキとニーナにも、笑顔が広がっていく。
「本当ですよ。ガイくんとチャムには、不思議な力がありますね。ふたりが一緒にいると、周りを笑顔にできる。私たちがこんな地獄みたいな世界で笑っていられるのは……ガイくんとチャムのおかげですね」
タカシは彼にしては珍しく、しみじみとした表情で語った。その横で、ギンジも頷く。
「確かにその通りだ。考えてみれば、不思議な話だよな。あんな無愛想なガイの奴が、人を笑顔にするとはな」
ギンジは呟くように言うと、カツミの方を向く。
「カツミ……お前がどんな罪を被ろうが、そして自分にどんな罰を与えようが、それはお前の自由だ。しかし、ひとつ忘れないで欲しいことがある。今のオレたちには、お前が必要だってことをな。まだ、旅は続くんだ。それに元の世界に帰るには、門番を倒さなきゃならないらしいからな」
「ああ。オレはしょせん、殺人マシンにしかなれないらしいな」
自嘲の笑みを浮かべ、カツミは言葉を返す。そのやり取りを見たヒロユキは、胸が潰れそうになり、こらえきれなくなった。
「カツミさん……ぼくたちのいた世界にも、困ってる人がたくさんいるはずです。このホープ村と同じように、あなたを……あなたの助けを必要としている人たちがいるはずです。あなたは、自分の進むべき道を見つけたじゃないですか。ぼくも手伝いますから、一緒に探していきましょう……」
ヒロユキがためらいがちに言うと、カツミは彼を睨みつけた。その強い視線の前に、ヒロユキは思わず目を逸らす。
「す、すみません……生意気言って」
「ヒロユキ、ありがとう。だがな、前にも言ったはずだぜ。オレには、そっちの趣味はないと」
「はあ!? な、何でそうなるんですか!?」
顔を真っ赤にして怒鳴るヒロユキ。しかし、こういう展開になると黙っていられない男がいた。
「な、何ですと! ヒロユキくんはニーナちゃんに飽きたらず、カツミさんにまで手を出そうとしたのですか! 何という強者、何という度胸。ヒロユキくん、私は君を完全に誤解していたよ。君は勇者だ! 性の求道者だ!」
そう言いながらヒロユキに近づき、肩をばんばん叩くタカシ。
「ち、違いますって! タカシさん誤解しないでください! ぼくは手なんか出してません……だいたい、カツミさんに手を出したら、ぼくはこの世にいないじゃないですか!」
ヒロユキはあらんかぎりの声で叫び続ける。すると今度は、思いもよらぬ攻撃が飛んで来た。
(ヒロユキ ホントウ?)
ニーナが不安そうな表情でノートを開く。
「ニーナ! 君まで何言い出すんだよ! ぼくはだな──」
(ジョウダン)
ノートに書き込み、ニーナは微笑んだ。
「何だ冗談か……」
ヒロユキはその場に座り込む。ニコニコしながら、隣に座るニーナ。すると向こうから、騒々しい声が聞こえてきた。
「な!? お化けの話は嘘なのかにゃ!」
チャムのすっとんきょうな声が響く。
「い、いや、嘘って言うか……たぶん嘘ではないと思うんだが、オレは見たことないって言うか……いるかわからないって言うか……ただ、どんな格好をしてるとか、そういうのは聞いたけど……」
しどろもどろな口調で答えるガイ。
「な!? なー……じゃあ、お化けはどんな格好をしてるにゃ?」
「オレは見たことないが……頭に三角の布をくっつけて白い服きて、うらめしやー、って言いながら出てくるらしい。こんな風に」
ガイはこちらに歩きながら、両掌をだらんと下げたポーズをとる。すると、チャムは首を傾げた。
「な……そんなの、全然怖くないにゃ。出てきたら、ブン殴るだけだにゃ」
歩きながら、チャムはブンブン腕を振る。
「いや、あの、殴ってどうこうできるもんじゃないんだが。何て説明すりゃあいいんだろ……」
言いながら、ガイはこちらに歩いてくる。だが、怪訝な様子で立ち止まった。いつの間にか、一行を包む空気がさっきまでとは変わっていることに気づいたのだ。ガイは、躊躇いながらも口を開いた。
「あ、あの、カツミさん……オレは、またあんたと一緒に旅ができて嬉しいよ。あ、いや、村のことは残念だよ! ひどい話だよ! でも、あんたと旅が出来るのは……ああ! ダメだ! 上手く言えねえ!」
言いながら、ガイは髪の毛をかきむしる。するとカツミは苦笑しながら、
「わかったよ」
と答えた。口下手なガイが、どうにかしてカツミを慰めようとしているのが感じられ、ヒロユキは胸に暖かいものが満ちていくのを感じた。
その時、ヒロユキはギンジの言葉を思い出す。
(人間はしょせん、そんな生き物だ)
確かに、人間はそんな生き物なのかもしれない。ここの村人のような異質な存在を排除し、共同体を守る……それもまた、人間の正体なのだろう。
しかし、それだけではないはずだ。
少なくとも、村人たちが死んで悲しいという気持ちや、落ち込んでいるカツミを慰めたいと思う気持ち……これは誰が何と言おうと、胸の中から自然に発生したものだ。
誰かの目を意識して泣くような偽善的な行為とは根本から違う、自然な気持ち。それは、この世で一番貴いものだ。
ヒロユキは改めて、全員の顔を見回す。ギンジ、ガイ、カツミ、タカシ、チャム、そしてニーナ。
全員、見た目も性格もデタラメだ。お世辞にも、良識ある一般市民とは言えない。しかも、全員が人殺しなのだ。少し前のヒロユキならば、確実に避けて通っていた人種だったはず。
なのに今は、彼らの存在がいとおしい。他人にこんな気持ちを抱いたのは、生まれて初めてだ。これが、友情というものなのだろうか。それとも愛なのだろうか。
そんな感傷的な思いに身を震わせるヒロユキ。しかし、ガイとチャムの会話はとぼけたものだった。
「お化けなんか、大したことないにゃ! お化けが出たら、チャムがやっつけてやるにゃ! いち、に、さん……たくさんブン殴るにゃ!」
得意気な様子で、ボクシングのような動きをするチャム。しかし、ガイの表情は曇っていた。
「おいチャム、一応聞いとくけど……さん、の次は幾つだ?」
「な? さんの次は……たくさんだにゃ!」
胸を張り、自信満々の表情で答えるチャム。その姿を見て、タカシとカツミは我慢できずクスクス笑い出した。しかし、ガイの反応は違う。真剣な表情で、指を三本立てて見せる。
「いいかチャム、これが三だ。ここからひとつ増えると、四になる」
「な? な……よん、かにゃ? よんは、たくさんと違うのかにゃ?」
「違う。四は数字だけど、たくさんは数字じゃない。いいか、四の次は五。その次が六だ。さあ、言ってみろ」
「よん、ご、ろく……」
ガイは指を折って見せながら、チャムに十までの数字を教え始めた。チャムもまた、指を数えながら聞いている。どちらも根は真面目なのだろう、教える側も教わる側も、真剣そのものだ。
そんなふたりの姿を、ヒロユキはニコニコしながら眺めていた。だが突然、ある突拍子もない考えが思い浮かぶ。ヒロユキは愕然となり、慌ててその考えを打ち消そうとした。あまりにも荒唐無稽だ。
しかし、その考えは消えてくれない。
荒唐無稽、ではある。
だが……そもそも、こんな世界にいること自体が荒唐無稽なんだよ。
いつから、ガイさんとチャムは愛し合うようになったのだろう。
ふたりとも、初めて会った時から惹かれ合っていた気がする。
これは、ただの偶然なのだろうか。
それとも、運命だろうか。
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