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ノレステ村

24.ノレステ村(5月12日)

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止める隙もなく駆け出したカリナの脚は尋常ではない速さだった。さすがは100mを10秒と言い切るだけの事はある。
ノレステ村までの残り1km弱を3分ほどで駆け抜けたカリナは、畑と集落の切れ目にある小川の土手に滑り込んだ。その後を追いかけた俺はといえば、すっかり息が上がっている。
そもそもミリタリーリュックを背負い、レッグホルスターにM93Rを収め、手にはG36Cを持ったハイポート走で、全速力のカリナによくぞ付いていったと自分を褒めたいぐらいだ。
対照的にカリナはさほど喘いでいる様子もない。

「ちょっと鍛え方が足りないんじゃない?それより気づいた?周りの畑の様子が変だし、人の気配が全くないよ」

カリナの指摘はもっともである。
装備だけを見れば、カリナの持っている一振りずつの長剣と短剣、弓と矢筒のほうが圧倒的に重いし嵩張るはずなのだが。基礎体力の違いというか、カリナの言うとおり鍛え方が足りないのだろう。
それでも走りながら見るべき所はきちんと見たつもりだ。

集落の周囲に開墾された畑は踏み荒らされ、ところどころが黒く変色している。
集落の周りを囲む石積みと木の柵も一部が崩れ、小さな魔物の侵入でも簡単に許してしまいそうなほどだ。
集落のほうからは、カラスが騒いでいるかのような騒々しい鳴き声だけが聞こえてくる。
人が活動しているならば、そんなにカラスがのさばることもないはずだ。つまりは人の気配が皆無なのだ。
今の時刻は午後2時。シエスタなんて習慣があれば昼休み中の可能性もあるが、周囲の状況からそんなのんびりした事態ではないのは自明の理だ。

集落側から俺達の方へとを一陣の風が吹く。
風が運んできた臭いに、思わずカリナと顔を見合わせる。
スー村の近くの洞窟、あの惨劇の舞台となった洞窟の入り口で嗅いだ臭いと同じ、腐敗臭と汚物の臭いが混じったような、胸が悪くなる臭気である。

「カズヤ……これって……」

「ああ。たぶん想像しているとおりだ。覚悟はいいか?」

「わかってる。ここまで来たんだから、何が起きているか確認しなきゃ帰れないよね」

カリナが今にも泣きそうな声で自らの決意を語る。
カリナの言うとおりだ。これは正式に請け負った任務なのだ。まさか「マンティコレらしき魔物はいませんでした。村は壊滅したようですが、やばそうだったので近寄っていません」なんて報告をするわけにはいかない。

「よし。行こう」

俺はG36Cのセーフティを解除し、大きく息を吸ってから土手から這い出した。

◇◇◇

崩れた石積みから、村の内部に進入する。
眼前に飛び込んできたのは半壊や倒壊した家々と一斉に飛び立つカラスの群れ。点在する血溜まりと変色した地面。散らばった肉塊は手足のようにも見える。
崩れた家や石積みの下から流れ出た血の川は、下敷きになった人や家畜がいるという事か。

まさに地獄絵図とはこの事か。

エルレエラにもたらされた情報が正しければ、この村が襲われて既に4日が経過している。
一般的に地震等で建物の下敷きになった要救助者を生還させられるタイムリミットは72時間だと言われる。そもそも2時間を過ぎれば、例えば足を挟まれただけであったとしてもクラッシュ症候群のリスクが跳ね上がってしまうのだ。
惨劇が起きて既に90時間以上が過ぎようとしている。地下室に潜んでいたなどでない限り、生存者の救出は絶望的だろう。

だがここで立ち止まってもいられない。
足がすくんでいるカリナを促し、ゆっくりと探索を開始した。

◇◇◇

「誰かぁ!誰かいませんかぁ!」

カリナの呼びかけが、倒壊した建物の間で虚しく響く。
村の中心らしき井戸の傍らで、四方八方にスキャンを放つ。この世界で生きる動物は、人間も含めて多かれ少なかれ魔力を有している。こと魔力という点では、人間や動物と魔物の違いは発している魔力の強弱でしかない。魔物狩人カサドールの、特に魔法師や魔導師と呼ばれる者達は大型の魔物に近い魔力を放つこともあるが、普段は発する魔力を抑えて節約に努めているらしい。

建物の下敷きになっているかもしれない要救助者を見逃さないように、スキャンの密度を上げて探索を続ける。地下室がある可能性も考えて、地面に手の平を押し当てて地下も探る。
時折反応する極々小さな魔力は、おそらく生活道具に仕込まれた魔石だろう。
だがそれ以上の反応は感じることができない。

「カズヤ。探索魔法に反応は?」

カリナが潤んだ目で俺を見る。

「ないな……残念だが生存者はいないと思う」

「そんな……全滅なんて……そうだ!エルレエラとは反対側に逃げた人がいるかも!向こうの森の中とか!」

森か……確かに村の西と北には山へと続く森が見える。だが魔物に襲われた村から逃れるために、魔物が潜むリスクのある森へ向かう判断をするだろうか。
それよりも、この村の行政権を持つ北東のザバデルの方向に逃げた可能性のほうが高いように思える。

村の中心部から半径4kmの範囲をブロックに分け、南側から順にレーダーを放つ。
この村に向かう道すがらに探索していた村の南側南には、人間らしき反応はない。
西に拡がる森で拾える反応は、野生動物らしき比較的弱いものばかり。
北の森も同様だ。オーガはもちろん、ゴブリンの反応さえない。不自然なほど静まりかえっている。
ならば東側はどうだ。村の東側は開けて見通しも効くし、地図が正しければ半日も歩けば海岸に出る。森に迷い込むリスクを冒すぐらいならば、見通しが効く方角に逃げるだろう。
森の切れ目を0時の方角として、3時の方角までに濃密なレーダー波を放つ。
結果はすぐに出た。

「カリナ!北東方向、4キロメートルに反応がある。強い反応が3、小さな反応が多数!」

「逃げてる生き残りと、追い掛けているマンティコレね!助けに行かなきゃ!」

脱兎のごとく駆け出そうとするカリナだが、今度は俺が彼女の首根っこを掴み羽交い締めにするほうが早かった。いざ駆け出してしまっては俺が追い付くのは不可能に近いことは、この村に来るときの猛烈なダッシュで身に染みている。それに何より、向かう先にいるのが件のマンティコレであるならば闇雲に突っ込んでも死にに行くようなものだ。

「待て!まずは状況確認が最優先だ。視界を確保できる場所に移動するぞ」

「そんな悠長なことやってらんないよ!今でも誰かが死んでるかもしれないんだよ!」

「だからこそだ!何が起きているかも分からないまま、戦場に飛び込むつもりか!お前いったい何様だ!お前一人で戦況をひっくり返せるのか!」

そこまで言うと、カリナの身体から力が抜けた。
彼女の首根っこを離し、こちらに向かせる。

「いいか。助けに行きたいのは俺も同じだ。幸い、強い反応と小さな反応は少し離れた位置にある。今現在襲われているわけでも戦っているわけでもない。睨み合っているか、あるいは強い反応を取り囲んで監視しているか、そんな感じだ。だから迂闊に近寄って均衡を崩してはいけない。わかるか?」

彼女の両肩に手を置き、言い含めるように話す。
ようやく落ち着いたカリナが、こくんと頷いた。

「だから、まずは状況を確認する。向こう側の塀に物見櫓があるな。あの上からならだいぶ先まで見通せるはずだ。そうだな?」

「うん……そう……だね」

「よし。それじゃあ、あの物見櫓まで移動するぞ。歩けるか?」

「大丈夫。ちゃんとわかってる」

その言葉を信じよう。
俺はカリナの手を引き、村の北側の塀に隣接した物見櫓へと向かった。
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