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デニア

40.マリアの葬儀(5月27日)

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翌日の朝早く、アロンソに連れられた俺達は、海に面した小高い丘の上にやってきた。
土が剥き出しになったその場所には薪が積み上げられており、腰が曲がった老人が控えている。ここが火葬場のようだ。

「オスカル爺さん、世話になるな」

そう言ってアロンソが老人に何かを握らせる。寸志なのか手間賃なのか。薪を積んでくれたのはこの爺さんなのかもしれない。

「さてと、カレイラ、手伝ってくれ」

「わかった」

アロンソとカレイラが短いやり取りでテキパキと白い布を広げ、地面に敷く。

「カズヤ、ここにその……マリアを頼む」

そうか、この布は棺の代わりか。
背負っていたミリタリーリュックを下ろし、麻袋の中からマリアの亡骸を取り出す。
マリア イバルラ ドゥラン。ここデニアの港の管理者一族の三女にして、出奔後に剣士として魔物狩人カサドールになった女性。生前は栗色の長い髪を靡かせた美しい女性だったらしいが、一部が白骨化したミイラになってしまっては見る影もない。長い鋲を打った手甲と脚半が辛うじてこの亡骸が彼女であることを示している。

「あぁ……マリア……」

アロンソが跪いて彼女の亡骸を抱き寄せる。
その光景に俺達の誰もが言葉を失った。

◇◇◇

葬儀そのものは極めてシンプルだった。
亡骸の口元に銅貨を数枚載せて、全身を布で巻く。アロンソとカレイラが手際よく進める作業を見ながら、今更ながら彼らが死と隣り合わせの仕事をしているのだと思い知らされる。
布に包まれた亡骸は薪の上に乗せられ、香油を振り掛けられる。
オスカル爺さんから受け取った松明でアロンソが火を付けると、亡骸は一気に炎に包まれた。

燃え盛る炎を見ながら、昨夜カリナとカレイラが話していたこの地方の葬送の風習についての話を思い出す。
この地方での葬送には大きく分けて土葬と火葬の2種類がある。土葬にも2種類あって、カリナが育ったスー村では棺に納めた亡骸を土を掘って埋葬するが、その他の地域では洞窟に横穴を掘って安置する場合もあるらしい。
火葬の手順はどこも同じようだが、火葬にするか土葬にするかは故人の生前の意志と立場や身分、亡くなった状況で決まるらしい。
魔物に襲われたり流行病で亡くなった場合は例外なく火葬。これは浄化の意味もあるのだろう。戦さで亡くなった場合や高貴な身分の者の場合も火葬が多い。幼子や奴隷、身分が低い場合は棺もなく土葬にされることもあるという。
そう考えると土葬の方が格式が下に扱われているように思えるが、取り立ててどちらが上とか下とかの意識はないようだ。
これが北方のノルトハウゼン大公国や西方のオスタン公国ではまた風習が異なり、北では土葬が、西では火葬が普通になるという。薪の価値の違いではないかというのがカレイラの見立てだった。

さて、マリアの葬儀に戻ろう。
亡骸が燃え尽きるのを待って、燃え残りには赤ワインを掛けて火を消す。
残った遺骨はワインで洗い、オスカル爺さんが持ってきた壺に納めて縄を掛け、アロンソが背負った。彼がザバテルに帰る途中で散骨するらしい。
締め括りにはキリスト教世界であるような讃美歌を歌うわけでもなく、ただマリアの名を三度呼び、“すこやかに”と唱えただけだった。

◇◇◇

「カズヤ。マリアを連れてきてくれてありがとう。これであいつも無事に旅立つことができた」

「旅立つ?」

「そうだ。死者の国、エリュシオンにな」

死者の国か。冥界のようなものだろうか。
この世界では葬式を重視している。輪廻の輪にせよ冥界への旅立ちにせよ、死後の魂が彷徨うことがないようにしたいのだろう。
これでようやく一人目だ。あの洞窟で収容した8体の遺体のうち、名前が分かっている3人を含む残り7体の亡骸も同じように送ってあげなければ。

◇◇◇

「カズヤ、世話になった」

「いや、こちらこそデニアまで連れて来てくれてありがとう」

アロンソが差し出した手を握り返す。

「お前さん達が旅立つのを見届けて、俺がザバテルに戻る。全部元どおりだな」

「元どおりでは困る。お前さんは家を起こすのだろう。さっさと伴侶を見つけ子を成せ。でないと一家とは呼べないぞ」

カレイラなりの激励なのだろうか。アロンソは頭を掻きながら海を見る。

「ザバテルの街が俺の嫁ってわけにはいかないか。アロンソ ザバテル、いい響きじゃないか」

「主語がデカすぎるな。論外だ」

一言で切り捨てたカレイラが続ける。

「そうだな……ガルシアはどうだ。古い言葉で“槍の支配者”という意味だ」

「槍の支配者、ガルシアか。アロンソ ガルシア。いい響きだ」

カレイラの提案が気に入ったのだろう。アロンソが海に向かって手にした槍を突き出した。

「今日から俺の名はアロンソ ガルシアだ!アルカンダラ、いやルシタニア中に、この名を轟かせてやる!」

「わかったから早く嫁さんを見つけろ。妹さんが心配して戻って来るぞ」

「だからそれを今言うなよ」

何とも締まらない最後である。
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