君を想う

ゆっけ

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婚約者編

ⅩⅩⅩⅥ

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「君達はなんでこんな事を?」

「依頼…と言いたいが、強制なんだよ」

「?」

「お坊っちゃんには分からないよな。俺達は奴隷紋に縛られた奴隷なんだよ」

「この国に奴隷制度は無かった筈ですが」

 ヴァレンティーナが美しい眉間に皺を寄せている。

「あるんだよ。闇市場で売り買いされてる。特に高いのは貴族の子供だな」

「なんて事を…」

「で、なんで俺達奴隷が来たかと言うと、死んでも替えがいくらでもあるからだ」

 貴族の屋敷ならば、手練れの護衛や傭兵がいる。そんな彼等の手にかかって殺されてもいくらでもまた買えば良い。替えのきく玩具だとでも思っているのか。

「…ご主人様が命じたのは、あんたを殺す事なんだよ」

「……」

 それはとっくに予想できていた。父が欲しい物の為なら手段を選ばない男だと言っていた。

「俺達には拒否権が無いんだ。体が俺の意思とは関係無く勝手に動く」

 そう彼が言った瞬間、小刀を抜き、ジルベルトへと斬りかかった。

「ジル!!避けて下さい!!」

 それを寸前でかわしたジルベルトだったが、影の中から、もう一人飛び出してきて小刀を取り出し突き出した。
―――ヴァレンティーナに向かって。

「ティーナは関係無い!!青い薔薇は僕のだ!!」

 咄嗟にヴァレンティーナを守るべく立ち塞がるとなんの抵抗も無く、ジルベルトの体へと小刀は吸い込まれた。

「渡してくれないから殺すはめになった」

 刺されたと思ったのは、暗殺者の体がドンッと接触した時だった。ヴァレンティーナを狙えば、ジルベルトが自分から凶器の前に体を差し出すと分かっていたのだろう。

 暗殺者の小刀は腹部から上に向かって刺されていた。

「ぐっ」

 感じた事の無い激痛に顔を歪め、耐える。

 覆面を被った顔は目の部分だけが見えている。見えている部分から覗く瞳は濁り、感情がなかった。

「!」

 ひゅっという音に目を向けるとヴァレンティーナと目が合った。彼女の瞳が大きく開かれ口許を手で覆っている。

 この間が何秒だったのか分からないが、暗殺者が体を離し、ジルベルトの体から真っ赤になった小刀をどこか他人事のように抜かれる様を見ていた。

 抜かれた刃を伝い、血が床へと落ちて音をたてる。

 ―――熱い、――痛い

「ジル!!」

 膝から力が抜け、倒れかけた体をヴァレンティーナが受け止めるが、バランスを崩して二人で一緒に倒れた。

「ジル!!ジル!!」

「ティーナ、怪我はない?」

「無いですよ」

「そっか、良かった」

 ニコッと笑ったジルベルトの汗で貼り付いた亜麻色の髪を優しく取る。

 ひゅーひゅーと苦し気な喘鳴が聞こえる。
 小刀はジルベルトの肺を刺し貫いていた。
 息が出来ないのかゴホゴホと咳をする度に口から血を吐き、咳をする為に身体に力が入ると傷口から勢いよく血が溢れる。

 どんどん流れるジルベルトの血で赤く染まる床と反対にジルベルトの顔は白くなっていく。

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