お隣さんがパンツを見せろと言うからプロ意識を持ってそれに応える

サトー

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大丈夫じゃない

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◇◆◇

 陸上で人間が溺れそうになっているところを見たのは二十年間生きてきた中で、生まれて初めてだった。
 
 その日は学校が終わってからそのままバイトへ行っていたので、家へ戻って来る頃には21時を過ぎていた。暑さが少しずつ和らいできて、サラサラと流れる風が気持ちのいい夜だった。

 今日はエアコンをつけないで寝よう、と思いながら四階まで階段を一気に駆け上がる。引っ越してきたばかりの頃はエレベーターが無いこのマンションでの生活をしんどいと思っていたのに、ここに住み始めてから二年近く経つ今では息切れをしないで登りきることが出来る。
 お腹が空いた、と思いながら最後の一段に足をかけた。そうだ、鍵を取り出そう、とポケットに手を突っ込みながら歩く。前をよく見ていなかったせいか、ドンと何かにぶつかった。
 
「わっ、ごめんなさい!」
 
 始めに目に飛び込んできたのは白い大きな塊、だった。一歩後ろに退いてみると、それは塊じゃなくてワイシャツを着ている男の人の背中だった。後ろ姿からすぐに、「あっ、お隣の生田さんだ」と気が付いた。
 
「生田さん、すみません。あの、よそ見をしてて……」
 
 どうしてこんなところに立っているんだろう、自分の部屋へ入らないんだろうかと思いつつ、隣室の住人である生田さんの正面へ回り込んで顔を覗き込む。思わずギョッとした。
 
「い、生田さん? 大丈夫ですか?」
 
 スマートフォンを耳に当てたまま生田さんは号泣していた。目を見開いたまま、顔を強張らせて、大粒の涙をボロボロと流している。
 
「……リンちゃん?」
「え? いえ、あの鈴井です! 隣の! 生田さんわかりますか?」
 
 確かに「リンちゃん」と言った。俺が大声でそれを否定するとようやくハッとした顔になってスマートフォンを持っていた右手をダラリと下ろした。危ない、と慌てて手を伸ばして指先から滑り落ちた機械をキャッチした。確認したら最近発売されたばかりの一番新しいiPhoneだ。本当に危なかった。
 
「生田さん! 大丈夫ですか? どこか具合が悪いんですか?」
「……大丈夫じゃない」
 
 自分よりも大人の男性に大丈夫かどうか聞いて、「大丈夫じゃない」と言われるなんて想定していなかったので正直面食らった。生田さんみたいにちゃんと会社に勤めていて、親切でキチンとしている大人がそんなことを言うなんて、とんでもないことが起こったに違いなかった。あまり想像したくはないけれど、失業とか身内の不幸とか何かとてもショックなことがあったのかもしれない。
 
「生田さん、なにかあったんですか?」
「……がっ」
 
 何か言おうとした生田さんの口の中に涙がどんどん入っていく。泣きすぎているせいで、呼吸が上手く出来ないのか生田さんは口をパクパク開けて苦しそうにし始めた。プールや海の中でうっかり口を開けてしまって、口にも鼻にも水がたくさん入ってきてもがく様子にソックリだった。
 
「生田さん! 溺れてる! とりあえず、息はちゃんとして!」
 
 その後は意識が朦朧としつつある生田さんをなんとか正気に戻すために、背中を擦りながら「生田さん、大丈夫ですか! しっかりしてください!」と声をかけ続けた。なんとか救助に成功して、生田さんの部屋へ一緒に入る頃には、汗だくになってしまっていた。
 
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