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沼
しおりを挟む鈴井さんと交際出来るようになって迷わずに頼み込んだのは「なるべくたくさん写真を撮らせて欲しい」ということだった。
今までは契約上、写真・動画といった撮影は一切禁止だったため何度も「こんなに可愛い顔で拗ねるなんて反則だろ……!」「ああ……、なんて可愛い笑顔なんだろう……!」と写真に残したくなるよう瞬間を目の前にしては涙を飲んでいた。
「写真……? えっと、少し恥ずかしいです……、俺ってきっと生田さんといる時は変な顔ばかりしているから……」
「変な顔だって……? 毎秒どの角度を切り取っても可愛いのに……?」
前々からなんとなく感じてはいたが、鈴井さんは自分の容姿にほとんど関心がないらしく「もっとかっこいい人はいっぱいいる」という評価をくだしている。高校も専門学校も女子はほとんどいなかったと言うから、たぶん多数の異性からの「かっこいい」という評価が届きにくい環境にいたことが関係しているのかもしれない。
変な顔について詳しく聞いてみると、「あの、生田さんから、可愛いとか好きだよって言われてすぐに赤くなったり、嬉しくてニヤニヤしたりしているから、きっと俺の顔はいつだってヤバイことになっていると思います」ということだった。……あまりの愛らしさに「鈴井さんという可愛い存在は、俺の脳が作り出した幻なのではないかと本気で疑った。鈴井さんから「生田さん、戻ってきて~」と言われなければそのまま幻想の世界へ取り込まれてしまっていただろう。
「それにしても可愛すぎるな……」
まだ付き合って二週間と少しだというのに、もう整理が必要なほど大量の鈴井さんの写真を入手してしまっている。「撮るよ」と声をかけて笑顔を向けてもらえるのもいいが、カメラを意識していない表情もそれはそれで自然体で可愛い。
アングルやポジションへのこだわりについて解説しながら撮った写真を鈴井さんと眺めたいが、本人は「撮りすぎです」「いやだー」と恥ずかしがって逃げてしまう。だから、時々、データを整理していると「この写真……モデルももちろん最高だけど、撮った人間の腕もいいな……。モデルの良さを千パーセント引き出してる……」と自分で自分のカメラの腕に感心している。
「ふう……」
テレビを観ながら眠ってしまった顔や、ドーナツを「おいしい!」と嬉しそうに頬張っている顔の全部が可愛い。この子はどうしてアイドルにならなかったのだろう? と首を捻りたくなる程だった。
◇◆◇
「アイドル? 俺が?」
テレビを見ている鈴井さんに先日思ったことをそのまま伝えてみたが、本人は「絶対ありえないです」と否定をするのに一生懸命だった。
「どうして? テレビに出ているアイドルに負けないくらい可愛い顔をしているし、明るくて真面目で頑張りやだから、鈴井さんはきっと人気者になっていたと思うよ」
「そんなことを言ってくれるのは生田さんだけです……」
さっきまで二人でショッピングモールまで買い物へ出掛けていたが、すれ違う若い女の子がチラチラと鈴井さんのことを見ていたような気がする。当の本人はその視線を一切意識せずに、ふらっと立ち寄ったアミューズメントコーナーで「あ~、これ絶対獲れないやつだ」と、クレーンゲームの景品を熱心に覗きこみ、欲しいものがないか聞くと「一階で売ってるパンが欲しいです」とニコニコしていた。
しかも、「えっ、デニッシュもカレーパンもカツサンドも買っていいんですか? こんなにたくさん嬉しいです、ありがとうございます」と店ごと買い取りたくなるような可愛い喜び方をする。コンサートでゴンドラに乗ってはしゃぐアイドルの笑顔にも輝きは負けていない。こういった容姿以外の、素朴で可愛い一面を知られてしまえば、その度に千人単位で鈴井さんのファンは増えていくだろう。
頭の中ではキラキラした衣装を着た鈴井さんがステージの上で客席に手を振っている姿が容易に想像出来る。きっとSNSでは「シンプルに顔がいい」「マナト、今日も初恋ビジュすぎ」と毎日大勢のファンによって呟かれることだろう。
ただ、そうなってしまうと、そもそも俺は鈴井さんとは出会えないという問題が出てきてしまう。出来るとすれば、アイドルの鈴井さんの応援に給料の全てをつぎ込み、毎日鈴井さんの公式インスタグラムに「事務所の人には内緒で口座番号を教えてください」とダイレクトメッセージを送り続けることぐらいだろう。全てのイベントへの出入り禁止・SNSのブロック、という未来が見えたところで「あの~……」と鈴井さんに顔を覗きこまれた。
「……ん?」
「あ、よかった、戻ってきてくれて……」
家に戻ってくつろいでいると、鈴井さんがふと思いついたように言った。
「あの、一緒にお風呂に入りませんか? 俺、準備してきますね」
恥ずかしかったのか、逃げるようにして風呂場へ向かう鈴井さんの後を追いかけた。見られて困るような物は全て隠しているが、万が一ということもあるからだ。
遠出で二人とも体力を消耗しているため、湯船に浸かってゆっくりしたいということになり、鈴井さんに入浴剤を選ばせた。「これがいいです」と選んだ泡風呂を、「俺がやりますね」と鈴井さんが準備について引き受けてくれた。慣れた手つきで湯をかき混ぜて泡に空気を含ませる鈴井さんに「上手だね」と声をかけると「ああ」と得意気に頷いて見せた。
「時々入ってたんで」
「ほお……。誰と?」
「えっ!? な、内緒です……」
誰と入っていたのか聞かれただけで、あたふたする様子は、ほぼほぼ「前の彼女とです」と言っているようなものだった。
鈴井さんは仮にアイドルになっていたとしたらぽろっと彼女がいることを明かしてしまうタイプのような気がする。
取材で「理想のデートは?」と聞かれれば、本人は良かれと思って「横浜の方までドライブへ行くのが好きです。車の運転も好きだけど、横に彼女がちょこって座っていると思うとそれだけで嬉しい(笑)助手席に座った時に女の子がミニのワンピースの裾を直してるのがすごく可愛いなあって思うんだけどわかる人いるかなあ~」等と事細かに答えてしまいそうな危うさがある。
全部が想像なのにも関わらず俺にはSNS上で大勢のファンが「マナトのインタビュー、あれはどう見ても理想じゃなくて実体験。正直すぎて草」「わかってはいたけど、この世にマナトの助手席に乗った女性が存在することがつらすぎるよ……」と動揺している未来まで見えてしまった。
「生田さん?」
「……やっぱりデビューは危なっかしいか……」
「へえ?」
「なんでもない。早く入ろうか」
危なっかしいところも含めて可愛いし、女性といる時の鈴井さんを想像すると普通に興奮する。鈴井さんは「どうして笑っているんですか?」と怖がっていたが、なんでもないよと宥めながら二人とも服を脱いだ。
一緒に入浴、というイベントでは「あんまり見ちゃダメです」と恥ずかしがる鈴井さんを拝むことが出来たし、なんというか、明るい風呂場で見る平たい尻は、瑞々しくてエッチだった。
「……ふう。こんなに可愛い鈴井さんを俺が一人占めして本当にいいんだろうか……。鈴井さんの可愛さを広く知ってもらった方が社会全体の利益にはなるけど、そしたら一緒にいられなくなるし困ったな……」
泡風呂と鈴井さん、という可愛さを飛び越えてあざとささえも感じられる組み合わせの威力はすごい。あまりの可愛さに架空の未来の心配事について頭を抱えていると、鈴井さんがくすりと笑った。
「社会全体? の利益のことはいいんです。俺のことは生田さんが一人占めしてください」
恥ずかしそうにしながら、可愛いことを言う年下の恋人に対してどうリアクションするのが正解なのかわからずに固まっていると、照れ隠しなのか「いひ」と笑いかけられる。その笑顔を見て頭に思い浮かんだのは「沼」という一文字だった。
「い、いいのかな……、俺のような人間が……」
「うん。生田さんがいっぱい喜んでくれたり、笑ってくれたりすることが、俺は一番嬉しいです」
「……ありがとう」
「ううん……、俺がそうして欲しいって思っているから……」
ぴったりと身体を擦り寄せてくる鈴井さんを後ろからおずおずと抱きしめる。こんなにいい子なんだからやっぱり鈴井さんは有名になった方が、たくさんの人を幸福に出来るんじゃないだろうか。そう思いながらも、胸が苦しいと感じる程嬉しかった。
今まで「一人占め」とは無縁の人生を送ってきたため、どう返事をしたらいいのかもわからない。それを察してくれていたのか、鈴井さんは「言ってから恥ずかしくなってきました」と明るく笑った。この子は俺にとっての沼なのだと確信せずにはいられなかった。
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