ニンゲンギツネとまんじゅう泥棒

サトー

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明日もいらっしゃい

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次の日は、アオイに食べさせるために、庭で卵を拾いながら、鶏小屋で飼っていた鶏を一羽、絞め殺した。
そういう本能なのか、あえて一度庭に放した鶏を、追いかけ回してじわじわと追い詰めた後、首をひねって窒息させるまでが堪らない。
自分の意思とは関係なく、人間に近い生活を送っているだけでは満たされない何かが刺激される。



アオイは「美味しい。俺は卵が大好き」と、見ているこっちがビックリするくらいよく食べた。

「こんなに美味しいものを食べさせてくれるホタルは優しいね」
「……どこが?」

俺は人間愛護派からマークされるような意地の悪いことを人間にするのが大好きだと言うのに、アオイは呑気にニコニコしていた。

一日一食で充分なニンゲンギツネと違って、人間は一日に三度も食事をする。
人間と一緒に生活をする時は仕方なくそれに合わせるけれど、本当はそれほど食べなくたって平気だから、自分の分の卵も鶏汁もほとんどアオイに食べさせた。

「いいの……?」
「もちろん。たくさん食べて、早く俺の意地の悪い趣味に堪えられるようになって貰わないと」
「……緑のたぬきを見せびらかしながら、食べるの?」
「赤いきつねだっ!」

クスクス笑っているアオイは、どこからどう見ても俺のことをおちょくっていた。
なんて生意気な……と、腹が立ったものの、俺をからかって笑うなんて案外神経も太いようだし、こんな調子ならすぐに年の割に小さい、という身体も大きくなるだろう……と思うことにした。
なにせ、相手はたった15年しか生きていない人間の子供なのだ。



その日は、いつものように寺へ掃除に行かないといけなかった。
アオイには留守番をさせようと思っていたら、一生懸命手伝うから自分も連れていって欲しい、と頼まれた。

「……暗くて狭いほら穴を通らないといけないし、疲れるだろうから家にいれば?」
「絶対邪魔はしないから、ホタルと一緒にいたい……お願いします」


里で暮らす連中は、留守番中のアオイを拐いにくるような奴らではないものの、結局は、狐の里という、知らない土地で一人で過ごすのは不安だろうから、一緒に連れていくことにした。




アオイは、長い間墓参りに来る人がいないせいで、苔とカビだらけになっていた墓石を丁寧に洗った。

掃除をする前、ずいぶん長い時間をかけて墓石の前で手を合わせていた。
その様子は、自分が今までお供え物に手を付けていたことに対して許しを乞うようでもあり、必死に祈りを捧げているようにも見える。

いくら、死んだら仏さんになるとは言っても、願い事は叶えられないと思うけど……と本当は言ってやりたかった。
だけど、声をかけるのが憚られるくらい真剣な顔つきをしていたから、やっぱりアオイは「饅頭を食べたりジュースを飲んだりして、ごめんなさい。どうかどうか許してください」と謝っていたのかもしれない。

住職は俺がアオイを連れて来たことに対して、特に何も言わなかった。
ニンゲンギツネと一緒にいることについては、詳しい事情を聞こうとはせず、ポツポツと天気の話をするぐらいで、アオイも緊張した顔つきではあったものの、ちゃんと返事をしていた。

住職は俺が連れているのが、一応人間の子供だということには気付いているようではあった。
そしてなぜか、俺にも聞こえるようにして、アオイに「明日もいらっしゃい」と声をかけていた。







「……すごいや。俺も働けるようになるなんて」

里に戻るために真っ暗なほら穴を歩いていると、アオイがそんなことを呟いた。

「……働く気なら、あの住職に賃金を請求しなよ。
そんなに稼いでない寺だけど、墓の管理料だけはキッチリ取ってるだろうからさ」
「……ううん。また、来ていいって言われたから、それで、もう、充分嬉しい……」

人間の目ではほとんど何も見えないほど暗いほら穴の中でも、俺にはアオイの表情がよく見える。
……本当に心の底から嬉しそうな顔をしていた。
まるで、貰ったプレゼントのリボンをほどく直前のように、目をキラキラさせている。

「……まったく。こんな子供にタダ働きさせるなんて……」

小遣いくらいやればいいのに、そのことについてどケチな住職は知らん顔だし、アオイはアオイで、今日はお供え物を探そうともしていなかった。



狐の里と人間の世界が繋がっているほら穴の存在を知っている代々の住職と、ニンゲンギツネとの付き合いは長い。
今の住職は頭が固いうえに、めんどくさい。
だけど、里で暮らす、特に年寄り連中なんかは住職というだけで、「外から狐の里を守ってくださる偉いお方」と有り難がる。

だから、ニンゲンギツネの間では、墓掃除を任されるのはすごく名誉なことだと思われてきた。
俺のじい様とばあ様も、俺が寺で墓場の掃除をすると決まった時にはたいそう喜んで、「ありがたい、ありがたい」とまだ生きている住職を毎日拝んでいる。

アオイはただの人間で、そんなことは知りもしないはずなのに、なんだか誇らしげで幸せそうにしていた。

「……ホタル、また明日も連れていってくれるよね?」
「それはべつに構わないけど……」
「ありがとう」

アオイは昨日と違って今日は、掴んでいる手を離そうとしたりはしない。
俺の手をぎゅっと握って、暗くて何も見えないほら穴を、ゆっくり一歩一歩、前へ進んでいた。







その日、家へ戻ると、ホタルが狐になった時の姿を見せて、とアオイが俺にせがんできた。

「なんで、そんな姿が見たいんだよ?」
「俺は、まだ、狐の里に来てから一度も狐を見たことが無いから……。
ここにいる人達はみんな、綺麗な顔をしていて、なんだか不思議な雰囲気はするけど……人間にしか見えない。
ホタルだって、暗い場所でも目が見えて、鼻は利くけどさ……見た目は、あの、どこからどう見ても、き、綺麗な人間のお兄さんだから……」


そりゃあ人間そっくりに化けているニンゲンギツネなんだから、人間にしか見えないのは仕方がない。
耳や尻尾が隠せていなかったり、しょっちゅう狐の姿に戻ってしまったりするのは、術を使う力が弱いということなのに、どうやら人間のアオイはそれを「いかにも人間に化けた狐らしい」と感じるようだった。



「……俺がニンゲンギツネじゃなくて、実はただの人間だったら、元の世界に帰るの?」
「え……。……帰りたくない!嫌だ……!あの、失礼なことを言ったなら、ごめんなさい……」

アオイはなんだか泣きそうになっていた。狐の姿を見せろと言ってごめんなさい、と小さな肩を震わせている。
今、この様子のアオイを、家の外に一人で放り出せば、「どうした!いじめられたんだな?!」と人間愛護派がきっとすっ飛んで来るだろう。

べつに自分の意思で術を解いて狐の姿に戻ることは、なんら難しいことではない。
というか、狐の姿なら、今まで何度も人間に見せたことがある。

主に、人間の女の心を思い通りにしたい時に、あえて狐の姿に戻った後「……こんな姿を誰かに見せたのは君が初めてだよ。君といると、あんまり幸せで、それで……術が解けてしまった」と恥ずかしがれば、たいてい上手くいった。

惚れさせて利用してきた女達と同じように、アオイのことを自分の思い通りにしてやろうとは、全く思わない。
ただでさえボーッとしていて、ノロマなアオイがそんなことになれば、ますます使い物にならなくなる。


ただ、赤いきつねを食べる姿を見せつける時以外で、アオイに悲しい顔をされてもちっとも嬉しくなんかない。
俺は、「いいなあ!ホタルだけズルイよ!俺にもちょうだい!」とアオイが赤いきつねを羨ましがる姿が見たいだけだ。



「しょうがないなー……。じゃあ、特別に面白いものを見せてやろうか。
……ただの、狐の姿よりもずうっと面白いものをさ」

いいの、とアオイがほんの少し顔を輝かせた。
俺の変化の術は完璧だから、きっとアオイは驚いて、「すごい」と大騒ぎして、笑顔になるに違いなかった。
泣きそうな顔をされるよりは、その方がずっと気分がよかった。

アオイみたいなトロくさい子供は、赤いきつねを羨ましがる時だけ、そういう悲しい顔をすればいい。
今はまだアオイが痩せているからそうしていないだけで、その時がくれば、「ああ、美味い」「今日はコンビニ限定のお揚げが二枚入りの方だぞ」と自慢して、思いきり意地悪をしてやるつもりだったから、今日は優しくしてやることにした。


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