ニンゲンギツネとまんじゅう泥棒

サトー

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変化の術

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「えっ!すごい!女の人だ!」

ホタルだよね?とアオイは俺の姿を見て目を丸くしていた。
俺のことを頭のてっぺんから爪先まで観察した後、横から見たり、後ろ姿を確認したり……ぐるりと一周して正面に戻ってきてから、もう一度「スゴイ!」と驚きの声をあげた。

「すっごいね!ほんの一瞬、俺が瞬きをした間に、女の人に変われるなんて!」
「里で暮らすニンゲンギツネの中でも、俺の変化の術は一流だからね」
「声までちゃんと女の人だ……。頭に葉っぱを乗せなくても、変身出来るんだね」
「……バカにしてんの?」
「し、してない……」

フルフルと首を横に振ってから、「……ごめんなさい」とアオイは俺の目を見て謝ってきた。
「いいよ」と微笑んでやると、慌てて目を逸らした後、ボッと頬を赤く染めている。
普段ボンヤリしているくせに、「綺麗な女を前にするとモジモジしてしまう」といった、人間の「若い男」らしい感覚はそれなりに身に付いているようだった。

もっと近くで見てごらんよ、触ったっていいんだよ、と近寄ると「……大丈夫です」と逃げるように後退りをしてしまう。

「アオイ、自分が化けろって言ったんでしょう?何をそんなに怖がってる……?」
「あの、ビックリしちゃって……」

本当に一瞬で変身してしまったし、こんなに綺麗な女の人になると思わなかったから……、と気まずそうな顔でたどたどしく喋るアオイを見て、ほほお……、と思わず心の中で頷いてしまった。

夜中に一人で外のトイレに行けないような怖がりのくせに、そういうことについてはしっかり成長して、「女」という存在を意識しているらしかった。

なんて、からかいがいのある人間なんだろう……と今度は俺がアオイのことを上から下まで、舐めるようにして観察した。
俺のあまりに美しい姿に戸惑って、ビクビクしている様子は、赤いキツネを羨ましがる姿とは違った楽しみ方が出来る気がして、舌舐めずりしたいくらいだった。



「アオイ、もっと側においで……」
「う……」
「ふふ……緊張して固まってる?もっと近くで俺のことを見てごらんよ」

女の姿に化けると、人間の男は俺にすぐ触りたがると言うのに、アオイは一定の距離を保つことに一生懸命になっている。
夕べ嗅いだアオイの清潔な身体の匂いを思い出した。まだ、何も知らない、足跡一つ付いてない、積もったばかりの雪の匂い。

「もう、充分見たから大丈夫」とじりじり逃げるアオイを部屋の隅に追い詰めた時には、身体がゾクゾクした。
庭で鶏を追いかけ回して、じわじわと逃げ場を無くしてやる時に少し似ている。

「ふふ……今までアオイが会ったどの女よりもキレイ?」
「う、うん……」
「触ってごらん。女に触ったことは…?」
「……無いです」

ほら、と促すように細い腕を掴む。「俺はアオイのためにこんな姿になったんだよ?」と囁くと、堪忍したのかアオイはギクシャクと頷いた。

アオイの手がどこに触れるのか、それからどんな反応をするのかが気になって目が離せなかった。
意外にもアオイの手は、丸みがほとんど無く爪も縦長で、子どもっぽさは残っていない。



その手は、どこへ触れればいいのか散々迷ってから、俺の着ている服の袖を掴んだ。

「……よ、洋服も変わってる」
「は……?」
「……いいな、ホタルは一生服を買わなくても、いろいろ着られるんだね」
「何だって……?」
「この服って脱いで洗濯したら、葉っぱか何かになる……?」
「はあ……」

……自分の頬とこめかみがピクピクと震えるのがわかる。
どうしてこうもトロいうえに、惚けたことばかり言うのだろう。
胸や尻にでも触ってくれれば、「人間の女のどこを触ってるか言ってごらんよ」「何を恥ずかしがってる?ははーん……いやらしいことを考えたな」と、いくらでもからかえたに違いなかった。

もう少しで捕まえられそうだった雀に、仕留める寸前で飛び去られた時と同じくらい悔しい気持ちになる。
怒りのあまり、拘って忠実に再現した若い女特有の柔らかい髪の毛を掻きむしってやりたいくらいだった。



「……君は、なかなか手強いね」
「俺……?」
「まったく……」
「……ホタルは女の人になっても綺麗、だね」

男から女の人に変わっても、目と唇の形や表情でちゃんとホタルってわかるから、すごいね、とアオイは、はにかみながら言った。

……本当だったら無理やりにでも胸を揉ませた後に、どうだったかしつこく聞いて、「もう許してください」と泣くまでいじめてやりたいところだったけれど、褒められると、そう悪い気はしない。
さらに「……でも、いつものホタルの方が好き」と気分が良くなることを言ってきたから特別に許してやることにした。







「ホタルって何にでも化けられる……?」

元の姿に戻ってやるとアオイはすぐに側へ寄ってきた。

「出来るよ。俺は変化の術が子供の頃から誰よりも得意だったから」
「スゴイ……どうやったら、そんなふうに化けられるの?」
「そーだなあ……」

基本的に何かコツを意識しなくても、ニンゲンギツネなら変化の術は使える。
ただ、俺のように高い完成度の仕上がりを求めるのなら、化ける対象をよく見て細部を一つ一つ頭の中に刷り込むようにしていかないといけない。



「……俺はね、アオイとソックリ同じ姿にだって化けることだって出来るよ」

本当?とアオイが俺の顔をまじまじと見てから不思議そうな表情を浮かべた。

「……ホタルは大人なのに、どうやって子供の俺に化けるの」
「さっき、女に化けた時と同じさ。何も難しいことじゃない……」

そう返事をしながら、置物みたいにこじんまりと床に座っているアオイの顔と身体つきをじっくり観察した。



アオイはニンゲンギツネ達が好んで化けるタイプの顔によく似ていた。ほんの少し目尻が上がっていて、頬はスッキリしている。
髪の毛はサラサラしていて、唇は薄い。

昔、狐の里に迷い込んできた漫画家に、「妖狐って、お前達人間が考えた妖怪がいるだろ?ちょっと描いてみろよ」と誰かが絵を描かせたことがあった。
漫画家がサラサラと描いたほっそりした美しい男と女の絵は「なかなかいいな」と一瞬で里中にひろまり、ニンゲンギツネが化ける時の、旬の顔になった。
その時の漫画家が描いた絵と、アオイの顔はどことなく似ている。



「……君は顔よりも身体の方に、特徴がいっぱいあるんだな……」
「そう……?」

俺にそう言われて、アオイも自分の身体に目をやった。
ここだよ、と細い首に手を伸ばすと、アオイはビックリした様子で、パッと顔をあげた。

「……首がツルツルしてる。ここを間違えると、途端にいかにもキツネが化けたようなニセモノになってしまう」

触って確かめると、喉の真ん中辺りにほんの少し軟骨がポコッと突き出ているくらいで、アオイが大人の男になるまでは、まだ時間がかかりそうだった。
ゴク、と唾を飲んだアオイの喉が上下する。

なんて細い首だろう、と顎から首、そして鎖骨までを親指で撫で、人差し指の先でなぞるようにして触った。
アオイは黙ってじっとしている。
スベスベしている顎の下をくすぐってやると、ほんの少しだけ顔をしかめた。

「……アオイくらいの年頃の人間にはめったに化けないからなあ……。まるっきり子供ってわけじゃないのに、男とも女とも違って面白い身体だ」
「あの、ちょっとだけ、くすぐったい……」
「……ここも、ここも、人間の大人と全然違う……」
「ひっ……」

服の上から、身体のあちこちを触っていると、アオイは困った顔で何か言いかけては、結局は何も言わずに口を閉じる、を繰り返した。

特に人間の大人と違っているのは脚の、ふくらはぎの部分だった。男みたいに筋肉がたくさん付いているわけでもなく、女のようにふっくらと柔らかいわけでもない。
細くて、皮膚にハリがある。男の脚が硬すぎる、女の脚を柔らかすぎると表現するのだとしたら、アオイの脚はその中間だった。

「アオイ……もっとよく見たいから、今ここで服を脱いでごらんよ」
「えっ……」
「アオイの身体はどんな肌に覆われている……?ほんの少しでいい。俺に見せて」
「で、でも……」

力ずくで服を剥ぎ取ることだって出来るし、服で隠れている部分については、たんに似せたいだけなら化けるのにほとんど必要ない情報だった。
ただ、「ふ、普通の肌です……」「俺はホタルみたいに綺麗じゃないから」といろいろな理由を並べて、必死でこの状況を回避しようとするアオイがおかしくて堪らない。
思い通りにならないこともあるけれど、男の子供をからかって遊ぶのは良い。

なんて面白いんだろう、と顔を綻ばせている時だった。



「開けろ!この淫乱ギツネ!今日こそお前を許さないからな!」


家の戸がバンバンと乱暴に叩かれる。聞き覚えのあるギャンギャンとやかましい声。

そろそろ来るだろうと思っていた人間愛護派の襲撃だった。
俺の後ろに隠れていろとアオイに伝えてから、勢いよく戸を開けた。

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