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ホタルの困りごと
しおりを挟む「脳みその一時的な誤作動」ということは、二、三日よく眠れば治るだろう、と俺はずいぶん呑気に考えていた。
ところが、アオイと一緒に生活していると、俺の脳は勝手な暴走を続け頻繁に身体が狐化するようになってしまったのだ。
「……ホタル、大丈夫?頭にすごくたくさん葉っぱが付いてる…」
「は?べつに、これくらいどうってことないし……」
……一人で真っ暗な外を歩くのはまだ怖い、と言うアオイの手を渋々引きながら、風呂場に向かっている最中のことだった。
一緒に入るとなんだかマズいような気がして「終わるまで外で待っててやるから、さっさと入った、入った!」とどこにも厚みの無い身体を無理やり風呂場に押し込んでいると、アオイが「待って」と俺の腕を掴んできた。
「一緒に入りたい……。ダメ?すぐ出るから……。それなら良い?」
「あ……?いいわけあるかっ!」
「……ホタルと一緒に入りたい」
一緒に入ったら裸を見ないといけなくなるだろ、と言い返そうと思っていたら、少し触られたくらいでくすぐったがるくせに、「やめて」と抵抗することも出来ずにピクピク反応するアオイの身体を思い出してしまった。
子供っぽくて、どこもかしこも頼りないくせに、まだ誰にも触られたことのないキレイな身体……。あの身体を好き放題弄ばれたらアオイはどんなに嫌がるだろう。
べつにあんな貧相な身体に本気で触りたいわけではないけれど、あちこちを舐めたり噛んだりされれば、きっとアオイは「やめて、嫌だ」と困り果ててしまうに違いない。想像しただけでゾクゾクする……
「ああっ……!まただっ……!」
……「ホタル!」とアオイが呼ぶのも無視して、この時は、そのまま走って草むらに飛び込んで身体を隠した。
ほんのちょっとアオイの裸を思い出したくらいでどうして俺が狐の姿に戻ってしまううえに、こんな目に合わないといけないんだよ……!と歯を食い縛りながら、快感を逃そうと全身をゴツゴツした地面に必死で擦り付けた。
欲情している自分を子供のアオイに見られるのは絶対に嫌だった。それに、いくら身体を静めるためとは言え、人間の子供のことを考えながら自慰にふけるのは死んでも嫌だった。
最近はいつどこでそうなっても大丈夫なように、庭も家の周囲もあえて草を刈らないで伸ばし放題にしてある。
家の床や布団でそうするよりも、石ころが落ちている外で転がり回った方が快感を押さえつけるのによっぽど適している、ということに気付いてしまったからだ。
上手くいけば完全に狐化することがなく、元の人間に化けた状態に戻ることが出来るから、隠れてジタバタと悶えることの出来る草むらは貴重だった。
だから、麦わら帽子をかぶったヒナタのバカ野郎が「だらしねえなあ」とおせっかいで草を刈り取ろうとした時は本気で殺意が芽生えた。
「……待ってて、もう少しで全部取れるから」
かかとを浮かせた爪先立ちの状態のアオイが、俺の髪に着いた葉っぱを取り除いている。
トロくさいアオイなりに、俺が地面を転がり回っている間に風呂に入っておくということは一応出来たようで、清潔な匂いをぷんぷん漂わせている。
「やった。全部取れた」
えへ、と笑いかけてくるアオイに黙って頷き返した。
明日も墓の掃除に行かないといけないというのに身体はヘトヘトだった。
葉っぱは全部取り去ったはずなのに、なぜかアオイはいつまでも俺の顔をジロジロ見てくる。
「……なに?」
「あの……、近くで見たら、ホタルの顔が綺麗だから……。それで、ずっと見ていたいって思った……」
「……はあ?」
こんなことを言って俺を絆そうとするなんて、コイツは絶対にロクな大人にならない……と思ったのに、「本当だよ」とアオイがニコニコしているのを見ていると、ぎゅうっと胸が締め付けられるような気持ちになる。
最近は、狐の身体に戻る以外にも、アオイといると胸の痛みを感じることが多くて、俺はものすごく迷惑していた。
□
もちろん、俺だってただ黙ってこの状況を受け入れるようなバカではないからいろいろとやってみた。
まだ早い、とは思ったものの、アオイには卵とご飯だけしか与えずに自分だけ赤いきつねを食べようと試みたことだってある。
俺の厳しい監視の下でアオイに作らせた赤いきつねは最高に美味しかった。一口食べた瞬間に「ああ、美味しい」と思わず口にしてしまったくらいだ。
俺はアオイのことを、からかいがいのあるオモチャ兼、墓掃除の助手兼、身の回りの世話をさせる小間使いとしか思っていないような意地の悪いニンゲンギツネだから、自分だけこの世で一番美味い食べ物である赤いきつねを食べるくらいのことは平気でやるさ……とアオイの方を見ると、ちっとも羨ましそうにしていないから、面食らってしまった。
「……あ、ああ!赤いきつねは美味い!ふふ……、アオイ、羨ましくて堪らないだろ?」
「……俺、ホタルが赤いきつねを食べてる所を見るの好きだな」
「……あ?」
「ホタル、すごく美味しそうに食べるから。
……俺、カップラーメンはチャルメラコーンが一番好きで、うどんはカレーうどんが好きだったけど、ここでホタルと初めて一緒に食べた赤いきつねがすごく美味しかったから、今は赤いきつねが一番好き」
「……ぐ、う……」
……赤いきつねの良さを理解している人間を見ていると、胸が苦しくなって、それ以上意地悪は出来なかった。結局、大好物の赤いきつねの半分をアオイに分けてやるハメになった。
アオイと一緒にいるとこういうことは多々あった。
掃除の仕方がなってないと厳しく叱った日の帰り道に、「誰かにものを教わるなんて久しぶり……。ホタル、ありがとう」と真っ暗なほら穴で手をぎゅっと握ってきた時や、寝ぼけたアオイが布団の中で俺の身体に擦り寄ってきた時……。
なぜか、胸の辺りがゾワゾワして落ち着かなくなる。
特に寝ぼけている時のアオイは、勝手に俺の身体に抱き着いてきては、「いい匂い……」「あったかい……」と小さな声で呟く。
その度に俺は部屋の窓から飛び出して、外の草むらに飛び込まないといけなくなる。
本当に本当に厄介な人間を拾ってきてしまった。
□
「おーい!アオイ!ヒナタお兄ちゃんが来たぞ!」
……厄介なことはもう一つあった。
ヒナタのバカがアオイに会うために、しょっちゅう俺の家を訪ねるようになってしまった。
「アオイに食べさせるために手に入れたんだ!」と大量のいなり寿司や肉まんと、饅頭やドーナツを持って家に押しかけて来る。「帰れ!」と何百回言ってもヒナタは帰らない。
アオイに会わせるまでは、「お前!ここまで隠そうとするなんて、まさかアオイを虐めてるな?!この野郎!今日こそ許さないからな!」としつこいうえにやかましいから、それで結局は家にあげるハメになる。
ヒナタはアオイに会ったら会ったで「アオイは可愛いなあ!俺はずっとアオイみたいな弟が欲しかったんだ!」といつまでもデレデレしている。
ヒナタが、「なんてプリプリしていて柔らかい肌なんだ!ああ……連れて帰りたい……」とアオイにベタベタ触っている時や、「アオイ、今日はこれで帰るから最後にヒナタお兄ちゃんって呼んでくれよ……。俺はアオイのいない家に帰るのが寂しくて堪らないんだ……」と無理やり気色悪い呼ばせ方を強要している時は、うっとうしくて本気でムカムカする。
アオイが好きなのは卵とチョコレートだよ、バーカ……と心の中で毒づいても気が済まないから「いつまでやってんだ!この変態!」と結局はヒナタをアオイから力ずくで引き剥がすことになる。
単なる遊びでアオイと戯れている俺と違って、アオイの行動や言動の一つ一つに大はしゃぎしては悶えているヒナタの思いはどう見ても本気だった。
なんて、気色が悪いんだろう……と戦慄した俺は、アオイの目の前で、人間の耳では聞こえないような小さな声でヒナタを煽ったことだってある。
「……弟と言いながら本当はアオイに手を出したくて堪らないんだろ?この変態」
それを聞いたヒナタは目を見開いた後、真っ赤になって唇を戦慄かせた。それから、「違う……」と蚊の鳴くような声で呟いた後、すぐに「違う!違う!違うっ!!!」と首を何度も横に振って大声で喚いた。
「俺は変な目でアオイのことなんか見てない!アオイは大事な弟だっ!」
ヒナタは「俺はアオイと健全な付き合いをするんだ!」とバカみたいに大声で宣言した後、ピシャリと戸を閉めてその日は帰っていった。
……ヒナタのバカに余計な事を言ったのがよくなかったのか、この後「健全な付き合い」を始めたアオイとヒナタは急激に親しくなってしまい、それで俺はますますイライラさせられることになってしまった。
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