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キツネの狸寝入り
しおりを挟む「健全な付き合い」というものをどうしても証明したかったらしい。
翌日ヒナタのバカはどこから入手して来たのか、人間の子供が学校で使う教科書を何冊も抱えてアオイに会いに来た。
「アオイ、俺が独自に採択した検定教科書で今日から一緒に勉強をしよう!
お兄ちゃんはアオイが立派な大人になれるよう一生懸命教えてやるからな!」
何を張り切っているんだろう、このバカは……と俺は呆れていたというのに、アオイは「俺の教科書……」と呟いた後、何冊か手に取ってパラパラとページを捲り始めた。
「……俺、長いこと学校に行っていないから、勉強は全然わからなくて……。
算数なんか全部を習い終わっていないから、数学なんてきっと難しくてわからないと思う」
「ハハハ……、そんなことを気にしていたのか。毎日毎日学校に通っている子供でも、わからないことをしょっちゅう復習しているんだから、大丈夫。お兄ちゃんが、一から全部教えてやるさ」
だったら、なおさらおまじないをかけて、教科書の中身を丸ごと覚えさせてやった方が早いのでは?と本当は口を挟みたかった。
けれど、アオイが「……本当に大丈夫かな」と不安そうにしながらも、ほんの少し嬉しそうにソワソワしているのに気が付いてしまって、それで俺は何も言えなくなってしまった。
俺から墓掃除の仕方を習うよりも、人間の大人の作った教科書で勉強をした方が人間の子供であるアオイにとってはよっぽどいいことなのかもしれない。
今は「ここにいたい」と言ってはいるものの、時間が経って気が変わればいつかは元の世界へ帰りたい、と望むことだって考えられる。
だから、「よろしくお願いします」とペコリと頭を下げるアオイにも、得意気な顔で俺を見てニヤニヤしているヒナタにも、すごく腹が立ったけれど、「……好きにすれば」というだけで、知らんふりをすることしか出来なかった。
□
ヒナタは「あーっ!なんて、良い匂いがするプリプリした肌なんだろう!アオイの肌とそっくり同じ触り心地のキーホルダーが欲しいなあ!」といつも気色の悪いことばかり言うくせに、勉強を教えている間は普段の様子からは考えられないくらい真面目にアオイのことをよく見てやっていた。
アオイがわからないことをヒナタは「伸びしろ」と呼び、「これがわかるようになれば、今より何倍も頭がよくなるからな!」と、「伸びしろ」を発見すればまるで宝物のように喜び、大切に丁寧に解説してやる。
アオイはアオイで、学校にはずっと行っていなかったとは言え、元々そこまでバカではないらしく、一つ教わるたびに新しいことがいくつもわかるようになっていった。
初めてアオイが俺に「欲しい」とねだったのはヒナタと勉強する時に使うノートと鉛筆だった。
チョコレートや赤いきつねと同じようにどこででも買える物なのに、なぜか「よし、じゃあ手に入れてやろう」という気にはならなかった。
アオイが勉強すること自体はいいことだ。……そう心で何度も唱えて、なんとか自分を納得させた。
「わあっ……!こんなにスゴイもの貰っていいの?ありがとう……!」
……モヤモヤしながら買ったのを悟られたくなかったというのもあって、四色ボールペンと消しゴムと、蛍光マーカーとペン立ても付けてやったらアオイは大喜びした。
ヒナタとアオイが勉強中の間は、邪魔者の俺はたいていふて寝をする。というか、寝ているフリをして、二人が話していることにジッと聞き耳を立てている。
時々ヒナタから「お前、暇なら長老の様子を見て来いよ?住職の様子を聞きたがってたぞ」と出掛けるように促されても、アオイが自分以外の誰かと二人きりで家にいると思うとなぜか気分が悪くなるから、聞こえないふりをした。
□
その日は本当に最低だった。
まず、「おーい!アオイ!お兄ちゃんが来たぞ!」と言いながら家に入って来たヒナタの元へ駆け寄ったアオイが、土間で派手に転倒してしまった。
この時に、ヒナタの身体を押し倒すようにしてアオイが転んだせいで、二人は土間に身体を重ね合わせるようにして倒れ込んでいた。
幸いヒナタが上手く受け身をとったこともあって、二人ともケガはしていないようだった。
ただ、アオイはすごく驚いたようで、「ご、ごめんなさい……」とオロオロしながらすぐにヒナタから離れようとした。
「アオイ……!そんなふうに歓迎されたらお兄ちゃんは嬉しくてどうにかなってしまうよ!ああっ……、なんて可愛いんだろう!」
「えっ?えっ?」
「そんなに俺と会えるのを喜ぶなんて……。よしよし、今、抱きしめてあげるからな」
「何をやってんだ!このバカッ!さっさとアオイを離せっ!」
「邪魔をするな!」とギャンギャン喚くヒナタの様子をよく観察する。……「どうにかなってしまうよ」と言いつつ、どうにもなっていなかった。
ニンゲンギツネの雌とは仲が悪く、人間愛護派を拗らせすぎて人間にはいつまでも手が出せないヒナタはまだ童貞のはずだ。
それに、つい最近ケンカをした時も、あまりの怒りで狐の姿に戻っていたから、まだ身体が成熟していないのは確実だった。
それなのに、アオイの身体に触れてもバカみたいにはしゃぐばかりで、変身がとけるどころか、照れたり動揺したりもしていない。
むしろ「コイツ、アオイのことを弟だと思っているのは本気だったのか……?」と、俺の方が動揺してしまった。
なぜなら、最近の俺は寝ている時にアオイに抱き着かれただけで身体中がムズムズしてしまう。
変態だと思っていたヒナタはアオイの身体にちっとも反応しないのに、俺はそうじゃない。
俺だけがおかしいんだろうか……と胸がざわつく。
「お前!変態なら変態らしくしろよ!」
「はあ?ホタル、お前何を言ってんだ……?俺はアオイの善良な兄貴だ!というか勉強するんだから、邪魔にならないようにお前は大人しくしてろよ!」
もちろん眠れるわけが無かった。それで、俺はいつものように布団の上に寝そべって、アオイとヒナタの様子をうかがうことにした。
□
相変わらず二人はせっせと教科書の内容を理解することに一生懸命だった。
アオイは自分で年表を作ってみたり、何度も教科書を読み返したりするくらい歴史の勉強が好きらしく、ヒナタに「ねえ、今日も歴史をやりたい」とせがんでいる。
「むう……。今日は理科を教える予定が……」
「そっか……。じゃあ、我慢する」
「ヒナタお兄ちゃんと呼んでくれたら特別に、時間割を変えてやってもいいけどなー……」
「……ヒナタお兄ちゃん」
「あああ……なんていい響きなんだ……」
……なんてむず痒くて、ムカムカするようなやり取りだろう、とぎゅっと目を閉じる。
聞きたくないのに、聞かないと気が済まない、という会話に怒りを覚えつつも起きていることを悟られないようにジッとしていないといけない。
目を閉じていても、ヒナタがアオイを「エライ、エライ」と褒めるたびに優しい眼差しを向けていることも、アオイが「出来た」と呟くたびに、俺といる時には見せないような幸せそうな顔をしているのも、なんとなくわかってしまう。
……苦しい。頭から布団を被っていれば良かった。
いっそ本当に眠ってしまえればいいのに。
そう思う一方で俺の知らないところで何かが急速に進展してしまうような気がして、不安で堪らなくなる。
なんだって俺がこんな思いを……と唇を噛み締めていると、「なあ、アオイ」とヒナタがぐっと声の大きさを落としてヒソヒソとアオイに話しかけ始めた。
「なに……?」
「アオイはいつ大人になるんだ?」
「俺……?」
「アオイは身体もまだ小さいし、勉強だって覚えることがいっぱいあるだろ?
いったいいつ大人になれる?」
「えー?今、15歳だから……あと、5年?3年?どっちだろう……わかんない」
「ほお……」
しばらく妙な間が続いた。やかましいヒナタが黙ってしまったせいなのか、アオイも口を開かない。
ヒナタがこんなふうに「国語」や「地理」といった勉強には関係ない話題で長々と時間を使うことは今までなかったはずだ。
「……アオイ、お兄ちゃんと大事な話をしよう。
大丈夫、ホタルは寝てるから聞こえやしないさ」
何が大丈夫なんだ、と怒りでこめかみが震える。
どうせロクでもない話だろう、と起きて阻止することを決めた時だった。
「うん……。ホタルには絶対絶対秘密にして欲しいことがあるんだけど、ヒナタは聞いてくれる?」
「もちろん。俺は口が堅いからな。安心していい」
本当は今すぐ二人の間に割って入って、「コイツに今、何を話そうとした?」とアオイに問い詰めたい。
ただ、アオイはきっと怯えてしまって「なんでもない」と言うだけで、何も言えなくなってしまうだろう。
……「ホタルには絶対絶対秘密にして欲しいこと」を聞くまで俺は寝たふりを続けるしかないようだった。
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