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もうとまだ
しおりを挟む「アオイ。俺に相談したいことがあるなら、遠慮なく話していいぞ」
「……うん」
何度ヒナタに促されようとアオイはなかなか口を開こうとはしなかった。
俺には絶対に聞かれたくないような秘密ってなんだ?とこっちは気が気じゃないと言うのに、「……ごめん。話したいことはあるのに、上手く言おうとするとなかなか言葉が出て来なくて…」と小さな声で呟いたきり、黙り込んでしまう。
それに対して、ヒナタは腹を立てたりせかしたりはしなかった。
「……アオイがまだ心の準備が出来ていないんなら、お兄ちゃんの方から大事な話をするかな!」
「うん……」
「……アオイ。今は覚えることが山ほどあって、それだけに一生懸命になっているかもしれないけど……。
例えば、今使っている教科書に書いてあることを全部勉強し終わったとするだろ?
そうしたら、今度はもっと難しい教科書で勉強をするわけだけど……、その時はアオイが将来どんな大人になりたいのか、そういうことも考えながら勉強していこうな」
「将来……」
ヒナタの口調からは、大人になるまでに必要な知識をアオイが得るために、自分がとことん付き合うという、迷いのない強い意志が感じられた。
ヒナタの言う「将来」は、おまじないで頭を良くして、偽造した書類とまやかしでたくさんの大人を騙したうえで、知らん顔でいい大学や会社に潜り込ませてやろうなんていう、ズルで手に入れるものではない。
そういったものでは手に入らない何かをアオイに与えたいのかもしれなかった。
「アオイはどんな大人になりたい?」
「わからない……。俺みたいに学校に行ってない人間は、まともな仕事には就けないから、人が嫌がるキツくて危ない仕事しかどうせ出来ないって……」
「……誰にそんなことを言われた?」
「……お母さんの友達、だった人……」
「……アオイ、もう15になるんだろ?自分の将来くらい自分で考えろ。
子供が嫌がることを平気で口にする大人の言うことは信用するな。
何も知らないと、「変だな、嫌だな」と感じるものを疑うことすら難しいだろ?
一生懸命勉強すれば、そういうことも見抜けるようになるからな。頑張ろうな」
「……はい」
よしよし、とアオイを褒めるヒナタの柔らかい声が聞こえる。
ヒナタはきっと、ただ物を教えるだけじゃなくてアオイのことをずっとよく見ていて、そして、アオイのことだけじゃなく「人間」という存在について様々な考えを巡らせていたに違いなかった。
アオイに向けて語りかけていたヒナタの言葉を思い出そうとすると、なぜか、「ホタル、どうしてみんなは、俺を仲間はずれにするんだろう」と泣きじゃくっていた小さかった頃の姿が頭を過る。
さっきまでとは違う種類の苦しさで胸が締め付けられるようだった。
「……ヒナタは優しいね。どうして、こんなに良くしてくれるの?」
「俺か?……俺は子供の頃、他のニンゲンギツネからよくいじめられていて……。
その時、いつも助けてくれていたのが、その……俺の一番大事な友達で……」
……小さかったヒナタに似たようなことを聞かれたことがあった。
ホタルはどうして、俺なんかを助けてくれるの、と。
確か俺は……「べつに、お前のことは好きじゃないけど、くだらないことでお前を泣かせる奴らが俺は大嫌いだからだ!」と答えて、それでヒナタの嫌がることを言い、ヒナタの物をとったり、隠したりする奴を見つけては、懲らしめてやっていた。
「…俺も、いつかあんなふうになりたいとずっと思っていて……。
ソイツとそっくり同じにはなれないけど、俺は俺なりに、誰かを助けられないかと、毎日考えてる……ただ、それだけのことだよ。
……ま、まあ、あとはアオイが可愛くて堪らないって言うのもあるけどな!」
「……その友達ってホタルのこと?」
「はあ!?ち、ちちち、違うに決まってるだろお!」
あはは、とヒナタの慌てっぷりにアオイが笑うのが聞こえる。
騒がしいのを良いことに、さりげなく二人に気がつかれないように寝返りを打った。
熱くなっている耳が、空気に触れる。
「……そうだ。アオイ、お兄ちゃんが大事なことを教えてやろう」
「なに?」
「今はまだホタルにベッタリだろうけど……、そのうち「友達になろう」と他のニンゲンギツネが寄ってくるかもしれないだろ?その時に……」
一緒にいる時に急に狐の姿に戻ってしまう、若いニンゲンギツネには気を付けろよ。
ヒナタがハキハキと話すのが聞こえる。
やめてくれ、と飛び起きそうになるのを必死で堪えた。
「……どうして?」
「どうしてだって?そのニンゲンギツネはアオイのことが好きで好きで可愛くて堪らなくて、身体に触ってみたくてしょうがないと思ってるってことだからさ」
「えっ……」
「だから、そういう奴がいて、変なことをされそうになったら、ちゃんとNOを言うんだぞ」
成熟していないニンゲンギツネが性的に興奮すると狐の姿に戻ってしまう、という性質をヒナタが得意気に説明している。
アオイに何もかも知られてしまった。
思い出せるだけでも、ここ数日で何度か狐の姿に戻ってしまっている。
一昨日は寝惚けたアオイに布団の中で抱き付かれて堪らなくなって真っ暗な外へ飛び出した。
その前は、雨に濡れて服が地肌に張り付いたアオイの姿を見て、草むらに隠れて、土の上を泥だらけになるまで転がるはめになった。
……今は身体のどこもムズムズしていないものの、「ああああ、嫌だあ、やめてくれ!」と布団と床の上を転げ回って、そのままどこかへ消えてしまいたかった。
「……も、もし、そういうニンゲンギツネともっと仲良くなりたかったらどうしたらいい?」
「ふおっ?!な、なんだって……!?もしかして、ホタルに秘密の聞きたいことって、それか?!」
「うん……。もっと仲良くなって、好き合ってそれで……その、相手のニンゲンギツネに触って欲しいし、触ってみたい時は、俺はどうしたらいいの?」
「は、わ、わわわわ……」
いちいち目を開けて確認しなくてもヒナタの顔が真っ赤になっているのが容易に想像出来た。
そして、俺の両耳はさっきよりももっと熱い。
「そろそろ起こそう」とヒナタとアオイが近付いてきたら、確実に不審に思われる程度には赤くなっているはずだった。
「アオイ、そ、そういうのは、早いんじゃあないか……ま、まだ15歳なんだから……」
「さっきは、もう15だって、言った」
「うぐっ……?!それも、そうだった……そうだな……。わかった、お兄ちゃんに任せろ……」
耳を済ませると、動揺して早くなった呼吸をヒナタが必死で整えているのが聞こえる。
「じ、実は俺はまだ、そういうことの経験が無いんだ……。
一つ言えるのは、狐の姿に戻って自分だけが興奮しているのが露になるのを、恥ずかしいと感じるニンゲンギツネもいるから、もし……アオイが親しくなりたい奴が狐の姿に戻ってしまっても、抱き締めて落ち着くまで側にいてやって欲しい」
「……うん」
目を閉じたまま、一人で泥と石ころに身体を擦り付けた時のことを考える
……いつも必死で、なるべく気にしないようにはしていたものの、本当はとても孤独で苦しい。
アオイに「大丈夫」と抱き締められたら、どんなに心が安らぐだろう、と思うとため息が出そうだった。
「……アオイ、好奇心を持つのはいいことだけどな、あまり無茶はするなよ?
ちゃんと、そういうことは結婚の約束をした相手とだけするんだぞ?いいな?
「まずはお友達からでもいいですか?」と伝えるのも忘れるなよ?」
「はーい……」
ずっと寝たふりを続けていたものの、ヒナタが「アオイ?!もしかして、すでにそういう相手がいるのか?アオイの匂いが変わっていないかお兄ちゃんが確かめてやる!」とアオイの胸元に顔を近付けていたから、飛び起きて慌てて二人を引き剥がした。
「何をやってんだ!アオイに妙なことをするな!」
「はあ?ホタル、お前がアオイをちゃんと見てないから、アオイに悪い虫が寄ってくるんだろうが!」
「何が悪い虫だ!お前より危ない奴いるかよ!」
「なんだとお……?!……って、アオイ、どうした?そんな、泣きそうな顔をして?」
ヒナタの言うとおり、確かにアオイの目は潤んでいた。
ただ、普段の「泣きそうな顔」とは微妙に違っていて、頬が紅潮しているせいか、どちらかというと、「気まずそう」とか「恥ずかしそう」に分類される表情に見えた。
俺と目が合うとアオイは慌てて視線を逸らした。
「アオイ?どうした?ホタルのバカが怒鳴るからビックリしたのか?」
「な、なんでもない……」
「ホタル、お前も怒鳴りすぎて血管がどっか切れたんじゃないのか?耳が真っ赤だぞ」
「……ほっとけよ!」
この後、アオイと急に二人きりになった時、どうしたらいいのかわからず、その日はヒナタも一緒に三人で夕飯を食べた。
そして、夜が来て二人きりになった時。俺はアオイと初めて肌と肌を触れ合わせることになった。
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