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好きなとこ
しおりを挟む初めてのセックスはすごくすごく特別だったのかもしれない。
ずーっと気持ちよかったかと聞かれれば、うんとは言えないような、そんな瞬間もあった。終わった後に「はー、よかった」と二人で笑い合えた時には本当にほっとしていた。スッキリ出来たかどうかなんてどうでもよくて、なんとか形になったということだけで、充分だと感じられた。
でも、人間というか、俺の身体は欲張りで、一度何かを知ってしまうと、もっともっとそれが欲しくなってしまう。
「も、無理ぃ……、ヒカル、動けない、これもう嫌だ……」
「嫌じゃないでしょ? ルイが上に乗って自分で入れたんだよ?」
違う、ヒカルが「上に乗ったらもっと気持ちよくしてあげるよ」と言ったから、俺はすごくすごく時間をかけて、したこともない、騎乗位に挑んでみたというのに、なんだその言い草は……威勢がいいのは心の中だけで、下から思いきり突き上げられて実際に出来たのは「ひぃ」と小さく喘ぐことだけだった。
「あっ、ああっ……」
「あー……すっごい……、中ぐじゅぐじゅになってる……」
「いやだっ、言うなっ……!」
繋がっている部分が熱くて、お腹が苦しい。苦しいのに乳首をグリグリと摘ままれながら、下から体を揺さぶられると、胸の先がじりじりと痺れて、俺の身体はヒカルのモノをぎゅうっと咥え込む。
「……ねー、ナカだけでイケそう?」
「う、んうっ……、だめ、ヒカル、むり、むりぃ、やだっ……」
どんな理由であってもヒカルの前で泣くのは絶対嫌なのに、セックスの時は意思とは関係なく涙が出そうになる。ヒカルの手や口を使って何度も前でイカされた後に、ペニスを挿入されて奥を擦られると何も考えられなくなる。
「しょうがないなー……」
「あっ……! ああっ、いく……いやだっ」
ヒカルの手で数回扱かれただけで、呆気なく俺の身体は達してしまって、だらしなく倒れこむ。力の入らないだらりとした身体をヒカルにしっかりと捕まえられて、下から何度も揺さぶられる。なけなしの力を振り絞ってヒカルにしがみつく。
腰の動きが大きく激しくなっていく瞬間はいつも不安な気持ちになるからだ。ヒカルはちゃんとコンドームを着けているのに、同じ男のヒカルが欲求を思いきり吐き出すのをただ受け止めることについて、なぜか躊躇うようなそういう気持ちになるからだ。
「好きだよ、愛してる」
「ううー……」
俺が考えていることを掻き消すように、ヒカルはストレートに愛情を示し、唇を塞いでくる。イったばかりなのに、こんなことをされたら本当にバカになってしまう、そんなことを思いながら目をぎゅっと閉じていた。
◇◆◇
「死ぬかと思った……」
背中を向けてそう呟くと、「でも、気持ちよかったでしょ」とヒカルがけろっとした様子でそう答える。さっき目にした、精液がたっぷりと吐き出されたヒカルの着けていたコンドームを思い出すとやっぱり気まずくて、それで俺はそっぽを向いたままでいる。
「やだやだって言ってるルイすごく可愛かったよ」
「……知らねー」
「……ルイは意地悪されるのが、大好きだもんね」
「はあ? 俺をそういうふうに言うのはやめろよ!」
振り返って睨みつけると、ヒカルがふふっと笑ってすり寄ってきた。さらさらとした素肌の感触と甘い匂い。そういう、いじめられるのが好き、という趣味をしていると誤解されるのは不愉快だ。ふざけるな! と俺は本気で腹を立てているのに、ヒカルは俺を抱き締めながら「可愛い」「好き」と呑気なことを言っている。
「あー、もう……」
「ふふっ……。ねえ、ルイ、大好きだよ……」
「はいはい……」
嬉しそうに俺に頬擦りをしたり、額にキスをしたりするヒカルは上機嫌だ。
……初回が成功して以来、二人で過ごす時はヒカルの部屋でセックスばかりしている。翌日は当然二人ともバイトのあるギリギリまで寝ていて、そして俺は当たり前のようにヒカルの家へ戻ってくる。さっき感じた「バカになってしまう」というのは案外正しくて、俺はこのままだとどんどん堕落していくのかもしれない。
「はあ……」
なんというか、自分の意思の弱さに自分でもビックリしている。付き合うってセックスをすることだけじゃない、今日はヒカルとべつのことをして過ごそうと思っているのに、少し身体に触られて「しゃぶってあげる」とヒカルから誘惑されるともう抗えない。……それぐらいヒカルのフェラが上手いとかそういうことは置いておいて、とにかくこのままじゃダメになってしまう。
「どうしたの?」
「ん……、またセックスだけになってしまうと思って」
「……それでいいじゃん、べつに」
付き合っていて、愛しあっているのだからいいじゃない、とヒカルは言う。それを言われると俺は何も言えなくなってしまう。まだ、ヒカルの言う「好き、愛してる」が俺にはよくわからない。誰とも付き合ったことがないからなのか、親友でいた時と今とで上手くヒカルへの気持ちを変えられずにいる。
「……明日は出掛けないとだね」
「明日……」
ヒカルが「平野と」と付け足すまで、俺はなんのことなのかちっとも思い出せずにいた。金曜の夕方、平野とヒカルと三人で、飯。大学の側の汚いけど安くで、飲み放題食べ放題の居酒屋で。アルバイトの店員も客も、若い男ばかりの、女がいる時は行かないような店。
夏休みにダラダラとセックスばかりをしているせいで、だんだん曜日の感覚すら失いつつある。これでバイトを辞めたらいよいよ本格的にダメになってしまうだろう。
「明日の朝は出来ないね。だって、セックスの後のルイを平野に見せたくないから」
「……バカじゃねーの、本当に」
「どうして? 俺は本気だよ。平野以外にも、誰にも見せたくない」
誰が見たって、ダルそうにしている俺のことは「だらしがない」としか思わないだろうし、そもそも朝からもう一度出来るほどの体力が残っていない。本当にヒカルはわけのわからないことばかり言う、と思いながら眠くてたまらなくて、目を閉じた。
◇◆◇
「お前ら二人って、最近なんか怪しいよな」
平野が急にそんなことを言うから、動揺して身体が完全に硬直してしまった。怪しいってなんのことだよ? と聞き返すことも出来ずに顔をひきつらせていると「だってさ」と平野は続けた。
「飲みに誘っても来ないし。彼女が出来たんだろ?」
彼女、という言葉を聞いた途端にほっとしてしまう。なんだ、俺とヒカルそれぞれに彼女が出来たんじゃないかって意味か、と思いながらヒカルの様子を窺うと一切表情を変えずに黙ってビールを飲んでいた。
「……うん、まあ、そんな感じ」
「え? 嘘、誰? 大学の人?」
なんと答えるのが正解なのか迷っているとヒカルが「大学の人じゃないよ」とのんびりした口調で答えた。これは助け船なのかもしれない。だから、俺も「そうそう」とヒカルの言うことに合わせて頷いた。それだけでは納得出来ないのか平野はその後も、何歳でどんな顔で、どこで知り合ったのかを聞き出そうとしてきた。
「……俺、こういう話は苦手」
「はー? 早川だって俺とヒカルに散々聞いてきただろー?」
なあ、と平野がヒカルに同意を求めると、ヒカルは困ったように笑うばかりだった。
「え、じゃあさ、彼女のどういうとこが好きかだけ教えて」
「それは俺も、聞きたい」
今度はヒカルも平野の言うことに乗り、平野も「ほら、ヒカルも聞きたいってよ。早くー」と言い出した。相手は側に座っているんだから、何歳か教えるよりもずっと答えにくい。それなのにヒカルは頬杖をついてどこか楽しげに俺のことをじっと見ていた。
「……ルイは何にも教えてくれないから、聞きたい」
ヒカルの言葉が俺には「ルイは何にも言ってくれないから」に聞こえた。……俺はヒカルと違って、ヒカルのこと好きだってちゃんと口にしたりしていないから。
「俺のことが、好きなところ、が、好きだ……」
やっとの思いで俺がそう答えると、平野は「えー、なんだよそれ」と不満そうに言い、ヒカルはちょっと驚いた顔をした後、「それが一番好きなところなんだ?」と呟いた。
「他にもいっぱいあるけど……。訳わかんねーことばっかり言う変な奴だけど、ずっと前から俺のこと好きだったって言ってるし……。俺もそれに応えないとって思う。本当に人を試すような意味不明なことばっかりするし、束縛してくるし……けど、幸せにするって約束したから」
なぜか平野もヒカルも何も言わない。だから、俺は話のやめ時がわからなくて、沈黙を埋めるように喋り続けた。ようやく平野が絞り出したのは「……重っ」という一言だけだった。
「え? 重いかな、俺?」
「いや……早川もまあ重いけど。え、その子大丈夫?」
「うん」
「押し負けて付き合ったの?」
「……まあ、そんな感じ」
平野が「はー、早川は女の前だと大人しいからな」と言っている横で、ヒカルは俺の方をじっと見つめながら「嬉しいけど複雑」みたいな顔をしていた。たぶん「好き」とか「幸せにする」とか都合の良いワードにだけ反応して、他の部分はちょっと引っ掛かっるけど、聞こえなかったことにしよう……とでも思っているのかもしれない。平野はヒカルが静かなことは気にせず、まだ俺に質問を続けた。
「顔は? かわいい?」
「綺麗だよ」
「おお!」と平野が歓声をあげた。たぶん、女で想像しているんだろうけど、俺だって嘘は言っていない。
「身長高いのか? 早川モデル系好きだよな」
「まあ、高いな……」
ヒカルは俺よりも平野よりも背が高いから、これも嘘ではない。平野は勝手にいろいろ想像したうえで、とうとう納得したのか「まあ、ヤバそうではあるけど良かったじゃん、早川」と頷いた。
「もー、いいだろ。俺、ほんとこういうの苦手……」
「お前、自分が彼女いない時はノリノリだったくせにー。ヒカルもそう思うだろ?」
平野が視線を向けると、ヒカルはちょっとだけ笑って、一度俺の方を見てから目線を下に落とした。
「……ルイも、大人になったんじゃない」
平野も、俺も、適当な返事をしてヒカルの言ったことを流せば良かった。それなのに、なぜかこの時だけ、しーんと妙な沈黙に包まれた。
「……え? そういうこと?」
「え、いや、違うって! ヒカル、お前も変なことを言うのはやめろよ!」
「何が?」
ヒカルの一言で平野は完全に俺が童貞を卒業したと思ったらしく、「へー早川やるじゃん」と言っていた。ヒカルが誤解されるようなことを言ったせいでこんな事になっていると言うのに、本人は知らん顔して、つくねやだし巻き玉子パクパク食べているのに腹が立つ。
「ヒカルは? 彼女」
一通り俺をいじって満足したらしい平野がヒカルに話を振った。
「俺は……そろそろ落ち着きたい」
たっぷりと間を空けてからヒカルはそう答えた。冷静に考えてみれば、不誠実な付き合いを繰り返してきただけなのに、顔がいいヒカルが真面目な顔でそう言うと何かすごい、一大決心のように見える。平野も似たようなことを感じていたのか、口元だけで笑っていた。
「まあ、ヒカルみたいに散々女食い散らかしてから、本命に落ち着くのが一番要領いい生き方だよな。もう百人くらい食ったでしょ?」
また、俺の嫌いな話題になってしまう。嫌いだし、俺はヒカルのことを平野が言うように要領がいいとは思えなかった。もがいて自分の身をすり減らして、後先のことをろくに考えずに、捨て身で俺に執着している姿を知っているからだ。ヒカルは、俺が横にいるから返事に困っているようだった。
「……そうだね、もう食べ飽きたかも」
おっとりしているようでヒカルはこういう時には、絶対折れない。一度でも男の友人に弱いところを見られたら足元を掬われると思っているのか、常に自分の方が優位な立場にいようとする。
だから、今だって「この話はしないでくれ」と言って、雰囲気を悪くするようなことは言わないでやり過ごそうとしている。俺の前で誠実でいるか、平野の前で強い自分でいるか、で結局後者をヒカルは選んだ。
「どの女が一番良かった? 俺にも教えてくれよ、ヒカル」
「え……」
さっき余計なことを言われた仕返しとばかりに俺はわざとそんなことを聞いた。
「………そうだな。俺のことを憧れだって言いながら、平気で『バカ』とか『ふざけんな』とか言ってくる生意気なのが一番いいかな。ああいうのを追いかけてる時が一番燃える。何年かかってでも手に入れてやるって思うね」
「うーわ。ヒカルそういうのが好きなんだ? 毎日追いかけられてるから、もうそういうのは飽きたってこと?」
「そうそう。すぐ手に入ったらつまんない」
俺のことを言っているんだ、ってすぐにわかった。いったいヒカルも俺も何をやっているんだろう。べつにヒカルがさっき、女を食べ飽きたと言ったことに腹を立てているわけでもないのに、なぜ一瞬でもヒカルが焦ったところを見ようなんて俺は考えたんだろう。
「まあ、大学卒業して付き合うとかなったらさ、職業とか年収とかいろんなことで、選ばれたり選ばれなかったりすると思うんだよなー。
だから、そういうの無しで、好きだから付き合えるってのは貴重だよ。早川、お前も今の彼女大事にした方がいいぜ」
こういうことを言っている平野の方が、ヒカルなんかよりよっぽど要領よく遊んで、その過去は自分だけの思い出にでもしてして、可愛い奥さんをゲットするんだろう。
「そうそう、俺もさっき言ったような人がいたら一生大切にすると思うな。……ねえ、ルイ?」
「ああ、そう……」
俺は思わず顔を伏せた。平野がそれに気付いて、「早川も酔ってるみたいだし、帰るかあ」と言い、お開きになった。
◇◆◇
店から駅まで三人で歩いて、平野とは駅で別れることになった。
「お前ら一緒に帰るんだろ? じゃーな」
改札の方に向かって歩いていく平野の姿が見えなくなると、ヒカルは俺の方に顔を近付けた。
「……今日はうちに来てくれる?」
「お前、二人になった途端そういうことを言うのはやめろよ。生々しいだろ」
「なにが?」
来る? じゃなくて、来てくれる? なのが、さっきのことを若干気にしている証拠だった。あんなふうの平野の前で意地になっているのを見た時は、バカだなーと思ったけど、ヒカルなりの処世術みたいなものなのかなって、俺だってちゃんとわかっているのに。
ヒカルは顔がよくて誰よりも目立つから。たぶん、妬まれることもあっただろうし、俺の知らない嫌な思いもしてきたのかもしれない。
ヒカルはヒカルで、いつも、潰されないように、隙を見せないようにして自分を守っている気がした。
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