幼馴染みが屈折している

サトー

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【その後】幼馴染みにかえるまで

古い記憶(1)

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 家から道に出てすぐの場所にだだっ広い空き地があった。
 ある日突然ブルドーザやロードローラ、油圧ショベルといった重機がそこへ次々とやって来た。
 俺がまだ四歳くらいの頃だったと思う。自転車に乗って見学に行こうとしていたところを母親に見つかって、「危ないから絶対に近寄るな」とまだ何もしていないのに叱られた。
 それからは、大型のトラックや作業服を着た大人がウロウロしているのを保育園の行き帰りに見かけた。
 休みの日に弟と昼寝をしていると、建設現場から聞こえてくるコンクリートをハンマーで叩く音や、ドリルが回る音で時々目を覚ました。

 工事が始まるとあっという間に風景が変わっていった。
 誰が置いたのかわからない建築資材が隅に積まれていて、雨が降った日には水溜まりがいくつも出来て、所々雑草が生えていてもそのままだった空き地には、丈夫そうな家が四軒建った。屋根が三角で、庭は無い。家の回りは全部コンクリートで埋められている。
 工事も終わったし綺麗な大きな家を見に行こう、と自転車に跨がった所で、また母親に捕まった。それから、よその家へ勝手に近付くな、と重機が出入りしていた時と同じくらい叱られた。



「おはよう、ルイ」

 家の前に立って俺のことを待っていたヒカルの姿を見て首を傾げたくなった。
 おかしい、俺だって昨日より十分も早く家を出たのに、どうしてコイツは待ち合わせの時間のずっと前から俺を待っているんだろう、と不思議で仕方ない。
 特にここ最近は、ヒカルの家のインターフォンを押した記憶が無かった。遅刻しているわけじゃないのに遅刻したような気分にさせられて、なんだか毎朝悔しい。そんな俺の気も知らないで、「ねえねえ」とヒカルは話し掛けてくる。

「ヒカルって、なんでそんなに朝が早いんだ?」
「えっ、そう……? べつに、普通だけど……」
「だって、いつも、七時半よりもずっと早い時間には外にいるだろ?」
「ああ」

 なんだそんなことか、とでも言いたげな様子でヒカルはパッと顔を輝かせた後、元気よく頷いた。

「早くルイに会いたいから」
「はあ?」
「だから準備が出来たら、すぐに外に出るようにしてる」

 そこは、「早く学校に行きたいから」じゃないのかよ、と俺が突っ込んでも、「そうなの?」とヒカルは不思議そうにしている。もっと小さかった時から、変わった所があるヤツだったけど、小学六年になっても相変わらずよくわからない事ばかり言う。
 ヒカルは顔が良くて、勉強も運動も出来るから、ちょっとくらい惚けた事を言っても、かえってそれが「面白い」とみんなにウケているし、本当に得なヤツだ。

「明日こそは俺がヒカルのことを、『早くしろ』って呼びに行く」
「本当? ルイ、先に行ったりしないよね?」
「たぶん」
「たぶん!?」

 珍しくヒカルの声がひっくり返ったのに、二人でゲラゲラ笑った。声変わりが始まっているからなのか、ヒカルの声は時々掠れたり、しゃがれたりする。

 クスクス笑っているヒカルに気が付かれないように、いつもより少しだけ大股で歩いて、側へ並んだ。
 ヒカルはここ最近で、身長がずいぶん伸びて足も長くなった。一歳下の弟といると「どっちがお兄ちゃん?」と聞かれてしまう俺とは全然違う。
 いつの間にかリュックサックで登校するようになってるし……と前から思っているけど、その事については何も言っていない。ヒカルの大人びた顔や体つきにランドセルがとっくに似合わなくなっているのに気が付いていたからだ。

 ヒカルが近所に引っ越してきてからは、ほとんど毎日一緒に過ごしているのに、最近ますますヒカルとの違いを意識させられることが多くなった。体の成長の事もそうだし、一度授業を聞いただけなのにヒカルは誰よりも勉強が出来るとか、いろいろな女子が、ヒカルの事を好きだって思っているとか、そんな事ばかり俺は気にしている。

 四月にヒカルの誕生日をうちの家で祝った時も、ヒカルが俺の母親に「おばさん、すみません」とすまなさそうに謝っていたのも引っ掛かる。今までヒカルの誕生日を祝うのは当たり前だったのに、どうして謝ったりするんだろう、せっかくの誕生日会なのになんでそんな顔をするんだ、とモヤモヤした。
 俺にはわからないような事を、ヒカルは何か考えたり悩んだりしているんだろうか、と思うとやっぱり置いていかれているような気持ちになる。

「あの時、どうしたんだよ」って、いつまでも聞けずにいるから、俺はヒカルみたいになれないんだろうか、とランドセルの肩ベルトを握り締めていると「あのさ、ルイ……」と気まずそうな顔でヒカルが口を開いた。

「ん?」
「今日は、お父さんが迎えに来るから一緒に帰れない……。ごめんね」
「えっ! 本当に!」

 思わず顔を覗き込むと、嬉しそうに微笑んでいるヒカルと目が合った。



 だだっ広い空き地に建った家の一つに、ヒカルの家族が引っ越して来た時は「なんだかすごく綺麗な家族が越して来たらしい」と近所中の話題になっていたのだと俺の母親が言っていた。
 女の子? と見間違えてしまうほど可愛い顔をした男の子供と、それから、身長が高くて綺麗な顔をしたお父さんと、小柄で可愛いお母さん。自転車に乗って「子供がいるって聞いたんですけど!」と訪ねてきた俺を見て、小さかったヒカルはお母さんの陰に隠れて恥ずかしそうにしていた。

 毎日ヒカルの家へ通った。「外は嫌い。家でアニメを見ていたい」と言うヒカルを喜ばせようと思ってカマキリやカミキリ虫を捕まえていったら「気持ち悪い」と泣かれてしまった事もあったけど、すぐに仲良くなれた。
 ヒカルのお父さんは半年くらいは普通に家にいたような気がする。「おじさん、こんにちは」と挨拶した時に、頭を撫でてもらったことだってあるし、家の前でヒカルを肩車している姿だって見かけたことがある。
 けれど、「転勤」で遠くに行かないといけなくなってしまって、それでヒカルは出来たばかりの家にお母さんと二人で暮らすようになった。

 お母さんは夜勤で家を開けることも多かったから、そんな日はヒカルがうちに来て一緒に眠った。俺の家は六人家族だったから、大人しくて行儀のいいヒカル一人が増えたところで、どうということはない。ヒカルが家にいる事は当たり前になっていた。

 ヒカルのお父さんは、夏と冬の長い休みの時と、それ以外にも時々こっちへ戻ってくる。
 ヒカルは、今日学校が終わったらお父さんと一緒に誕生日プレゼントを買いに行った後、家族三人で外食するのだと、ほんの少し照れ臭そうにしながら話してくれた。

「……本当は、ルイのことも呼びたいけどごめん。ルイは俺のことを誕生会に呼んでくれて、俺の誕生日だって祝ってくれたのに、本当にごめん」
「えっ! そんなのいいよ。……良かったなヒカル! おじさんと会うの久しぶりなんだろ?」

 四月の誕生日も、五月の連休にも自分のお父さんと会えていないヒカルに「お前はケチだ」なんて言うほど俺は子供じゃない。俺の母親は、おじさんが帰ってくる時は絶対にヒカルの家へ行くなと口うるさく言ってくるけれど、そんな事は言われなくったってちゃんとわかっている。
 久しぶりの、一家団欒ってやつだ、と頷いてから、ヒカルには「良かったな」ともう一度伝えた。

「そうしたら、明日の朝もおじさんに車で送ってもらうんだろ?」
「……うん」

 帰る前のおじさんがヒカルを学校へ送っていくのがお決まりになっていたから、明日の待ち合わせは無しになった。
 買ってもらったゲームで遊ばせてもらう約束をしている時も、ヒカルはずっとはにかんだように微笑んでいて、嬉しい気持ちを隠しきれていなかった。そのことについて、冷やかしたり、からかったりしてやろうとは思わなかった。俺も本当に嬉しかったからだ。



 それなのに、翌朝、ヒカルはいつもと同じように自分の家の前で、俺が来るのを待っていた。



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