幼馴染みが屈折している

サトー

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【その後】幼馴染みにかえるまで

古い記憶(2)

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「なんで」

 おじさんに送ってもらうんじゃなかったのかよ、なんで、俺のことを待ってるんだ。そんな言葉が出かかっていたけれど、慌てて口を閉じた。
 おじさんの車が無い。事情はわからないけど……、例えば、急いで仕事に戻らないといけなくなったとか、そんな理由で、もう帰ってしまったんだ、ということに気がついたからだった。

「……おはよう」
「おはよ、ルイ」
「……うん」

 いつもは「今日こそはアイツのことを、俺が呼んでやろう」と待ち合わせよりもずいぶん早い時間にヒカルの家へ向かっていたけれど、今日は一人で登校するつもりだったから、ゆっくり支度をして、テレビも少しだけ見てしまっている。テレビ画面の左上に表示されている時計を見て、「へえ、朝の占いってこの時間にやってるのか」と、呑気な事を思った後、家を出た。

 もし、一人で通学路を歩いている俺の姿を車に乗っているヒカルとおじさんが見かけたら「乗っていきなよ」と声をかけるに決まっていた。おじさんはいつも、久しぶりだねとか、元気? とか俺ともたくさん話をしようとしてくれる。
 ヒカルにはきっと、久しぶりに会えた自分のお父さんに聞いてもらいたいことがいっぱいあるに決まっていた。だから、なるべくその邪魔をしないように「そろそろヒカルは出発しただろう」という時間になるまで、ちゃんと家で待っていた。

 歩き始めてからも、ヒカルの表情は暗く沈んでいる。その様子から、いつもよりもずっと長い時間、俺のことを一人で待っていたんだって、聞かなくてもわかってしまった。

「あのさ、今日いつもより遅くてごめんな……」
「いいよ。そもそも、約束をしてなかったし。俺が勝手にルイのことを待っていただけだから……」
「うん……」

 元気が無いせいなのか、いつも以上にヒカルの声はカサカサと掠れていた。いいな、ヒカルは成長が早くて、と感じていた声が、今日はずいぶん寂しげに聞こえる。
 ヒカルは黙ったままだった。やっぱりおじさんが予定よりもずいぶん早く帰ってしまったから、落ち込んでしまっているのかもしれない。それを、話そうとしないってことは、「そっとしておいて欲しい」ということなんだろうか。

 このまま、俺の方から話しかけなければ無言のまま学校に着いてしまいそうだった。ケンカをしたわけでもないのに、気まずい雰囲気だ。
 俺に怒っているわけではなさそうだから、口はきいてくれるだろうけど、寂しそうな様子を無視して、「宿題やった?」なんて気軽に聞くことは出来なかった。それで俺は散々迷って、結局は「昨日は、どうだったんだよ」と聞いてしまった。

「昨日……」

 ぼんやりとした顔つきでそう呟くヒカルの様子に、どうして俺はさりげなく話を聞いてやる、ということが出来ないんだろう、と自分自身にウンザリした。聞かれたくないのかもしれない、ということはなんとなくわかっているのに、自分が気になって気がすまないからという理由で、直球で質問してしまう、という部分がいかにも子供っぽくて嫌になる。

 何か言葉を付け足したかった。だけど、何を言えばいいのかわからなくて、結局ヒカルのことをただ見つめて、何か言ってくれるのを待つことしか出来なかった。これじゃあ、どっちが慰められる側なのかわからない。

 ヒカルは一瞬、自分の履いているナイキのスニーカーに視線を落とした後、すぐに顔を上げた。それから、何でもないような口調で「昨日の放課後は、お父さんとゲームを買いにいった」と話した。

「……えー! いいな、ヒカルは! 何を買ってもらった?」

「ゲームは自分が貰ったお年玉で買え」と言われている俺には、ヒカルが羨ましくて堪らなかった。自分のことのようにはしゃぐ俺を見て、くすりと笑った後、ヒカルは話を続けた。
 欲しい、と言ったゲームソフト三本全部を買ってもらえたこと。その後、おじさんが「ドライブでも行くか」とずいぶん遠回りをしたこと。そのせいで、家に戻るのがずいぶん遅くなってしまって、おばさんに叱られたこと。それから……。

「……ホテルのレストランで食事をした。疲れていたのか、それとも、予約していた時間に遅れたせいなのかわからないけど、みんなほとんど喋らなかった。それで、その後、お父さんが下の階でケーキを買って……」

 レストランでも食べたし、いらないでしょうってすごく嫌な顔をされた、とヒカルが吐き捨てるように口にした時、誰がそんなことをヒカルに言ったんだろう、と俺は理解が出来なかった。

「帰りの車で、『ヒカル、何を買ってもらったの』って聞かれて、俺が正直に答えたから……。いよいよ喧嘩が始まっちゃってさ。本当にくだらない……、ゲームと俺の勉強のことでいろいろ……。それで、家に着いてからお父さんが『ケーキは? 切ろうよ』って言ったら、どうして私に言うのよ、だって……」

 真っ白な誕生日ケーキ、帰りの車での重々しい空気、俺の家よりもずっと広いヒカルの家のリビング……。ヒカルに夕べ起こった出来事の部分部分を想像しながら話を聞いていた俺の胸はざわざわと落ち着かなくなった。

「そんな……」

 なんだよそれ、ひっでえな、と言うべきか迷った。だって、ヒカルは昨日あれだけ自分の誕生日を祝ってもらうことを楽しみにしていたのに、どうしてそんな時にケンカなんかするんだろう、と思うと自分のことのように腹が立ち、悲しく思った。
 だけど、大事な友達のお父さんとお母さんの事を悪く言うのも気が引けて、上手く言葉が出てこなかった。そうして、俺が躊躇している間にヒカルは「……誰もケーキを切ってくれなかった。夜、遅い時間にお父さんは家を出ていった」とポツリと呟いた。

「ヒカル……」

 お前がそんなふうに過ごしていたなんて全然知らなかった、と俺が言う前に「あの人達、そういう所があるから」とヒカルは肩を竦めた。
 ヒカルが自分の両親のことを「あの人達」と呼んだことにも、さっきまで寂しそうだったのにいつの間にか冷めた表情で遠くを見ている事にも俺は面食らった。
 コイツ、いつからこんな顔つきをするようになったんだろう、と一気に落ち着かない気持ちになる。二人でふざけあってゲラゲラ笑ったり、ゲームに熱中して目をキラキラ輝かせたりしている時とは全然違う。大人びているけれど、冷たく寂しい、何もかもを諦めたような表情だった。

 家族と楽しく過ごしたい、といったささやかな望みでさえも切り捨ててしまった投げやりな態度は、もう何も期待しないと固く心を閉ざしてしまっているように見えた。

「……行こう」

 スタスタと真っ直ぐ前を向いて歩くヒカルに合わせて、ピョンピョン飛ぶようにして早足で歩いた。少しでも遅れをとらないよう、半ば意地になってヒカルの側をキープした。
 ヒカルの体だけがぐんぐん大きくなるのは、悔しいしズルイと思っているけど仕方がない。だけど、ヒカルがたった一人で悲しい思いをして、大人に近づくのは嫌だ。

 けれど、俺は結局元気づけられるような言葉をヒカルへかけることが出来なかった。ヒカルの態度から「もうこの話は終わりにして欲しい」という空気を感じ取って、それで、もっともっとヒカルを傷付けてしまったら、と怖じ気づいてしまったからだった。

 その日、ヒカルは一日中、表面上はいつもと変わらない様子で過ごしていた。相変わらず勉強は誰よりも出来るし、足も速い。今日は図工の授業があったけど、誰よりも上手く切り絵を完成させていた。
 だけど、先生から褒められても、みんなから「すごい、すごい」と言われても困ったようにただ笑う姿を見ていると、やっぱり元気が無いな、って俺にはすぐわかった。今日はヒカルがほとんど顔を上げなかったから、授業中も全然目が合わなかった。

 モヤモヤとしたまま、一緒に下校した。一応、遊びに誘ってはみたものの「今日は用事があるから」と断られてしまった。
 きっと、家にいるんだろうな、ということはわかっていた。一人になりたいんだろうな、ということも。

 バイバイ、と別れた後、自分の家に着いてからも、ヒカルの事をずっと考えていた。


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