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【その後】幼馴染みにかえるまで
家族(4)
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セックスの後、俺を腕枕するヒカルのことを「今日は珍しいな」と一応いじっておいた。やめてよ、とヒカルも笑う。
たいていヒカルは「腕枕して」とすり寄ってくることの方が多いし、付き合いたての頃は俺に背中を向けてさっさと寝てしまうこともあったからだ。今までの人生いつも完璧で「王子様みたい」とチヤホヤされていたんだから、付き合いの長い俺がいじっておかないと逆に失礼だろ? と思っている。
「こうやってルイを自分の身体で包んでるとさ、ああ、ルイってちょうどいい大きさなんだって思うよね」
「はあ? お前、自分がデカイからって自慢かよ」
「んー……本当にちょうどいい。しっくりくる……」
冷えた爪先が俺の足の裏に触れて、長い脚がくったりと絡みついてくる。この体勢を「しっくりくる」と感じているのは本当みたいだった。子供の頃だってこんなふうにベタベタくっついて寝たことはないのに、あの頃よりもずっと知恵も力もついたヒカルが、こうして甘えてくるのは未だに不思議な感じがする。
「なんだよ……」
視線を感じて顔を上げると、やっぱりヒカルと目が合った。ヒカルは特別目力が強いわけでもないし、俺よりずっと穏やかで優しい目つきをしているのに、なぜか強烈に「見られている」と感じることがある。
「見てた。好きだなあって」
俺には一生言えないようなことをさらっと言ってしまう所が、とてもヒカルらしかった。
「あ、照れてる?」
ふいっと顔を逸らすとヒカルがくすくす笑う。俺がヒカルのことをかっこいいと思っていると知っていて、こういうことを仕掛けてくるから困る。
「……知るか」
「ふふっ」
硬い胸に額を押し付けるようにして顔を背ける。ヒカルの身体は筋肉質で温かくて、肌がスベスベしている。寝正月、正月太り……どんな時でも変わらずに美貌を維持しているヒカルに、そういった言葉は一切当てはまらない。隙を見せないことで自分を守っているんだろうけど、俺を含めた周囲の人間は、ヒカルの本当にしんどい時を見落としてきたんじゃないかって、時々心配になる。
やっぱり両親のことも言いたくても言えなかったんだよな……。そのことで俺の頭はいっぱいで、今夜はなかなか眠れそうにない。
「……さっきはいきなり変なことを話してごめんね」
「うん? 変なことじゃないだろ」
「うん……。反応に困るような重い話だったかなって……」
すう、と鼻で息を吸い込む。効果があるかはわからないけど、少しでも口調が柔らかくなるように、ヒカルの話を遮らずに聞けるように一度自分を落ち着かせた。
「ルイにいつ話そうってずっと考えてた」
「うん、そうだろうなって、俺も考えてた。ヒカルがさっき外へ出た後に。……俺、何も気がつかなくて、ごめんな。大学の時ってヒカルに頼ってばかりで、いろんな心配もかけたし……」
「ううん。変に気を遣われるより、ルイが普通にしてくれるだけでだいぶ俺も救われてたから。ありがとう」
ぴったりとくっついていると、いつの間にか、冷えていたヒカルの足が温かくなっていた。目を閉じたままでいるとヒカルはつらつらと話し始めた。
「……最後に会った時、父親がわざわざ俺になんて言ったと思う? 『たぶん、もう子供は持たないと思う』だって。俺がいるから母親と別れられなかったんだろうなとは思っていたけど、あー、この人、よっぽど子供に自分の人生を縛り付けられていたのが嫌だったんだってつくづく感じた」
それって、自分の子供はこの先もずっとヒカルだけだって意味で言ったんじゃないか?
ヒカルの話を聞いて俺はそう感じたけど、それを言ったところで慰めにはならないことがわかっていたから黙っていた。
たぶん、ヒカルの話からだけでは読み取れないような、出来事もいろいろあったんだと思う。
もう何年も会っていないけど、俺の頭の中に浮かんだのはヒカルのお父さんの顔だった。ヒカルをもう少しだけ男っぽくした顔立ちの綺麗な人で、「おじさん」と寄ってくる俺を見て静かに微笑んで時々一緒に遊んでくれた。友達の父親、というフィルターを外してみれば、確かに女性から好かれそうな人だった。
ただ、やっぱり俺にとってヒカルのお父さんはヒカルのお父さんだから、「女がいる」「もう子供は持たない」という言葉について、上手く考えを整理することが出来ずにいた。きっとヒカルはもっと複雑な気持ちでいたんだろう。
「俺の母親はどうしても父親のことを手に入れたかったんだと思う。それで俺が出来たってことは子供の頃から気付いてたけど」
ふう、と小さくため息を漏らすヒカルの髪をそっと撫でた。ヒカルは一瞬意外そうな表情を浮かべた後、口の端を少しだけ上げて微笑んだ。
「たぶん、恋愛してる時の気持ちだけで結婚してそこからあの人達は何も築きあげてこなかったんだ。だから、異性として好きじゃなくなった時に何も残らなかったんだろうなって……。だから、俺は一生家庭を持たないって決めてた。そもそも女が嫌いだっていうのもあったんだけどさ」
「そっか……」
どんな恋愛をしたのかなんて当人達以外には誰にもわからない。わからないけど、家族になってしまったら本人達がそう望んだわけじゃないのに変わってしまうこともあるんじゃないかって思っている。だから、俺はヒカルのためであっても、ヒカルの両親を責められずにいる。自分を育てた両親と久しぶりに会ったばかりだからだろうか。
「……それで、おじさんは今どこに?」
「湖の側に女と住んでる」
「みずうみ?」
所在を聞いて「湖の側」と答えられたのは生まれて初めてだった。絵本に出てくるような緑と小動物、丸太小屋を想像してキョトンとしている俺がおかしかったのかヒカルがクスクス笑う。
「案外、普通の家だよ。サウナがある」
「サウナ? ヒカルは行ったことがあるのか?」
「あるよ。すごく遠いけど」
嘘か本当かわからない話だった。疑っているのが顔に出ていたのか「本当だよ」とヒカルは肩を竦めてみせた。
「いや、まあ信じるけど……」
俺達が子供から大人へと変わる間にいろいろなことが変わってしまったことだけは確かだった。
ヒカルと、これからも変わらずにいられたらどれだけいいだろうとは思う。自分達だけは特別にそういう将来が約束されていると思ってしまうのはまだ幼さが残っている証拠なんだろうか。
「俺にはルイしかいない……」
俺を抱き締めながら絞り出すような声でヒカルが呟く。今までずっと、たった一人でこんな気持ちを抱えていたんだろうか。
「あのさ、どんな時もずっと一緒にいたいって俺も思ってる。今は上手く言えないけど……それが出来るように、どうすればいいか一緒に考えよう」
いつまでも恋人で、親友で、それから兄弟みたいに。今と変わらずにヒカルといられたらいい。年をとって、恋愛をしていた頃のような甘ったるい空気がなくなってしまったとしても、一緒にいると幸せだって感じられるような関係をこれから作っていくのが、この先の宿題みたいなものなのかもしれない。
そうしたら、お互いの両親が築いたような、父親がいて母親がいて子供がいて、という形ではなくても、いつか俺とヒカルも家族になれるんじゃないかって俺は思っている。
安心した様子で目を閉じるヒカルの顔つきは穏やかだった。軽く丸められている真っ白な手を見つめていると、目に見える形でわかりやすく、俺の気持ちを示してもいいのかなと、ふとそんな考えが頭を過った。
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