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背中とスイカ
しおりを挟むおつかいに来ていた中学の時の同級生の娘が、今年でもう十二歳になると言うから俺もタクミも「十二歳?」と思わず聞き返してしまった。
「はい。来年からは中学生です」
「へー……いつの間に……」
初めて会った時が小さすぎたから、すごく大人になったように感じただけでビックリしてしまったけど言われてみれば身長もしっかりとした顔つきも言葉遣いも「まー、それぐらいでしょうね」と思えるものだった。
俺がタクミの店で働き始めた頃、小さい子供を連れてやってきた女の客から「もしかしてフジモト リン?」と声をかけられたことがあった。その後中学の同級生だと明かされた後も、誰なのか俺は思い出せなかったけど、向こうは俺を知っているようで「いっつもタクミと一緒だったよね」と笑われた。
その時連れていたのは小さい女の子供が一人と赤ん坊が一人だったのに、毎年毎年墓参りの季節に花を買いに来るたびに子供の数が増えていく。時々スーパーやドンキで顔を合わせた時には「また妊娠してる?」と俺もタクミも驚かされていた。
今年ももうじき赤ん坊が産まれそうで母親は今入院しているのだと説明する子供に「ほお」とタクミと二人で頷いた。
「いらっしゃい」と俺とタクミが声をかけただけで、怯えて母親の体に隠れてしまっていた子供がここまで立派になるのだから人間の成長はすごい。
「お母さんによろしくな。気をつけて帰れよ」
そう言ってからタクミは店の外まで子供のことを送ってやっていた。たぶん、おつかいを頑張っているからとか、暑いからとか、何か理由をつけて缶ジュースでも買ってやるつもりなんだろう。
初めて会った時に「七歳」と聞いていた子供が十二歳になっているということは、つまり五年の歳月が経っているというわけで。二十五歳の時にタクミに拾われて居候を始めた俺も、今年三十になる。
まさか三十歳になるまで生きているなんて、自分のことなのに自分でもなんだか信じられなかった。
不思議と頭に浮かぶのは水商売をしていた母親が小さくて安っぽい鏡の前で化粧をしている姿や、めんどくさそうにストッキングを履いている時の姿だった。べつに、その記憶は母親が三十歳の頃というわけでもない。ましてや、「どこにいるんだ?」と行方を知りたいと思っているわけでもない。
三十年も生きていて思い出すのが、こんな、ろくでもない母親の、湿っぽい記憶だということに心底ウンザリする。帰りたいとは思わない、暗い日々の記憶だ。整形手術を受けているのに、時々鏡に写る自分の顔が母親に似ているからだろうか。
◇◆◇
「……俺が三十になるってことは、タクミも今年三十になるってことじゃん」
「あ?」
子供を送ってから戻ってきた後も、タクミは休まずにせっせと働いている。処分予定のオアシスを、圧縮するための機械へポイポイ放り込んでいたタクミは、作業の手を止めて怪訝そうな表情でこっちを見ていた。
……相変わらずふて腐れたような顔つきをしているけど、十代の頃に比べて頬の肉が落ちたからなのか、さすがにガキ臭さはすっかり消えてしまっていた。
「俺はお前と違って早生まれじゃないから、もう三十になったぞ」
「あー、そういやそうだったね……」
そう言われて今年のタクミの誕生日は、競馬場に連れていって祝ってやったのを思い出した。自分が懸けたレースを無表情でボーッと眺めているタクミに、少しは興味を持てと言ったら「あそこで俺の分まで応援してる」と前列でわーわー騒いでいる連中を指差されて、妙に納得させられたことを。
三十になっても相変わらずタクミは遊び下手だ。毎日あくせく働くことと潮の満ち引きのことしか考えていない。
この前、タクミのじーちゃんが店を始めた時からの常連だという婆さんが店に来て、黙々と作業をするタクミの後ろ姿を見て「あれは真面目な背中だ」と言っていた。
婆さんのありがたい言葉にも、真面目でもたくさん稼げなきゃしょうがないよ、と俺が返すのにも、タクミは婆さんにぺこっと会釈をしただけで、あとは知らん顔をしていた。
婆さんが帰った後に伝票の整理をしながら、床を掃除しているタクミの後ろ姿を盗み見た。
俺が高校を退学してギスギスしていた頃、時々近所でタクミを見かけた。すでにじーちゃんの店を手伝っていたタクミは、店の用で外を歩いている時はせかせかと忙しそうにしていた。「なに、見てんだ」とつっかかってくることもあれば、嫌そうな顔をして俺から目を背けることもあった。
早足で自分から離れていく制服の後ろ姿を眺めながら「なんだよ、アイツ」と俺はいつだって腹を立てていた。怒りは単純だからだ。……自分のこともタクミのことも、母親のことも、金のために寝た連中ついても、腹を立てている間は深く考えなくていい。
深く考えると「苦しい、悲しい」といった辛気臭い気分に自分の全部が塗り潰されそうになる。毎日何かにムカついている方がよっぽど楽だった。タクミももしかしたらそうだったんだろうか。
ぼんやりと昔のことを思い出して作業の手が止まっていることはタクミにすぐバレた。
働け、と睨み付けてくるタクミの背中に「疲れた」とすり寄ってみたけど、すぐに逃げられてしまった。
◇◆◇
お盆が過ぎた後、久しぶりにゲイ友に会って、時々店に顔を出していた子供があっという間にでっかくなっていたことや、いつの間にか自分が二十代を終えそうなことを、酒を飲みながらダラダラと話した。
持っていけ、とタクミに無理矢理持たされた桃を渡した時に「リンの彼氏ってなんだか健気だよね~」と散々いじられたから、タクミの背中についての話は省いた。
自分が三十まで生きているなんて自分でも信じられない、と俺が言うとなぜかゲイ友からは「ハッ」と鼻で笑われた。
「リンは大丈夫でしょ。そうやってさ~、自分は短命だっていちいちアピールする人間ほど誰よりも長生きすんだから」
「はあ……?」
「ミュージシャンなんてだいたいそうじゃん」
そう言われてみても、「そうか?」と首を傾げたくなる気持ちと「そう言われればそうだな」と納得したような気持ちとが半分ずつ混ざりあって、何と言葉を返すべきなのか迷った。
「ダメだよ。人のエネルギーを奪ってでも、リンは八十、九十までしぶとく生きなきゃ」
「何それ、俺は化け物じゃないし」
「喩えだってば! なに本気にしてんの? だいたいリンが元気でいないといっつも迎えに来る彼氏が心配するでしょ?」
「彼氏じゃないし……。まあ、案外、十年後も俺は同じことを言ってるかもね」
「絶対そうだよ。さすがのリンも四十にもなれば老いには抗えないから、サプリメントだの青汁だの毎日飲んで必死になってんじゃないの? そしたら、今日のことも笑い話になってるよ」
そうやってお爺ちゃんになっていくんだよねー、とゲイ友はケタケタ笑った。確かに十年も経てば「あの時はあんなことを言っていたよね」と笑っているかもしれない。
「……ねー、今日渡した桃あるでしょ。あれ、本当はスイカを買うから持っていけって農協で言われてさ、ほんとバカだよね」
なんとなく思い出したからタクミとのやり取りを話してみると、ゲイ友は「リンの彼氏、可愛いんだけど」とやっぱり大笑いしていた。農協でタクミが「見ろよ。友達と会うんだろ? 絶対喜ぶぞ」と大きくて縞模様がはっきりしているスイカを指差しているのを見た時は迷わず無視をしたけど、ゲイ友がウケているのを見て俺も笑った。
カートを押しながら「スイカは好きじゃないのか? しょうがねえな……じゃあ桃にするか」と呟くタクミの後ろ姿がはっきりと思い出せる。真っ白でシワ一つないTシャツを着た広い背中。十年も経てば、婆さんが言っていたタクミの真面目な背中について、俺はゲイ友に話しているんだろうか。
今日まで生きてたの、たぶん、あの背中をずっと側で見ていたからなんだよね、と。
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