先輩とわたしの一週間

新高

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小話

ハンドクリーム

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 あ、と思った時には遅かった。手の甲に乗るのはいつもより出しすぎてしまったハンドクリーム。ひとまず掌全体にしっかり塗り込んでみるが、それでもやはり多すぎたものはどうしようもない。ううんどうしようかなこれ拭き取るのももったいない気がするし、と己が掌を見つめながらぼんやり考えていると、ちょうどいい相手が出先から戻ってきた。これ幸い、と晴香は元気に駆け寄る。

「先輩お帰りなさい!」

 普段よりもテンションが高い、と即座に葛城の眉間に皺が寄る。面倒ごとの気配を察知したらしい。職場にはいまだ隠しているにしても仮にもお付き合いとやらをしている間柄。なんて失礼な、とこちらも少しばかり眉間に皺を寄せつつ、それでも晴香はできる限り笑顔を保って葛城に近付いた。

「……なんだ、どうした……?」

 俺のいない間に何をやらかした、と訝しむ葛城の手を晴香はガッと掴む。思わず肩を跳ねさせる葛城に構わず、そのまま自分の掌や指を使って余った分のハンドクリームを塗りつけ始めた。
 おい、と葛城の低い声が頭の上から降りかかる。

「なにしてんだよ」
「ハンドクリームを出しすぎちゃってですね、拭き取るのももったいないので先輩にお裾分けです」
「あー……ヌルつかねえか?」
「これはそんなにヌルヌルしないから大丈夫ですよ。それよりちゃんとケアしないと、先輩くらいの年だともう必要な油分も足りなくて肌がカッサカサに」
「うるせえよ」
「ちょっと! 人がせっかくケアしてあげてるのに肘を! 頭に! 乗せない!!」
「高さがちょうどいいんだよな」
「肘置きと違いますけどー!」

 ぎゃあぎゃあと騒ぎながらも右手に塗り終わったので今度は左手――頭上の手を掴むとまた同じ行為を繰り返す。

「お前どれだけ出したんだ」
「過去最高に飛び出ちゃいましたね」
「つか……なんかこれ、甘ったるい匂いが……?」

 先程からほんのりと甘い香りが手元から届く。自分の右手を鼻先に掲げ、葛城は「蜂蜜?」と首を傾げた。

「メイプルハニーの香りなんです。いい匂いでなんだか嬉しくなりません?」
「匂いにつられてお前の腹が鳴りそうだよな」
「先輩ガラが悪くてチンピラなんですからせめて香りだけでも甘さを漂わせてはどうですか!」
「誰がチンピラだ誰が」
「先輩が。でも最近は風格が出てきて若頭感もありますね」
「知ってるか日吉、どっちも褒め言葉じゃない」
「気付いてますか先輩、別に褒めてません」
「だいぶ言うようになったなあお前」
「あーっ! 痛い! 先輩痛い指、指が、反る!!」

 お互い指を絡め合っている姿は、傍から見れば何を職場でいちゃついているのかと突っ込まれそうなものであるが、会話が全てをぶち壊しているため誰一人そんな考えを抱く者はいなかった。



 その後葛城は晴香の手を掴むと指先をしげしげと眺め、やがて「よし」と呟いて解放した。それを遠目で眺めていた中条が何を確認していたのかと問えば返ってきたのはまさかの言葉で。

「あいつの健康状態」
「――は?」
「爪が」
「爪」
「見れば分かるだろ?」
「ああ……うん、そうだな……ガタガタしてたり、爪の付け根の白いヤツで分かるっていうもんな」

 彼女の手を取って、爪を見て「綺麗だな」と思うのならばまだしもやっていたのは健康診断。

「お前と日吉ちゃんの間に全くこれっぽちも恋人らしい雰囲気ないのってかさあ! 日吉ちゃんがお前と付き合ってるって自覚しないのは完全にその飼育員っぷりのせいじゃないのか!?」

 そう喉元まで出かかった言葉であったが、大人なので中条は元気に飲み込んでただただ生暖かい眼差しを同期に向けるに留まった。



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