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13・美少女には気をつけよう
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(幾先輩みたいだなあ)
大好きな、尊敬する幾久もそうだった。
芙綺を可愛いと褒めまくったけれど、そこに感想以外のものはなかった。
いやあ、可愛いなあ、お人形さんみたいだあ、お雛様かなあ、みたいな事をしゃあしゃあと言ったけれど、全然気障じゃなかったし、むしろ素直に褒められたのだと嬉しかった。
綺麗な着物を着て、嫌味を言われて、なんであたしがこんな目に、と嫌でたまらなかった。
そんなときに現れた幾久は、神様みたいだった。
いや、実際、芙綺にとっては神様みたいなものだ。
諦めていた芙綺に進路を教え、逃げ方を教えてくれ、そのおかげで芙綺はいま、あんなに来たかったウィステリアに入学した。
どんな学校かなんて不安になんかならなかった。
だって幾久が薦めてくれたなら、芙綺にとってそれは絶対に良い事に違いないのだから。
木戸家では家族がみんな入浴をすませ、夕食も終わり、いつものように夜食という名のおやつタイムに入っていた。
突然、兄が雅に言った。
「なあ、雅」
「なに?兄貴」
「お前さ、あんまり美少女の事、家で喋んなよ」
「は?なんで?」
「俺がいるから」
意味わかんねえな、と芙綺はケーキにフォークを突き刺した。
(絶対にカロリー過多だわ太ってるわ、でもしょーがない、ケーキはうまいし)
もぐもぐとケーキを頬張る雅に、兄は笑った。
「多分だけど、あの子、あの外見だろ?メチャクチャ嫌な目にたくさんあってると思うぞ」
「そりゃ、そうかもね」
雅には、とても美しい従姉の菫が居る。
「菫おねえちゃんだって、よく愚痴ってる」
多分、菫の愚痴は傍から聞いたら美人の自慢にしか見えないだろう。
でも、実際はぞっとすることばかりだ。
プレゼントにGPSがついているのは序の口で、盗聴器が仕込まれていたり、食べ物だって受け取れたものじゃない。
「お前は気づいてなかったけど、美少女、俺が入ってきた時、明らかに緊張してたからなあ」
「そりゃ兄貴みたいな筋肉ゴリラマッチョ普通に嫌でしょ」
「お兄ちゃんに向かって傷つくことを言うな。ま、とにかく俺はっていうか、俺らって昔から菫見てたじゃん。割と美少女とか美女には免疫あんだよ」
「それはそうみたいだね」
「でも美少女は知らないだろ?多分、男ってだけで緊張しちゃうと思うんだよ。しかも俺みたいなデケーの、なにかされたら抵抗できねーじゃん」
「兄貴はそんなんしないでしょ」
あはは、と兄は笑った。
「わかってないねえ雅ちゃん。問題は、その出来るかできないかの支配権が『俺にある』事であって、美少女ちゃんにはその選択権はないんだよ」
「―――――?」
よく理解できないだろう妹に、兄は肩をすくめて言った。
「お前もウィステリアに入ったなら、いろいろ習うと思うし、その制服とかで絶対になんかしの目にあうと思うんだよな。そん時に安全である支配権を自分が握れないってのはストレスだぞ」
「よくわかんない」
「うーん。雅ちゃんがタクシーに乗ってるときにタクシーが暴走するかどうかは運転手次第」
「それはそう」
「でもタクシーの運転手は、いつ事故をするかわかんない可能性もある」
「それはそうだけど、そういうのしないでしょ」
「じゃあ、そのタクシーに乗ってるのが、タクシーの運転手のフリした奴だったら?」
雅はぶるっと震えた。
安全だと思い込んでタクシーに乗っているのに、実はそのタクシーに乗っているのが運転手のフリしてる変態とか、逃げようがないじゃないか。
「怖い」
「それ。それよ雅。そういうのが、美少女は日常なワケ」
「……?」
「つまりはな、教師の顔した痴漢とか、親切なおじさんのフリした変態とか、助けてくれた人が実はストーカーとか、電車に乗ったら体を押し付けてくるとかそのほかもろもろと」
「うわ。そんなん考えたくもない。気が休まらないじゃん」
「それがお前くらいの年の、菫の日常だったよ」
兄の言葉に、雅は目を見開いた。
菫から、あれこれ『今』嫌な目にあっているとか、ふざけんなよ、という愚痴は聞くけれど、そんな話聞いたことがない。
「驚いてんな」
「初めて聞くし」
「そら菫もお前が可愛いから気を使ってんだよ。お前には甘いもんなあ」
なんとなくショックを受ける雅に、兄はちいさくため息をついた。
「だからさ、お前らの制服って可愛いし、お前だって俺から見たら充分可愛い。美少女なんか尚更だろ。これまで嫌な目にあってきたんだから、用心するのは当たり前。でも、折角友達になったお前がその用心を台無しにしちゃいけないんだよ」
「別に、そんなのするつもりはないけど」
「だからな、家では美少女の話すんな、雅。お前がカーチャンに話して、カーチャンが俺とかトーチャンに黙ってるとして、俺がなんも知らなくても駄目だ」
「えぇえ。お母さんにも?」
「出来ればな」
「そのくらい、美少女は怒らないよ」
「だろうな。でも俺んちとかお前がストレスフリーで居る為に、美少女にストレスかけるのはカッコ悪いとおにーちゃんは思うな。友達になったんだろ?」
雅はそこで初めて、はっと気づく。
自分にとって家族は安心できる存在でも、芙綺にはそうじゃない。
大好きな、尊敬する幾久もそうだった。
芙綺を可愛いと褒めまくったけれど、そこに感想以外のものはなかった。
いやあ、可愛いなあ、お人形さんみたいだあ、お雛様かなあ、みたいな事をしゃあしゃあと言ったけれど、全然気障じゃなかったし、むしろ素直に褒められたのだと嬉しかった。
綺麗な着物を着て、嫌味を言われて、なんであたしがこんな目に、と嫌でたまらなかった。
そんなときに現れた幾久は、神様みたいだった。
いや、実際、芙綺にとっては神様みたいなものだ。
諦めていた芙綺に進路を教え、逃げ方を教えてくれ、そのおかげで芙綺はいま、あんなに来たかったウィステリアに入学した。
どんな学校かなんて不安になんかならなかった。
だって幾久が薦めてくれたなら、芙綺にとってそれは絶対に良い事に違いないのだから。
木戸家では家族がみんな入浴をすませ、夕食も終わり、いつものように夜食という名のおやつタイムに入っていた。
突然、兄が雅に言った。
「なあ、雅」
「なに?兄貴」
「お前さ、あんまり美少女の事、家で喋んなよ」
「は?なんで?」
「俺がいるから」
意味わかんねえな、と芙綺はケーキにフォークを突き刺した。
(絶対にカロリー過多だわ太ってるわ、でもしょーがない、ケーキはうまいし)
もぐもぐとケーキを頬張る雅に、兄は笑った。
「多分だけど、あの子、あの外見だろ?メチャクチャ嫌な目にたくさんあってると思うぞ」
「そりゃ、そうかもね」
雅には、とても美しい従姉の菫が居る。
「菫おねえちゃんだって、よく愚痴ってる」
多分、菫の愚痴は傍から聞いたら美人の自慢にしか見えないだろう。
でも、実際はぞっとすることばかりだ。
プレゼントにGPSがついているのは序の口で、盗聴器が仕込まれていたり、食べ物だって受け取れたものじゃない。
「お前は気づいてなかったけど、美少女、俺が入ってきた時、明らかに緊張してたからなあ」
「そりゃ兄貴みたいな筋肉ゴリラマッチョ普通に嫌でしょ」
「お兄ちゃんに向かって傷つくことを言うな。ま、とにかく俺はっていうか、俺らって昔から菫見てたじゃん。割と美少女とか美女には免疫あんだよ」
「それはそうみたいだね」
「でも美少女は知らないだろ?多分、男ってだけで緊張しちゃうと思うんだよ。しかも俺みたいなデケーの、なにかされたら抵抗できねーじゃん」
「兄貴はそんなんしないでしょ」
あはは、と兄は笑った。
「わかってないねえ雅ちゃん。問題は、その出来るかできないかの支配権が『俺にある』事であって、美少女ちゃんにはその選択権はないんだよ」
「―――――?」
よく理解できないだろう妹に、兄は肩をすくめて言った。
「お前もウィステリアに入ったなら、いろいろ習うと思うし、その制服とかで絶対になんかしの目にあうと思うんだよな。そん時に安全である支配権を自分が握れないってのはストレスだぞ」
「よくわかんない」
「うーん。雅ちゃんがタクシーに乗ってるときにタクシーが暴走するかどうかは運転手次第」
「それはそう」
「でもタクシーの運転手は、いつ事故をするかわかんない可能性もある」
「それはそうだけど、そういうのしないでしょ」
「じゃあ、そのタクシーに乗ってるのが、タクシーの運転手のフリした奴だったら?」
雅はぶるっと震えた。
安全だと思い込んでタクシーに乗っているのに、実はそのタクシーに乗っているのが運転手のフリしてる変態とか、逃げようがないじゃないか。
「怖い」
「それ。それよ雅。そういうのが、美少女は日常なワケ」
「……?」
「つまりはな、教師の顔した痴漢とか、親切なおじさんのフリした変態とか、助けてくれた人が実はストーカーとか、電車に乗ったら体を押し付けてくるとかそのほかもろもろと」
「うわ。そんなん考えたくもない。気が休まらないじゃん」
「それがお前くらいの年の、菫の日常だったよ」
兄の言葉に、雅は目を見開いた。
菫から、あれこれ『今』嫌な目にあっているとか、ふざけんなよ、という愚痴は聞くけれど、そんな話聞いたことがない。
「驚いてんな」
「初めて聞くし」
「そら菫もお前が可愛いから気を使ってんだよ。お前には甘いもんなあ」
なんとなくショックを受ける雅に、兄はちいさくため息をついた。
「だからさ、お前らの制服って可愛いし、お前だって俺から見たら充分可愛い。美少女なんか尚更だろ。これまで嫌な目にあってきたんだから、用心するのは当たり前。でも、折角友達になったお前がその用心を台無しにしちゃいけないんだよ」
「別に、そんなのするつもりはないけど」
「だからな、家では美少女の話すんな、雅。お前がカーチャンに話して、カーチャンが俺とかトーチャンに黙ってるとして、俺がなんも知らなくても駄目だ」
「えぇえ。お母さんにも?」
「出来ればな」
「そのくらい、美少女は怒らないよ」
「だろうな。でも俺んちとかお前がストレスフリーで居る為に、美少女にストレスかけるのはカッコ悪いとおにーちゃんは思うな。友達になったんだろ?」
雅はそこで初めて、はっと気づく。
自分にとって家族は安心できる存在でも、芙綺にはそうじゃない。
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