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二章【転生乙女(30)、心臓が爆発する】

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「今朝は勝手な事を言ってしまい済みませんでした」

身体を私の方へ向け、小さく頭を下げる彼に私は止めて下さい、と言う。
それでも頭を上げようとしない彼と同じように私も頭を下げた。

「私こそ無責任な事を言ってしまい済みませんでした…!!」
「えっ!?ちょ、七瀬先生…」

まさか私も謝罪するとは思っていなかったのだろう。驚いた彼が顔を上げ、必死に私に声を掛ける。先程とは真逆の状況になった。

そんな夏目先生に私はべ、と舌を出した。目を丸くした彼が小さく吹き出せば、私もつられて笑ってしまう。

けらけらと笑いながら、改めて私は今日起きた事に対してお礼を言う。

「――あの時、夏目先生が私を庇ってくれて凄く嬉しかったです」
「七瀬先生…」
「だから謝らないで、下さい」

そう言いながらへにゃと笑えば、脱力したようにその場にへたり込む夏目先生。いきなりしゃがむものだから体調が悪くなったのかと心配したが、そうではないようだ。

…耳が赤くなっている。恐らく照れているのだろう。照れると耳が赤くなるのだ。漫画も、目の前の夏目先生も同じだ。

「――――だ…」
「ぇ?」

ポツリと呟かれた言葉が聞き取れなくてしゃがんで顔を近付ければ、そのまま抱きしめられた。互いに地面に膝が付いてしまい、汚れてしまったがそれどころではない。

「七瀬先生、好きです。大好き、です」
「えっ…」

うわごとのように何度も呟く言葉。
信じられなくて、理解出来なくて――心の底で喜びを感じて、私は抱きしめられるがまま、何も出来ないでいた。

衣類越しに伝わる鼓動。体温。首元に感じる吐息。全てが現実だと語るのに頭が上手く回らない。

「七瀬先生…」

私の名を呼びながらそっと身体が離れる。二人の間に空間が生まれ、少しだけ寂しさを感じるのは気のせいだ、きっと。

じっと目を見つめられ私の心臓はとうとう限界を超え、音すら聞こえなくなる。それ程までに私は捕らわれてしまったのだ。深く、熱い夏目先生の視線に。

まるで逸らす事を許さないと言っているようで、私は何も出来ず視線を返す事しか出来なかった。

「七瀬先生」
「…はい」
「……みつ、さん」
「っ…は、ぃ」

初めて呼ばれる名前に特別を感じた。
唯の固有名詞なのに。彼に呼ばれるだけでこんなにも特別に感じるなんて。

「みつさん」
「…はい」
「みつ」
「っ……」

耳元で囁かれ、背中がゾクゾクと粟立つ。初めての感覚だった。
指を絡め取られ、きゅっと握られる。そして再び耳元で――…

「ピアス、してくれてるんですね、嬉しい。凄く似合ってる」

ダイレクトに感じる声に私の頭がクラクラと回った。そしてそのまま――…


遠くで私の名を呼ぶ夏目先生の声をBGMに、限界を超えそのまま気を失ってしまった。





*****






――気のせいだ。
あの胸の高鳴りも、途中で感じた熱量も全て。

だって夏目先生は推しだもの。
だって夏目先生は花ちゃんと結ばれる運命だもの。

モブは黙ってフラグを立てる手伝いをすればいいだけ。

分かってる。分かっているのに、どうしてこんなにも胸が痛いのだろうか。

一度は死んだ私に希望を抱かせてくれた。例え一方的だとしても、存在してくれていることが嬉しかった。

この感情を恋、と名付けるにはおこがましすぎる。
だから私は気付かない振りをした。

した、筈なんだけど――…



「お、おはようございます…?」
「おはようございます、みつさん」

グッドモーニング。騒音に近い大量の雀の声と共に私の名を呼ぶ美声。
そして顔面いっぱいに美形。

おいおい、ちょっと待ってくれよ。

美形、もとい夏目先生から視線をずらせば見慣れない風景。私の部屋も中々質素だが、それよりももっと質素だ。ミニマリストほどでは無いが、最低限の物しか無いように見える。ぱっと見ですけれども。

そして再び視線を戻せば、穴が空くと言いたいくらいに私を凝視する夏目先生。寝起きもイケメンだなんて…分かってましたよ。ラブ・サッカーで見ましたからね。

「ラブサッカーって…?」
「ぎょわっ!?」
「ぎょ?」

いきなり言われて私は飛び跳ねた。凄まじい運動神経に自身すら驚く程だ。
私はベッドの上で正座になり、視線を彷徨わせる。

何で?何でぇ?何で知ってる?どうしてこの単語を…

「寝言で何度か呟いてたよ」

考えていた事が口に出ていたのか、はたまた心が読めるのか詮索はしないでおくが、どうやら寝言で言っていたようだ。ダブルで恥ずかしい。寝言を言っていた事もだけれど、いい年した女がラブサッカー…ってどんな寝言だよ。

…違う。論点はソコではない。

「あ、の、ここは…」
「ん、ごめん。ここは俺の家です。昨日みつさん途中で寝ちゃったから…流石に女性の家に侵入するのも気が引けたから俺の家に持ち帰りました」
「あぁー…すみません、迷惑をおかけして…」
「迷惑なんかじゃないよ。お陰で可愛い寝顔を見る事も出来たし」
「んんんっ!?」

にっこり笑う夏目先生に私の目玉がポロリと落ちる。目玉どこー状態だ。
色々と突っ込みたいやら何やらで色々な感情が私の中で廻る。キャパシティがオーバーしそう。

一つ一つ考えていこう。
此処は夏目先生のお宅。オッケー。
昨日気絶気を失って此処に居る。オッケー。
夏目先生の寝起き、国宝級。オッケー。
ベッドが一つしかないから同じベッドで寝た。オ、オッケー。

――夏目先生は私の事が好きらしい。オッケー。

…じゃない!全然オッケーじゃない!!

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