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2章『転生×オメガ=当て馬になる』
08
しおりを挟む『ごめんなさい』
私のたった一言の言葉から、会話はめっきりと減ってしまった。と、いうよりも私が避けているのだ。
何度も在昌さんは私に声を掛けようとしたけれど、その度に逃げた私は本当に最低だ。
「で、君はどうしたいわけ?」
「…わかったら有沢さんに相談ないし」
私は今、定期検診に来ていた。オメガなりたてほやほやな為、週に何度か足を運んでいる。呼び方が先生からさんに変わったのは、自然に、だ。
「真緒ちゃんは在昌が好きで、在昌も好き。両想いでハッピーだよねー?」
「だって…」
足をブラブラさせながら私はもごもごと言葉にならない言葉を口にする。
「…まぁ、真緒ちゃんの気持ちはわかるよ。自分がよくわからない存在で、いつ消えるかもわからないから怖い、と」
「うん…」
「でも、さ。それは在昌に言わなきゃ。俺に言っても解決にならないよね?」
正論だ。
けれど、言えないのだ。怖いのだ。
在昌さんに嫌われるのが、言葉にされるのが怖い。
だったら、心は苦しいけれどこのままで良いと思ってしまう自分が居る。弱く、狡い自分だ。相手を傷付けてでも傍に居たい、と。姿を毎日見ていられるだけで良い、と。
「…わかってる。けど、怖いんだもん…」
「真緒ちゃん…」
こんな小説のヒロインがいたなら、文庫を壁にぶん投げているレベルだ。以前の私なら、だ。
でも今ならわかる。沢山の色々なヒロインがグジグジジメジメしている事が、痛い程に理解が出来る。
「…ねぇ真緒ちゃん。落ち着くまでうちに来るー?」
「そうだね…。……へ?」
サラッと言うものだから、適当に相槌を打ってしまったが、ちょっと待って。
「うちに来るー?」
「有沢さんの家に…?」
「ウン」
ちょっと意味が分からない。この世界の人達の頭どうなってるの?あ、TL脳か。
「ちょっと失礼な事考えてるでしょー」
「あいた」
有沢先生にチョップをくらいながら少し真剣な表情を浮かべる有沢先生は冗談では無く、本気で言っていた。
「真緒ちゃんには少し冷静になる必要があると思う。少しの間、在昌から離れて一人で考えてみたらどうかな」
「そ、それは…」
「傍に在昌が居る限り、在昌の事しか考えられないよね。そんな中で冷静に考えられるのかなぁ?」
「うぐ」
確かにその通りだ。けれど、それでは有沢さんに迷惑を掛けるという事だ。ただでさえ、グダグダと話を聞いて貰っているというのに、これ以上迷惑を掛けるのは…。
「ずっとグダグダされるより良いと思うんだけど?」
なんだよ、この世界は人の心を読むプロなのか?
「取りあえず在昌に言ってみなよ。俺の家に暫くお世話になるってさ」
「良いんですか…?」
「ん、構わないよ。寧ろ喜んでかも。真緒ちゃん家事上手って聞いたし。忙しくて部屋汚いんだよねぇー」
…確かに、有沢さんの机の汚さを見る限り、部屋が綺麗に保たれているとは思えない。今すぐに雪崩が起きそうな程に書類やら本やらが積み重なっている。
…そんな様子を患者さんに見せてもいいのだろうか…。
「どう?」
有沢さんの進言は今の私にとって願ってもない事かもしれない。今の私に必要な事は一人になる時間なのだ。在昌さんの家に居る限り、冷静になれないのだ。例え家主がいなくとも、彼の気配がある限りずっと在昌さんを想ってしまう。
「お願いします…!」
私は有沢さんの名案にありがたく乗らせてもらう事にした。
「うん。じゃあ取りあえず在昌には相談してね。俺の連絡先は在昌が知ってるから、聞いてねー」
「はい!」
――この時の私は馬鹿だった。冷静に考えればわかるものを、有沢さんの罠にまんまと嵌まってしまったのだ。
…普通の人なら好きな人が、異性の家に行きます!と言ったらどう思う?
うん。私だったら取り乱すよね。もしかしたら泣き叫んで縋るかもしれない。
そう言う、事。
*****
――で、今に至るのだけれど。
「ねぇ、真緒ちゃん。俺、言ったよね。君が好きだって。
…あれから俺、反省したよ。君の事を思えばまだ言うべきじゃなかったって。だから君が俺の事を避けていても何も言えなかった」
「……」
「なのに佑司の家に行く?行かせる訳、無いよね」
私はあれから在昌さんの家に戻った後、夕飯の支度をして在昌さんの帰宅を待った。
そして、帰宅と同時に有沢さんの事を告げたのだけれど――…
何も言わず、抱きかかえられ少し乱暴にベッドへと押し倒された。
あ!と思った頃にはもう手遅れで、大いに在昌さんを怒らせてしまったのだ。
冷静に考えればわかる事なのに。私は再び在昌さんを傷付けてしまったのだ。
「ねぇ、真緒」
「っ……」
耳朶を舐められ、呼ばれた初めての呼び捨てに私の心臓が大きく跳ねた。
「真緒は、さ。佑司の事好きなの」
「ち、違います…!」
「そう?だって仲良いよね?いつも仲良く戯れちゃってさぁ。俺の気持ち、わかる?俺が真緒の事見つけたのに、さ」
首筋に唇を落としながら、私の手首を掴む力が強まる。
「俺の事好きだって言ってたよね。俺、馬鹿みたいに嬉しかったんだよ。でも、嘘だったんだ」
「っ…違っ…!嘘じゃ、ないです…!」
「じゃあ何で俺を拒んだの。佑司の所に行く、の」
私を見下ろす在昌さんは怒っていたけれど、どこか悲しそうだった。
こんなにも私は在昌さんを傷付けて何がしたかったのだろうか?
嫌われたく無い。
傍に居たい。
好きで居たい。
――消えたく、ない。
出来る事ならずっと傍に居たい。
好きだから。
在昌さんが大好きだから。
分かっていた事なのに。どうして私は保身に走ったの。どれだけ在昌さんを傷付けるの。
在昌さんの笑顔が、少しイジワルな笑みが大好きなんだ。
「私――…」
その時だった。
リン、と誰かの訪問を告げる音が部屋に響く。在昌さんは構わず私に被さったままだけれど、しつこい程に何度も鳴るインターホン。
何分経っても途切れる事のないインターホンに痺れを切らした在昌さんは、私に何も言わず部屋から出た。
私は自己嫌悪に打ちのめされていた。
自分勝手すぎる自分が大嫌いになった。
あれだけ怒りを露わにした在昌さんを初めて見た。普段優しい人が怒ると怖いって本当だったんだな、とつまらない現実逃避をしていたが、僅かに聞こえる在昌さんの声につられ、ベッドから降り、様子を伺いに玄関へと足を向けた。
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