恋と病

aki

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 俺が倒れてからすぐに三葉がナースコールをして緊急手術が始まったらしい。その結果俺はバチスタ手術と言うものを行ったと聞いた。聞いただけではよく分からなかったことを先に話しておこうと思う。
 今回、三葉が来てくれていたおかげで俺は命拾いした。
 三葉には感謝しかない。そして、急に倒れて驚かせてしまったことへの謝意を述べたい。別に好きで倒れた訳では無いけども。急いで病院に駆けつけてくれた母親も三葉に何度も頭を下げていたと看護師さんから教えて貰った。俺も起きて、会った時にしっかりと頭を下げた。土下座しようとしたら怒られたが。
 バチスタ手術とは拡張した左心室の一部を切り取り、縫い縮めて左心室の収縮を改善する手術だと聞いた。もちろん、医者から説明を受けた母親からである。少しわからなくてネットで調べたとも言っていたので、恐らく調べれば母親が話したことが出てくるのだろう。母親は人の話を聞くのが壊滅的に苦手な人である。いや、聞いてくれはするのだが、一定以上の緊張をするとすっぽりと忘れてしまうのだ。誰でもよくある事だろうが。
 さて、バチスタ手術は薬物療法ではどうにも出来なくなった時にやるものらしい。他にも補助人工心臓等の治療方法があるとか。ここまで来てしまうと心臓移植も本格的に考えなければいけないらしく、母親は少し心配そうにしていた。
 心配してくれていた母親には大変申し訳ないが、俺は後の手術に対してそれ程心配には思っていない。寧ろ、痛み止めが切れた時の傷の痛みの方が気になるほどだ。後のことより今のこと。後のことを考えていられるほど、今の俺に余裕はなかったとも言える。
 これを話したら苦笑いされた。母親にも、三葉にも。酷いと思ったが、冷静になったら自分も苦笑いをするだろうと思い、文句を言うのはやめておいた。
 三葉は本当に毎日のように見舞いに来てくれるらしく、面倒くさくないのかと聞けば「特には」と返された。なんでも、一人の時に倒れられるより一緒にいた方が安心するとの事だ。ウチの母親にも許可を取ったらしい。倒れる前提なのはどうにかして欲しいものだ。
「今日はお父さんを連れてきてみたわよ」
 手術後約一日経った時である。痛み止めが切れ、焼けるような痛みが襲い掛かる中、特に会話もしない父親の登場に母親は俺のことが嫌いなのかと一瞬疑ってしまう。ただそれは俺の勘違いであり、母親は飽くまで善意でやっている事だとすぐに理解した。母親に意地悪は理解できないだろうから。要するに、ただのおバカな天然であるということ。
 母親は「仲良くね」と言い残してそそくさとお手洗いに行ってしまった。仲良くとは具体的にどうすればいいのだろうか。父親との間に流れる沈黙に気まずさを覚えていれば「なぁ」と話しかけられる。
「え? あ、何・・・・・・ですか?」
 何を言われるのか怯えていれば父親は恐る恐ると言った様子で口を開いた。「心臓は大丈夫なのか?」と。一応父親にも心配されていたらしい。驚きのあまり思わず声を上げて笑ってしまう。
「な、笑わなくてもいいだろう・・・・・・」
「いや、驚いて。別に大丈夫」
「そうか。ならいい」
 父親は存外普通の人間なのかもしれない。母親や三葉が父親の肩を持っていたのは普通の人間であることを知っていたからなのかもと思った。
「父さんって意外と普通の人なんだね。仕事人間だと思ってた」
 勝手に勘違いをして壁を作っていたのは俺の方かもしれない。そう思ったら、少しだけ緊張が解れた気がした。
「アイツとは違って子供との接し方が分からん。仕事に逃げていたのは事実だ」
「仕事に逃げてたから分からなかったんじゃねぇの? 気まずくなってたのがアホらしいよ」
 気が抜けて布団に倒れ込めば本気で心配されてしまった。なんで俺は余計な勘違いをしていたのだろうかと疑問で仕方がない。母親の忙しい人と言うのも間違っていたでは無いか。父親は忙しくしている人だ。
「ところで、三葉くんとはどうなっているんだ?」
 思わぬ質問に思わず動揺してしまった。何故父親がその話を知っているのだろうか。母親か?母親なのか?
「特にどうもないよ」
「そうか。お前も私に似て奥手だな。私も昔はアイツにアプローチできなくて悩んでいた」
 そんなこと特に聞いていないのだが。父親に似ているというのは少し抵抗感がある。母親に似ていないのはよく知っているのだが、だからといって父親が奥手だとは知らなかった。似てるのは嬉しくない。
 特に何も言わず黙っていれば母親が戻ってきた。というか俺はアプローチできなくて悩んでいるのではなく、三葉の無防備さに悩んでいるのだ。それと自分の勇気の無さを。無防備さは三葉が危機感を覚えてくれないとどうしようもないが、自分の勇気のなさにはそろそろ決着をつけなければいけないと思っている。
「あら、作戦失敗?」
「やっぱり仕組んでた。ちょっと落ち込んでるだけだから」
 母親は何があったのかと考えている。何かあったさ。父親の天然さのせいで、俺はダメージを食らった。完全に自業自得ではあるが。
 この後、母親は早急に考えるのを辞め、いつも通り談笑して帰っていった。談笑というより、一人でに喋っていただけなのだが、まぁいいか。
 バチスタ手術を説明された時、自分は余程進行が早いのだろうかと印象を受けた。いや、ほかに同じ病気の人を知らない為、なんとも言えないのだが薬物療法から手術になるまでが早いように感じた。
 あくまで、自分がそう感じただけであるが。少しずつ命のリミットが近づいてきているような気がして怖い。怖がったとて、自分になにかできる訳では無いのだけども。
 死への恐怖は日に日に大きくなっているのがよく分かった。
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