恋と病

aki

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「へぇ、お父さんと和解できたんだ」
 父親の誤解が解けた次の日。三葉にその事を話せば「よかったね」と言い、頭を撫でられ優しく微笑まれた。まるで幼稚園児と幼稚園の先生である。幼稚園の先生は子供相手だからだろうが、とても優しかった覚えがある。幼稚園の先生に初恋を捧げたということもよく聞くから、三葉の初恋キラーな点も幼稚園の先生みたいだ。
「三葉って幼稚園の先生みたいだよな。頭撫でたり、微笑んだりさ」
「はぁ? そうでも無いと思うけど」
 三葉は一度区切ってから小さい声で何かを呟いた。聞こえなくて聞き返してみたら「なんでもない」と返される。隠さずに教えてくれてもいいのに。聞き取れなかったことが少しだけ、悔しかった。何を言ったのか知りたい。
「……ねぇ、将来の夢ってある?」
「なに急に」
「俺に幼稚園の先生みたいって言っただろ? ふと思ったんだよね。将来何になりたいのかなって」
 真っ直ぐに俺を見る三葉に少しだけ、怖気付く。将来の夢なんて考えたこと無かった。それこそ、病気を知ってからは今に必死だったのだから。手術をしなければ死んでただろうから、それ以来、死への意識が格段に変わってしまったのだ。
 だから、将来の夢を聞かれると返答に困る。
「……んー。 じゃあ、退院したら何したい?」
 三葉は俺の考えを見抜いたかのように質問を変えた。
「は? どういうこと?」
「将来の夢、分からないんでしょ? なら、退院したら何したいか考えねぇ? どっか行きたいなら俺も付き合う」
「……そう、だね。 ありがとう」
 デートの約束を作ると考えてもいいのだろうか。ここまで俺に付き合ってくれている事に、自惚れてもいいのだろうか。分からないことが、怖い。まぁ、今は今の状況を楽しむしかないんだろうけども。俺がデートと思っていればデートだし。どうせ三葉もそう言う。
「退院したら……かぁ。 旅行でもしようかな」
「旅行?」
「そ。温泉の有名な場所に行きたい」
「大分くらいまで行っちゃう? 湯布院、別府。どうせなら有名なところに行こう。二人旅は初めてだな」
「確かに。貯金はいっぱいあるから連れていくよ」
「えー、俺に花を持たせろよ」
 二人旅は結構楽しみかもしれない。お年玉もバイト代も貯めていたことが幸をなした。正直、三葉と一緒に旅行ができるのならどこへ行っても俺は楽しいのだろうけども。いや、旅行でなくても一緒にいれるなら楽しいし、幸せだ。少しだけ、頬が緩んだ。
 頬が緩んだ時、初めて自分が張り詰めていたことを理解した。
 もしかしたら三葉は魔法使いかもしれない。三葉は最初から気がついていたのかもしれない。ひっそりと驚いたはずなのに三葉は安心したかのように笑っている。
「でも、お前と旅行ならどこ行っても楽しい気がする」
 三葉の何気ない一言に心臓が高鳴った。顔に熱が集まる気がする。
 恥ずかしさから、小さい声で「俺も……」と言ってみる。やっぱり、自分の気持ちを言葉にするのは恥ずかしい。もうしばらくは言わないでいいと思う。少しだけ、三葉の顔が赤い気がするのは気のせいだろう。きっと、少しずつ沈んできた夕日のせいだと思う。
「三葉、退院したら旅行。行こうな」
 恥ずかしさを隠すつもりで微笑んで見せれば三葉はきっと俺以上に嬉しそうに目を細めて微笑んだ。退院が楽しみだ。旅行のためなら多分なんでも出来る気がする。
「……あ、そういえば明日終業式なんだ」
「もうそんな時期? 早いねぇ、来年は二年生か」
「来年も同じクラスだといいな、教室じゃ特に会話しねぇけど」
「ま、ね。同じクラスだったら運動会とか同じ組だもんね。それに、来年も同じだったら今まで全部同じクラスじゃん」
 今の今まで、クラスが離れなかったのが俺にとっての幸運である。同じクラスなら席次第で三葉のことをずっと眺めていられるのだから。こればっかりは神頼みするしかないのだけども。
 同じクラスじゃなかったら神様に文句を言いに行こうと思う。出雲大社に怒鳴り込みだ。
「二年と、三年? あと二回。神様仏様先生様ってね」
 そう言い、三葉はウィンクして見せた。格好つけたのだろうけど、それは俺にとっては毒です。いつもかっこいいのにこれ以上かっこよくなるとリアルにキュン死してしまうこと間違いなしだ。
 全力で心のシャッターをきり、三葉のウィンクを記憶に留めておこうと思う。写真に撮れないのが惜しい。
「……あ、ねぇ。 三葉の将来の夢ってなんなの?」
「俺の将来の夢? 俺は特に無いけど、今、幼稚園の先生になりたいかも」
「俺が言ったからか? いや、無理しなくても……」
「無理してねぇよ? 楽しそうじゃん、幼稚園の先生」
 似合うと思う?と聞く三葉に頷いて見せれば三葉は心底嬉しそうにした。俺が養うからヒモでもいいのにと思ったのは内緒にしておきたい。多分ヒモは三葉が嫌がるだろうから。それに、幼稚園の先生になった三葉もかっこいいだろうし。いや、大人になった三葉は今以上にかっこいいだろう。
「三葉ならなれるよ、幼稚園の先生。小さい子たちの初恋キラーになるんだろうなぁ」
 だとしたら、小さい子は人を見る目があるんだと思う。三葉がモテるのは嫌だけど、人を見る目があるのだから仕方がない。そもそも、その前に俺が三葉を射止めればいいだけなのだ。というか、架空の話だけど。
 俺の幼稚園の時に三葉が先生としていたら、出会って三秒で結婚を申し込んだだろう。多分、子供だからという理由で断られただろうけど。そう考えると、同い年で本当に良かった。
「先生かぁ……。 三葉先生って呼ばれんのかね?」
「そうなんじゃねぇの? 幼稚園だしな」
「見るの楽しみだわ、三葉先生」
「キャラクターみたいに言うなよ……。 俺は生きてるから」
 三葉は俺の頬を引っ張った。普通に痛い。一緒に居るのは夢ではないようだ。夢の中まで痛かったら困る。
 それはそうと、キャラクターみたいに行ったつもりはなかったんだけども。まぁ、そう聞こえたのなら仕方がない。特に謝りはしないが。だって、悪気はないし、わざとじゃない。三葉もそれは多分わかっているだろう。
「そういえば、俺以外のクラスメイトってお見舞いに来てるの?」
「いや、一度も。ほとんど誰も喋ったことがない陰キャの見舞いになんて来ないでしょ。これといって仲がいい訳じゃないんだから面倒だろうしな」
「まぁ、見舞い時間邪魔されるよりはいいか」
 クラスメイトが来るとしたら、三葉が毎日見舞いに来ていることがバレた時だろう。そしたら来るのは女。そんなことないで欲しいと思う。三葉との時間を邪魔されるのは嫌だし、三葉に余計な勘違いをされたらたまったもんじゃない。
 悪寒が走った気がするのは気のせいだろう。
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