【メフィスト賞選評作品】上海千夜一夜物語

すえひと

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第一蓮

第一連・承句 ニッポン (2)

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第一連・承句 ニッポン                  

View point of 李自成

 そこは白い部屋だった。しみ一つない長方形の部屋。反対側の壁にはホテルのチェックインカウンターのようなカウンターがあり、その隣に白い引き戸が見える。白い白い部屋の中で赤い赤いカウンターに座っていたのは子供だった。五歳ぐらいと見える色白の彼はきっちりとスーツを着こみ、それがなんとなくアンバランスな可愛さを生み出していた。扉の両脇には星条旗をつけた軍服のいかつい黒人。少年の倍以上はありそうだ。

 自成達は反応に困って、止まってしまった。胸中に浮かぶのは不安と自分たちの犯した禁忌の重み。そこは既に見たことのない世界だった。メディアで間抜けな悪役としてよく出てくる黒人もこうしてみると恐々たるものだ。

「どうしよ・・・」
碧海が弱気に成る。
「戻ったほうが、まだ僕らの個人情報は取られていないかもしれないし」
楚歌も同調する。
「バカね、あんた達、何しに来たのよ」
 天衣が叱咤し、自成が責任感から口を開く、
「じゃぁ、俺が声かけるよ。もし–––まずそうだったら、俺をおいて逃げていい」

 正直に言えば、あんまりやりたい役ではない。しかし誰かがやらなければ、それにここで逃げるというのはあまりにも格好悪い。一人の中国人として、そして大人たちを超えた子供として。
恐る恐る自成がカウンターに向かって近づいていくと、途中でカウンターの少年に声をかけられる。

「おおー、お客さんだね。ようこそ日本へ、welcome to Japan, 歓迎来到日本
お連れさん方もこっちへどうぞどうぞ。大陸からこんなに若いお客さんが来るなんて、初めてだよー」

 そう言って声をかけられてしぶしぶ四人は少年の前に立った。
「大陸からのお客さんだね。まず、来日目的を教えてほしいかな。ああ大丈夫、東京条約第一二条三項に基づいてすべての情報は保護され、人民党政府には渡らないから」

 安心させるように気軽に言った少年の言葉に複雑な思いにさせられる。
「だってよう、ここは倭自治省なんだろう?どうしてそんなこと言えるのさ」
楚歌がぽつんとつぶやく。

「あれ、しらないの?東京条約で東京サーバーの独立性は保証されていて、そのための担保として青ヶ島には米軍が駐留してるし、人民党の中央統合電子演算装置『五紅星旗』の演算の一割は東京サーバーの中の独立部門がやってるんだってね。もし政府が我々の高度な自治を侵害するようなことがあったなら、党の基礎演算装置は甚大な被害をうけるからね」

 およそ子供っぽくない物言いだった。ちょっとふてぶてしくも見える。それでいて表情はなんとなく子供っぽくて今もポリポリ頬をかいている。

「そんな、だってなんでしょ」

 天衣が眼鏡がずり落ちそうな勢いで叫ぶ。
「それは違う」
少年が断言する。

「東京条約によって旧日本領は全て中華人民民主社会主義共和国連邦に併合されちゃったけどさ、それでも東京サーバーの独立は保証されたしね。少子化によって四千万人に落ち込んだほとんどの日本人は青ヶ島にある東京独立サーバーの地下に移住しちゃったんだ。ほとんど全ての日本人がね。そして青ヶ島はサーバーの独立性を守るため現政権の施政権にないからね。まさしく、倭自治区のなかでただひとつ本当の自治がある場所ってわけだよ」

「そんなの詭弁よ」
天衣が食い下がる。
「それでも、見ての通り、ここには米兵がいるわけだ」
少年が言う。
「まぁまぁ、天衣抑えて。俺らの情報がもれないのはいいことなんだし」
「で、でも、なんだかやりきれないわ」

 その気持は理解できる。つい数時間前に教えられたことの実態がこんなことだというのはなんとも情けない話だ。書面上は日本は併合されたのだろうけれども、旧態依然としてここにあるというのだから。ちくちく胸が傷んだ気がした。いったい自分は何を代表してここに立っているのだろうか。

「納得して貰えたら、渡航目的を聞かせて欲しいんだけどさ」
「遊びに来たんだよ」
楚歌が言う。
「観光だね。おっけー。じゃぁ身分を確認するね。それぞれのパーソナルアイデンティフィケーションナンバーを転送してくれ」

 言われるままにコマンドを操作してPINコードを送る。サーバーが異なっても通常通りに機能は使えるようだ。

「じゃぁ、それぞれのヴァーチャル情報にウィルスを始めとする違法情報が含まれていないか確認するから、この台に手をおいてくれ」

 言われるがままに釈然としない胸を抱えて自成達は手を置く。
「うん、問題なさそうだな。最後に日本語翻訳パッチを当ててね」

 淡々と事務手続きを進める。隠せない違和感、落ち着かない居心地の悪さ。ここは仮想空間、現実ではない。それなのに全ての手続きがまるで現実のように行われている。

 やっぱり、ここは中国じゃないなっと思った。中国ならこういった手続きはまず役所に行ってやる。実際に足を運び紙に署名して進める。それなのにここはまるで実態を置き去りにして現実だけがあるみたいじゃないか。

「これで手続きは終わりだ。シナガワエリアにみんなのホームを開設するから、今後東京サーバーに来た場合は直接そちらへ接続できるからね。詳しいことはチュートリアルでやって」
ガタガタとひっかかりながら少年は引き戸を開ける。あまり立て付けはよくないようだ、ヴァーチャル世界だというのに。違和感を覚えながら五人は引き戸をくぐる。着いた先はガランとした洋室だった。鉄パイプの二段ベッドが二つおかれているだけ。なんとなく寒々とした部屋は漠々として虚しい気がした。

 突然目の前でウィンドウがポップアップして軽薄な効果音が鳴り響く。

{チュートリアルミッション:和を以て貴しと成せ
1:チューターに会おう!20CP
シナガワステーション第3ゲート前で『カリ』『ウツツ』『オモウ』の三人に落ち会え}

自成たちは互いに目を見合わせた。それぞれの視界にも同様のウィンドウがポップアップしたのだろう。

「哎呀(アイヤー)、すごい、すごいよ。まるでゲームの中みたいだ」

 ほとんどのインターフェイスは上海と変わらない。ただ、東京サーバーという文字の下に現在位置の座標とCP0という文字が見え、小さめのアイコンが表示されてミッションリストと書かれている。ちょうどそこには今しがたポップアップされた『チューターに会おう』の文字が見える。

 いつもどおり操作すればMAPが表示され、シナガワステーションがそう遠くないことがわかる。

「…行くの?」

 碧海がいつものようにオドオド尋ね、楚歌が行くしかないよっと興奮して答える。そういえば、楚歌は電脳世界のゲームが好きだったなと思い出される。まぁ、少し太めの彼の現実の姿を思えば、仮想現実での都合の良い肉体は好ましいものかもしれない。そんなことをしているから更に太ってしまうというのに。

 楚歌に引きずられるようにして一行はシナガワステーションに向かう。街に出るとそこはまさしくカオスというにふさわしい世界だった。街の風貌は伝統的な日本家屋の長屋の景色。けれど行き交う人々は多種多様な容姿服装のまとまりのない容貌。金髪碧眼の欧米人っぽい男がいれば、黒髪アフロの黒人女性もいる。白髪白髭の中国人風の老人がいたかと思えば、およそ人間らしくない三角形の幾何学さえいる。

 それは電脳空間に慣れきった少年たちの目にさえ新奇に映ずる。金長城の内側にあってこれほどの無秩序は許されていないのだ。性別や年齢は現実と同じで、アバターのカスタマイズ性能もここまで富んでおらず、それでも人々は自分の個性を表現しているのだった。

「はやく、行こうよ」

 圧倒された三人をまどろっこしいとでも言うように楚歌が急かす。シナガワステーションは黒い瓦づくりの朱色の建物だった。中は広く無数の人々が行き来し、ゲートからは他の地域に転送できるようだった。第3ゲートは白い大きな両開きの引き戸で「至渋谷」と書かれている。数秒おきに人々が忙しく出入りを繰り返している。


 脇には三人の少女たちが立っていて、自成達の視界には彼らが『カリ』『ウツツ』『オモウ』だと矢印で表示される。相手方もこちらのことがわかったようで近寄ってくる。

「ようこそ、東京へ」

 ウツツと表示された長く艶やかな黒髪を高めの場所で結っている袴の女性が声をかけてくる。整った顔立ちにどことなく不自然なほど大きな目をしている。っとはいえ、他の日本人のアバター達も目はかなり大きめに作られているので、ここではそれが普通なのかもしれないが。

「私はウツツ、風紀委員でジョブはソードマイスターだ。このギルド『夢現(ユメウツツ)』のギルドマスターだ。
 こっちのピンクのおさげがカリ、サーバー管理委員でジョブは仕立師」

 桃色のおさげに低い身長。半月形の眼鏡をして紺の着物姿の少女だった。こちらのことを興味深げに見ていて、ウツツに紹介されるとともに声をかけてきた。

「あの~、よろしくおねがいします。中国の方なんですよね、その服、独特のデザインですよね~。もしよければそのうちデータを解析させてもらえたり、しませんですか~?」

天衣の漢服を見て話しかけてきたカリの間延びした甲高い声をウツツが遮る。

「こら、はしたないぞ。
それでこっちの白い髪の巨乳がオモウ。人口維持委員でジョブは指物師と建築士だ」

 ジーンズに褐色のジャケットといった米国風の女性だった。不自然なほど大きな胸に楚歌が目を奪われる。

「私達が君らのチューターというわけだ。まぁ、大陸から来たということで、予定を合わせてチュートリアルをこなして行こう」

 代表してウツツが言う。チューターとは学校でいうところの先生みたいなものなのだろうか…。

「そもそも、必要なんですか?そのチュートリアル?私達は中国人で、あなた達も既に中国人のはずです。なら、ここは上海とはなにも違わないはずではないですか?」

 天衣が相変わらずな物言いをして、楚歌が彼女の漢服の裾を引っ張って止めようとする。ずずいとウツツが天衣に近寄って言い放つ。碧海が自分の服の影に隠れるのを自成は感じた。

「まぁ、互いに思うところはあるだろう。私だっていろいろ言いたいところはある。それでも、互いのことをよく知りもしないうちから決めつけ合うのはやめようじゃないか」

 既に国法を侵害してまでここに来ている以上、天衣に反駁の余地はないはずだった。彼女は顔を赤くして拗ねている。

「合計十時間程度のチュートリアルをクリアすれば、日本社会で楽しくやることが出来てそこそこ楽しくやっていけるだけのCPも稼げる」

「CP?」

自成が聞き返す。

「コントリビューション・ポイントだ。ミッションをクリアすると与えられるポイントでお金とスキル上昇に使える。まぁ、習うより慣れろだ。
とりあえず、立ち話も何だ。近くに私の家がある。そこに向かおう」

「了解」

 楚歌が言うと、ウツツはそのまま歩き始める。カリとオモウもついていくので自成達もなんとなく釈然としないままついていくことにした。楚歌だけは相変わらず興奮気味でオモウと紹介された女性のお尻にかぶりつきでついていく。異世界でありながら普通に進む話に若干の違和感を覚えながら。
自成がシナガワステーションを出ようとするとウィンドウが軽薄な音とともにポップアップし、

{チュートリアルミッション:和を以て貴しと成せ
1:チューターに会おう!20CP
→ミッション完了!20CP獲得!}

と表示され、CPの表示が回転し、20となる。

 つまり、これがCPなのだろう。上海のフルダイブシステムでも電子紙幣は普通に表示されているし、そう考えればさほど特別でもない。

「CPを受けてとったか。まぁ、20CPでだいたいラーメン一杯くらいだ。
ああ、そういえば夕食の希望はあるか?やはり、中華がいいのか?」

「せっかく日本に来ているんだから、和食のほうがいいんじゃないかな」
ポツリとオモウが口を挟む。

「でも、日本の拉麺は僕らのとは違うって聞いたけど?」
楚歌が物知り顔で言う。

「そんなの、邪道よ」
相変わらずのもの言いの天衣に自成が強く言う。

「いい加減にやめろよ。日式拉麺が邪道なら何が正道だって言うんだ?蘭州拉麺?広東麺?天津麺?担々麺は?刀削麺は?」

天衣が黙る。

「まぁまぁ、私も別に日本のラーメンが中華料理として正しいなんて言う気はない。むろん、正しいのは大中華たるあなたが方だ。それでは和食にしようか」

とウツツが言う。

「そうですね。わたしがなにか作りますよ~。肉じゃがとかお刺身とか」

 カリが提案し、うんうんとウツツが頷く。自成にはそれらの料理はわからなかったし、日本人達が何を考えているのかもよくわからないと思った。同時にやたらと突っかかっている天衣にもイライラした。

 話しながら歩いているとウツツが立ち止まる。外見は自成達のホームと同じく長屋様。中に入れば先ほど与えられたホームとは異なり畳敷きの和室が広がっており、文机、掛け軸、書棚などが整然と並べられている。ウツツが正座し、その両脇にオモウとカリが正座する。自成達も見よう見まねで正座を試みたが、居心地が悪く感じたので胡座をかくことになった。

「うん、そういえば君達の自己紹介がまだだったな。良ければしてもらえると助かるんだが」

そういったのはウツツだった。
ウズウズしていたというように最初に口を開いたのは楚歌だった。

「僕は楚歌、十三歳だよ。電脳世界のゲームは大好き、日本は電脳遊戯で有名だったって聞いたけど、本当?」

その言葉に答えたのはカリと呼ばれた桃色のおさげの少女だった。

「かつてはね。今では有名ではないですよ~。だって、私達は私達のためだけにゲームを作っているんですから。外国に広めて有名にする必要なんて、ないんです~。

 でも、一体何がゲームなんでしょうかね?この世にゲームじゃないことなんてあるんでしょうか?違いがあるとすれば、それは安っぽいSEや気軽なBGMがあるかどうかだけ…」

 自成はよくわからないと思った。そして、こういう噛めない言葉が嫌いな友人に一人心当たりがあった。

「違いなんて簡単よ!やり直しができるかどうかだけ。
私は淮天衣。詭弁とか屁理屈とか、あなた達日本人は言葉を歪めるのが大好きなようね。私は、嫌いだわ」

自成がまぁまぁと立ち上がりそうになる天衣を抑えながら口を開く。

「俺は自成。外国に来たことは初めてだけど、仲良くできたらと思う。政府がどう思うかとか君達の指導者がどう考えるとか、そういうのは僕達とは関係ないと思う。だから仲良くできればいいかな」

「自成!あなたまで、ここは外国じゃないわ。中国よ!」

 天衣の牙が逆に自成に向き、赤いアンダーフレームの奥から睨みつけてくる。その影からいつものように碧海のとても整った顔立ちがおどおどと居心地悪く覗く。沈黙が場を席巻する。居心地が悪そうにもぞもぞして、共有ウィンドウを出して「私は林碧海。よろしくおねがいします」と書く。

 特に問題もなかったかのようにウツツが口を開く。

「そろそろ新しいミッションが来る頃だと思う。ミッションウィンドウの更新ボタンを押してみて」
確かに、そうすると一瞬で新しいウィンドウがポップアップして、一度聞いた軽薄なシステム音とともに新しいミッションが現れる。

{チュートリアルミッション:和を以て貴しと成せ
2:わたしがあなたで、あなたがわたし80CP
『カリ』『ウツツ』『オモウ』と主観共有せよ!}

「主観共有?」
楚歌が叫ぶ。

「ああ、日本名物だ。すべての日本人は毎月このミッションを行うことが義務付けられていて、そうしてを学ぶんだ。まぁ、習うより慣れろというやつだ。私達3人の主観データは会った時から保存されているから、必要なソフトウェアをダウンロードしてこれを接続して読みこむだけだ。

 ああ、でも安全のために一人ずつだ。私とオモウがそれぞれの主観共有をお前たちのうちの2人づつとして2回繰り返せば全員できるだろう。それまでカリといっしょにおやつでも食べていてくれ。それで、だれからやる?」

 自成は戸惑った。楚歌がまっさきに手を上げたのは想定内としても『主観共有』という語感からは具体的に何が起こるのか見当もつかない。全てはわからない、だから天衣も若干引いていて、もちろん碧海が名乗りでるはずもない。

 まぁ、順当に考えれば、ここにみんなを連れてきたのは自成だ。自分には多少の責任があると思った少年は恐る恐る手を上げる。すこし震えていた腕が恥ずかしかった。

「ん、楚歌と、自成といったか。まぁそれほど緊張するな。初めは戸惑うかもしれないし、混乱するかもしれない。そんな時は、深呼吸して落ち着くのを待てばいい。
楚歌はオモウがいいのか?じゃぁ、自成は私だな」

そうウツツがオモウの豊満な胸に目を奪われている楚歌を見て言う。

「じゃぁ、わたしは水まんじゅうとお茶を用意しますね~」

カリが言って何やらコマンドを操作し始める。

「じゃぁ、楚歌はオモウの前に立って、自成は私と向き合って」

 正面に向き合ったウツツのアイコンはとても丁寧に作られていることがわかった。服にできる皺の一本一本まで自然で、服の生地は薄くないのに体のラインは美しく現れている。自成を見る黒い目はまつげの一本一本まで作り込まれて、電子の虚ろな目はそれと決して余人にわからないと少年は感じた。

「とりあえずこのケーブルを胸のあたりに差し込んでくれ。それでは必要なソフトウェアを渡すから私のアカウントのフレンド申請を許可してくれ」

その言葉と供にJPから始まるアカウント情報が自成らの目前にポップアップし、

{友だち申請が『ウツツから来ています』承諾しますか?}

のメッセージが表示される。自成は『友達』と『申請』という言葉に違和感を覚えながらも『承諾』のボタンを中空に叩く。上海ではこうじゃないと自成は思った。単純に電子個人情報を互いに送信しあうだけなのだ。『友達』や『承諾』なんて煩わしい言い回しはしない。

追ってウツロから主観共有ソフトウェア『大和(更新済み最新版)』が送られてきた。数秒でインストールされ、ウツツ_皇紀2810年_皐月_5日2000~2015.personalviewというデータが送られてくる。
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