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第二連
第二連・起句 日常坐臥
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View point of林碧海
「子曰。克己復禮爲仁。一日克己復禮。天下歸仁焉。爲仁由己。而由人乎哉」
先生の平坦な言葉が響き、無味乾燥な文字が眼鏡型端末を通して中空に表示される。それらの文字に先生の解釈を音を出さずに唇と指を動かして書き付けていく。「己に克ちて礼に帰るが仁をなすこと」っと、すぐ隣の席で楚歌君がうとうとしている。後ろの席の班長(天衣)はきっといつもどおり退屈そうに簡潔で的確な注釈を書いてるんだろう。私は班長のようには到底出来ない。自成のように自分から動くことすら出来ないのだから。こうして聞いたままを書きつけることしか出来ないくらいに。
正直に言えばすごく眠い。楚歌君のようにうとうとできれば気持ちいいんだろうなっとため息をつく。でも、そんなことをすれば次の試験の点数がまた落ちることになる。お父さんの軽蔑するような目やお母さんの哀しそうな目はもう見たくないから。昨日、家に帰って夕食を食べて、通信授業を受けて、宿題して、予習して、寝ようと思った時に天衣から音声通信がきた。
何の事はない他愛のない話、巧妙に言葉の端々に隠して班長は動揺を私に打ち明けてくれた。普段から、たしかに何か困ったことがあると私に打ち明けてくれる。別に私に解決できるわけじゃないけど、班長はいつも自分で話して自分で解決策を見つけて納得する。私はすごいなぁっと思う。そして、そんなすごい班長の友達でいられることってすごいなぁって思う。昨日の夜はいつもよりずいぶん班長の通話は長かった。声もあんな彼女を見たことがないくらい時々上ずっていた。そういえば、今日の朝の点呼の時も彼女の顔色は珍しくあんまり良くなかった。
私は昨夜普通に眠れたんだけれど、他の三人はそうじゃなかったみたいだ。なんとなく不思議な気がする。班長にできて私に出来ないことなんて山ほどあるけど、その逆なんてあったことがなかった。
そういえば昨日、日本で『主観共有』した時も彼女はずいぶんつらそうにしていた。正直に明かせば、私はあれがそんなに大変なものだとは全然感じなかったんだ。ただ、いつもの班長の音声通信のように聞いていればいいだけなのだから。まぁ、確かに直に脳内で声が流れるっていうのは違和感のあることだけど、でもそれだけのこと。私にはほかのみんながどうして眠れなくなったり、うなされたりしているのかよくわからなかった。たぶん、私が特別鈍いだけなんだろう。
いけない、先生の言葉が上の空になってしまってる。自分で自分に叱咤して私は大慌てで端末を操作する。
放課後、いつもの様に自成君の家にみんなで集まる。自成君のお父さんは上海電脳安全公司の社長だから自成君のお家が一番当局に監視されづらい。だからいつの頃からか、班のみんなでよく来るようになっていた。
「ま、また、行くんだよね?」
楚歌君がいつもの様にどもり気味の口調で言う。私は正直に言えばあまり気乗りはしない。ここもあっちもそんなに変わらないし、それならわざわざ危険を冒すなんてしないほうがいいからだ。けど、もしみんなが行くと決めるなら私一人が行きたくないって言っても結局説得されてしまうんだから、ちょっとあきらめている。
「あんな目にあっているのに、また行くの?」
ちょっと呆れ気味に班長が言う。昨日の夜は戸惑っているふうだったから多分まだ迷ってる。私達の班長が疑うのは彼女が悩んでる時だけだ。
「だって、次は電脳遊戯で遊べるっていってたし」
「所詮、倭人の戯言よ」
「本当にそう思ってるのか、天衣」
自成君が聞き返す。班長だって、面子があるからそう言うんだってことを知ってるはずなのにちょっとずるいと思う。昨夜、東京のことで戸惑って、もっとよく知らねばならないとも思うって彼女自身言ってたし。
「じゃぁ、自成は行きたいと言うのね」
「ああ、最高に胸が高鳴るじゃないか。大陸全土で一体幾度試みられたかわからない金長城の向こう側への跳躍、中等部生だけじゃない、高等部生も満人も漢人も朝鮮人も誰も彼も幾百万幾千万回となく試みたはずだ。それなのに彼らには出来なくて、俺達には出来た。この機会を活かす以外に道なんてないだろ」
「でも、班長として警告するけど、これは本当に危険なことなのよ。私達の端末にどれだけの履歴が保存されているかもわからず、そのうちのどれだけが当局に送信されているかわからない」
「でも、ここは自成の部屋だよ。金長城を管理する上海の責任者の家の1つだよ。ここからの接続は安全なはずだよね、ね?」
楚歌がいつもの様に不安そうにそれでも行きたくてたまらないというようにそわそわしている。
「とにかく、俺達は既に物語を始めてしまった。なんで戻る必要がある、なんで戻ることが出来る、なんで止まることが出来る、進むしかない、この光の海の向こうに」
自成君が言う。こういう時の彼の発言は少し詐欺じみた格好良さがあると思う。結局、いくことに決まったようだ。正直に言えば私の中ではまだ怖いと思ってる。でも、班長さえも同意して、他の二人もいく気なのに、私の声だけでは小さすぎると思う。
「じゃぁ、昨日と同じようにやろう」
自成君の号令とともにみんな電脳空間没入装置のヘルメットをかぶる。
いつもの自成君の部屋。最初に私のアバターの設定を確認してみる。昨日は胡服だったから今日は縁起のいい桃色の漢服がいいかな。服全体が桃色だから帯は青色の花柄とかいいかな。合わせて青色の櫛で揃えれば格好はつくと思うの。口紅も桃色系がいいかな。うん、人面桃花って感じで割りといいと思う
できるだけ急いで身繕いを済ませて視線をまわりに移してみると、もうみんな終わって私のことを待ってるみたいだった。だいたいみんな昨日と同じ感じなのかな。班長はもっとお洒落すればいいのにと思う。もともと私と違ってきれいな肌に恵まれてるんだから、メガネ以外も拘ればいいと思う。
そして彼女の眼鏡が昨日と違うのにきがつく。全体が白くて少し昨日よりフレームが厚めで、つるの部分に紅い色の星があしらわれているやつだ。班長に言わせれば五紅星旗の印象らしい。彼女なりに気合を入れていること私にもわかる。でも、それじゃぁ誰も気づかないよ、もっと可愛くしなきゃ。
以前、私に班長のアバターをいじらせてほしいって頼んだことがある。せっかく私たちの班の班長なんだから他の班の誰よりも可愛くしてくれなきゃ面子に関わると思う。でも、班長はいつもどおりのしれっとした感じで、『あなたが作ると普段の調整が大変になるわ。それに私は可愛いよりも威厳が欲しいの』って言った。なんとなく人面桃花よりきっと颯爽英姿って感じなんだと思う。班長としてはやっぱり正しんだと思うけど、正直に言えば少し悲しい。
楚歌君のアバターの影から班長を見ながらとりとめのないことを考えていたらいつの間にか四桁の暗証番号の4つの扉の電子防壁を超えて私たちはツバルの海上に立っていた。私にとっては主観共有なんかよりもこの海のほうがずっと居心地が悪いと思う。表面上はこんなにも美しく青いのに、底知れず波打っていて際限がない。なんだか、不安な気分になってくる。
みんなもそう思ったのか班長の掛け声の下、迅速に東京サーバーへ飛ぶ。
そこは鉄パイプの二段ベッドが二つあるだけの簡素な部屋だった。まるで学校の練兵合宿所みたい。
私達がつくとすぐに中空にウィンドウがポップアップする。
{チュートリアルミッション:和を以て貴しとなせ
3:タカマガハラ仮想サーバーに接続しクマソ討伐戦に参加せよ!:80CP
シナガワエリアB-5区画:カフェ・ニューワールドでウツツ達のギルド『夢現』と落ち合い、彼等のインストラクションにしたがってタカマガハラ仮想サーバーに接続、仮想サーバーにおけるゲームに参加せよ}
本当にゲームやるんだ。なんだか、ちょっと安心した。楚歌君なんか早く行きたいって感じで既に扉の前に移動しちゃってるし。
「じゃぁ、この場所を地図に入力して行くか」
「はやくしよう、もうそんなの済んでるから」
自成君がみんなに聞いて、楚歌君が早口に答える。班長が私に、問題ない?ってこそっと聞いてくれる。私は小さく頷いて彼女の特別扱いに少し嬉しくなりながら、その影に隠れて私達の拠点を後にする。
指定された場所はさして遠くなくて、なんだかなれないアバターデザインが行き交う中で長屋の中に横文字でNew worldと書かれた看板を見つける。中に入るとなんだか完全に洋風の洒落た作りですこし意匠の凝らし方に目がいってしまう。ウツツさんのお部屋もそうだったけど、こういう細かいところまで完全に作りこんでいるとするのはすごいと思う。
奥の椅子にウツツさんたちが腰掛けてこっちに向かって手を振っている。
「よく来てくれた。昨日、少し辛そうに見えたのでな、もう来ないのではっと危惧してたんだが、杞憂だったな」
「今日も、よろしくおねがいしますねー」
カリさんがのほほーんと答えて、オモウさんがわたしに視線を送る。なんだか、彼女の挨拶がわたしにだけは理解できた気がして嬉しくて、わたしも視線で投返する。
「今日は電脳遊戯するんだよね!」
楚歌君が食い気味にウツツさんに言い放った。
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