【メフィスト賞選評作品】上海千夜一夜物語

すえひと

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第二連

第二連・承句 志有る者は事竟に成るなり(1)

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第二連・承句 志有る者は事竟に成るなり

View point of淮天衣

 底知れない不安と微妙な期待を抱きながら私達は再び東京に来た。

 やたらと喫茶店の装飾と乖離した袴のウツツが席を薦めてくる。私達は皆何の疑いもなく座る。昨日あんなことがあったにも関わらず、性懲りもなく来てしまった。一体何が私を焦燥させ、ここまで駆り立てるのか、それを知るために。

 「まず、ゲームに入る前に予備知識として現在の日本について少し説明させてもらう」
 相変わらず『日本』などと詭弁を弄しての自己正当化に余念がない。昨日は少し動揺してしまったけれども、結局彼らは私達人民の内の一民族、自分で名乗るなんて傲慢よ。

 「オモウ、よろしく頼む」

 昨日からずっと黙っていた長身で銀髪の女性に声をかける。今日は妙に色香の漂うスーツだった。
 さほど、注意を引かなかったその女性が頷いて公開ウィンドウを中空に展開する。

「えっと、説明させてもらいます。まず、こ、これが東京の全貌です」
『東京』と書かれた円が拡大し立体的に三分割して分かれる動画がウィンドウ上で展開する。
「東京サーバーは三層に分かれます。第一層はネノクニ。サーバーや私達のからだが安置されている物質世界です。そして私達の今いる場所がアシハラナカツクニ、第二層です。通常の生活圏はここになり、ここが私達の世界の全てです」

 第二層の部分がせり上がって地図となり旋回する。ずいぶん広いようで無数の町の名前と立体的に交差した地理的空間が演出される。もちろん北京から香港までを結ぶ中華天河大都市圏程ではないけれども、それでも相当なものだ。

「そして、これから行くのが第三層、タカマガハラ仮想サーバーです。この仮想サーバーは完全にゲームのためだけに開発された空間であり、唯一つの事以外なんでも出来る空間です」

「殺人、強姦、強盗もできちゃう、おっかない場所ですよ~」

 カリが言葉と裏腹にのんびりと言い放って、マグカップからコーヒーをすする。つまり、そう言った犯罪行為が彼らの如き化外の者達の間では当然のごとく受け容れられているという事なのだろう。そんな気違いじみた事をゲームと呼んで、私達は期待してきてしまったのか。

「おい、カリ。ちょっとやめろ。絶対勘違いされている気がするから私に説明させてくれ。」
ウツツが慌てた様子でかなり大きな声で言う。
「我々日本人は知っての通り、皆この閉鎖された東京サーバーで暮らしている。さらにモラルを維持し、社会を存続させるために昨日あなた方が行った主観共有を定期的に行っている。あなた方は昨日気がついただろうが、主観共有と閉鎖された空間は個々の人間に非常に高い負荷をかける。

 そこで考え出されたのがタカマガハラ仮想サーバーだ。東京サーバーの演算能力のうちの一定割合を使って完全に無秩序で無責任な世界を作り、匿名の名の下に何をしてもいいとしたのだ。更に、適度に緊張を解せるように様々なタイプのゲームを用意した」

 言い訳にもならない言葉をウツツが言う。社会の維持のためなら隠れて殺人も窃盗も強姦も許されるという歪みきった世界観を。そんなものは野蛮人の戯言にすぎない。

「すいません、ギルドリーダー。確かにカリが言ったような極端な行為は可能ではありますが決して氾濫しているわけではなく、ましてや推奨されているわけではありません。仮想サーバーとの接続はいつでも切ることが出来ますので、サーバーログアウトを以って抵抗することが可能です。

 たしかに、タカマガハラでの私達日本人の性道徳は他国と比較して高いということは出来ませんが、一般的に気持ちいいことですし、嫌ならログアウトすればいいということになっていますので特段恐れる必要はありません。私達日本人の認識では性道徳が他国において重視されるのはその行為が生殖と結びついているからであり、破瓜の傷みと出産の痛みを二重に女性に背負わせるものだからと考えています。

 けれども、私達の社会は生殖と性行為を切り離しました。後述しますが性的快感はパラメーターである程度自己管理可能ですし、仮想世界で性行為をしたからといって子供が出来るということはありません」

 淡々とオモウが言葉を紡ぐ。聞けば聞くほど悍(おぞ)ましいの一言に尽きる。
「じゃ、じゃぁどうやって子供を作るのよ」
「一定年齢以上で仲良くなった二人組で養育ミッションを申請して、受理されれば二人の遺伝子をランダムに組み替えて人口子宮に子供が生まれます」

 猛烈な吐き気が私を襲う。一体彼らは何を考えてそんなことを言い出したのだろうか。天の理に背き、世の理をねじ曲げ、蛮習を技術によって正当化するなんて。

「つ、つまり男女である必要はないの?」
「はい、受精から出産までのプロセスは完全自動化されているため、必要なのは二人分の遺伝子だけです」
「それがオモウの役職だしな」

 ウツツが口を挟む。何だか自成や楚歌が話していた気がするけれど、私には二人を気にする余裕はなかった。電脳世界にいるにも関わらず猛烈に襲ってくる嘔吐感。理屈ではなく、感情が、心が彼等の非道を叫んでいる。生殖と切り離された性交、性別が無意味な社会。確かに他国でそのような非道が実践実行されていることは聞いたことがあった。しかし、その存在を実際に聞くのは身の毛がよだつ。
 思わず私は椅子から転がり落ちて、床に嘔吐する動作をした。もちろんここは電脳空間、何も出てくるはずはないのだが・・・。

 すぐにカリが私に駆け寄り、背中を擦ってくる。
触れるな、汚らわしい、

「これを飲んでください」
カリが小さめのアンプルを差し出す。

「これは?」
むかつきを抑え、えづく胸を抑えながら問う。

「精神的ショックを和らげる薬です。これを飲めば、端末を通じて副交感神経の刺激を弱める電子パルスが脳内に送られます」
「寄るな、穢らわしい」
私は気が付くと必死でその手を払い除けた。無礼かとも思ったが、彼等東夷に何の気を使う必要があろう。

「天衣、飲みなよ。すこし、考え過ぎだ」
自成が私の手を握って問いかける。

「そうだよ、唯の地下系ゲームだよ」

 楚歌が言う。見上げた私の視界に碧海が映る。壁際で怯えている彼女の目を見た時に私は気がついた。私の班長としての、上海人民党青年団としての、あるいは漢人としての面子が潰れてしまったなと思った。私は少なくとも彼等をここに連れてきたのだ、彼等を導くのが私の誉れであるはずなのに、なんという失態。小日本に対して漢族の誇りを汚していたのは私の方だった。

 未だに少し痙攣する指で自成からアンプルを受け取って一息に煽り、深く息をつく。

「すまない、想像以上に下劣な文化に戸惑ってしまっただけだ」

 まだ少し、息が切れる。皆気を使ってくれたのか、そのまま自成と楚歌が私の隣に座る。
「大丈夫ですか?では、今から詳細な操作プロシージャーを説明します」

 オモウが別の共有ウィンドウを出し、説明を始める。ログインの仕方やログアウトの仕方、アバターの作り方などだ。


「では、とりあえず行ってみるか」
一通りの説明の後でウツツが言う。
「何、心配する必要はない。チュートリアルミッションのうちは私達がついているからプレイヤーキルやその他の低俗な行為とは無縁だ」
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