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第三連
第三連 起句 和諧社会
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View point of 淮天衣
彼らが言うところのラストミッションを終えて三日後、私達は再びトウキョウに遊ぶ。この数週間、私にとってトウキョウで得た経験は何ものにも変え難かった。それは自分を相対化させ、私にとっての中華文明さえも異なる輝きを見せてくれた。願わくば、他の班員たちも私と同然に感じてくれることを、そう天衣は思いながら柿ピーをつまむ。待っているのはウツツ、彼女がこのホームを訪れると電子手紙を送ってきたのは数分前。
数分を経ずにウツツがホームへの入室を申請して、私は彼女を私達のギルド『颯爽英姿』のホームに招き入れる。今日の彼女の服装は淡い薄桃色の和服に紺の帯だった。いつものように精悍な顔で口を開く。
「ああ、こんにちは。今日はちょっと業務連絡だ。だから、カリもオモウもいない。私は風紀委員としてここに来た」
「それってつまり、どういうこと?」
普段通りに緊張感のない楚歌が不躾な視線を向けながらウツツに問う。
「つまりな、少しの補足説明と一つの『提案』に来た。なに、そんなに時間は取らせない」
「俺達に、これからここで過ごすためのルールを『指導』しに来たってことでいいか?」
「ああ、そうだ。話が早くて有り難い。とはいっても、それほど細かい規則細目があるわけではないからな。
時に、お前たち中華人民民主社会主義共和国には一体いくつの法律がある?」
「星の真砂は尽きるとも、世に悪人の種が尽きることなし。数えることなどできないさ」
「そうだろう、そうだろう。基本的にここトウキョウサーバーでは国家運営について定めた第一法典以外に法は存在しない。しかも、第一法典のなかでお前たち、というか一般ユーザーに関係しているのは『タカマガハラサーバーにおいてプログラムの閲覧及び改鼠を禁止する』ということだけだな。これが発覚すると問答無用で透明刑が機械的に執行されるから厳守してくれ」
「つまり、それ以外はなにをしてもいいと?」
呆れた野蛮な統治手法だ。だから強姦や殺人といった唾棄すべき低俗な行いが氾濫する。しかも憎むべきことに彼らはそれを知りながら放置する。
「ああ、私達は公然と国家権力が人々を拘束するのをよしとしない。法とは少なければ少ないほどいいと信じている。お前たちだって言うじゃないか『父老と約せん、法は三章のみ』っと」
時々彼らが私達の理屈を援用するのは気に食わない。なぜ知っているのか、なぜそのように解釈するのかと天衣は釈然としない気持ちを隠さない。
「その項目は『人を殺す者は死し、人を傷つくるもの及び盗むものは罪に抵る』と続くわ。でもあなた達は人を殺すのも傷つけるのも許容するのでしょ?」
「しょせん、この体は電子情報でしかないからな。そして勝手に人のデータを『盗む』ことは違法とされている。我々は高祖の法も越えたのだ」
「あら、ひどい思いあがりね」
「そしてここナカツクニサーバーで法が統括するのは更に少ない。各々の精神状態を記録するサイコロジカルオブザーバープログラムの改鼠だけが法によって禁止されている」
それは無法の法と言ってもおかしくない。それで一体どう天下国家に秩序をめぐらし平和を維持するというのだろうか。あまりにも常識とかけ離れたウツツの返答に少女は混乱する。
「では、日本人にとって秩序とは何なのかしら?」
「それは、和だ。最初のミッションでやっただろう?『和を以って尊しとなせ』と。毎月行われる主観共有は人々の道徳感覚と感情を平均化する。一年で12回、10年で120回、大人になるまで200回だ。200回、200人の異なる人格の主観を追体験する。そうすれば人の気持ちがわかり、人の思う所が理解できるようになるだろう?そこから外れることはすべて罪だ」
ウツツのいう理屈は度し難く人外の法。明記されない法によって縛られるなんて、その恣意的運用を避けられないではないかと天衣は内心憤る。けれども、その一方で感じるのだ。この数週間で私は、ウツツの主観を覗いた。カリの主観を読んだ。オモウの主観を体験した。みな包み隠す所なく自分と圧倒的に違っていて、それが故に彼らを感じた。完全ではないにしろ、彼らが普段何を感じなにを考えるのか知って、それはその後の彼らとの会話に確かに影響を与えた。
私がウツツの内心を覗いた時、私の論駁に激情する彼女を知った。そして、それを内心抑制していることも理解した。それ以降、確かに私はウツツを論難しようとすることを控えるようになった。彼女は己の立場から答えられない、答えられない相手を糾弾して困らせた所で無意味だからだ。確かに主観共有は私に影響を与えた。
「こうして、全ユーザーが平均化されたほとんど同じ感覚を持つに至る。そして、これを基準としてサイコロジカルオブザーバープログラムは各人のフラストレーションの数値化を行う。周囲の人間を一定以上不快にするとそれは記録される。だから、ここナカツクニサーバーではだれもがだれもを監視していることになる」
「それがウツツの仕事ってこと?」
「まぁ、私の仕事は訴えのあった個々の事例を他の委員たちとともに被告人に『恥さらしポイント』を付与することだな。
例えば、甲が乙を怒鳴りつけたとする。乙はそれを風紀委員に彼の持つ全データ、主観共有情報やフラストレーションポイントを提出する。風紀委員会はそれを査定し、甲と乙にそれぞれ聞き取りを行い、最終的に妥当な『恥さらしポイント』を設定する。これは期限3年のポイントで3ポイント貯まるとタカマガハラサーバーにログインできなくなるなどの制裁が加えられ、6ポイントで透明刑の執行となる。つまり、そんな恥さらしは私達の社会にはいらないということだ」
理解したくはないけれども、天衣は理解する。自分達とは完全に異なった社会の有り様を。確かに日本は中国ではなかった。このような思想発想は天衣達の文化にはありえない。誰しもが同じであることを前提とすることなど夢にも思えなかった。
「ああ、それでここからは『提案』だ。私達風紀委員会は執行官を募集している。通常タカマガハラサーバー内での罪はプログラムが機械的に刑を執行することになっている。実際の手口や犯罪の存在を知られること自体が社会不安を煽るからな。
だが、ナカツクニサーバーでフラストレーションポイントを稼いだ結果透明刑に処せられる者達は違う。彼らが何を行い、その結果どのように執行されたかは衆人環視のもとで公に公開される必要がある。自分がいつでも執行される可能性があることを一人一人に植えつけて、自己規律を強化させることにつながるからな。
しかし、この方法は執行官にも強いフラストレーションを与えることになる。執行官その人も皆と同じ感覚を持ち透明刑に恐怖している一人だからな。しかし、お前たちは透明刑に怯えず、いとも容易くそれを克服してみせた。だから私は君達が執行官に適任だと考えている」
「つまり、自分達がやりたくないことを俺達にやれっていうことなのか?」
自成が普段とは違うかなり低い声色でウツツに言う。
「ああ、隠さない。その通りだ。だが、もちろんそれに見合った報奨は用意した。まず、お前たちの現在のトウキョウサーバーへの滞在権は半年、延長して最長一年だ。だが、引き受けてくれたら永住権を与え、市民権も与えよう。言い換えれば、もしお前たちが青ヶ島のトウキョウサーバーを訪れることができるならば、私達はお前たちを同胞として迎え、保護しよう。しかも、これ以外に更にCPもミッションごとに付与しよう。
少し考えてみてくれないか」
考えるまでもない、彼らは特典として私達に祖国からの離脱権を提案してきたのだ。東夷の分際で度の過ぎた高慢。是非もなく許容できるはずがない。私達がなぜ彼らの言う『透明刑』を最後のミッションで容易く克服出来たのか、かれらはまるで理解していない。だから私は強く答える。
「考えるまでもない、私達が日本人に協力することは在り得ません。それは禁じられた利敵行為に当たり、私達が代表する文明への冒涜です」
そう天衣は言い切った。沈黙が場を支配する。自成は思っていた通りだという顔をしているし、ウツツですら別に驚きはしない。おそらく彼女もまた、既にこの回答を予期していたのだと思う。しかし、沈黙を破ったのは意外な人物だった。
「班長、ごめん。祖国への愛は僕も同じだけれども、祖国への恐怖もまた僕を駆り立てるんだ。僕はウツツの提案を受けるよ。本当に日本人にしてくれるんだよね?」
「ああ、もちろんだ。最大限の感謝をもって張楚歌を風紀委員に迎え入れる」
『祖国への恐怖』、そう楚歌は言った。彼は選択した。私は止められない。彼の恐怖を知っているから。この四年間、健康診断のたびに楚歌は再検査に回されていた。中華人民の基準を越えた肥満体型であると、そう幾度も警告されてきた。私自身班長として幾度も警告し、時には彼の減量に付きあおうとさえした。しかし、彼の意志の弱さゆえにそれらが実を結ぶことはなかった。おそらく彼の父親の権力と財力で以って、その肥満を贖ってきたのだろうけれども、それもいつ限界が来るかはわからない。
だから、万が一に備えて楚歌がこのような選択をすることは想像できないわけではなかった。しかし、それでも、それでも私はどうしようもなく悲しく思った。文明に対する崇敬な忠誠心がこのような形で国家の恐怖によって打ち負かされるのは、どうしようもない不正義だと感じた。だから、私は沈黙するしかない。それは彼の選択なのだ。
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