【メフィスト賞選評作品】上海千夜一夜物語

すえひと

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第二連

第二連・結句 ひとりはみんなのために、みんなはひとりのために

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第二連・結句 ひとりはみんなのために、みんなはひとりのために

View point of 若桜響子

 その日、わたしはくたくたになりながらいつもの集会所に向かった。打ちっぱなしのコンクリート、寒々しい屋内駐車場。既にかなりの数の大人たちが集まっていた。

月に一度の定例集会。わたしがクラスメートのお店を破壊し、人々を無造作に殺したあの日から既に二月がたとうとしていた。何も変わったことはなく、何も変わるはずはない。唯一つあるとすれば、わたしは学生ではなくしがない下っ端のホテル従業員になったということぐらい。こうして両親とともにこの会議に参加するのも何度目だろうか。もう数えきれないくらいだ。いくつもいくつも抵抗の狼煙が上がっては消えていったけれども、結局それらのひとつとてわたしの暮らしを変えてはくれなかった。

だから、ここに参加しているのはいわば両親の意地のため。日本が征服された時に仮想現実に逃げず最後まで神州を守ると決めたお父さんとお母さんのため。わたしにとって大切な人のためなのだから、何も変わらなくとも意味はあると思う。

駐車場の車の陰で声を低めてわたしたちのリーダーの山田さんがぼそぼそと小声で話し始める。集まったのは全部で10人位。この一帯の抵抗活動の人たちだ。組織はほとんど日本中をカバーしているといつも山田さんは言っているけれども、山田さん自身、組織の上のほうがどういう仕組みになっているのかわかっていないみたいだった。

「今回、重要な情報が入ってきた。前回の我々の行動は知っての通り、中国全土に放送され各地に残る抵抗の志士たちのよすがとなっているのである。これは日本人全員の名誉であり、全ての抵抗民族にとっての勝利である。

 皆感じている通り当局の取り締まりは増々強まっているのみならず、新情報では共和国国家公安委員長の林豹が来月急遽来日することになった。彼らの卑劣な統治と顕在性を世界に誇示するためである」

ざわざわと大人たちがざわめく。今でさえほとんど外を出歩けないほどの取り締まりなのに、それがさらに厳しさを増すなんて想像できない。めんどうくさいなって思う。

「しかし、恐れることはないであろう。むしろこれは我々にとってさらなる打撃を敵に与える千載一遇の好機となるであろう。敵の示威行動は一転敵の無力をしらしめることになるであろう。私はここに回天の志をもって敵に乾坤一擲の作戦を発動しようと思う」

おお、っと息をのむ声があちこちから聞こえる。私は胸をおどらせるほどに山田さんを信じてはいないけれど、それでも圧制者に一撃を加えられるなら、それはそれで小気味いいと思う。

「林豹は自治政府政庁の貴賓室に滞在することが予想される。そして、たまたま別の地域の我々の同志がこの建物の設計図の写しを手に入れたのである」

山田さんがこみいった建物の設計図を机に広げる。

「ここが林豹が滞在するであろう貴賓室である。そしてその真上には都合のいいことに通風口が通っているのである」
「ということは我々は公安委員長を倒せると?」
誰かが聞いた。

「そのとおりである。しかし、問題が三つある。
一つは通風口は非常に複雑で入り組んでいるため外部からリモコンで操作する形の攻撃は難しく、しかも確実性にかけること。

一つは人間がこれを行う場合、当然ながら返って来ることは出来ない。仮に捕まったなら確実に当局の非人間的な脳内スキャニングによって我々の情報は敵に伝わり知るところになるであろう。故にこの任務は我と我が身を投げ打って名誉の戦死を遂げることを前提とせざるをえない。

 そして最後に、この通風口は極めて狭いため、通常の成人男性はこの任務に適さないことである」

沈黙が流れる。とても嫌な空気だ。ここにいる中で私は小柄な方だ。多分一番小さい。
皆の視線が私に向いているのを感じる。肌が粟立つような感覚、嫌な感じの汗が噴き出してくる。みんなの言いたいことはわかる。

でも、わたしは死にたくない。みんなの気持ちはわかる。わたしだって中国人が憎いし、日本人の矜持もある。父母から受け継いだわたしの魂はまごうことなき大和魂だけど、けれども、だからといって私が死を受け入れることは別じゃないかとも思う。

鉛のように重い沈黙というのはこういうことを言うのだろうか。誰も口を開かず、皆の視線だけがうつむき加減のわたしの頭に注がれている。言葉のない命令、自己犠牲という名前のついた刃がわたしの前に置かれているようだった。まるで、ここでわたしに腹を切れと言っているように。

そしてわたしは気がついてしまう。わたしにはことわれないと。ここでわたしが黙っていたならば、わたしとその家族は売国奴の烙印とともに全ての関係を断ち切られるだろう。軽蔑され、全ての同胞に無視されながら生きる。そんな汚辱にわたしは耐えられないだろうし、ましてや何の罪もないお父さんとお母さんと妹を巻き込めるはずもない。

「あ、あの、わたしがやります」

わたしよりも少しだけ大きな人影が名乗りを上げた。
おかあさん、やめて!そんなことわたしにはうけいれられないよ。わたしをかばってお母さんが死ぬなんて…。お母さんだって、皆がわたしに求めているのを知っているでしょ?知っていてそれでなおわたしに決心がつかなかったからお母さんが身代わりになろうとするなんて、そんなのずるすぎるよ、ほとんどわたしのせいじゃない。そんな後悔をしながら生きるなんて、わたしには絶対無理!

「わたしがやります。お母さんは化学の知識があるから日本にとって必要なはず。わたしには、何もないから…。だから、わたしがやります」

そういった瞬間に空気が変わる。風が流れ、淀んだねっとりとした気流が飛ばされる。『自分が指名されるのではないだろうか?』『私は嫌だ』『若桜ならやってくれるはず』『彼女はきっと期待を裏切らないだろう』そんな自分勝手な思いがそれぞれ解消され、あるいは達成され、軽くなる。

わたしは、あとに残るであろう妹のことが心配だった。彼女もいずれ私と同じ運命をたどるのだろうか。虚しいと知りながら誇りのために、皆のために犠牲になるのだろうか。選ぶことの出来ない選択肢の前に葛藤するのだろうか。わたしたちがこの数千年間してきたように。結局いつだって選択肢なんてないのだ。選べ、っと命令され、最適解を選ぶ。それ以外にどんな道があるというのだろうか。それ以外も結局同じ道につながっている。名誉の戦死か、恥辱の自殺か、その程度の差でしかない。だから、わたしはせめて日本女子として昂(たかく)く御旗を掲げなければならない。

いつの間にかわたしは皆の前に引き出されていた。山田さんが言う。

「よくぞ、難しい決断をしてくれた。斯くの如きは日本女子の誉れである。君のご両親もさぞ鼻が高いだろう」

まったく、わたしたちの心の中を知ってか知らずか好きなことを言ってくれる。とは言え彼もまたわたしと同じように選べない人間でしかないのだから、なにも責める義理はない。最前列にお父さんとお母さんが立っていた。ふたりともわたしを見ている。一体なにを思っているのかな?その誇らしげな表情の陰で。

わたしを見て山田さんが何かをしゃべるようにすすめてくる。

「あの、あの、若桜響子です。このたびは名誉あるお役目を承りました。皆さんとはご一緒できませんが、一足早く靖国にて皆様をお待ちしております」

あくまでも形式的なよくあるあいさつだ。笑みを浮かべて、いかにも嬉しいことのようにのどを震わせる。泣き言なんて受け容れられない。尊い犠牲にこれからなるのだから、その効果を最大化させないと。皆の士気を高め、義務と魂を感じてもらう。たとえ私の心の奥底で納得していなかったとしても。

山田さんがバンザイ、バンザイ、バンザイと万歳三唱の音頭を取る。わたしは人々の真ん中で居心地が悪くて仕方がなかった。こんな風に素直に人生をうけいれられないことそれ自体に罪悪感を感じていた。自分自身が恥ずかしかった。これでは既に靖国にいる先人たちに申し訳ないと思った。きちんと御役目を果たし、敵を殺すためにまずわたし自身を納得させないと。


二時間後ぐらいだろうか。家の台所でお母さんがさめざめと泣いていた。お父さんがそれを慰めている。わたしは台所の扉の影で密かに隠れて二人のやりとりを聞いた。夕食後に私は自室に戻るふりをしてお母さんとお父さんの反応を知りたかったからだ。もちろん、大体想像はついていた。それでも、恥ずかしいことに確信が欲しかったんだと思う。ごめんなさい、お父さん、お母さん、悲しませてしまって。

「響子が、響子が、私より先に逝ってしまう」
「しー、あの子に気が付かれてしまうよ。せっかく私達のためにあの子が勇気を振り絞ってくれたのだから、こんな所で泣いてしまったらあの子の気持ちが無駄になってしまうよ」

「だけど、だけど、どんなに不名誉なことだとしても、わたしはあの子に生きていて貰いたい。わたしのお腹をいためた子供だもの」
「お前も、わかっていたはずだろう。いつかこうなるのは。私達が先かあの子が先か、順序の問題でしかないんだよ。そして共に名誉と天下国家のために身命を捧げるんだ。産んだ時から御国のために尽くさせると決めていたことじゃないかな」

「わかっているわ、それでも、それでも」

お母さんが泣いている。ごめんなさい、お母さん。わたしは悪い子です。あなたが真っ先に名乗りでた時に、わたしにプレッシャーを掛けるために名乗りでたんじゃないかって、そう思ってしまいました。ごめんなさい。

こんなにもお母さんが愛してくれたから、わたしはあなたとあなたの大好きなこの国のために笑顔で戦えます。そう。200年とちょっと前に誇りを守った人たちと同じように…。わたし自室の布団に潜って嗚咽した。運命の女神様はいつだって残酷で、結局結末はいつだって同じでわたしのような小さな身の上ではどうにもならないことなのだとしみじみ思う。

一つの家の中で親子が別々に泣いている。お互いの誇りを守り笑顔で死地に主向けるように。
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