野良錬金術師ネモの異世界転生放浪録(旧題:野良錬金術師は頭のネジを投げ捨てた!)

悠十

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悪夢編

第十五話 聖水

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 目指すは、正体を現した悪魔の大きな魔力の気配。それを頼りに、ネモは走った。
 身体強化魔法を用い、廊下を駆け、階段を一気に飛び降りる。着地した場所は、玄関ホールだ。
 ロベルは前脚に気を失ったサミュエルを持ち、脇にはアンナが居た。

「チッ、もう追いついて来たか」
「ネモさん、邪魔しないで!」

 そんな二人を無視し、ネモはサミュエルを観察する。
 サミュエルは気を失っているだけで、怪我など無ないようだ。もしかすると、魔法で眠らされているのかもしれない。

「サミュエル殿を諦めて置いて行けば見逃す、って言っても、そうはしないんでしょうね……」
「当たり前でしょう! 愛する人を置いてはいけないわ!」

 アンナは愛する少年を置いて行けと酷いことを言われ、激昂した。
しかし、それは自分勝手で狂った誘拐犯の言い分だ。ネモはやっぱりそうなるか、と溜息をつき、腰のポーチから薄い水色の光が宿る宝石を二つと、試験管を取り出す。

「それじゃあ、無理やりにでも、返してもらいましょうか!」

 そう言うと同時に、ネモは水晶をアンナの方へ投げた。

「何を――」
「《破裂バースト》」

 ネモの声と共に、宝石が二つ同時に粉々に砕けた。そして――

「《氷檻アイス・ケージ》」

 アンナの周りに何本もの太い氷の柱が出現し、彼女をあっという間に氷の檻へと閉じ込める。

「そんな……、くっ、この……!」

 アンナは檻から出ようと、氷の柱を叩いたり蹴ったりするが、氷の柱はびくともしない。

「アンナさんはそこで大人しくしててちょうだい」

 彼女は明らかに戦闘能力がなさそうだが、それでも悪魔との戦闘で飛び出してこられたら厄介だった。そのため、先に隔離したのだ。
 アンナは忌々しげにネモを睨み付け、ロベルに向けて叫ぶ。

「ロベル! これをなんとかしてちょうだい!」
「ヒャハッ! まあ、ゴシュジンサマ。その程度の氷の柱、俺ならずぐにぶち折れる。だが、このお嬢ちゃんを先に片付ける方が先だ。ちょっとそこで待っていてくれや」

 そう言って、ロベルはネモに向き直った。

「悪いな、お嬢ちゃん。できるだけ頑丈な人形を置いてきたが、あの程度じゃあ、あの方がすぐに来ちまう。だから――」

 すぐに終わらせてもらうぜ、と囁くように告げ、ロベルは素早く跳躍する。そして、ネモの目の前まで一瞬で距離をつめ――ネモの持つ栓の空いた試験管の口が、眼前に……

「《噴霧スプレイ》」
 魔力の籠められた言葉に反応し、試験管から勢いよく気化した煙が噴き出る。それは、肉薄していたロベルの丁度顔面に吹き付けられた。

「――っ、ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ⁉」

 ロベルは蒸気を顔に浴びた瞬間、つんざくような叫び声を上げた。
 前脚に持っていたサミュエルを取り落し、蒸気が当たった部分を前脚で庇うようにしてネモから距離を取る。

「う、ぐ、あぁ……」

 巨大な蜘蛛の体が震える。うめき声を上げ、顔を覆っていた前脚をそっと外したその先に在る顔は、異様だった。

「お前……、お前、おまえ、オマエ、――それはなんだ⁉」

 前脚を外したその顔は、人の顔が半分溶けたように崩れ、その下から蜘蛛の顔が出現していた。

「ああ、やっぱりね。蜘蛛の魔物に憑依してたんだ」

 ネモはサミュエルを後ろ手に庇うように、気を失ったまま転がる彼の前に立ち、厳しい目でロベルを見る。
 ロベルは悪魔だ。悪魔とは、この世界とは薄皮一枚ぶんの隔たりのある精神世界に住まう精神生物である。つまり、実体を持たないのだ。それがこの世界に長く存在するは、体がいる。下級悪魔であれば意思の無い人形に憑依することが多いが、ロベルは知能の低い蜘蛛の魔物に憑依し、体を乗っ取っていたのだ。
 ネモはポーチから再び同じ無色透明な液体の入った試験管を取り出す。
 ロベルはそれを警戒するように凝視し、ネモはこれの正体を教えるために口を開こうとした――その時だった。

 ――ガシャン! ガン、カラカラカラ……

 砕け、壊れた木製の人形が頭上から降って来た。それらは原形をとどめていない。その壊れた木製人形の上に、ほぼ木片となったものが、乾いた音を立てて床に降る。
 そして、最後にふわりと音を立てずに黒い高級感のある衣服に身を包んだ男――ザクロが降り立つ。

「まったく、この私にあんな玩具を押し付けるとは……」
「あら、ごめんなさいね。同族を相手するなんて可哀想だと思ったのよ」

 ジロリ、とザクロに睨まれるも、ネモはそれをシレッと受け流す。
 そんなネモを舌打ちをしつつも、ザクロは視線をロベルに移す。そして、悪魔としての顔が半分溶け、憑依した魔物の顔がその半分を埋めていることに訝しげな目を向けた。

「おい、お前、奴に何をした。なんだ、あの異様な顔は……」

 そう尋ねられ、ネモは肩を竦める。

「悪魔に利くアイテムなんて、限られてるでしょうが。私はただ、『聖水』を使っただけよ」
「は? 聖水?」
「なっ⁉ 嘘をつくな! ひ弱な人間が使う聖水なんざ、中級悪魔たる俺に効くはずがない!」

 馬鹿にされたとばかりに、ロベルが激昂する。
 しかし、悪魔とての立場からしてみれば、その怒りは最もなものだった。普通、聖職者が悪魔祓いの際に用いる聖水は、下級悪魔を憑りついた無機物から祓い落とす程度の力しかないものだ。間違っても、実体を持たない筈の悪魔を――それも中級悪魔の体を溶かすような効果は持ちえない。
 しかし、ネモはそれをきっぱりと否定した。

「いいえ、使ったのは聖水よ。――ただし、私が作った物だけどね」
「なっ……⁉」

 信じられない、とロベルは目を剥き、ザクロは己を幻獣界の触るな危険カーバンクルの下僕に貶めるという最悪の機転を利かせた錬金術師ネモならばあり得るかもしれない、と苦い顔をする。

「昔、最下級の悪魔が人形に憑いたとかで、お祓いすることになってね。そのために聖水を作ったら、ちょっと効きすぎちゃったのよ。まさか、溶けて消滅するなんて思わなかったから、当時はびっくりしたもんよ」

 その悪魔祓いの際の同行者に、効きすぎて逆に怖いとクレームを入れられてお蔵入りしていた一品だ。しかし、ザクロとの一件があったため、マジックバックの底から掘り起こしておいたのだ。

「上級悪魔相手なら軽い火傷程度の効果しかないでしょうけど、アンタにはよく効いたみたいね。まったく、世の中何が役に立つか分かったものじゃ無いわ」

 処分しなくてよかった、とネモはポーチから試験管を取り出し、ニヤリと笑った。

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