野良錬金術師ネモの異世界転生放浪録(旧題:野良錬金術師は頭のネジを投げ捨てた!)

悠十

文字の大きさ
53 / 57
悪夢編

第十六話 玩具のゆくえ

しおりを挟む
 ロベルはその試験管を忌々しそうに見る。その目に怯えと警戒が混じるのは、自分が中級悪魔であろうと、その身の頑強さは中の下程度でしかないことを知っているからだ。
事態は圧倒的にロベルに不利なものとなった。
 ただでさえ上級悪魔が居るのに、まさか憑依先の肉体ではなく、精神体へダメージを与えるような物がこの世に存在するとは思ってもみなかった。精神世界での噂話でも、こちらの世界に来てからの暮らしの中でも、そんな物があるとは聞いたことが無かったのだ。
 そもそも、精神生物である悪魔を祓うか封じることはできても、殺すことは、特殊なスキルを持つか、神の何かしらの加護などがなければ不可能だった。何故なら、それだけ悪魔が異質な存在だからだ。
 悪魔が住まう薄皮一枚向こうの世界――精神世界。それは、この世界に近いが、確実にこことは狭間の世界。言うなれば、異世界だ。そうした異世界の住人であり、世界の澱みから生まれた悪魔にとって、この世界は都合の良い遊び場だ。何故なら、この世界にはどれだけ自分勝手に遊びまわろうと、自分の本来の体である精神体を傷つけられる存在など、滅多にいないからだ。それこそ、砂漠の砂から小さな宝石を見つけられる確率だ。だからこそ、悪魔達はその酷薄な本能の赴くままに悪趣味な遊びを繰り広げる。
 存在し続けるためにはこの世界の物質に憑依しなくてはならないし、憑依した物質が破壊されるか、契約主が望まない限り、そう簡単には精神世界には帰れない。けれど、そうやって精神世界で遊ぶより、この世界で遊ぶ方がリスクが少ない。そのため、この世界で遊ぶためにやってくる悪魔は後を絶たない。
 ロベルがこの世界で遊び始めて、既に五十年以上の年月が流れた。楽しいばかりの遊び場で、まさか命のリスクを背負う羽目になるとは、夢にも思っていなかった。
 こちらを冷然と見下す上級悪魔。無色透明の液体が入った試験管。そのどちらも、ロベルを消滅させることのできる悪夢のような存在だ。
 ロベルの契約主オモチャがあの二人を早く始末しろとギャアギャア騒いでいるが、ロベルはそれどころではない。この悪夢のどちらかがアンナを始末してくれれば退散するのも簡単なのに、と内心舌打ちする。
 悪魔の契約には、幾つかのデメリットがある。まず、悪魔は契約主を自らの手で殺せない。もし契約主を始末したいなら、他者の手を借りて始末するしかない。更に、悪魔は契約主からの命令以外では、あまり遠くへ離れることが出来ない。上級悪魔なら二つ三つ遠くの町までなら移動できるだろうが、その程度だ。上級悪魔でその程度なのだから、中の下程度の力しかないロベルは精々が同じ町の端と端程度しか移動できない。そのため、遠くへ逃げるなら契約主を連れて逃げるしかないのだが、アンナは確実に足手まといだ。
 楽しいばかりの筈の遊び場で、何故こんな目に遭わねばらないのかと苛立つ。
 ロベルは、ただ契約主オモチャで遊びたかっただけだ。
 悪魔が肉体を持って好きにこの世界で遊べるようになっても、契約主を求めるのは、ただただ面白いからだ。
 契約主の願いを叶え、誰かが破滅し、絶望に染まる顔が好きだ。
契約主の身勝手で狂った思想が誰かの怒りを買い、その人間がこちらに歯向かい、それを叩き潰すのが好きだ。
そして、契約主が叶えた願いにより破滅し、絶望して死んでいく顔が大好きだ。
 だから、悪魔は契約主オモチャを求める。
 最高に悪趣味な種族である悪魔のロベルは考える。どうすれば、この危機を乗り越えられるかを……

「……分かった。降参だ。俺はこの件から手を引く」
「ロベル⁉」

 氷の檻の中で、アンナが目を剥く。

「これはもう詰みだぜ、ゴシュジンサマ。相手は上級悪魔ってだけでも無茶なのに、更に悪魔を溶かす聖水なんて物まで出てきやがった。ここが手の引きどころさ」
「そんな……」

 絶望に染まるアンナを愉快気に見ながら、ロベルは言い募る。

「そこの坊ちゃんのことは諦める。なんなら、ゴシュジンサマを二度と坊ちゃんには近づかせねぇ。それでどうだ?」
「ロベル⁉」
「だって、もう、仕方ないぜ? このままじゃあ、ゴシュジンサマは死ぬしかない。死んじまったら、そこでお終いだ。坊ちゃんも何もないぜ?」

 そうやってアンナの説得に回ろうとしたロベルだったが、それは冷たい声に遮られた。

「駄目だな。認められない」

 それは、ザクロだった。
 
「私のご主人様はおっしゃった。お前をやれ、と。その女も、そこの少年も私にはどうでもいい。お前を消すのが私の仕事だ」

 その言葉に、ロベルは青褪めた。
 そんな悪魔達の脇で、ネモもまた肩を竦めてザクロに同意する。

「ザクロと同意見なのはあれだけど、サミュエル殿をアンタが手放した現状で、アンタ達を見逃すのはこちらにメリットが無いわ」

 そして、ネモはロベルに厳しい目を向けて言う。

「それに、ここで見逃せば、アンタ、アンナさんを殺すでしょう?」
「えっ⁉」

 その言葉に、アンナが驚きの声を上げた。対するロベルは沈黙している。言い訳も、反論もしなかった。

「今回のことで、アンタはアンナさんのことを足手まといと思ったはず。そして、悪魔は人間を玩具だと思っている。悪魔が契約主を厄介者として認識したなら、自由を得るために取る行動は一つ」

 ネモは、残酷に突き付ける。

契約主オモチャの処分」

 アンナが息を呑む。

「そもそも悪魔との契約なんて、そんなもんよ。契約主オモチャに飽きたら殺される。悪魔自身は契約主に直接手を下すような事は出来ないけど、他は違うわ。一番多いのは、そうなるように誘導された第三者によるもの。たまに故意に感染させた病、事故を装ったなにかによって殺される事もあるわ。だから悪魔との契約は普通はしない。決して、自分なら大丈夫、なんて軽く考えて良い物じゃないのよ」

 震えるアンナに、ネモは厳しい目を向ける。

「アンナさん。このままこの悪魔と逃げても、先に待ってるのは『死』のみよ。貴女をこの悪魔が殺すのは簡単なの。魔物の出る森に放置して、魔物がただの少女でしかない貴女を始末してくれるのを待つだけでいいんだから」

 アンナは縋るようにロベルを見るが、ロベルはこちらを見なかった。そして、言い訳も反論もせず、ネモ達を警戒している。ロベルは、アンナの気持ちなど、どうでも良いのだ。お荷物になったアンナの機嫌を取る気は無い。その態度は、アンナを処分すると決めているのだと悟らせた。
 アンナはズルズルと力なく座り込み、「死にたくない、死にたくない……」と震える体を抱きしめて、うずくまってしまった。
しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

知識スキルで異世界らいふ

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
他の異世界の神様のやらかしで死んだ俺は、その神様の紹介で別の異世界に転生する事になった。地球の神様からもらった知識スキルを駆使して、異世界ライフ

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

99歳で亡くなり異世界に転生した老人は7歳の子供に生まれ変わり、召喚魔法でドラゴンや前世の世界の物を召喚して世界を変える

ハーフのクロエ
ファンタジー
 夫が病気で長期入院したので夫が途中まで書いていた小説を私なりに書き直して完結まで投稿しますので応援よろしくお願いいたします。  主人公は建築会社を55歳で取り締まり役常務をしていたが惜しげもなく早期退職し田舎で大好きな農業をしていた。99歳で亡くなった老人は前世の記憶を持ったまま7歳の少年マリュウスとして異世界の僻地の男爵家に生まれ変わる。10歳の鑑定の儀で、火、水、風、土、木の5大魔法ではなく、この世界で初めての召喚魔法を授かる。最初に召喚出来たのは弱いスライム、モグラ魔獣でマリウスはガッカリしたが優しい家族に見守られ次第に色んな魔獣や地球の、物などを召喚出来るようになり、僻地の男爵家を発展させ気が付けば大陸一豊かで最強の小さい王国を起こしていた。

【完結】前世の不幸は神様のミスでした?異世界転生、条件通りなうえチート能力で幸せです

yun.
ファンタジー
~タイトル変更しました~ 旧タイトルに、もどしました。 日本に生まれ、直後に捨てられた。養護施設に暮らし、中学卒業後働く。 まともな職もなく、日雇いでしのぐ毎日。 劣悪な環境。上司にののしられ、仲のいい友人はいない。 日々の衣食住にも困る。 幸せ?生まれてこのかた一度もない。 ついに、死んだ。現場で鉄パイプの下敷きに・・・ 目覚めると、真っ白な世界。 目の前には神々しい人。 地球の神がサボった?だから幸せが1度もなかったと・・・ 短編→長編に変更しました。 R4.6.20 完結しました。 長らくお読みいただき、ありがとうございました。

伯爵家の三男に転生しました。風属性と回復属性で成り上がります

竹桜
ファンタジー
 武田健人は、消防士として、風力発電所の事故に駆けつけ、救助活動をしている途中に、上から瓦礫が降ってきて、それに踏み潰されてしまった。次に、目が覚めると真っ白な空間にいた。そして、神と名乗る男が出てきて、ほとんど説明がないまま異世界転生をしてしまう。  転生してから、ステータスを見てみると、風属性と回復属性だけ適性が10もあった。この世界では、5が最大と言われていた。俺の異世界転生は、どうなってしまうんだ。  

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

処理中です...