※踏み台ではありません

悠十

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辺境編

第二話 辺境

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 ジンデル辺境伯領『ジェスト』は、元からある二つのダンジョンから程よい距離にある大きな町である。
 そこには近場にダンジョンが二つもある為、規模の大きい冒険者ギルドを始め、宿屋、鍛冶屋、薬屋、雑貨店など、多くの商店が賑わう町である。そんな町に、辺境伯家は屋敷を構えている。
 セスは屋敷に着くと、用意されていた部屋に入り、荷を解く使用人を眺めながら、時折口を出す。

「その小さな壺はそちらの棚に並べてくれ。大鍋は暖炉にかけて……、ああ、その毛皮は伯父上へのお土産だから――」
「あら、ありがとう」

 音も無く部屋へ入って来たのはルシアンだ。ヒールの高い靴を履いている筈なのに、足音一つ聞こえなかった。

「伯父上……」
「貴方、ちっとも驚かないわよねぇ。つまんないわ」

 時折、こうしてセスを試すように、この伯父は気配を消して側に寄ってくるのだ。おかげで、気配を読むのが上手くなってしまった。それもこれも、幼い頃からルシアンに驚かされ、からかわれ続けた所為である。

「で、これは何の毛皮かしら? 何だか、凄く手触りが良いんだけど」

 使用人から毛皮を受け取ったルシアンは、それを撫でながら尋ねてくる。

「ホーンラビットの突然変異体です。馬鹿みたいに大きかったですよ」
「は?」

 ぱちり、と一つ瞬いて、ルシアンは毛皮を広げる。それは、熊ぐらいの大きさがあった。

「……大きすぎない?」
「大きかったです」

 ホーンラビットはよく居るポピュラーな魔物で、その毛皮もゴワゴワしていて、価値も低い。しかし、それが突然変異体となると話が違ってくる。
 
「新雪の如き白さで、艶やか。すべらかな肌触り。魔力も通すみたいだし、五つ位は付与魔法も付けられそうね……。これ、とんでもない品よ? 本当に貰っちゃっても良いの?」

 その希少性もさることながら、強さも段違いで、そうそう狩れる存在ではない。その個体から獲れる素材の品質は全て一級品であり、売りに出せば一等地にそこそこの家が買えるだろう洒落にならない品である。

「これからお世話になりますし、俺には似合わないですしね。なら、伯父上に差し上げた方が良いでしょう」

 売って金銭に変えるという発想が出ないあたりが、金に困っていないという証左である。
 いくら魔王の子であり、貴族の家に引き取られるからといって、己がその家の金を自由に出来るわけでもない。その為、大抵の魔王の子は、腕を磨くついでに自分の小遣いくらいは自分で稼ぐのだ。
 甥の色んな意味での腕前に、ルシアンは楽し気に笑う。

「それなら、有り難く貰っておくわね。」

 そう言って、その毛皮を使用人に持たせ、ルシアンは「これで何を作ろうかしらねぇ」と言いながら、部屋を出て行った。
 その後姿を見送り、セスは呟く。

「相変わらず、自由な御人だ」

 そして、それが許されるほどの御仁なのである。



   ※ ※ ※



 セス達が辺境伯領へ到着した翌日、ルシアンの宣言通りに、セスは早速手伝いに駆り出された。
 今回、セスの愉快な配下達は留守番である。立場的に使用人となる彼等は、流石にやる事も覚える事も多く、セスはそちらの仕事を優先するよう指示を出したのだ。

「ここからじゃ遠いから、ワイバーンで行くわ。貴方、ワイバーンに乗った事は?」
「一応、何度か。急ぐのなら、誰かと相乗りをお願いしたいです」

 魔王の子としての教育の一環で乗れるようにはなったのだが、ワイバーンは軍のもので、頻繁に乗れるものでは無かったのだ。その為、どうにか乗れる程度の腕前なのである。

「あら、そうなの? ま、そう急ぐわけでもないから、折角だし、練習がてら一人で乗ってごらんなさいな」
「分かりました」

 そうして、慣れないワイバーンでの移動に少しばかりもたつきながらも、どうにか辿り着いた先に在ったのは、炭化した森だったモノだった。
 眼下に広がる光景に、セスは呆気にとられながらも、伯父を敵に回してはならないと改めて思った。
 送られてきた合図を確認し、炭化した森とほど近い場所にある草原にワイバーンを降ろす。

「ダンジョンの近くにワイバーンを降ろせるほど森の片付けがまだ終わって無いのよねぇ。面倒だけど、ここからは歩きになるわ」
「……分かりました」

 物悲しいを超え、最早哀れな森の光景に遠い目をしながら、セスは大人しく頷いた。

「ほら、まだ若いんだから、しゃきっとしなさいな」

 ワイバーンでの移動で疲れたと思ったのか、ルシアンがセスの背をバシッ、と叩きながら明るく笑って歩き出す。
 そんな伯父に、セスは悟ったかのような生温い笑顔を浮かべ、それに続いたのであった。
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